新型コロナによる業績不振で配置転換や退職勧奨を行う際の留意点
人事労務当社では、新型コロナウイルス感染拡大防止策として出された自粛要請により、事業活動の制約を余儀なくされ、財務状況も逼迫しております。このため、本社や各営業所にいる社員の配置転換や退職勧奨を検討しています。業績不振を理由として、配置転換や退職勧奨をすることはできるでしょうか。また、できる場合にどのような点に注意するべきでしょうか。
配置転換は、①労働契約当事者間で職種・勤務先の限定がある場合と、②配転命令が権利濫用に当たる場合は基本的に認められません。そして、②では、使用者に一定の業務上の必要があって、不当な動機や目的がないこと、使用者の業務上の必要性に比較して労働者側の不利益(主に私生活上のもの)が著しく大きくないことなどが権利濫用にあたるかどうかの判断基準となります。また、退職勧奨は、労働者の自発的な意思を促すという本来の意味にとどまるかぎり、自由にできますが、行き過ぎた対応(過度の繰返しなど)の場合には、退職勧奨それ自体が違法となります。
解説
配置転換について
新型コロナウイルス感染拡大防止対策として出された自粛要請は、企業の事業活動の制約を招き、結果として、企業の財務状況や資金繰りに大きな影響を及ぼしています。
このような状況下においては、営業所や支店の統合・閉鎖を進めざるを得ない事態が考えられます。また、このような統合・閉鎖がなかったとしても、財務状況等に鑑みて、労働者の配置転換などの必要性が生じることも考えられます。
そこで、配転命令の根拠と限界について検討します。
配転命令の根拠
まず、配転命令をするためには、就業規則や労働契約に使用者が労働者の配転ができることが示されていなければなりません。つまり、就業規則や労働契約に配転の記載がない場合には、労働者と使用者との間で配転について改めて合意をしなければ、使用者は、配転命令をすることができないということです。
配転命令の限界
就業規則や労働契約に配転命令の記載があったとしても、解雇や降格等と同様に無制限に認められるわけではありません。具体的な限界として、以下の2つがあげられます。
- 労働契約当事者間で職種・勤務先の限定がある場合
- 配転命令が権利濫用にあたる場合
労働契約当事者間で職種・勤務先の限定がある場合
(1)職種の限定
職種の限定について、労働契約当事者間で明確に規定されていない場合、職種限定の合意があったかどうかは、具体的に事情から判断されます。
職種限定の合意は、消極的に判断されるケースが多いですが、その背景は、労働者を多様な職種に従事させながら長期的に育成していく長期雇用システムにあります。このため、長期にわたり特定の職種に従事していたというだけでは、職種限定について合意があったとは認められない傾向にあります(日産自動車村山工場事件・最高裁平成元年12月7日判決・労判554号6頁、東京サレジオ学園事件・東京高裁平成15年9月24日判決・労判864号34頁)。
もっとも、職種・部門限定社員や契約社員のように、定年までの長期雇用を予定せずに職種や所属部門を限定して雇用している労働者については、上記と前提が異なるため、職種限定の合意があったことが認められやすい可能性があります。このような労働者を配転するためには、労働者本人の同意を得るか、就業規則に合理的な配転条項を明記しておく必要があります(就業規則と労働協約に配転が明記されていたことを理由に職種限定合意が否定された例として、ノース・ウエスト航空事件・東京高裁平成20年3月27日判決・判時2000号133頁)。
(2)勤務場所の限定
勤務場所の限定についても、労働契約当事者間で明確に規定されていない場合、具体的な事情から判断されます。その具体的判断要素として、現地採用か本社採用かがあげられますが、結局は、使用者と労働者の間に明確な合意があるかどうかで判断されます。
たとえば、現地採用で慣行上配転(転勤)がなかった場合には、本人の同意が必要とされています(新日本製鐵事件・福岡地裁小倉支部昭和45年10月26日決定・判時618号88頁)。しかしながら、現地採用労働者であっても、就業規則上の転勤条項を明確に承知したうえで雇用され、配転(転勤)の趣旨が余剰人員の雇用維持にある場合には、配転(転勤)命令が認められています(エフピコ事件・東京高裁平成12年5月24日判決・労判785号22頁)。
一方、本社採用の正社員のように、長期的なキャリアを発展させていく雇用の場合は、勤務場所を特定せず、全国の支店・営業所など、どこでも勤務する旨の合意が成立していると判断されることが多いです(東亜ペイント事件・最高裁昭和61年7月14日判決・集民148号281頁、新日本製鐵事件・福岡高裁平成13年8月21日判決・判タ1126号138頁)。しかし、採用の際に配転(転勤)に応じられない旨を明確に申し出て採用された場合は、勤務限定の特約が生じえます(新日本通信事件・大阪地裁平成9年3月24日・労判715号42頁)。
配転命令が権利濫用にあたる場合
配転命令が権利濫用にあたるとされる基準は、以下の通りです(前掲・東亜ペイント事件)。
(2)業務上の必要性と比べて労働者側の職業上、生活上の不利益が著しく大きいこと
(1)配転命令の業務上の必要性とは別の不当な動機・目的であること
労働者の退職を導く意図や会社批判の中心人物を移動させる意図等が該当します。
(2)業務上の必要性と比べて労働者側の職業上、生活上の不利益が著しく大きいこと
まず、業務上の必要性とは、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化等でよいとされています。
要介護状態にある老親や転居が困難な病気をもった家族を抱えその介護や世話をしている労働者に遠隔地へ転勤を命じるという場合(ネスレ日本事件・大阪高裁平成18年4月14日判決・労判915号60頁、NTT西日本事件・大阪地裁平成19年3月28日判決・労判946号130頁)、労働者本人が転居困難な病気を持っている場合(ミクロ情報サービス事件・京都地裁平成12年4月18日判決・労判790号39頁)には、生活上の不利益が著しく大きいとされます。
一方で、労働者の家庭事情に対する配慮(住宅、別居手当、旅費補助等)がされている場合で、共稼ぎや子の教育等の事情で夫婦別居をもたらす配転(転勤)命令は有効とされています(帝国臓器製薬事件・東京高裁平成8年5月29日判決・労民集47巻3号211頁、前掲・新日本製鐵事件・福岡高裁平成13年8月21日判決)。
賃金を下げる配転
補足として、賃金を下げる配転について述べます。
労働者を別職種に配転したうえで、職種が変わったことを理由に賃金を引き下げることは、労働者の同意がなくては認められません。また、配転と降格が同時に行われ、降格によって賃金が引き下げられる場合は、降格の要件を満たす必要があり、その要件を満たさない場合には、配転と降格の両方が一体として無効になります(日本ガイダント事件・仙台地裁平成14年11月14日判決・労判842号56頁)。
退職勧奨について
新型コロナウイルス感染拡大防止対策として出された自粛要請の結果、企業の事業活動の制約が生じ、その結果、財務状況や資金繰りに大きな影響が生じることは十分に考えられます。企業の財務状況を考えたとき、固定費や人件費の削減をする必要性が生じることも考えられます。
そこで、人員整理目的で行われる退職勧奨について検討します。
退職勧奨とは、労働者に対して、労働契約の合意解約や労働者自らの自発的な解約(辞職)を促すために行われる働きかけや説諭をいいます。あくまで、労働者の自発的な意思表示を促すというものにすぎませんので、原則として自由に行うことが認められます。
もっとも、社会的相当性を逸脱した態様で半強制的であったり、執拗な退職勧奨行為の場合には、違法となります。
たとえば、退職勧奨に応じない旨を一貫して述べている労働者に対し、2か月間に11回、短いときに約20分、長いときには約2時間15分もの間、退職勧奨をした事案(下関商業高校事件・最高裁昭和55年7月10日判決・集民130号131頁)や嫌がらせによる退職勧奨(エール・フランス事件・東京高裁平成8年3月27日判決・労判706号69頁)では、会社や実行者に不法行為(民法709条)が成立しました。
なお、退職勧奨は「解雇」ではありません。したがって、たとえ人員整理目的でも整理解雇の4要件を満たす必要はありません(ダイフク事件・大阪地裁平成12年9月8日判決・労判798号44頁)。

小笠原六川国際総合法律事務所