北海道に企業法務を根付かせる 企業・士業・学生をつなぐ新たな取り組み − 企業法務Matching

法務部

目次

  1. 東京から北海道に戻り企業法務の格差を埋めることを決意
  2. 学生の心を掴んだ、リーガルインターンシップ
  3. 代替案の提示が、法務のリスクマネジメント
  4. 士業にも企業法務の認知が広がる
  5. 法務は経営理念を周知させるための大切な仕事

「北海道のすべての企業に法務部門を定着させる」という理念を掲げて2020年1月に設立された、企業法務Matching合同会社。企業法務に関する教育研修、企業法務家・士業・学生との交流会を手掛け、道内での認知度を高めています。

同社を立ち上げた久保 智人CEOと藤井 義隆COOは、ともにサッポロドラッグストアーを中核企業に抱えるサツドラホールディングス(以下、サツドラHD)の社員でもあります。

北海道で生まれ育ち、東京・海外で働いた2人が地元に戻り、企業法務に対する明確な地域差を感じたことで起業を決意したと語ります。

設立から1年。企業・士業・学生が抱く企業法務のイメージはどのよう変わりつつあるのか。北海道の “いま” を伺いました。

プロフィール
久保智人さん
企業法務Matching合同会社代表CEO。企業法務歴14年を迎え、これまで3社にわたって法務部の立上げを実施。「戦略法務」を軸に、海外での法務業務、国内M&A、新規事業の構築・安定化を実施。北海道内の大学3校にて企業法務の講義を展開する。

藤井義隆さん
企業法務Matching合同会社COO。大学卒業後、国内大手総合食品卸売企業に就職し、 予実管理、与信管理、債権回収等の業務を経験。もっと企業法務に携わりたいと思っていた矢先、サツドラHD法務部立ち上げを耳にし、転職を決意。現在は、サツドラHDの法務業務を担当しながら、企業法務Matching合同会社COOとして、様々な取り組みに奔走中。

東京から北海道に戻り企業法務の格差を埋めることを決意

久保さんが企業法務に興味を持ったきっかけとご経歴を教えてください。

久保氏:
大学生の時、ブリヂストンで法務をされている方の講義を受講しました。スリリングな債権回収の事例などを伺い、法務の仕事に惹かれましたね。学生のうちにビジネス実務法務検定も取得し、将来は企業法務に携わろうと決めました。

大学卒業後は東京の食品卸企業に就職し、臨床法務や予防法務を中心に担当しました。2社目では海外現地法人の立ち上げやIPOの準備も経験させてもらいました。その後、生まれ育った北海道で腰を据えて働きたいと考え、2017年にサツドラHDへ転職。法務部門の立ち上げを担い、現在はサツドラHDの法務・総務部門を統括しています。

藤井さんはどのような経緯で久保さんと働くようになったのですか。

藤井氏: 
同じ食品卸の企業に新卒で入社し、最初の教育係が久保です。債権回収や調査など法務の入口の部分を教わりました。久保がサツドラHDに入社後、もう一度一緒に働こうと誘われて2018年に転職し、今に至ります。

久保氏:
サツドラHDでの法務組織立ち上げに際して、僕の恩師に相談をした時、「相棒を見つけるべきだ」とアドバイスをいただき、藤井に声をかけました。藤井が入社してすぐに僕は転職したので、ともに働いた期間は短かったのですが、「一緒にやりたい」と思えたのは藤井でした。いつもこういう形で一方的に愛情を注いでます(笑)。

藤井氏: 
いやいや、ありがたいです(笑)。久保とはいつか一緒に仕事をしたい、と本人にも伝えていました。仕事をしていて楽しかったんですよね。ちょうど僕も転職を考えていたタイミングで声をかけてもらえたのです。

写真左:久保智人さん 写真右:藤井義隆さん

写真左:久保智人さん 写真右:藤井義隆さん

企業法務の実務を担いながら、なぜ会社設立に踏み切ったのでしょうか。

久保氏:
東京や海外と北海道の間で企業法務に対する格差を明確に感じました。

東京や海外で働いていたときは、日本でもトップクラスの大手企業の方とコミュニケーションを取り、海外で活躍する弁護士と仕事をし、契約交渉をする機会に恵まれました。

北海道に戻って仕事をするにあたり、戦略法務や経営法務に携わりたいと考えていたのですが、北海道には求人が全くありませんでした。大学では企業法務について教えているのだろうかと気になりカリキュラムを調べたら、こちらもゼロ。

東京や海外では当たり前のように行われている業務なのに、北海道では業務も教育も稼働していなかったのです。

それほど地域差があるものなのですね。

久保氏:
北海道は債権回収の多い地域で、臨床法務の文化が根付いていました。北海道に戻ってきて実状を知り、起業を決意したのです。

藤井氏: 
私も北海道の大学を出ましたが、学生の頃は企業法務という言葉を知りませんでした。実際に北海道で色々な企業の方とお仕事をして、久保と問題意識を共有できたことで会社設立に前向きになれました。

久保氏:
学生や困っている経営者に対して本質的に取り組めるかどうか、話を聞いて僕が泣けるかどうかが、企業法務Matchingの大切な方針です。法人向けに事業のコンサルティングをするときもお話を伺い、これはやるべきだと思えることを大切にしています。東京と北海道の差を縮め、いつか追いつきたいですね。

学生の心を掴んだ、リーガルインターンシップ

企業法務Matchingの目指す世界を教えてください。

久保氏:
営業や経理のように、北海道のすべての会社に当たり前のように法務部門がある。そうした状況をつくることです。

具体的にどのような事業を手掛けているのでしょうか。

久保氏:
主に学生の方に向けたリーガルインターンシップや企業の方に向けた実務教育研修といった教育サービスの提供、法務組織の設立支援、企業・士業・学生の交流会を開催しています。

研修や交流会を行うには集客が不可欠です。企業や大学からはどのように賛同を得たのですか。

久保氏:
一社一社、一校一校足で回りました(笑)。

久保智人さん

副業でやられているとは思えない情熱ですね。訪問すれば話を聞いてもらえるものでしたか?

久保氏:
学校、企業を訪問する前に、学生向けのリーガルインターンシップを実施しました。2か月にわたり付きっきりで企業法務を教えるカリキュラムを設けたところ、初年度にもかかわらず8名の学生が参加してくれました。この実績をもって各大学を回り、北海道に企業法務を定着させるために協力してほしいとお願いしたのです。

北海道大学以外のロースクールがなくなったタイミングだったので、実際に実務を行う担当者から企業法務を直接学べることは、大学にとっても良い訴求ポイントになるはずだと説得しました。ポスターの掲示や学生の皆さんにメールでご案内をしてもらうために、人生で一番頭を下げましたね(笑)。

インターンシップに参加した学生の反応はいかがでしたか。

久保氏:
「楽しい」と言ってくれました。本来、インターンシップで来た学生に、2か月も付きっきりで教えるなんてあり得ません。他の企業ではせいぜい数日程度です。このインターンシップの後、法務担当者として企業に就職した学生や、司法試験に合格して弁護士になった学生もいます。実績を伝えることで、賛同してくれる大学や企業が増えました。

大学で教える機会もいただき、講義からインターンシップ、そして企業とのマッチング支援と一気通貫のビジネスモデルを作ることもできたのです。

大学での講義の様子についても教えてください。

久保氏:
昨年は新型コロナの影響から、講義をYouTubeで配信したのですが、300名近い履修者がいました。

短期間で人気の講義になったのですね。学生の心を掴んだ秘訣は何でしょうか。

久保氏:
1つ目は、実務に則した講義をしていること。契約書のレビューや景品表示法をもとにしたチラシの文言のチェック方法など、実務で役立つ知識を教えています。

2つ目は、とにかく学生目線に立つことです。配信だと反応がわからないので、どんな形でも良いから講義の感想を送ってほしいと伝えたところ、学生から毎週300通程度のメールが届くことになりました。在宅中心の環境で悩みを抱える学生も多く、メールのすべてに目を通して返信しましたね。

久保さんの講義中の様子、企業法務Matchingの大学生向け企業法務セミナーは、「国内大学生向け企業法務セミナー受講者数調査」で、2020年の受講者数日本No.1を獲得している

久保さんの講義中の様子、企業法務Matchingの大学生向け企業法務セミナーは、「国内大学生向け企業法務セミナー受講者数調査」で、
2020年の受講者数日本No.1を獲得している(同社リリースより)

藤井氏: 
私の弟が通う大学で、久保が講義する機会がありました。講義後に学生たちがどのような反応を示していたか聞いたところ、企業法務を知らなかった学生が「北海道の会社にも法務の仕事はあるのかな?」と話していたそうです。企業内で法務という仕事を知らなかった学生が、就職を意識するほど興味を持った。これだけでも認知拡大というミッションは達成できていると思います。

代替案の提示が、法務のリスクマネジメント

貴社のウェブサイトには「企業法務で未来を紡ぐ」という言葉が掲げられています。この言葉にはどのような想いが込められているのでしょうか。

久保氏:
企業でも、士業でも、スポーツの世界でも北海道の優秀な学生や人材は道外へ出てしまいます。一度道外へ出た人材を、どうやって北海道に呼び戻すか。突き詰めて考えると、北海道に魅力的な企業を増やし、北海道を働き甲斐のある地域と捉えてもらうしかない。そのために私たちができることは、経営と企業法務を掛け合わせて企業の経営力を強化し、持続的な成長を促すことです。

「企業法務で未来を紡ぐ」という言葉には、優秀な法務人材を育てて道内企業のさらなる発展に貢献し、北海道を活性化したいという想いを込めています。

法務が経営に携わればどんなことが期待できますか。

久保氏:
代替案の提示です。「リスクがあるのでその契約は止めましょう」と言うのは簡単です。でも、簡単ゆえにその言葉を聞き入れる経営者はいないでしょう。経営者の想いの強さを汲み取り、取引形態や規模の変更案を提示する。会社を立ち上げたことで、それが法務のリスクマネジメントだと考えるようになりました。

法務の経験が長い久保さんでも、会社を立ち上げて発見したことがあるのですね。

久保氏:
私はずっと法務畑を歩んできましたが、経営者の視点を得たことで、「経営者は少々のリスクがあっても、その使命感を止められない」ということに気付きました。経営者を傍から見ていると、なぜ自制できないのかと不思議に思いますよね。私も以前はそう思っていました。でも、どうしてもやりたいと思ったら、リスクがあっても経営者はやってしまう。経営者はリスクを超えて挑戦したいものなんです。

契約内容の変更を促すような提示は社内のさまざまな情報に精通していなければできませんよね。

久保氏:
だからこそ、法務担当者は自分のファンを作らなければなりません。法務は問題発生時に動く受動的なポジションだと思われていますが、待ちの姿勢では仕事の幅は広がりません。ちょっとした相談にも法務の知識を活かしたアドバイスを送っていれば、何かあったときに真っ先に頼られる存在になります。そうなれば契約の背景にある力学を理解できるようになる。リスクマネジメントを机上の空論にしないためにも、社内にファンを作り、いつでも代替案を提示できる準備をしておくことが大切です。

法務と経営のどちらも経験した久保さんだから伝えられるメッセージですね。

久保氏:
今は副業も許される時代です。会社に所属して法務の仕事をしながらでも、自分の興味のある分野で経営をしてみると、もっと経営視点でのリスク感覚が掴めるはずです。

ビジネスを動かしているのは人間です。時に損得を超越した取引が発生し、思いもよらないリスクが生じます。今後IT技術が進化してもAIには非定型的なリスクマネジメントはできないでしょう。法務の活路もこの部分にあるはずです。

写真左:久保智人さん 写真右:藤井義隆さん

士業にも企業法務の認知が広がる

北海道における士業と企業法務の関わりについてはいかがでしょうか。

久保氏:
臨床法務の観点で中心となるのは、やはり弁護士です。また、北海道の司法書士会には企業法務推進委員会があり、行政書士や社労士など他の士業も関われる部分がないか考えていると思います。

インハウスで働くことに興味を示している弁護士の方はいますか。

久保氏:
昨年、弁護士の登録を取り消して、企業内の法務業務に専念したいと希望する先生がいました。弁護士登録を取り消して企業に移るなんて北海道では聞いたことがありません。弁護士会でも将来を嘱望されていた方で、皆一様に驚いたそうです。その先生から「企業を紹介してほしい」と頼まれ、法務部門の立ち上げを検討していた上場企業を紹介して昨年末に入社されました。

士業の方々にも北海道の企業内における法務の認知が広まっているのですね。

藤井氏: 
時間はかかるでしょうが、これからも企業・士業・学生の認知を高められるよう啓蒙していく予定です。特に、経営者の方々に法務の仕事の重要性を伝えていきたいですね。企業内で法務の仕事が根付いていけば、もっと広がると思います。

法務は経営理念を周知させるための大切な仕事

今後の展望を教えてください。

久保氏:
企業法務を定着させるためのブランディングに力を入れていきます。学生へのアプローチは上手くいっているので、企業と士業に向けてより強くPRしていき、当社のファンを作りたいと思っています。同時に、経営に貢献できる学生を育て、企業の中で法務人材の重要性を認識してもらいたいですね。

企業にとって有益な法務人材を育てることで、外からの啓発とともに、内から法務の価値を認識してもらう、ということですね。

久保氏:
コロナ禍で世の中の不確実性は以前よりも高まっています。こうした状況では、社員に経営理念をしっかり理解してもらい、1人ひとりのポテンシャルを引き出すことが企業の成長につながるはずです。社内に経営理念を周知するためにも、法務は大切なポジションです。

藤井氏: 
まずは北海道に企業法務を定着させ、法務部の横のつながりを強化することを目指しています。いずれは業界内の自主的ルールの制定など発展的な役割も果たしていきたいですね。

写真左:久保智人さん 写真右:藤井義隆さん

(撮影:株式会社アイヴィ・サービス、文:是永真人、取材・編集 BUSINESS LAWYERS編集部)

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