業務上の指導とパワハラとの境界

人事労務
小笠原 耕司弁護士 小笠原六川国際総合法律事務所

 Aは、部下であるBが業務上のミスが重なったため、「もういい加減にしろ。足を引っ張るなら、辞めちまえ。こう何回も、何回も同じことを繰り返すのは、注意していないのと同じだ。前任者のCもひどかったけど、お前はそれ以下だ」と、周囲の机を蹴飛ばしながら、強い口調で叱責しました。Bは病気治療のため、長期間休職した後に復帰し、障害者認定も受けていました。Aの言動は、業務上の指導の域を超えたものとして、パワハラとなるのでしょうか。

 業務上の指導と認められるか、あるいはパワハラとなるかは、業務における指揮監督権限の逸脱・濫用の存否によって判別することができます。一般的に、心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に認められるような文言、態様による指導は、パワハラ行為と認定される可能性が高いといえます。

 本件において、たとえAの発言がBに対する嫌がらせ等の不当な目的がなく、純粋に期待される成果を上げられないBに対して奮起を促すものであっても、①Bが長期療養明けで体調が万全ではなく、業務遂行にあたっても一定の配慮が必要であること、②特定の人物(職場での評判がよくない者)を取り上げて、その人物よりもさらに劣ることを示し執拗に責め立てていること、③叱責が周囲の机を蹴飛ばすなど激しい態様で行われていること等に照らすと、相手に与える心理的負荷の程度は著しく、業務上の指導を超えたパワハラと認定されるおそれがあります。

解説

目次

  1. 問題の背景事情
  2. 関連判例
  3. 論点解説

問題の背景事情

 職場において、上司は部下を指導監督する権限があり、かかる権限行使の一環として、部下である従業員を叱責することは、一般的に認められていることです。しかしながら、いかなる態様についても認容されるものではなく、一定の限度を超えるものについては、パワハラとして、違法となります。

 もっとも、管理職による指揮監督は、経営管理上必要不可欠であり、パワハラと非難されることを恐れるあまり、現場が萎縮しすぎてしまっては本末転倒です。そこで、許させる指導と、違法となるパワハラとの線引きを明確化し、これを従業員に周知することによって、適切な労務管理を行うことが期待できます。

関連判例

 判例は、本件と同様のケースにおいて、以下のとおりパワハラに該当すると認定しました。

判例
U銀行(パワハラ)事件
(東京地判平成24年4月19日労判1051号28頁)

[認容額]
 下記に取り上げる不法行為以外にも種々の不法行為を一括して、慰謝料100万円

[事案の概要]
 本件は、Y社の従業員であったXが、上司(Y2~Y4)のパワハラにより退職を余儀なくされたとして、当該上司らを被告として不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに、Y社に対しても、各上司についての使用者責任および安全配慮義務違反を追及し、不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案である。

[裁判所の判断]
 「Y2は、ミスをしたXに対し、厳しい口調で、辞めてしまえ、(他人と比較して)以下だなどといった表現を用いて、叱責していたことが認められ、それも1回限りではなく頻繁に行っていたと認められる」
 「確かに、(中略)、原告が通常に比して仕事が遅く、役席に期待される水準の仕事ができてはいなかったとはいえる」
 「しかしながら、本件で行われたような叱責は、健常者であっても精神的にかなりの負担を負うものであるところ、脊髄空洞症による療養復帰直後であり、かつ、同症状の後遺症等が存するXにとっては、さらに精神的に厳しいものであったと考えられること、それについてY2が全くの無配慮であったことに照らすと、上記原告自身の問題を踏まえても、Y2の行為はパワーハラスメントに該当するといえる」。(下線は筆者による)

[事案の結果]
 Y2およびY社に対する、Xへの慰謝料として100万円の損害賠償請求が認められた。

論点解説

 上記判例では、表現内容、表現方法・態様、回数、頻度、さらには対象者の健康状態への配慮等について総合考慮した結果、Y2の叱責がパワハラに該当すると判断されました。それでは、より一般的に適法な指導とパワハラとの境界はどのように画されるのでしょうか。様々な判例に示された基準を総合すると、指導対象者が受ける個人の自由意思に対する侵害の程度(心理的負担の程度)を勘案して、上司の指導監督権の逸脱や裁量権濫用に至っていると評価できる場合には、パワハラに該当し不法行為になるといえます。

 具体的なメルクマールについて、詳細に検討していくと次のようになります。

 ①まず最も重視されるのは、指導者による言動そのものです。他人に心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に認められるような文言、態様による指導は、原則として違法となります。また、②指導はあくまでも経営上の管理の必要性に基づいて行われるものですので、業務との関連性もなく単に個人的な嗜好による人格的攻撃は、権限の逸脱・濫用として許されません。このような指導者による言動の趣旨・目的を推認する要素として、③行為者の意図が参酌される場合があります。

 そのほか、④指導を受ける相手方の職制上の地位や、⑤指導を受ける必要性を基礎づける諸事情、あるいは⑥指導そのものを真摯に受け止めているかといったことも、指導が権限の範囲内であるかを基礎づける諸事情、あるいは⑥指導そのものを真摯に受け止めているかといったことも、指導が権限の範囲内であるかを基礎づける重要な要素となります。さらに、指導は見せしめとは異なり、指導を受ける本人が指導の結果是正すれば目的を達しますので、⑦指導の行われる環境も重要な要素といえます。

 この他、⑧上司と部下との間に一定の人間関係が存する場合には、相互に信頼関係が認められることから、客観的に強度の強い指導方法であっても認められる範囲が広くなります。

ワンポイントアドバイス
 各職場において、上記各メルクマールにどのような事項が該当するか、研修時にグループ討議を行ったり、実際にパワハラと考えられる行為が行われた場合、認定にあたっては、各メルクマールに従って具体的事実を摘示した上で、判断に供するといった活用方法が考えられます。

※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第3版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2020年)の内容を転載したものです。

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