能力不足が顕著な女性労働者に対して退職勧奨をしたいが、その労働者が妊娠中に退職勧奨を実施してよいか

人事労務

 従前から能力不足が顕著な女性労働者に対して退職勧奨をしたいのですが、その労働者は、現在、たまたま妊娠中です。妊娠中に退職勧奨を実施することに問題はありますか。

 妊娠を原因としない能力不足を理由とするのであれば、退職勧奨を実施することは可能です。ただし、合意退職の効力が後に否定されないようにするために、慎重な対応が必要です。

解説

目次

  1. 退職勧奨を実施することの可否
    1. 妊娠をしたことを直接の理由とする退職勧奨
    2. 妊娠を原因としない、能力不足等を理由とする退職勧奨
  2. 退職合意には労働者の自由な意思に基づく同意が必要か
  3. 妊娠中の女性労働者から退職の同意を得る際の注意点

退職勧奨を実施することの可否

妊娠をしたことを直接の理由とする退職勧奨

 退職勧奨は、使用者が社員に自発的な退職を促す行為であり、一般的には、それ自体がただちに不法行為になるものではありません。
 しかし、妊娠をしたことを直接の理由として退職勧奨をする場合には、話が変わってきます。すなわち、労働者の性別を理由として退職の勧奨について差別的取扱いをすることは、男女雇用機会均等法6条4号により禁止されているところ、女性にしか起こり得ない妊娠を直接の理由として女性労働者に対して退職勧奨を実施する行為は、この男女雇用機会均等法6条4号で禁止される差別的取扱いに該当し、違法です

妊娠を原因としない、能力不足等を理由とする退職勧奨

 他方で、退職勧奨を実施する理由が、妊娠ではなく、妊娠を原因としない能力不足等の性別とは無関係の事由であれば、男女雇用機会均等法6条4号には違反せず、妊娠中の女性労働者に対して退職勧奨を実施することも可能です。

 この点については、「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(平成18年10月11日雇児発1011002、最終改正平成28年8月2日雇児発0802第1号)においても、「法第6条における『性別を理由として』とは、例えば、労働者が男性であること又は女性であることのみを理由として、あるいは社会通念として又は当該事業場において、男性労働者と女性労働者の間に一般的又は平均的に、能力、勤続年数、主たる生計の維持者である者の割合等に格差があることを理由とすることの意であり、個々の労働者の意欲、能力等を理由とすることはこれに該当しない」とされています。

 もっとも、退職勧奨一般に当てはまる問題として、退職勧奨の手段や方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱すると、それをもって退職勧奨が不法行為に該当し、使用者が損害賠償責任を負うことになります。
 そして、妊娠中の労働者に対して退職勧奨をする場合には、退職勧奨の手段や方法について社会通念上相当と認められる範囲が、通常よりも狭く解釈されることが考えられますので、注意が必要です。たとえば、通常であれば社会通念上相当と認められる範囲内の態様・回数の退職勧奨でも、妊娠により体調がすぐれない時期に退職勧奨を実施すると、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱すると判断されることもあり得ます。

退職合意には労働者の自由な意思に基づく同意が必要か

 労働者と使用者の間における退職合意の成立または効力を認めるための要件として、その労働者が自由な意思に基づいて退職に同意したと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在することが必要であるか否かについては、両説があり得るところです。

 しかし、近時の裁判例においては、妊娠中の女性労働者と使用者の間の退職合意に関して、「退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。」という判断を下したものがありますTRUST事件・東京地裁立川支部平成29年1月31日判決・労判1156号11頁)。

 このように、労働者から使用者に対する意思表示や労働者と使用者の間の合意の成立・効力を認める前提として、労働者が自由な意思に基づいて意思表示や同意をしたことが必要であるとする解釈は、下表のとおり、過去の最高裁判決においても頻繁に用いられています。

意思表示・同意の種類 事件名 裁判年月日 出典
退職金債権放棄の意思表示 シンガー・ソーイング・メシーン事件 最高裁昭和48年1月19日判決 判時695号107頁
相殺の同意 日新製鋼事件 最高裁平成2年11月26日判決 労判584号6頁
既発生の賃金債権を放棄する意思表示 北海道国際航空事件 最高裁平成15年12月18日判決 労判866号14頁
退職金の支給基準の変更に対する同意 山梨県民信用組合事件 最高裁平成28年2月19日判決 労判1136号6頁

 また、妊娠中の労働者に関する事例としては、労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる措置が男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに該当するかという点について、「原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。」とした、広島中央保険生活協同組合事件・最高裁平成26年10月23日判決・労判1100号5頁があります。

 上記のTRUST事件判決は、このような最高裁判決の流れを踏まえて、妊娠中の女性労働者と使用者の間の退職合意に関して、上記の判断を下したものと思われます。
 そして、このTRUST事件判決の見解を前提にすると、妊娠中の女性労働者を合意退職させた場合でも、その労働者が自由な意思に基づいて退職に同意したと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在しないと、退職の効力が否定されてしまうことになります。

 なお、男女雇用機会均等法9条3項では、事業主が女性労働者に対して妊娠・出産、産前・産後休業等を理由とした不利益な取扱いを行うことは禁止されているところ、「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年10月11日厚生労働省告示第614号、最終改正平成27年11月30日厚生労働省告示第458号)は、男女雇用機会均等法9条3項で禁止される「不利益な取扱い」の一例として、退職の強要をあげたうえで、勧奨退職は、労働者の表面上の同意を得ていたとしても、これが労働者の真意に基づくものでないと認められる場合は、退職の強要に該当するとしています。

 この点からも、合意退職の効力が認められるためには、その女性労働者が自由な意思に基づいて退職に同意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされる可能性があります。

妊娠中の女性労働者から退職の同意を得る際の注意点

 上記のとおり、妊娠中の女性労働者を合意退職させた場合でも、その労働者が自由な意思に基づいて退職に同意したと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在しないと、退職の効力が否定されてしまう可能性があります。

 そこで、(どのような事情があれば、自由な意思に基づいて退職に同意したと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するといえるのかについて、必ずしも明確な要件や判断基準が確立しているわけではありませんが)使用者としては、能力不足を理由に退職勧奨をする場合には、以下のような対応をとっておくことが有益だと考えられます。

  1. 退職合意に先立って、退職勧奨の理由(能力不足を基礎づける具体的な事情)を具体的かつ詳細に説明する。さらに、この説明内容を書面に記載し、書面に基づいて説明を実施する。
  2. 女性労働者が、退職するのではなく、産後に復帰することを前提として休職に入るだけだと誤解しないよう、明確な説明を行う。
  3. 使用者として、退職以外の措置(たとえば、配転や降格など)も選択肢として提示できるのであれば、複数の選択肢を提示したうえで、その中から労働者に選択をさせる。
  4. 退職の強要を行わないことは当然のことであるが、さらに、面談の場で即断を迫ったり、退職に同意せざるを得ないような状況を作出するなど、女性労働者の自由な意思決定を阻害しかねない言動は避ける。
  5. 退職勧奨の対象者であるからといって、女性労働者による正当な権利(たとえば、労働基準法65条3項に基づく軽易業務への転換請求権)の行使を制約することは決して行わない。また、女性労働者に正当な権利行使を躊躇させかねない言動は避け、むしろ、女性労働者に対して、退職勧奨中といえども正当な権利行使は何ら制約されない旨を明示的に説明する。
  6. 女性労働者に対し、できる限りの不利益緩和措置(たとえば、合意日から退職日までの間に一定の期間を空け、その間に転職活動をする機会を与えること、退職によって消滅する年次有給休暇の買い上げを行うこと、就業規則に基づいて支給される退職金とは別に、特別退職金を用意することなど)を講じる。
  7. 女性労働者が退職に同意した場合には、退職合意書を作成したり、退職願および退職承諾書を作成するなどして、その労働者が退職に同意したことを書面に残す。

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