事業成長と信頼獲得のために「何でもやる」メルカリの「政策企画」という仕事
コーポレート・M&A
メルカリでは、2018年に政策企画部門を設立し、政策提言からブログ「merpoli」の運営まで幅広く活動しています。
企業の成長においてルールメイキングの必要性が高まるなか、注目を集める政策企画とはどのような仕事なのか、求められる人材や今後の展望について伺いました。
吉川徳明氏
メルカリ会長室政策Director。経済産業省でIT政策、日本銀行(出向)で株式市場の調査・分析、内閣官房でTPP交渉等に従事。2014年、ヤフー株式会社に入社、政策企画部門で、国会議員、省庁(警察庁、総務省、金融庁等)、NGO等との折衝や業界横断の自主規制の策定に従事。2018年、メルカリに入社し政策企画マネージャーとして、eコマース分野やフィンテック分野を中心に、政策提言、自主規制の策定、ステークホルダーとの対話等に従事。2020年3月に現職。一般社団法人Fintech協会理事、特定非営利活動法人全国万引犯罪防止機構理事も務める。
上村篤氏
株式会社メルカリ会長室政策企画兼株式会社メルペイコンプライアンスチーム
大学卒業後、材料メーカーの特許部門を経て、2005年にヤフー株式会社にて知的財産部署の立ち上げを経験。その後ドワンゴ株式会社を経て、2012年にLINE株式会社の前身であるNHNJapan株式会社に入社し、知的財産部署のマネージャーとしてグローバルでの知的財産管理、係争対応、模倣品対策等に従事。2017年に株式会社メルカリに入社後、法務、知的財産、政策企画を担当し、現在は政策企画とコンプライアンスを兼任。
平本大城氏
株式会社メルカリLegalspecialist(弁護士) 大学卒業後、経営コンサルティング会社勤務を経て弁護士資格を取得。企業法務を扱う法律事務所にて予防法務、訴訟対応を経験した後、2019年9月に株式会社メルカリに入社。メルカリ入社後は主に、ビジネススキームのリーガルデザイン、提携事業者との契約管理に加えて、政策企画と連携しルールメイキングを担当。
「事業成長」と「社会からの信頼獲得」のために何でもやるのが政策企画
「政策企画」という部署の役割について教えてください。
吉川氏:
「事業成長」と「社会からの信頼獲得」の二方向に役立つことであれば、手法にはあまりこだわらず何でもやるのが政策企画という部署の役割と位置づけています。
「事業成長」については、主に法律と政策の面から貢献できることに取り組んでいます。また、「社会からの信頼獲得」については、メルカリのように大規模なコンシューマービジネスを行ううえでは必須な要素だと考えています。
何でもやるということですが、たとえばどのような取り組みをされていますか。
吉川氏:
大きく分けると「非ビジネス領域」と「ビジネス領域」の仕事があります。
国会議員、役所、自治体、NGOなど、ビジネス部門との接点があまりない方々と相対するのが「非ビジネス領域」と位置づけています。
そのなかで、「攻め」と「守り」の両面から事業をサポートしています。
「攻め」の業務としては、事業が実現したいことに政策的な文脈を与え、進めやすくするものです。新しい事業をやるために既存のルールを変えていく。それが政策企画のとても大事な役割です。
「守り」の業務としては、リスクを早期に検知して回避することです。法的なリスクだけでなく、政治的な文脈やメディア・SNSでの批判も含みます。
既存のルールを変えていく「攻め」の部分は、新法の制定や法改正などに向けたロビイングが該当するのでしょうか。
吉川氏:
狭い意味で定義するならロビイングといえます。ただ、IT分野は自社や業界団体の自主規制の影響を大きく受けます。
たとえばeコマースの分野で、同業他社と連携して、CtoCのeコマース業界としての自主的な対応基準を作り、行政とコミュニケーションを取りながら認識を合わせ、より安定的なルールにしていくことも大切です。
政策企画ではブログ「merpoli」も運営されています。
上村氏:
私たちの活動を理解いただき「仲間を増やしていく」ために立ち上げたものですが、2年半ほど発信を継続してきたことで、社外の方から「merpoliを見ました」と言われることも増えました。ネットワークが広がってきたと感じています。
元々読んでほしい対象として想定していた教育関係の方や消費者センターの方の他、政策企画で働く人や業務の内容にフォーカスした記事もあり、採用面接に応募される方にもご覧いただけています。
そもそも、なぜ政策企画という役割が必要なのでしょうか。
吉川氏:
法律は社会的に広範な合意が必要なプロセスを踏んで成立するルールなので、どうしてもその時々の先端のビジネスや技術の動向からは遅れます。
そのため、スタートアップが新しい領域でビジネスをする際には、合意形成の場に一定の働きかけをして、ルールをアップデートして時代に合ったものとすべく、政策策定プロセスに適切に関与し、バランスのとれたものにすることが必要です。
最近は、多くのスタートアップがインターネットで完結しない現実の世界と関連するビジネスを始めています。現実の世界にはインターネット上よりも複雑な規制やルールが存在するので、ルールメイキングの重要性が高まっているのです。
省庁出身者をはじめ、多様な人材が活躍
吉川さんは経産省、日銀、ヤフーを経てメルカリに移られています。省庁での経験は政策企画の仕事に役立っていますか。
吉川氏:
はい、役立っていると思います。行政機関の意志決定プロセスや物事が決まっていくスケジュールの大枠は理解できているので、やりすい面はあると思います。
私の場合は内閣官房などで、1つの省庁に閉じない、政府全体の政策の総合調整や省庁間の調整を担当する部署にいた時期がありました。省庁間の異なる意見をまとめて、最終的に政府として決定していくプロセスを間近で見ていた経験が、特に今の仕事にプラスに働いていると感じています。
たとえば、ある省庁との議論では手応えがなかったとしても、政府全体の意思決定プロセスを想定しながら考え、次のステップとして他省庁含めどのように進めていくか、アクションの選択肢を多く持てるのではないかと思います。
経産省からヤフーに移った際はどのような仕事をしたいと考えていましたか。
吉川氏:
インターネットをはじめとする新しい分野は、法令というかたちの規制だけでなく、企業側が定める自主ルールが大きな影響力を持つケースが多く、役所側ではできないことも多いのです。公的なルールづくりだけでなく、民間側で自主ルールをつくる側に回りたいと考えていました。
ヤフーとは経産省時代に一緒に仕事をしたことがあり、東日本大震災が発生した際に電力インフラを支える面で非常に優れた対応をしていたのが印象的でした。
ヤフーで4年ほどお仕事をされて、メルカリに移られています。
吉川氏:
当時のメルカリ・メルペイは、法務の方が政策企画的な仕事もやっていて、新たにチームを立ち上げるフェーズでした。チームを新しく作るプロセスに興味があったのです。
立ち上げならではの苦労も多そうですね。
吉川氏:
メルカリ・メルペイに入社した当初は、政策企画が何をやる部署なのか、まだ周囲の人たちもよくわからなかったと思います。
チームとしてリソースを確保し、仕事を通じて成果を上げていくには、私たちのチームが会社に役立つ機能であることを示し、納得してもらうことが必要です。
周囲の理解を得ていくことができたポイントはありますか。
吉川氏:
一緒に動くことの多い経営陣の理解が重要かなと思います。当時のメルカリCOOの小泉、メルペイCEOの青柳は、2人とも政策企画や、渉外の仕事が会社を安定させるうえで大事な仕事と認識してくれていました。細かい説明をしなくても理解される環境はやりやすかったです。
吉川さんのように、省庁出身で活躍されている方も多いのでしょうか。
上村氏:
メルカリでは、省庁出身者が複数名います。チーム全体では、元市議会議員や政治家の秘書、法務担当者、学校向けに消費者保護に関する啓発をしていた者もいます。
チームとして良いアウトプットを出すために、多様なメンバーで業務を推進しています 。
政策企画の仕事にはどのような人材が向いているのでしょうか。
上村氏:
既存のルールのなかでは解決できない事象に対して「どうルールを変えるべきか」と考えることに興味がある人は向いていると思います。
吉川氏:
政策企画に関心がある方は、「社会全体でより良いルール、合理的なルール、フェアなルールがつくられるべき」という価値観を持つ人が多いですね。
上村さんは知財から政策企画に業務を移られています。それぞれの違いや難しさはありますか。
上村氏:
企業同士での特許の争いに対応する知財部門に対して、会社と社会の接点を考える仕事が政策企画です。このレイヤーの違いに、難しさと面白さがあります。
弁護士資格を持っている方と政策企画の仕事の相性はいかがでしょうか。
上村氏:
法律ができるプロセスに関する知識は非常に重要ですから、相性が良いと思います。実際、弁護士の方が政策企画の仕事を担当されている事例は多くあります。
法務と政策企画の連携でビジネスに貢献
平本さんは法律事務所からメルカリの法務に移られています。どのような転機があったのでしょうか。
平本氏:
法律事務所にいるときは、紛争になる前に解決すべき案件が多いと感じていました。ビジネスモデルをつくる段階から法務観点を持った人材が関わることで、なるべくホワイトな形にスキームを組んだり、契約をする前段階で紛争を防止する手当てがしたかったのです。
加えて、法務部門にいながら、ルールメイキングができる会社を探していました。
スタートアップ企業が伸びていく事業領域には、既存の法律がないケースがほとんどです。法令や判例を解釈するだけでなく、事業成長と消費者の保護に繋がる、実態の伴った法律をつくるところに携わることができれば、法務に関わる人間としてバリューが出せると考えていました。
政策企画と法務が連携する場面も多いのでしょうか。
上村氏:
政策企画は社外の方々との折衝を担い、法務は社内のプロダクトやサービスに関する法令やガイドラインに関する相談に対応しています。昨年、平本と共に複数の適格消費者団体と議論した際は、それぞれの長所を生かす形で役割を分担しました。
どのような議論をされたのでしょうか。
上村氏:
適格消費者団体は、消費者契約法など特定の法律に関する問題について、消費者に代わって企業に申入れをしたり、訴訟を起こしたりすることができる団体です。
2018年、メルカリは適格消費者団体から利用規約に関する質問や申入れを受け、2年間にわたり政策企画と法務でこれらに対応してきました。昨年、民法改正に伴う利用規約改訂のタイミングを当社と適格消費者団体の共通のゴールに設定して、議論内容を規約に反映しました。
具体的にどのような役割分担をされたのでしょうか。
平本氏:
政策企画は会社の方向性やサービス説明、利用規約の条項がサービス内でどのような位置づけになるかについて説明しました。ここは消費生活センターや相談員の方々に対してサービスのご説明をしてきた経験が活きました。
法務は利用規約に対する法的な申入れへの回答を担当しました。実際にお客さまから受けたお問い合わせに対する弊社カスタマーサービスの回答案を法的観点からレビューしてきた経験や、利用規約を作成検討してきた経験が活きました。
平本さんが特に意識されたポイントはありますか。
平本氏:
まず、法的な観点から議論を整理することを意識しました。たとえば、適格消費者団体の申入れが、消費者契約法に基づく差止請求権の範疇に含まれる申入れか否かに分けられます。
そのうえで、適格消費者団体の方々と当社の消費者保護についての見解を相互に理解することに気をつけました。
どのような点で相互理解が必要だったのでしょうか。
平本氏:
たとえば、メルカリの利用規約のなかに「出品者は購入者の商品代金を決済したあとに商品を発送する」という規定があります。
メルカリはあくまでプラットフォーマーであって、売買の当事者ではありません。適格消費者団体からは「買主でも売主でもないメルカリが、売買当事者の権利である民法533条が定める同時履行の抗弁権を利用規約で修正するのはいかがなものか」との申入れがありました。
これに対して、私たちは、私たちのサービスの特徴を説明したうえで、上述の規定をすることが出品者・購入者間のトラブルを減らすことができ、消費者保護に繋がるものであることをお伝えし、弊社サービスにおける消費者保護についてのご理解を深めていただきました。
このように、申入れがあった事項に対して、1つ1つ私たちの消費者保護の考えや実際の運用方法をお伝えすることなどを通して、消費者保護に対するお互いの見解をすり合わせることを大切にしていました。
消費者庁のデジタルプラットフォーム新法のお話についても伺えますか。
平本氏:
2019年から消費者庁で「デジタル・プラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会」が開催され、今年3月には「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律案」が閣議決定されています。
この法律はBtoCの取引のみ対象なのですが、2020年の検討段階ではメルカリのようなCtoCのプラットフォームも対象から明確に除外はされていませんでした。
対象に含まれるとどのような影響があったのでしょうか。
平本氏:
様々な影響が考えられますが、CtoCプラットフォームにおいて特に影響が大きいものを1つ挙げるとすると、「トラブルになった際、購入者が売主の情報(氏名または名称、住所等)を開示するよう、プラットフォーマーに対して請求できる」という権利規定が含まれていました。
この規定が成立し、売主の情報の開示が簡易に認められるようになると、CtoCにおいては売主は個人ですので、個人の住所と氏名がインターネット上で晒されたり、個人情報を悪用する目的で開示請求を行う利用者が現われたりすることが懸念されました。
この影響によってプラットフォーム上での売買を控える方が増えると、メルカリだけでなく、CtoCの市場全体が萎縮してしまいます。
どのように対応されたのですか。
平本氏:
弊社も所属するアジアインターネット日本連盟名義で意見書を出すことになりましたので、他の所属企業と連携して弁護士会照会や、プロバイダー責任制限法での発信者情報開示請求など、他の手段と比較した整理を行ったり、上記で挙げた懸念点を具体的に記載したりするなどして意見書の作成に参加しました。
仮に新法で個人情報を開示する仕組みを作ったとしても、既存の法律よりも簡単に開示されるようでは均衡がとれず、また情報の開示は憲法上当然に保障されるべきプライバシーや通信の秘密などの権利侵害を伴う可能性があります。さらに上述のとおりCtoCの消費者取引においては売主も保護すべき消費者です。このような指摘をしながら、個人情報の 開示を認める規定を創設することがどれだけ慎重な検討を要することなのか、法的にロジックを組み立てて意見書のなかに記載しました。
この意見書がどれだけ影響したのかはわかりませんが、「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律案」における「取引デジタルプラットフォーム」はBtoCの取引を対象とした内容となりました。
ロビイングに閉じない政策企画を目指して
今後の政策企画の位置づけについて教えてください。
吉川氏:
チーム内では、狭い意味でのロビイングに閉じない仕事をしていこう、事業の成長支援と会社の信頼獲得に貢献するためにありとあらゆることをやろうと話をしています。
たとえば、パートナーシップの開拓・拡大も自分たちにとって大事な仕事であると捉えています。「メルカリ寄付」によって寄付できる自治体やNPOを拡大していく取り組みを進めています。
ほかにも、政府やダボス会議等の国際会議でも必要性が訴えられ始めた、循環経済(サーキュラーエコノミー)への移行という社会変化を捉えて、メルカリというサービスを、もっと社会的な文脈に位置づけて理解していただくことが大切だと思っています。
サーキュラーエコノミーの重要な機能の1つとして二次流通市場がある、と認知を得ていくために、政府内で循環経済への取り組みを推進していただくとともに、この活動においても、政府だけでなく、ビジネスパートナーの獲得・開拓にも取り組んでビジネス部門をサポートしていきたいですね。
(写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)