育児休業取得を理由とする不利益な取扱い(賞与の不支給)
人事労務私は、雇用されている会社の指示を受けて、就業規則を変更することになりました。というのも、これまで育児休業を取得すると漏れなく賞与が不支給となってしまう規定となっていたようです。どのような賞与規定に変更すればよいですか。
育児休業を取得したことが賞与の算定において不利益に取り扱われる場合は、育児介護休業法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たり、原則として違法となります。具体的にどのような内容に修正するべきかについてですが、一つの案としては、単に労務が提供されなかった産前産後休業期間および勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与について減額を行うことができる内容の規定を設けることが考えられます。
解説
問題の背景事情
育児休業を取得したことが賞与の算定において不利益に取り扱われることは禁止されていますので、どのような賞与規定を設けたらよいのかについて検討します。
関連判例
東朋学園事件(最判平成15年12月4日判時1847号141頁)(差戻控訴審:東京高判平成18年4月19日労判917号40頁、原審:東京高判平成13年4月17日判時1751号54頁、1審:東京地判平成10年3月25日・労判735号15頁)
[認容額]
賞与(ただし、欠勤日数に相当する期間に応じて減額されている)の支払い
[事案の概要]
[上告審の判断]
「①本件90%条項は、賞与算定に当たり、単に労務が提供されなかった産前産後休業期間及び勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行うというにとどまるものではなく、産前産後休業を取得するなどした従業員に対し、産前産後休業期間等を欠勤日数に含めて算定した出勤率が90%未満の場合には、一切賞与が支給されないという不利益を被らせるものであり、②Yにおいては、従業員の年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく、本件90%条項に該当しないことにより賞与が支給されない者の受ける経済的不利益は大きなものである上、③本件90%条項において基準とされている90%という出勤率の数値からみて、従業員が産前産後休業を取得し、又は勤務時間短縮措置を受けた場合には、それだけで同条項に該当し、賞与の支給を受けられなくなる可能性が高いというのであるから、本件90%条項の制度の下では、勤務を継続しながら出産し、又は育児のための勤務時間短縮措置を請求することを差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、上記権利等の行使に対する事実上の抑止力は相当強いものとみるのが相当である。そうすると、本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は、上記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効であるというべき」。
[差戻控訴審の判断]
賞与の支給計算基準の定め(以下、「本件支給計算基準条項」という。)「の適用に当たっては、産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は、」産前産後休業等の日数及び勤務時間短縮措置により短縮した時間を欠勤日数に加算することを定めた規定(以下、「本件各除外条項」という。)「に従って欠勤として減額の対象となるというべきである。そして、本件支給計算基準条項は、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するにとどまるものであり、加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、Y(学園)の就業規則及び育児休職規程においても上記不就労期間は無給とされているのであるから、本件各除外条項…は、労働者の前記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が前記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。」
[事案の結果]
それぞれ欠勤日数に相当する期間に応じて減額した賞与及び遅延損害金の支払いを認めた。
論点解説
育介法10条にいう不利益な取扱い
平成21年509号指針には、不利益な取扱いの例示として、「賞与等において不利益な算定を行うこと」が挙げられています。そこで、本件各賞与の不支給が、「不利益な取扱い」として違法となるかが問題となります。
判断枠組み
妊娠または出産を理由とする不利益な取扱いは原則として無効となり、例外的な場合のみ有効となります。
例外的に不利益な取扱いが有効となる場合
不利益な取扱いに該当しない場合(例外①:労働者が当該取扱いに同意している場合で、有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的理由が客観的に存在するとき)、または因果関係がない場合(例外②:業務上の必要性から不利益取扱いをせざるをえず、業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情が存在するとき)です(解釈通達(平成27年1月23日雇児発0123第1号)2. および「(参考)妊娠・出産、育児休業等を理由とする不利益取扱いに関するQ&A」)。
差戻控訴審は、育児休業したことを理由とする不利益な取扱いが有効となる場合を上記判断のとおり判示しており、退職金や賞与の支給要件として、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないとする取扱いをすることはできないことを明らかにしています。したがって、退職金や賞与に支給要件を設ける場合には、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を参入しないことが適切です。また、支給金額が現に勤務した日数を考慮して算定される場合には、「単に労務が提供されなかった産前産後休業期間及び勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行う」ことが適切といえます。平成21年509号指針第2の11(3)ハにも同趣旨の記載があり、参考になります。
退職金や賞与の算定に当たり現に勤務した日数を考慮する場合に休業した期間若しくは休暇を取得した日数又は所定労働時間の短縮措置等の適用により現に短縮された時間の総和に相当する日数を日割りで算定対象期間から控除すること等専ら当該育児休業等により労務を提供しなかった期間は働かなかったものとして取り扱うことは、不利益な取扱いには該当しない。
かかる指針は、「退職金や賞与の算定に当たり現に勤務した日数を考慮する場合」についてのものですので、退職金や賞与の算定をするにあたり、現に勤務した日数を考慮しない場合にはあてはまらないことについて注意が必要です。
東京地判平成27年10月2日ジュリ1489号4頁は、育児短時間勤務を理由とする昇給抑制の措置については、短くなった勤務の分についてその分昇給の減額要素として判断することは合理的であるものの、さらに重ねて所定労働時間数の比率を乗じることは育児介護休業法23条の2に反し違法であると判断しています。このように、裁判例は、労務の提供がなかった時間・期間に応じた減額については「不利益な取扱い」に当たらないとしており、これを超える不利益については、「不利益な取扱い」に当たるといえます。
単に労務が提供されなかった産前産後休業期間および勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行うことは許されますが、短縮時間分を越えて働かなかったものとして評価することになるような取扱いをすることは、「不利益な取扱い」に当たり許されません。
※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第2版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2019年)の内容を転載したものです。

- 参考文献
- 第2版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A
- 著者:小笠原六川国際総合法律事務所
- 定価:本体2,400円+税
- 出版社:清文社
- 発売年月:2019年7月

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