使用者責任の要件と予防実務の着眼点

人事労務
戸口 拓也弁護士 祝田法律事務所

 当社の従業員から自家用車での通勤の許可を求められました。仮に許可した場合、従業員が事故を起こしたときに当社は使用者責任を負うのでしょうか。また、使用者責任を回避するためにはどのようなことをすべきでしょうか。

 会社は、従業員が起こした事故について使用者責任を負う可能性があります。使用者責任は実務上幅広く認められており、通勤時間や飲み会など業務時間外の事故であっても使用者責任が認められるおそれがあります。そのため、使用者責任を回避するためには、就業規則等で自家用車による通勤を禁止する旨の整備を行うことなど、事前に予防をすることが考えられます。

解説

目次

  1. 使用者責任とは
  2. 使用者責任を負う場合とは?
  3. 従業員の自家用車での通勤における交通事故と使用者責任
  4. 使用者責任を回避するためには

使用者責任とは

 従業員による事故について法的な責任を負う根拠として使用者責任(民法715条1項)があります。
 使用者責任とは、会社が雇用した従業員が業務中の不法行為により第三者に損害を与えた場合に、損害に対する直接的な加害者でない雇用主がその損害賠償責任を負う制度のことです。具体的には、運送会社の従業員が、業務として荷物運搬のために車両を運転した際に、赤信号の見落としにより歩行者と接触してケガをさせてしまった場合、従業員が歩行者のケガ等について損害賠償責任を負うのに加えて、当該運送会社も使用者責任として損害賠償責任を負うこととなります。

 このような制度の根拠として、会社が従業員を使用することにより活動範囲を拡張して事業上利益を受けるものであることから、その事業執行により他人に損害を加えたときにこれを賠償することは公平の観念に適するという報償責任の原理という考え方や、事業に伴う危険が現実化した場合にそれを賠償すべきであるとする危険責任の原理という考え方などがあります。

使用者責任を負う場合とは?

 使用者責任が認められるには、次の3つの要件を満たす必要があります

使用者責任が認められるための3つの要件

  1. 従業員が第三者に不法行為をし、その損害の賠償責任を負うこと
  2. 不法行為当時、会社と従業員に使用関係があること
  3. 従業員が会社の事業の執行について不法行為をしたこと

 1つ目は、従業員が第三者に不法行為をし、その損害の賠償責任を負うことです。従業員に不注意がなく不法行為責任を負わない場合には、従業員の業務により第三者に損害が生じたとしても、会社が使用者責任を負うことはありません。

 2つ目は、不法行為当時、会社と従業員に使用関係があることです。ここでの使用関係は、雇用契約を前提とする必要がなく、実質的に指揮監督する関係がある場合には認められるおそれがあります。そのため、正規雇用・非正規雇用にかかわらず、請負人や派遣社員であっても認められることがあります。

 3つ目は、従業員が会社の事業の執行について不法行為をしたことです。従業員が事業のために不法行為をした場合のみならず、事業と実質的に関連する行為として不法行為がなされた場合であっても使用者責任が認められると考えられています。判例でも、従業員の職務執行行為そのものには属しなくとも、その行為の外形から観察して、あたかも従業員の職務の範囲内の行為に属するものと認められる場合をも包含するとされています(最高裁昭和40年11月30日判決・民集19巻8号2049頁)。そのため、事業中の不法行為のみならず、従業員による業務時間外における会社広告が掲載された社用車運転中の交通事故や、通勤時間中の交通事故、会社の飲み会でのハラスメント、事業の執行を契機とする従業員同士のケンカなど幅広く使用者責任が認められるおそれがあります。

 なお、会社は、従業員の選任および事業の監督につき相当の注意を払ったことを立証するか、または、相当の注意をしても損害が発生していたであろうことを立証することにより使用者責任を免れることができますが(民法715条1項ただし書)、実務上この立証が認められることは極めて困難とされています。

従業員の自家用車での通勤における交通事故と使用者責任

 本件のように通勤途中または業務中の従業員の自家用車による交通事故につき使用者責任を負うかについては、上記要件のうち、3つ目の「従業員が会社の事業の執行について不法行為をしたこと」が問題となります。

 裁判例では、会社の指示による従業員の業務中の交通事故でなくとも、①会社が自家用車の利用を許容していたか、②自家用車でなく公共交通機関を利用して通勤することが可能であったか、③通勤手当として自家用車のガソリン代の実費全額をその都度支給していたかなどの観点から、会社と従業員の内部関係を考慮して、従業員の自家用車での通勤における交通事故であっても会社に使用者責任を認めるべきと判断しています(神戸地裁平成22年5月11日判決・交民43巻3号555頁、東京地裁平成27年4月14日判決・判タ1422号344頁、前橋地裁平成28年6月1日判決・判タ1434号245頁)。

 個別的な事情に左右されるため断定はできないものの、従業員の自家用車での通勤を許可した場合や公共交通機関を利用できない時間帯に通勤を求める場合には、使用者責任が認められる蓋然性が高まるといえます。

使用者責任を回避するためには

 使用者責任を負わないためには、従業員の不法行為を防ぐことが一番です。そのため、不法行為に関する研修などの従業員教育を徹底することや、適切な管理監督を実施することが重要です。また、万が一の不法行為の発生に備え、たとえば、従業員の自家用車での通勤における交通事故に対しては、就業規則等で自家用車による通勤を禁止する旨の整備を行うことや、通勤に公共交通機関を利用できる業務時間にするなど使用者責任を負わないように事前の予防策を施すことが効果的です。さらに、責任の範囲が広がらないように、使用者賠償責任保険へ加入することや、事故後に迅速な初動対応ができるよう就業規則等を整備することも考えられます。

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