新規事業は短期でスモールに目に見えるものを 無人決済店舗「TOUCH TO GO」に学ぶ、大企業・スタートアップ連携

ベンチャー

目次

  1. スタートアッププログラムからスタートし合弁会社設立へ
  2. まず短期間でスモールに目に見えるものをつくる
  3. 開発の内製化に着手する際の判断基準
  4. 大企業出身ながら、スタートアップ経営者としてのマインドを備える理由

商品を手に取りレジの前に立つだけで、タッチパネルに商品名と購入金額が表示され、あとは交通系電子マネー等で決済——こうしたスマートな無人決済を実現する店舗のシステム開発を手掛ける株式会社TOUCH TO GOは、JR東日本スタートアップ株式会社とサインポスト株式会社の合弁会社として2019年7月に設立。2020年3月に、高輪ゲートウェイ駅で第1号店をスタートさせました。

大手企業とスタートアップの連携は、意識やカルチャーの違いなどからうまくいかないケースも見られますが、オープン・イノベーションによる新しい事業創出にはどのような心構えが必要となるのでしょうか。JR東日本出身で、子会社のCVC(Corporate Venture Capital)であるJR東日本スタートアップ株式会社のシニアマネージャーも務めるTOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津智紀氏に、同社設立の背景や事業化へ向けた進行時のポイントなどを聞きました。

スタートアッププログラムからスタートし合弁会社設立へ

まずはTOUCH TO GOの事業概要について教えてください。

小売店舗の労働力不足や地域店舗の維持などといった課題解決に向け、システムの力を活用した省人化を目指し、無人決済システムソリューションを展開しています。小売の店舗が導入しやすいよう、イニシャルコストを抑え、システム利用料は月額サブスクリプション方式で提供しています。

阿久津さんはもともとJR東日本で新規事業開発に携わられていたそうですね。

はい。ただ、大手企業で新規事業を起こすにあたって、当時は時間が掛かってしまうことへのフラストレーションを感じていました。そうした課題を解決するため、スタートアップ企業をはじめとした外部の人や組織と連携するオープン・イノベーション戦略のもとスタートしたのが、JR東日本グループのCVCであるJR東日本スタートアップでした。

株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津智紀氏

株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津智紀氏

現在のTOUCH TO GOにつながるサインポストとの共同開発は、JR東日本スタートアップのビジネス共創プログラム「JR東日本スタートアッププログラム」がきっかけだったとのことですが、詳しい背景について教えていただけますか。

サインポストとの出会いは、実は同社の「ワンダーレジ」という設置型AIレジの売り込みを受けたことがきっかけでした。その際、将来的には現在のTOUCH TO GOのような無人決済店舗システムを実現したいという話を聞き、個人的に似たようなアイディアを考えていたこともあって、JR東日本スタートアッププログラムで一緒にやっていくことを提案しました。その後は、2017年に大宮、2018年に赤羽で実証実験を行うなど共同開発を進めていきました。

共同開発を進めるなかで、合弁会社をつくって本格的に事業化しようと決断されたのはどのタイミングだったのでしょうか。

2018年の赤羽での実証実験の後ですね。実証実験では、ある程度の精度を出すことができたうえ、世の中的にも一定の評価をいただいていることがわかってきたので、次はビジネスを本格化させていくフェーズだと考えていました。

スタートアップと大企業の連携においてよく問題になるのが、大企業側が意思決定をしなかったり、トラブル時にサポートしなかったりと、スタートアップ側に責任を押し付けてしまうことです。我々はそれとは逆のことをやらなければいけないと思っていたので、その手段として会社を新しくつくることにしたわけです。そして、2020年3月には、高輪ゲートウェイ駅で第1号店を開業させることができました。

高輪ゲートウェイ駅のTOUCH TO GO 1号店

高輪ゲートウェイ駅のTOUCH TO GO 1号店

まず短期間でスモールに目に見えるものをつくる

JR東日本グループという大規模な組織においてスピーディなプロジェクト進行が実現できた理由について、阿久津さんのお考えをお聞かせください。

個人的には、短期間でスモールに目に見えるものをつくることを心がけていました。いくら資料上で丁寧に説明しても、ユーザーや関係者が実際に体験できるレベルにまでもっていかなければ、そのサービスや商品の価値を理解してもらうことは難しいんですよね。

社内関係者の説得も課題になりますが、まずは周りの人たちに評価してもらうことのほうが重要だと思っています。周りの人たちの評価がメディア掲載につながり、それを社内の人たちが見るという流れをつくることができれば、「あれいいね」「やってみればいいじゃん」という空気が自ずとできてきます。

とはいえ、新しい取り組みに対して「本当に大丈夫?」とか「絶対無理だろう」などといった声が社内からあがるのは仕方がありません。ただ、取り組みを止めさせようとするほどの覚悟がある人はまずいないので、丁寧にわかりやすく説明して理解してもらうことに努めました。

第1号店の出店にあたり、高輪ゲートウェイ駅を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

駅構内の店舗は、ITリテラシーのあまり高くない人も含めてさまざまな人が立ち寄ります。無人決済店舗にとっては、世の中でいちばん過酷な場所と言ってもよいでしょう。社内の食堂やもう少し小規模の店舗でやるべきといった意見もありましたが、駅構内で問題なく利用できるようになれば、他の場所でも通用するだろうと考えて選定しました。

実際の店舗でサービスを開始されてから気づいた課題はありましたか。

想定よりも、大型リュックやスーツケースなどの大きな荷物を持って来店される方々が多かったことですね。そのほかにも、家族連れの来店者が増えてきたり、使い方がわからず現金を置いていってしまう人がいたりなど、さまざまな課題が浮き彫りになりました。こうした目の前の課題も踏まえて、来店者にどういう順番でどう案内すればサービスについてわかってもらえるか、試行錯誤を繰り返しましたね。やり始めてから改善したところのほうが多いと思います。

完璧でなければ商品やサービスは提供できないという考え方もあるなか、TOUCH TO GOはシステムの使いやすさを目指しつつも、システムをつくり込みすぎないという考えを持っているところが特徴的だと感じます。

三方良しでなければ店舗のビジネス継続には至らないので、導入先のP/Lがきちんと回るようにすることは常に意識しています。TOUCH TO GOの商品の認識率は90〜95%ほどで「100%じゃないのか」と言われることもありますが、完璧を目指すことは導入コストの増加に繋がりますし、P/Lを回すという観点とは逆の発想です。認識の段階でエラーが発生し多少のロスが出たとしても、たとえば万引等によるロス率は下げることができる。店舗としては、システム導入の費用対効果をどう考えるかが重要であり、何がなんでも100点を取ればよいというわけではないのです。割り切るところは割り切って、最終的な目的が何なのかということは見失わないようにしたいです。

開発の内製化に着手する際の判断基準

TOUCH TO GOでは、多くのデータを取り扱われるかと思います。データを利活用するうえでの法的リスクやその可能性についてはどうお考えでしょうか。

JR東日本のポイント統合事業に携わっていた経験ももとに、個人情報に関する法的リスクなどについては念頭に置きながら進めています。

またTOUCH TO GOはシステム導入先の店舗のデータを使わせてもらうという立場であり、導入先の売上向上や課題解決などといった形でデータ利活用の恩恵を還元しています。

TOUCH TO GOのようにテクノロジーを用いた新規事業の立ち上げやDXの流れが加速するなか、IT人材へのニーズも増しています。IT人材の採用や働き方についてはどのようにお考えですか。

TOUCH TO GOのエンジニアは、基本的には直接採用しています。大手SIerや大手ベンダーの経験者が多いですが、TOUCH TO GOでは自分でつくったプロダクトがどう使われていて、何が課題なのかがすぐにわかり、改善につなげていけることが楽しいと言ってくれています。大手のシステム会社などにいると、降ってきた案件への対応がメインとなり、自分の仕事が何のためにあるのか、どう改善につながっていくのかがわからないケースも多いようですが、今のところTOUCH TO GOは社内のメンバーで開発しているため、自分の手でサービスをつくっている実感が得られやすいようです。

DXの推進や新規事業の立ち上げにあたって、自社内にシステム開発のリソースを持つことは重要でしょうか。

TOUCH TO GOはスタートアップなので社内に開発リソースを抱えていますが、大企業では、自社内開発における難しさやリスクも当然大きくなってくると思います。

内製の大きなメリットはスピード感を持った開発が実現できる点だと思いますので、新サービス等で、かつダウンしてもあまり大きな影響が出ないところから、自社内のリソースで開発する体制を整えるのが良いのではないでしょうか。

大企業出身ながら、スタートアップ経営者としてのマインドを備える理由

TOUCH TO GOの今後の展望についてお聞かせください。

私たちが対象としているのは、高速道路のインターチェンジ、病院やホテルの売店といったマイクロマーケットです。買い物のニーズは強くあるけれど、対面での接客とすると赤字になってしまうようなところでも採算がとれるようなシステムをつくっていきたいと考えています。また、無人決済店舗システムの要素技術を横展開し、カラオケ店やスキー場、ジムなど小売以外の店舗との提携も始めています。今後もより業種を広げ、省人化に貢献していきたいと思っています。

阿久津さんは、JR東日本という大企業の出身でありながら、なぜスタートアップ経営者としてのマインドを持つことができているのか、取材を通して不思議に感じました。

大企業に所属してはいましたが、駅ナカコンビニの店長や青森でシードルを製造・販売する事業などを経験したことで、少人数のチームで事業を進める感覚が良い意味で身に染み付いていることが大きいと思います。また刺激に対する依存度が高まっているようにも思います。ここまでできたのなら、次はもっとできるだろうという感覚が増してきているように感じます。一度達成したときの喜びを知ってしまうと、どんどん次に行ってみたくなるんですよね。

阿久津さんからみて、大規模な組織に所属したままスタートアップ事業に取り組むメリットはあると思われますか。

大企業のリソースを使いこなせずに苦しんでいるスタートアップ企業は多く、説得に時間が掛かったり、関係者への説明が面倒だったりするデメリットはありますが、そこさえ突破できれば、リソースも資金も潤沢にある大企業でやるメリットは大きいと思います。そういう意味では、自分と同じ考えを持って行動してくれる人を社内やグループのなかに見つけることが大事かもしれません。

(文:周藤 瞳美、写真:弘田 充、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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