パワハラが疑われた事案で不法行為責任・使用者責任を否定したが、安全配慮義務違反を認めたケース

人事労務
小笠原 耕司弁護士 小笠原六川国際総合法律事務所

 Aは、部下であるBが、業務上のミスを繰り返していたため、「何回も注意したよね。確認してないの。」「ちゃんとマニュアルを確認してください。」などと注意していた。その後、Bの業務量がさらに増えるとミスが増加し、Aは、Bを強い口調で叱責し、呼び捨てにするようになった。Aの言動は、業務上の指導の域を超えたものとして、パワハラとなるのでしょうか。また、会社自体は、使用者責任を負わないのでしょうか。

 業務上の指導と認められるか、あるいはパワハラとなるかは、業務における指揮監督権限の逸脱・濫用の存否によって判別することができます(詳しくは「業務上の指導とパワハラとの境界」を参照ください)。本件において、Aの発言は、ミスを指摘し改善を求めるものであり、Bに対する人格的非難に当たらず、叱責が続いた理由もBがミスを繰り返していたことによるため、相手に与える心理的負荷の程度は著しいとはいえず、パワハラには当たらないと考えられます。

 他方、Aの置かれていた状況やAとBの人間関係等について上司が把握していながら放置していたような場合には、会社固有の責任として使用者責任が認められる場合もあります。

解説

目次

  1. 問題の背景事情
  2. 関連判例
  3. 論点解説

問題の背景事情

 「防止策を講じていた企業で発生したパワハラで、安全配慮義務違反が否定されたケース」で述べたとおり、パワーハラスメントに関する法的責任としては、①加害者の不法行為責任、②企業の使用者責任、および③企業の安全配慮義務違反、職場環境配慮義務違反があります。

 会社の労働者の行為がパワハラに該当せず、当該行為が不法行為と認められず、会社の使用者責任も認められない場合にも、会社が安全配慮義務違反の責任を負うことはあるのでしょうか。

関連判例

判例
ゆうちょ銀行事件(徳島地判平成30年7月9日労判1194号49頁)

[事案の概要]
銀行Yのあるセンターの総務課に異動し、貯金申込課の主任として勤務していたVは、業務処理のスピードが遅く、頻繁にミスをし、格上の主査A及びBに度々注意されていた。
主査2名は、Ⅴを注意する際に、強い口調で「ここのとこって前も注意したでえな。確認せえかったん。どこを見たん。」、「どこまでできとん。何ができてないん。どこが原因なん。」、「何回も言ようよな。マニュアルをきちんと見ながらしたら、こんなミスは起こるわけがない。きちんとマニュアルを見ながら、時間がかかってもいいからするようにしてください。」と注意していた。
そして、異動1年後の人員配置変更により、Vの書類のミスと主査2名によるミスの指摘も増え、両名はさらに強い口調で叱責し、Vを見下すように呼び捨てにするようになった。Vは他の従業員に「死にたい」と言うようになり、その従業員が主査2名や係長にその事実を伝えたが、3人とも真剣には受け止めなかった。当時、Vは体重が15キロも減り、係長が気に掛けるほどの体調不良の状態になっていた。
異動後約2年後に、Ⅴは、実家に帰省した際に自殺した。Vの遺族が、Vはパワハラにより自殺したとして、Y社に対し、使用者責任又は雇用管理上の義務違反による債務不履行責任に基づいて、約8,000万円の損害賠償を請求した。

[裁判所の判断]
不法行為責任について、ミスを指摘し改善を求めるのはA及びBの業務であり、叱責が続いたのはVが頻繁にミスをしたためであって、何ら理由なくVを叱責していたわけではないこと、Vに対する具体的な発言内容は人格的非難に及ぶものではないことなどから、両主査の叱責が業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法であったとまでは認められないとして、両名の不法行為責任を否定し、その不法行為責任を前提としてY社に発生する使用者責任についてもこれを否定した。
次に、債務不履行責任については、両主査による日常的な叱責は係長も十分に認識しており、係長ら上司はVの体調不良や自殺願望がA、Bとの人間関係に起因することを容易に想定できたから、Vの心身に過度の負担が生じないようにVの異動も含め対応を検討すべきところ、担当業務を一時的に軽減する以外の何らの対応もしなかったのであるから、Y社には安全配慮義務違反があったと判断した。
また、Vがパワハラの相談や外部通報等を行っていなかったとしても、Vと両主査らとのトラブルがY社においても容易にわかりうる以上、Vに対する配慮が不要であったとはいえないとした。結論として、債務不履行(安全配慮義務違反)を理由に、慰謝料など総額で約6,100万円の支払いをY社に命じた。

論点解説

 本判決では、従業員が相談窓口等を利用していなかったとしても、上司側すなわち企業側で、Vの体調不良等の原因がAおよびBの叱責にあったことを認識しうる以上、対応しないことは許されないと判断されました。相談に来ていないから問題はないという態度ではなく、職場にハラスメントや問題となる言動がないか、注意を払うことが企業に求められているといえます。

 そして、上司による叱責それ自体は不法行為に該当しないにもかかわらず、企業が、従業員に対するパワハラの事実を認識し、または認識し得たかにもかかわらず、何ら対応せず、その結果、従業員の心身に不調が生じた場合には、安全配慮義務違反の責任を問われることになります。

 多くの判例のように、本判決でも、「パワハラ」を定義し、それに該当するか否かという判断枠組みではなく、端的に不法行為や安全配慮義務違反が成立するか否かを問題としていると考えられます。

 A およびBの叱責それ自体がパワハラに該当するかは明言されていませんが、Vの体調不良等の原因になっていたと考えられ、指導として問題があったことは否めません。企業としては、今後も職場における適切な指導のあり方を探究 していくことが必要となります。

ワンポイントアドバイス
 相談窓口があったとしても、相談を理由に不利益な処分を受けるのではないかと考えたり、加害者に知られ報復されることを恐れたりして相談できない場合もあるかと思われます。

 「相談に来ていないから問題なし」という姿勢ではなく、職場にハラスメントや問題となる言動がないか、常に注意を払うことが企業には求められます。

※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第3版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2020年)の内容を転載したものです。

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