不正を行った従業員の対応をめぐる諸問題
危機管理・内部統制
不正に手を染めてしまった従業員を処分することは当然のことですが、解雇や降格など、社内処分が重くなるほど不正当事者との法的紛争に発展するケースが多くなります。また、仮に敗訴となれば企業のレピュテーションを毀損するリスクが高まります。
本稿では、企業統治・内部統制構築・上場支援などのコンサルティングを手がけてきた一般社団法人GBL研究所理事、合同会社御園総合アドバイザリー顧問の渡辺樹一氏と、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の西谷敦弁護士の対話を通じて、不正を行った従業員の対応をめぐる諸問題について考えます。
不正調査中の対応
渡辺氏:
不正を行ったことが明らかな従業員について、不正調査中はどのような対応をすべきでしょうか。
西谷弁護士:
不正が発覚した場合、企業としては不正の継続を防止する観点から、調査期間中は自宅待機とすることをまずは検討すべきです。
渡辺氏:
たとえば、経理部内で経理担当者が単独で行った資産流用などでは、当該担当者しか事実関係を把握していないような場合もあるかと思います。そのような場合はどうしたらよいのでしょうか。
西谷弁護士:
不正当事者に調査協力してもらわないと調査が進まない場合は、通常業務から外したうえで出社してもらい、調査委員会の監視下で業務として調査に協力してもらうことが考えられます。
渡辺氏:
それでは、①不正当事者本人が調査に協力しない場合、あるいは、②不正当事者に対する調査について他の従業員が協力しない場合、どのように説得すればよいでしょうか。
西谷弁護士:
まず、①の不正当事者本人が調査に協力しない場合についてですが、不正当事者本人は業務命令あるいは就業規則上の職場秩序維持義務に基づき調査協力義務を負うと考えられますので、調査に協力しない場合には懲戒処分となり得ることを説明し、説得することが考えられます。
次に、②不正当事者に対する調査について他の従業員が協力しない場合については、他の従業員には当然に調査協力義務があるものではありませんので、注意が必要です。判例上、職場規律違反について従業員の調査協力義務が認められる場合として、以下があげられています(富士重工業事件・最高裁昭和52年12月13日判決・民集31巻7号1037頁等)。
( i )当該調査に協力することが当該労働者の職責に照らしてその職務内容になっていると認められる場合
( ii )調査対象である違反行為の性質・内容、違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無などの諸般の事情から総合的に判断して、同調査に協力することが労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的であると認められる場合
したがって、他の従業員が不正当事者を管理・監督すべき立場にある上司であれば( i )に該当しますが、そのような立場にない場合は( ii )の要件を満たす場合に限り、調査協力を求めることができます。
社内処分について
渡辺氏:
不正を行った従業員の社内処分(懲戒処分)において、一般的に留意すべき点を教えてください。
西谷弁護士:
懲戒処分にあたっては、労働契約法15条 1 の規定にしたがい、以下の要件をそれぞれ満たす必要があります 2。
- 懲戒処分の根拠規定の存在(就業規則上、懲戒処分事由、懲戒の種類・程度が明記されていること。これに関連して、規定が設けられる以前の事犯について遡及的に処分しないこと(不遡及の原則)、同一事犯に対し2回懲戒処分を行わないこと(一事不再理の原則)が求められる)
- 懲戒事由への該当性(従業員の行為が就業規則上の懲戒事由に該当し、懲戒処分に「客観的に合理的な理由」があること)
- 相当性の原則(規律違反の種類・程度その他の事情に照らして相当な処分とすること)
- 公平性の要請(③から派生する要請であり、同じ規定に同じ程度に違反した場合には、これに対する懲戒は同一種類、同一程度の処分とすること)
- 適正手続の要請(同じく③から派生。就業規則その他の手続規定にしたがい、組合との協議、懲戒委員会の討議、本人の弁明などの手続を遵守すること)
渡辺氏:
不正を行った従業員が複数いる場合、どのように社内処分を決めればよいのでしょうか。
西谷弁護士:
私が企業にアドバイスする場合、先述③(相当性の原則)および④(公平性の要請)の観点から、調査結果と証拠に基づき、不正の重大性や回数、調査への協力の程度といった諸ファクターを考慮し、不正当事者を罪状が重いグループ順に並べます。
そのうえで、①(懲戒処分の根拠規定の存在)および②(懲戒事由への該当性)の観点から、就業規則の規定にしたがって処分内容をグループごとに定めていきます。
特に懲戒解雇や諭旨解雇、あるいは降格といった厳しい処分が含まれる場合、対象となった従業員から争われるリスクがあることを想定し、十分な証拠の裏付けがあるかどうかを慎重に検討する必要があります。
また、当該事案における処分の平等性のみならず、過去の同種事案における社内処分との均衡性も検討する必要があり、また当該事案における処分が将来の同種事案の処分の基準となることも念頭に置く必要があります。
渡辺氏:
具体的な回答でよく理解できました。それでは、もし社内処分を不正当事者が争ってきた場合はどうしたらよいですか。
西谷弁護士:
先述のとおり、解雇や降格など、社内処分が重くなればなるほど、不正当事者から争われるリスクが高まります。最も重要なことは、事後的にどのように対応するか検討するのではなく、社内処分を下す前に、仮に不正当事者が争ってきた場合でも証拠に基づき企業側が合理的な反論をし、たとえ裁判や労働審判を起こされた場合であっても勝訴できるということを、社内のみならず、労働法専門の外部専門家にも確認したうえで、社内処分を下すことです。
これらの検討を経て下した社内処分について不正当事者が争ってきたのであれば、企業側としても、社内処分の正当性を徹底して主張することが原則となります。
渡辺氏:
社内処分は就業規則の規定に則って実施されますが、不正の発覚を機に就業規則を改訂すべき場合はありますか。
西谷弁護士:
実務対応をしていると、対象となった不正行為が就業規則に明示されていない場合や、履践すべき適正手続(労働組合との協議、懲戒委員会における討議、本人の弁明の機会等)が十分に規定されていない場合などが散見されます。
このような場合には、先述①(懲戒処分の根拠規定の存在)、②(懲戒事由への該当性)および⑤(適正手続の要請)の観点から、後日紛争となることを回避するため、実際に起こった不正行為の内容も踏まえ、就業規則を改訂することが望ましいといえます。
渡辺氏:
懲戒処分を公表することは企業側の不法行為(名誉棄損)となるのでしょうか。
西谷弁護士:
懲戒処分を公表することは、不正の再発防止という観点から合理性が認められる一方で、公表の内容・手段が不相当であれば、名誉棄損として損害賠償請求の対象となることもあるので留意が必要です。
懲戒解雇について記載された文書の配布等が問題となった裁判例(東京地裁昭和52年12月19日判決・判タ362号259頁)では、①解雇の事実や就業停止日、あるいは就業規則上の懲戒解雇規定を特定した告示の社内配布・掲示や、②元従業員を解雇した結果、会社と元従業員との間には何ら関係がなくなった旨を記載した取引先への葉書の発信については、企業の業務遂行上の必要からなされたものであると認定されました。
しかし、一方で、③「社員の皆さんへ」と題する会社名義の文書(注:懲戒解雇の理由として元従業員に極めて重大な不正行為があったことをことさらに強調して非難する内容のもの)を、給与袋に同封する方法で全従業員に配布したうえで、拡大した文書を社内に掲示する等の行為については、名誉棄損が認められ、公表方法・公表内容において社会的に相当と認められる限度を逸脱しており、違法性は阻却されないとされました。
不正従業員に対する刑事告発
渡辺氏:
たとえば、業務上横領や特別背任に該当する行為をした従業員について、会社が刑事告発をする必要はありますか。
西谷弁護士:
企業不正の再発防止のためには、厳然とした対応が必要であり、刑事犯罪相当の行為があったのであれば、企業としては刑事告発を行うことを当然視野に入れるべきです。
渡辺氏:
民間企業が刑事告発を行っても、捜査機関が対応してくれないのではないでしょうか。
西谷弁護士:
企業から刑事告発を行った場合、社会的な耳目を集めるような大規模な不正であれば別ですが、小規模な事案では、実際には捜査機関が動いてくれないというケースもあります。しかしながら、ステークホルダーに対し、不正当事者の責任を徹底追及した旨を説明するためにも、刑事告訴を行うというスタンスをとるべきであると考えます。
渡辺氏:
不正当事者の協力が得られず、不正調査が難航している場合に、刑事告訴をしない代わりに協力を得るということはありえますか。
西谷弁護士:
不正当事者の責任を徹底追及するという観点からはなるべく避けたいところですが、事実関係と真因を早期に突き止め、再発防止策を策定・実行するという大きな目標を達成するためには、不正行為を認め、調査に全面協力することを前提に刑事告訴をしないという交渉もあり得るところです。
不正従業員に対する民事上の損害賠償請求
渡辺氏:
先述の例で、従業員が会社資産を流用したような場合、民事上の責任をどこまで追及するべきですか。
西谷弁護士:
不正当事者に対しては、所有資産を徹底的に調べ上げ、必要に応じて自宅その他不動産や預金に対して仮差押手続を申し立てたうえ、話し合いの中で十分な賠償が得られない場合には、民事訴訟を提起し、勝訴判決をもって強制執行まで行う(もし和解が成立すれば和解条件に沿った賠償金を得る)のが近時のトレンドと思われます。
渡辺氏:
コストや時間を考えると、民事訴訟まで提起しても経済的に得られるものは少なく、合理的ではないように思われますが、いかがでしょうか。
西谷弁護士:
コストや時間ももちろん考慮する必要がありますが、一番重要なことは、不正当事者に対して徹底的に責任を追及することで、社内の役職員に対して厳格な対応方針を示し、再発防止につなげる点にあります。
渡辺氏:
不正当事者が破産手続の申立てをするとどうなりますか。
西谷弁護士:
場合によっては不正当事者が破産手続の申し立てを行うこともありますが、その際は、管財人を通じて資産調査をくまなく行い、可能な限りの配当を求めることと、不正当事者の免責を許可しない意見を出すことが考えられます。
なお、破産手続の実務上、裁量免責が下りないケースは滅多にありません。しかし、企業が不正当事者に対して有する損害賠償請求権は「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」に該当すれば免責対象とならないため(破産法253条1項2号)、仮に免責決定が下りたとしても企業としては民事訴訟を提起することが可能です。もっとも、破産するようなケースでは、たとえ民事訴訟を提起したとしても強制執行の対象となるような資産がほぼ存在しないものと考えられますので、破産手続の終了をもって十分に責任は追及したと考え、民事訴訟は提起しないとするのが現実的な対応と思われます。
渡辺氏:
よくわかりました。ありがとうございました。
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