ベンチャー企業における海外投資家からの資金調達最新実務 コロナ後の動向を見据えて
ベンチャー
目次
はじめに
近年、日本国内におけるベンチャー企業の資金調達額は増加傾向が続いており、ここ数年で1件あたりの調達額も増加しています。そして、ベンチャー企業に国内のお金が集まる状況に加え、海外機関投資家や海外ベンチャーキャピタル等の海外投資家からの大型調達を実現するベンチャー企業も現れており、海外投資家が調達ラウンドのリード投資家となるケースも増加しています。
他方、国内のベンチャー企業にとっては、投資実務の差異や外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」といいます)等の法規制など、国内投資家からの調達と比べ要検討事項が増える面も否定できず、新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」といいます)の流行により法規制等に影響が出たものもあります。
そこで、本稿では、海外投資家からの資金調達(優先株式による調達を想定)における留意点を説明します。
ベンチャー企業における資金調達の進め方
資金調達の流れ
資金調達に向けた流れは、基本的には、純粋に国内投資家からのみ調達する場合と同様であり、下記は優先株式による資金調達の大まかな流れです。本格的デューディリジェンス(以下「DD」といいます)実施に先立ち、目線合わせも兼ねてタームシートの初期的やり取りを行うことも場合によっては有益です。
なお、ベンチャー企業による資金調達の場合、米国においては普通株式による資金調達はほとんど行われないのに対し、日本の場合、バリュエーション100億円以上の調達案件の場合であっても、3割程度は普通株式が活用されています。
- ソーシング
- NDA
- DD
- タームシート
- ベンチャー投資に係る契約の締結
- 優先株式発行
新株(優先株)発行手続については、通常、総数引受契約を利用し、簡略化した手続にて株式発行を行うケースが多い(「募集要項および割当先の決定」→「出資の履行」→「変更登記」)。
ベンチャー投資にかかる契約類型
ベンチャー企業の資金調達に際して締結される契約類型は、①株式払込契約、②株主間契約、③財産分配契約の3つとなり、基本的には発行会社・経営株主・投資家が契約当事者となります。
株主間契約については、上記契約当事者間の契約とは別に、経営の中核を担う創業株主間にて創業者株主間契約を締結し、経営への関与、退任時の株式の取扱いや競業避止義務等を定める場合もあります。また、財産分配契約については、みなし清算条項など、財産分配に関する重要な条項を抜粋したものが締結されるケースがあります。ただし、上記①~③のすべての契約を別々に締結する必要があるわけではなく、②・③をまとめて株主間契約として締結する等のアレンジも可能となります。
海外投資家からの資金調達における留意点
日本と海外の投資実務の差異
海外投資家からの資金調達において留意すべき点の1つは、日本と海外の投資実務の差異です。
この点、新株発行体が日本のベンチャー企業である場合、ベンチャー投資にかかる各種契約の準拠法は日本法となることが原則ですので、基本的には日本におけるベンチャー投資実務に沿って契約協議等が行われることとなります。また、海外投資家であっても、日本支社を有し、日本の実務に長じた担当者が関与している場合には、日本の実務をベースとした条件交渉・契約交渉を円滑に行うことも期待できます。
ただし、日本と海外の投資実務の差異を理解したうえで交渉にあたることが重要である点に変わりはありません。たとえば、優先株式発行による資金調達の場合、米国ではベンチャー企業が現実に配当を行うことはあまり想定されておらず、配当については非累積型・非参加型とされ、かつ配当実施についても普通株式と同等に取り扱われる等のシンプルな規定がおかれるケースが多くなります。これに対し、日本においては、非累積型が多い点は共通ですが、ここ数年で1倍・1参加型のケースが増加しており、この点で米国実務とは差異があります(残余財産分配条項においても同様)。また、日本の実務においては、創業者に対する株式買戻請求権を定めることがベーシックとされている点も、実務感覚の差異の一つといえます。
外為法における事前届出審査制度
海外投資家からの資金調達については、当該投資が外為法において、事前届出が義務付けられる「対内直接投資等」に該当する場合、事前届出審査制度を考慮したスケジューリング・手続履践が求められるため、注意が必要です。
外為法については、2019年の法改正に続き、改正外為法および関連改正政省令・告示が2020年5月28日に施行、2020年6月7日に全面適用されるなど改正の動きも早いため、当該改正を踏まえた対応も必要となります。なお、外国投資家による事前届出業種外への一部対内直接投資等に対しては、事後報告が義務づけられている点にも留意が必要です。
(1)外国投資家
近年の法改正により外国投資家となる日本の会社の範囲が拡大されました(外為法第26条第1項3号)。具体的には、民法上の組合、投資事業有限責任組合または外国法上の組合において、非居住者等が、出資金額の50%以上を拠出している場合、または業務執行組合員の過半数を占めている場合、当該組合自身が外為法上の外国投資家に該当します。
(2)事前届出業種
事前届出業種は、①「国の安全」、②「公の秩序」、③「公衆の安全」、④「我が国経済の円滑な運営」の4つ観点から指定されることとされており、事前届出業種への該当性については、定款記載の事業目的や有価証券報告書等の公表情報や取得済許認可等を考慮し該当性が判断されます。なお、新型コロナ流行を受け、「国の安全」に関わる届出対象業種に「新型コロナ対応」が追加されました。
また、事前届出業種の該当性判断に関係する規制品や規制技術は毎年変動する可能性があるので留意が必要です。
(3)対内直接投資等
近年の法改正により対内直接投資等の範囲が拡大され、上場会社株式・議決権取得時の事前届出の閾値引下げ(10%から1%に引き下げ)、取締役・監査役の選任及び事業譲渡等に関する議決権行使の一部の対象追加、事業譲受等の追加等が対象範囲に含まれました。
また、法改正により、新たに事前届出免除制度が設けられ、下記条件を満たし、会社の経営に重要な影響を与えることを企図しないポートフォリオ投資等については、事前届出が免除されました。
- 過去に外為法に違反した者その他の政令で定める一定の者に該当しない
- 株式または議決権の取得等一定の対内直接投資等
- 国の安全等にかかる対内直接投資等に該当するおそれが大きいものとして政令で定めるもの以外
- 以下の基準を遵守する
( i )外国投資家自らまたはその密接関係者が役員に就任しない
( ii )重要事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しない
( iii )国の安全等にかかる非公開の技術情報にアクセスしない
事前届出の対象となった場合、財務大臣および事業所管大臣が審査を行うこととなり(提出窓口は日銀、事業所管大臣は経産省となるケースが多い)、一定の待機期間が発生します。事前届出の流れは、概要下記の通りです。
- 届出
- 審査
- (②にて問題があった場合)外為審の意見聴取
- (③にて問題があった場合)変更・中止の勧告
ただし、過去の実例は1件のみ(TCIによるJパワー株式取得) - (④に応諾しない場合)変更・中止の命令
(④に応諾する場合)投資内容変更または中止 - (⑤の命令違反・応諾内容違反)刑事罰
審査期間については、日本銀行が届出書を受容した日から起算して30日を経過するまでの期間が待機期間とされていますが(最長5か月まで延長)、コア業種に該当しない場合には、通常2週間に短縮されます。
他方、コア業種に該当する場合には、2週間以上を要する場合が多く、審査に関する対応事項も増える可能性があるため留意が必要です。コア業種については、新型コロナ流行を踏まえ、2020年7月15日以降に実行される投資については、感染症に対する医薬品や高度管理医療機器に係る製造業がコア業種に追加されました。その他、一見、公共の利益との関連が強くないように思われる業態であっても、サービス提供の為にユーザーの位置情報を利用する場合などコア業種に該当するケースもあるため慎重な検討が必要となります。
参考:日本銀行国際局国際収支課 外為法手続グループ「外為法Q&A 対内直接投資・特定取得編」
海外投資家からの払込手続
海外投資家との間で資金調達に関する条件面で合意し、無事各種契約等が締結できたとしても、最後の「払込手続」については注意が必要です。
この点、海外投資家から日本の発行会社に対する払込金額の送金手続については、通常、国内送金より完了まで時間を要するため、株式払込契約における契約締結日から払込期日までの期間設定に留意する必要があります。一般的には、1週間程度を払込期日までの期間として設定することが多いですが、万が一払込期日までに着金確認できない場合には手続をやり直すことになりかねないため、発行会社・投資家双方にて連携し、漏れのないよう対応することが求められます。
さいごに
以上の通り、本稿では、ベンチャー企業による海外投資家からの資金調達特有の留意点を中心に説明してきました。新型コロナはベンチャー投資にも様々な影響を与えていますが、欧米と比較し感染状況が相対的に深刻ではないアジア圏を中心にベンチャー投資は回復しつつあり、特に感染者数が少ない日本に対する投資のさらなる増加が期待されます。
日本のベンチャー企業にとっては、海外展開を見据えた大型調達を目指す企業はもちろん、海外投資家の資金力、ネットワーク、スピード感、そしてベンチャー企業への理解の深さが魅力的であることは確かです。本稿が、海外投資家からの調達により大きく羽ばたこうとするベンチャー企業、それを支える投資家への一助となれば幸いです。

森・濱田松本法律事務所 東京オフィス
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