従業員不正と監督者・マネジメントの処分と役員に対する企業の対応
危機管理・内部統制
不正が明らかになった際、当事者本人を処分することは当然ですが、企業の社会的責任を明確にするうえで、不正を防止すべく従業員を監督する立場にあるマネジメント層も処分を受けることが多々あります。
本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がけてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の西谷敦弁護士の対話を通じて、不正を行った従業員の対応をめぐる諸問題について考えます。
監督者に対する処分の根拠
渡辺氏:
前回は不正当事者本人の処分についてお聞きしましたが、今回は不正当事者を監督する立場にある上司、さらにマネジメントレベルの役員に対する処分についてお聞きしたいと思います。まず、上司に対する処分の根拠について教えてください。
西谷弁護士:
監督者である上司も一従業員ですので、不正当事者本人に対する懲戒処分と同じく、就業規則上の懲戒規定が処分の根拠となります。監督者である上司の懲戒処分とするにあたっては、以下の要件をそれぞれ満たす必要があります 1。
- 懲戒処分の根拠規定の存在(就業規則上、懲戒処分事由、懲戒の種類・程度が明記されていること。これに関連して、規定が設けられる以前の事犯について遡及的に処分しないこと(不遡及の原則)、同一事犯に対し2回懲戒処分を行わないこと(一事不再理の原則)が求められる。)
- 懲戒事由への該当性(従業員の行為が就業規則上の懲戒事由に該当し、懲戒処分に「客観的に合理的な理由」があること)
- 相当性の原則(規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当な処分とすること)
- 公平性の要請(③から派生する要請であり、同じ規定に同じ程度に違反した場合には、これに対する懲戒は同一種類、同一程度の処分とすること)
- 適正手続の要請(同じく③から派生。就業規則その他の手続規定にしたがい、組合との協議、懲戒委員会の討議、本人の弁明などの手続を遵守すること)
渡辺氏:
従業員である上司の監督責任違反を理由とする懲戒解雇が妥当と判断された事例はありますか。
西谷弁護士:
たとえば、部下の多額の横領行為につき、営業所長として経理関係書類をチェックしていれば当該横領行為は容易に発見でき、被害額も増大しなかったとして、部下の監督を怠った営業所長に対する懲戒解雇処分が有効とされた事案があります(大阪地裁判平成10年3月23日判決・労判736号39頁。以下「事例A」)。
渡辺氏:
それでは、逆に上司の懲戒解雇が不当とされた事例はありますか。
西谷弁護士:
たとえば、取締役としてX社からY社に在籍出向していた際、Y社の部下が着服行為を行ったことにつき、出向解除後に監督者としての注意義務違反があったとしてなされた諭旨解雇処分が解雇権の濫用として無効とされた事例があります(東京地裁平成11年12月17日判決・労判778号28頁。以下「事例B」)。
渡辺氏:
なぜ事例AとBでは裁判所の判断が分かれたのでしょうか。
西谷弁護士:
事例Bは、出向先であるY社における監督義務違反が出向元であるX社において問われた特殊な事例であり、出向元X社の企業秩序に及ぼす影響が間接的なものにとどまると認定されました。さらに、従業員の監督者としての注意義務違反が重大なものとはいえないこと、処分内容が監督責任を問われた他の者との比較でも処分は極めて重いことが認定されています。
渡辺氏:
これら2つの事例から、不正当事者の監督者を処分するにあたって、企業としてはどのような点に留意する必要があるのでしょうか。
西谷弁護士:
事例Aと異なり、事例Bでは、企業側による諭旨解雇の処分が、冒頭で述べた③や④の要件を満たしていないと判断されたことになります。不正を行った従業員と同じく、上司である監督者についても、想定している処分が監督者としての注意義務違反の程度や過去の同種事例、今回の件における他の者に対する処分に照らし、相当か否かという点を慎重に検討する必要があります。
なお、事例Bにおいても、取締役に注意義務違反がなかったとされているわけではなく、処分が過重であったということであり、より軽い処分であれば適法とされた可能性があることに留意が必要です。
役員に対する企業の対応
渡辺氏:
次に、従業員不正について、取締役や監査役といった役員に対する企業側の対応についてお聞きします。まず、役員についても、監督者である上司と同じように懲戒処分を行うことは可能でしょうか。
西谷弁護士:
役員とは労働契約でなく委任契約を締結しているため、就業規則の適用はなく、懲戒処分を行うことはできません。ただし、当該役員が使用人を兼務しており、使用人としての立場において従業員不正につき就業上の義務違反が認められるケースでは、懲戒処分を行うことが可能です。
渡辺氏:
それでは、従業員不正につき、役員に善管注意義務違反が認められる場合はどのような場合でしょうか。
西谷弁護士:
監視・監督義務について、従業員の不正を知り、あるいは知ることが可能であったにもかかわらず、これを見過ごし、放置した場合には、善管注意義務違反が認められます。
渡辺氏:
従業員の不正の兆候について、見過ごしたり放置したりしない限り、役員は責任を問われないということでしょうか。
西谷弁護士:
見過ごしや放置がなかったとしても、たとえば現場から本社へのレポーティングラインや内部通報制度といった不正防止のための制度の構築を怠った場合には、内部統制システム構築義務違反を理由として善管注意義務違反が認められる可能性があります。
役員報酬の減額と自主返納
渡辺氏:
次に従業員不正について、役員に善管注意義務違反が認められる場合、企業側が当該役員に対して役員報酬を一方的に減額支給することは可能ですか。
西谷弁護士:
役員報酬は株主総会、あるいは取締役会での決定事項であるため、企業側から一方的に減額することはできません。「取締役及び監査役の報酬を減額処分とする」旨のプレスリリースがよくあります。企業としては、マネジメントレベルに対しても厳正に対処していることをアピールしたいということの表れと思われますが、厳密にいうと法律的には正しくない表現ということになります。
渡辺氏:
それでは、どのように対応すればよいのでしょうか。
西谷弁護士:
当該取締役に対しては、役員報酬の任意の返還(自主返納)を求めることになります。なお、近時は、役員に善管注意義務違反(=法的責任)が認められないケースであっても、従業員不正が当該企業において発生したことについて道義的・社会的責任をとるという見地から、役員報酬の自主返納を行い、公表する事例も多くあります。
渡辺氏:
最後にお聞きしたいのですが、役員報酬の自主返納額は役員の役職などによって変わるのでしょうか。
西谷弁護士:
あくまでも自主返納が前提であるため、明確なルールがあるわけではありませんが、たとえば代表取締役社長は企業トップとしての責任の重さに鑑み、月収の30%を2か月カット、不正を起こした従業員が所属する組織を所管する取締役は月収の20%を2か月カット、その他の役員は一律月収の10%を2か月カットするなど、役職や所管業務によって段差をつけることはよく見られます。
また、非常勤の社外役員については、報酬の返還を求めないとするケースもあります。なお、不祥事に伴う役員報酬の自主返納については、プレスリリースがなされる例も多いため、同業他社の同種事例を参照しつつ、返納を求める範囲や額を検討することも重要です。
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菅野和夫『労働法〔第12版〕』(弘文堂、2019)715-718頁 ↩︎

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