東芝事件から見える従業員のうつ病と労務管理の問題点 12年の歳月は何を教えてくれるのか

人事労務

目次

  1. 12年に及ぶ裁判の経緯
  2. 解雇の有効と無効を分けるポイントは
  3. 復職にあたって留意することは
  4. 今後の影響は

(testing / Shutterstock.com)

 過重労働が原因でうつ病になったにも関わらず不当に解雇されたとして、東芝の元社員が同社に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し後の控訴審判決が8月31日、東京高裁であった。判決は、差し戻し前の高裁判決が認めた賠償額を増額し、東芝に約6000万円の支払いを命じた。

 一審が始まってから12年の歳月を経て下った判断は、どのような内容だったのか。また、今回の判決を受けて企業はどのような点に留意しなければいけないのだろうか。労働問題に詳しい大江橋法律事務所の牟礼大介弁護士に聞いた。

12年に及ぶ裁判の経緯

原告のどのような訴えが認められ、今回の判決に至ったのでしょうか。

 東芝事件は、うつ病に罹患した原告(従業員)が被告(会社)の休職制度に沿って休職し、休職期間満了で解雇となったことが発端です。この解雇に対し原告は、「うつ病は業務上の疾病であり労働基準法19条1項に基づき解雇は無効である」と主張して雇用契約上の地位確認と解雇以降の未払賃金および安全配慮義務違反等による損害賠償を求めて提訴しました。

 労働基準法19条1項本文は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。」と定めています。
 つまり、業務上の疾病、すなわち労災であれば、休業期間とその後30日間において解雇することは原則として認められていません。そのため、本件でも原告のうつ病が「業務上の疾病」にあたるかが問題となりましたが、この点は一審(東京地裁平成20年4月22日判決・労判965号5頁)および二審(東京高裁平成23年2月23日判決・労判1022号5頁)ともに業務上の疾病であると認め、解雇は無効として原告の雇用契約上の地位を認めました。

 もっとも、二審では、安全配慮義務違反等による損害賠償について、①原告が、神経科への通院、病名、処方された薬剤等の情報を上司や産業医等に申告しなかったことは、被告において原告のうつ病発症の回避や増悪防止措置を執る機会を失わせる一因となったもので過失相殺をするのが相当である、②原告が従前から神経症等と診断されて薬剤の処方を受けていたこと、業務を離れて治療を続けながら9年を超えてなお寛解に至らないことを併せ考慮すれば、原告には個体側のぜい弱性が存在したと推認され、素因減額をするのが相当であるとして、上記①②を理由に2割の過失相殺をしました。

 この判断を不服とした原告が上告したところ、最高裁判所(最高裁二小平成26年3月24日判決・労判1094号22頁)はその主張を認め、原告敗訴部分を破棄し、さらに、傷病手当金、休業補償給付および見舞金に関する損益相殺の範囲等についても違法があるとして、損害額について審理させるため、東京高裁に差し戻しました。

裁判の経緯

裁判の経緯

最高裁はどのように判断して差し戻したのでしょうか。

 最高裁は、①について、神経科の通院歴や病名等に関する情報は、「労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報」であり、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。」「労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。・・・被告が原告に対して業務を軽減する等の措置を執らずに本件うつ病が発症し増悪したことについて、上記情報の不申告を重視するのは相当でない。」として過失相殺を否定しました。

 また、②についても、「本件うつ病は過重な業務によって発症し増悪したものであり、業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて複数の争訟等が長期にわたり続いたため、その対応に心理的な負担を負い、争訟等の帰すうへの不安等を抱えていた」ことから、原告について「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」。として、素因減額も認めませんでした。

 すなわち、 二審が認定した過失相殺と素因減額の争点について、いずれも原告の主張が認められたことになります

 今回の東京高裁の差戻審(東京高裁平成28年8月31日判決)では、上記のような最高裁の判断を受けて、過失相殺部分については原告側の主張を認める判断を前提としつつ、さらに損害額について、①休業損害と休業補償給付との損益相殺の時期に関し、古い期間の休業損害(平成20年7月31日までの損害)に対応する休業補償給付の支給決定が平成21年6月11日および同年7月23日になされたことについて、制度本来の予定するところと異なって支給が著しく遅滞したとして、休業損害が発生したタイミングでの損益相殺を認めず、遅延損害金が発生するものと判断しました。その結果、遅延損害金だけで1657万円余りが認容されました。
 また、②慰謝料額について400万円と判断しつつ、見舞金規程上支給される見舞金との間で損益相殺がされることを前提に、見舞金規程上の支給額560万円から400万円を控除して160万円だけ認める等の判断をしました。

解雇の有効と無効を分けるポイントは

うつを理由とした解雇に対し、裁判所は今までどのような判断をしていたのでしょうか。今回は解雇が無効と判断されましたが、解雇の有効と無効を分けるポイントがあれば教えてください。

 うつ病に限らず、病気で働けないという場合、通常の就業規則は普通解雇事由の1つとして列挙しています。たとえば「精神もしくは身体の障害または勤務能率劣悪のため、業務の遂行に支障がある場合」等と就業規則に記載するようなかたちです。一方で、病気により少しでも働けない期間があれば解雇するというのでは、従業員は安心して勤務できません。そこで、私傷病(業務上の疾病または怪我でないもの)については、就業規則で休職制度を設けて、療養のための猶予期間を付与し、その間に治癒せず復職できない場合に限って普通解雇または自然退職するという取扱いが一般的です。業務上の疾病であれば、先に述べたとおり、解雇制限がある一方、私傷病では休職期間満了で退職となるため、うつ病が問題となる紛争では、それが私傷病なのか、業務上の疾病なのかという点で労使の見解が対立することが多く、裁判の帰すうもこの点の判断が分かれ目となります。

 ある疾病が業務上のものか否かについて、特にそれが精神障害の場合には判断が難しいのですが、精神障害に悩む労働者が増えたこともあり、厚生労働省は、その判断基準を明らかにしています(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)、以下「認定基準」といいます)。

 裁判所も精神障害の業務上外の認定に際しては認定基準を重視した判断をしています。認定基準によると、精神障害の発症時期を特定した上で、発症から概ね6か月前までの「具体的出来事」を精査し、その中に心理的負荷の強度が「強」と評価できるものがあるか等を検討することとなっています。具体的出来事の例や認定基準の詳細については、「認定基準」をご参照ください。

 実務的には、労働者が使用者に対して裁判(労災民訴)を提起する前に、労働者から労働基準監督署に対して労災保険の支給申請がなされ、労働基準監督署において調査の上、労災か否かの判断が下されているケースも少なくありません。

復職にあたって留意することは

一般的に、うつ病で休職した社員の復職にあたって企業が留意するポイントについて教えてください。

 病気が治癒(寛解)して労務提供が可能な状態に戻れば復職をさせることになりますが、うつ病の場合は、本当に治ったのか否かが不明瞭であるケースが多く、また回復途上では日によって調子が悪い等波があることが一般的です。したがって、企業側としては、本当に治癒したのか否かを慎重に検討すると共に、いきなり業務の負荷を大きくしない等の就労上の配慮が欠かせません。
 そして、企業は医学的な知見を有していないため、主治医、産業医またはその他会社の指定医の医学的な知見を得ながら、復職の可否や復職のプログラムを検討すべきであるといえます。この場合、主治医は患者本人の意向に強く影響される傾向がある上、職場や仕事の状況を十分に理解しているとは限りませんから、その意見のみに依拠することはリスクがあります。客観的意見という意味で、主治医以外の医師からセカンドオピニオンを得ておくべきであり、そのようなセカンドオピニオンを得ることを法的に根拠づけるため、就業規則上で復職について規定する箇所において、会社指定医(産業医を含む)への受診義務とその判断を踏まえて復職を判断する旨を定めておくことが望ましいといえます。

 復職のプログラムの中には、復職させてよいかを判断するために、試し出社等を組み込むケースもありますし、それを制度化している企業も見受けられますが、このような復職以前に復職を判断するための措置については、かかる措置の期間における各種の取扱いを明確にして労働者に理解を得る必要があります。具体的には、試し出社の際に賃金が発生するのか、労災保険との関係でどのように扱われるか等の権利義務関係を検討しておく必要があります。

復職する場合は元の部署に戻るケースが多いのでしょうか。

 復職の判断にあたっては、どの仕事で復帰してもらうのかという点も検討が必要な事項ですが、一般的には原職復帰させることが多いといえます。これは厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(最終改訂平成24年7月) が推奨しているように「たとえより好ましい職場への配置転換や異動であったとしても、新しい環境への適応にはやはりある程度の時間と心理的負担を要する」と考えられるためです。
 ただし、うつ病の原因には原職が合わなかったとか、原職の人間関係に悩んだというケースもありますし、原職が類型的にストレスのかかりやすい職種である場合もあり、原職復帰はあくまで原則であって絶対のものとはいえません。医学的な意見や本人の意向も踏まえて、慎重に検討すべき事柄です。

 なお、実際に復職してからも、比較的短い期間で再発するケースがみられることから、復職後もいきなり大きな負荷をかけずに徐々に負荷をかけるとか、管理者や周りの人間が本人の様子をよく観察してフォローを心掛ける等も、スムーズで失敗のない復職には必要だと思われます。

今後の影響は

判決を受けて、今後の企業実務に与える影響をどう考えますか

 今回の差戻審は最高裁の判断を前提に損害額についてより詳細な検討を加えたものであり、その細部はさておき、大きな部分においては最高裁の判断の時点で概ね予想されたものではあります。東芝事件の最高裁は、 業務上の疾病としてうつ病に罹患したと判断されるケースでは、本人の脆弱性や健康状態の不申告等について、会社の安全配慮義務違反の損害賠償を検討する上で、過失相殺や素因減額の余地はほとんどないことを明らかにしました。
 また差戻審では、特に 労災の支給決定が遅れた場合に、休業損害の損益相殺時期及び遅延損害金の発生について注意すべき判断をしています。

 企業としては、労働者が自らの健康状態について積極的に、自ら進んで申告してこないことを前提に労務管理すべきであり、また仮に何らかの不調のサインがあるようであれば、それに適切に対応してうつ病が悪化しないようにする安全配慮が求められるといえます。
 特に東芝事件の事実関係を見ますと、明らかに不調と見られる労働者をさらに働かせたところに問題を大きくした点があったのではないかと思われ、管理者としては部下の様子を日常的に観察の上、変調を来している場合には、業務負荷を思い切って軽減する等のメリハリの利いた丁寧な労務管理を心掛けていただきたいと思います。メンタルヘルス不調に悩む労働者は増えておりどの職場でも抱えている問題であることから、東芝事件の内容を他山の石として、労働者の健康に配慮した労務管理が望まれるところです。

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