育児休業取得を理由とする不利益な取扱い(不昇給)
人事労務私は会社の総務部で働いています。私の会社は、前年度に3か月以上の育児休業をした者は、翌年度の職能給を昇給させないとする就業規則があります。このような就業規則はマタハラにあたると指摘を受け、今度私が就業規則を修正することになったのですが、どのように変更すればよいですか。
育児休業を取得したことが人事考課で不利益に扱われる場合は、育児介護休業法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たり、原則として違法となります。具体的にどのような内容に修正するべきかについてですが、育児休業を取得していた場合にも人事評価ができるようにすべきでしょう。例えば、人事評価を行う選考対象を、従業員が就業した直近1年度のうち育児休業期間を除いた期間とすることや、人事評価の対象を3か月以上勤務している者と定めている場合には、当該期間が3か月に満たない場合には、人事評価の要件を充たすまで、さらにその前年度の勤務期間を先行期間に含めて判断できるように定めること等が考えられます。
解説
問題の背景事情
育児休業を取得した者を不利益に取り扱わないことを理解している事業者は多くても、結果として育児休業をしたこと自体が人事考課で不利益に扱われる内容の規定を置いている事業主は多いと思われます。どのような規定であれば適法となるのか検討します。
関連判例
医療法人稲門会事件(大阪高判平成26年7月18日労判1104号71頁)(原審:京都地判平成25年9月24日労判1104号80頁参考収録)
[認容額]
損害金8万9,400円(昇給していれば得られたはずの給与、賞与と実際の支給額との差額)および慰謝料15万円
[事案の概要]
[裁判所の判断]
「本件不昇給規定は、1年のうち4分の1にすぎない3か月の育児休業により、他の9か月の就労状況いかんにかかわらず、職能給を昇給させないというものであり、休業期間を超える期間を職能給昇給の審査対象から除外し、休業期間中の不就労の限度を超えて育児休業者に不利益を課すものであるところ、育児休業を私傷病以外の他の欠勤、休暇、休業の取扱いよりも合理的理由なく不利益に取り扱うものである。育児休業についてのこのような取扱いは、人事評価制度の在り方に照らしても合理性を欠くものであるし、育児休業を取得する者に無視できない経済的不利益を与えるものであって、育児休業の取得を抑制する働きをするものであるから、育児介護休業法10条に禁止する不利益取扱いに当たり、かつ、同法が労働者に保障した育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に保障した趣旨を実質的に失わせるものであるといわざるを得ず、公序に反し、無効というべきである。」
[事案の結果]
職能給を昇給させなかった取扱い(以下、「本件不昇給の取扱い」)は不法行為が成立するとして、昇給していれば得られたはずの給与、賞与と実際の支給額との差額相当の損害を認めた。当該取扱いによって退職に至った事情を認めつつも、財産的損害の賠償をもって精神的損害も慰謝されたとして、慰謝料は認められなかった。昇級試験の受験機会を付与しなかった取扱いにも不法行為が成立するとしたが、昇格試験を受験していれば、合格する相当程度の可能性があったものと認められるとして、慰謝料15万円を認めた。合格した高度の蓋然性があるとまでは認めることはできないとして、昇格していれば得られたはずの給与・賞与等と昇給後の給与、賞与および退職金との差額は損害と認めなかった。
論点解説
育児介護休業法10条にいう不利益な取扱い
育児介護休業法10条は、育児休業申出をし、または育児休業をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨定めています。
「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成21年厚生労働省告示第509号)(以下「平成21年509号指針」といいます)には、不利益な取扱いの例示として、「昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと」が挙げられています。そこで、本件不昇給の取扱いが、「不利益な取扱い」として違法となるかが問題となります。
判断枠組み
従前における判例の判断枠組みは、労働者に保障した育介法上の育児休業取得の権利を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせる場合は、公序(民法90条)に反するかどうか(「日本シェーリング事件」最判平成元年12月14日民集43巻12号1895頁)というものであり、男女雇用機会均等法9条3項についても同様の判断枠組みが採用されていました(「東朋学園事件」最判平成15年12月4日判時1847号141頁。本判決も当該判断枠組みに則って判断がなされました。しかし、その後、「広島中央保険生活協同組合事件」(最判平成26年10月23日民集68巻8号1270頁)が、男女雇用機会均等法9条3項は強行規定であるとして判断枠組みを変更し、厚生労働省によって、前出判決の基準を育児介護休業法10条の解釈でも適用する旨の解釈通達(平成27年1月23日雇児発0123第1号)2. が出されたことにより、育児介護休業法10条にいう「不利益な取扱い」の判断枠組みも変更されるものと解されます。もとより、男女雇用機会均等法9条3項の「不利益な取扱い」の例示(平成18年614号指針 第4の3(2))と育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」の例示(平成21年509号指針 第2の11(2))はほぼ同様の内容が挙げられており、育児介護休業法10条および男女雇用機会均等法9条3項にいう「不利益な取扱い」については、同様の内容のものとして解釈されていました。
例外的に不利益な取扱いが有効となる場合
例外的に「不利益な取扱い」が有効となるのは、不利益な取扱いに該当しない場合(例外①:労働者が当該取扱いに同意している場合で、有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適切に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合理的理由が客観的に存在するとき)、または因果関係がない場合(例外②:業務上の必要性から不利益な取扱いをせざるをえず、業務上の必要性が、当該不利益な取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情が存在するとき)です(解釈通達(平成27年1月23日雇児発0123第1号))。同通達および「(参考)妊娠・出産、育児休業等を理由とする不利益取扱いに関するQ&A」」によれば、上記例外②の場合は、そもそも育児休業等との因果関係がない場合ですので、育児休業等との因果関係がある不利益な取扱いについては、例外①に該当する必要があります。
平成21年12月28日職発第1228第4号・雇児発第1228第2号第2の22(5)イにおいて次の記載があり参考になります。前出の平成21年509号指針第2の11(3)ニにも同趣旨の記載があります。
「育児休業…をした期間について、人事考課において選考対象としないことは不利益取扱いには当たらないが、当該休業をした労働者について休業を超える一定期間昇進・昇格の選考対象としない人事評価制度とすることは、不利益取扱いに当たるものである」。「例えば、『三年連続一定以上の評価であること』という昇格要件がある場合に、休業取得の前々年、前年と2年連続一定以上の評価を得ていたにも関わらず、休業取得後改めて3年連続一定以上の評価を得ることを求める人事評価制度とすることは、不利益な取扱いに該当するものであること。
育児休業を取得していた期間を選考対象としないとすると、選考対象から外れてしまう場合があります。この場合には、育児休業の取得前と取得後について継続して勤務していたと擬制して、人事評価をすることが望ましいと思われます。
育児休業期間以外を選考期間として人事評価をする必要があり、育児休業期間不就労であったことを考慮して人事評価してはなりません。
※本記事は、小笠原六川国際総合法律事務所・著「第2版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A」(清文社、2019年)の内容を転載したものです。

- 参考文献
- 第2版 判例から読み解く 職場のハラスメント実務対応Q&A
- 著者:小笠原六川国際総合法律事務所
- 定価:本体2,400円+税
- 出版社:清文社
- 発売年月:2019年7月

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