「コロナを超える」新しい法務キャリアの学び方 - ビジネスマッチング実践型大学院「武蔵野大学大学院」で即戦力の法務人材へ
法務部
目次
はじめに―コロナを超える、人生の「傾向と対策」
2020年も年末に向かう今、世の中の話題は新型コロナウイルス一色である。多くの人が不自由を強いられ、中には職を失った人も、人生の希望が見えなくなった人もいる。ただ、考えていただきたい。終息が見通せないコロナ禍の中でも、人は確実に年を取る。今何かをやらないと、これからの人生の設計図が大きく変わってしまう、という人も多いはずである。ビジネス法務の世界で、そういう立ち位置にいる人のために、本稿をささげたい。新型コロナは、決して「戦う」べきものでも、「耐え忍ぶ」べきものでもなく、「超える」べきものと私は思っている。行動するのは今、なのである。
昔、『傾向と対策』という受験参考書があった。目先の新型コロナの蔓延と、もっと長いスパンで見る時代の趨勢と、その両方から「傾向」を見出して人生の「対策」を立てるべきと私は思う。ただ、人生は受験勉強のような表面的なノウハウで乗り切れるものではない。それなりの理論武装が必要である。私が提示するキーワードは、「Society 5.0」である。
Society 5.0は競争激化の知識社会
Society 5.0は、わが国が提唱する未来社会のコンセプトで、科学技術基本法に基づき、5年ごとに改定されている科学技術基本計画の第5期(2016年度から2020年度の範囲)でキャッチフレーズとして提示された言葉である。サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させた、AIを活用する超スマート社会、などと言われても、正直なかなか実感も湧かず、私自身ほとんど気に留めていなかった。
しかしこのSociety 5.0について、社会学者の川山 竜二教授(社会情報大学院大学)が興味ある分析をしていた。Society 5.0は、その前の「情報社会」から、さして大きな社会の革命的変化を経ずに登場した「知識社会(知識基盤社会)」であり、この「知識社会」では、必然的に競争が激しくなるというのである。つまり、知識には、境界がない、相続できない、万人に機会がある、上を目指せる、世界が競争相手である、ということで競争が必然的に激化する。そして、知識は陳腐化するので、必然的に生涯学び直しの続く社会になるというのである(川山教授の2020年武蔵野大学講演より)。
つまり、社会人の学び直しなどというのは、個人の志の問題ではなく、現代社会の構造の問題だというわけである。そうだとすると、我々は、新型コロナが続こうと終ろうと、学びを続けるべき状況にある、ということになる。この認識を本稿の出発点としたい。
法務人材の需要と供給
「法務人材、高まるニーズ」「求人数1.5倍に」「フィンテックや自動運転」「裏方から前線へ」――これは、2018年12月29日付の日本経済新聞のある記事の見出しである 1。実際、中途採用の求人倍率のデータで見ると、法務・知財の人材ニーズは、すでに2015年あたりから急増している。その理由は、上記の記事の中からキー・フレーズを拾えば、「新しい領域に進出する際は法務のニーズが増す」(人材大手ジェイエイシーリクルートメント)からということになろう。
しかしながら、今日のわが国では、そのための人材供給の仕組みは整っているだろうか。十分に整っていないというのであれば、どうすればいいのか。
実はこの問題は、小手先の技術論では本質的な答えの出せない問題なのであるが、読者にそもそも論から長くお付き合いいただく気持ちはない。ただ、問題の根源を端的に示したうえで、現代の、おそらくは最先端となる、対応策をお示ししたい。
根源は大学の法学教育のあり方に
ポイントは、「段階的法学教育」にある。法務人材の供給イコール法科大学院、ではない。今日、インハウスローヤーが増えていることは、企業法務全体のレベルアップのためにも非常に良いことなのであるが(池田「令和時代の新しい法務キャリアの切り拓き方」会社法務A2Z VOL2020-9(2020)参照)、法曹資格を持たない法務部員はもちろん多いし、おそらくそれが現在でも多数派であろう。しかも中小の会社では、総務課などと兼務する「ひとり法務」部員もおられる。こういう人材をどう育成し、どうキャリアアップを図らせていくのか、というところが問題の核心なのである。
先日も、企業人から大学理事になったある方に、「多くの学生が就職したときに必須の知識となるのは「初級法務」なのです」と言われた。こういう、初級的な法務知識の持ち主を育成することを含めて、法律学の導入教育、専門教育、法務の職能教育、法曹養成教育、と、法学教育は多様な、段階的なプログラムを備えなければならないのである(私はかつて、現在話題になっている日本学術会議の法学委員会委員長を務めていたが、その折の2012年の報告書「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準・法学分野」に、この「段階的法学教育」の持論を書き入れている)。それが整えられていないのが、根源の問題なのである。
この点については、私は、2014年に武蔵野大学の東京有明の新キャンパスに創設した法学部法律学科で、「マジョリティのための法学教育」を提唱し、実践してきた(詳細は池田「新世代法学部教育の実践―今、日本の法学教育に求められるもの」書斎の窓643号から648号に連載(2016)参照)。
少し古いデータだが、全国の法学部系の大学生の数は、13万6,000人を超える(読売新聞『大学の実力』編集部2015年度調査による)。一学年約3万4,000人になるその中で、毎年の司法試験の合格者数は、現在5%にも満たないのである。それならば、大学法学教育は、それ以外の9割以上の多数派の学生を主たる対象として行われなければならないのは当然であろう。
つまり、これまでの大学の法学教育が、法曹や国家公務員等にならないマジョリティの法学部生にも、条文の細かい解釈学説などを教えることにばかり終始して、初級法務の知識も身につけさせずに社会に送り出してきたことが、問題の最大の元凶なのである。いくらA説だB説だなどと教え込んでも、世の中の紛争を解決する能力は全く備わらないのである。
そうではなくて、それらの学生たちが卒業して入っていく企業や地域の集団の中で、紛争を適切に回避・解決でき、その集団の構成員を幸福に導けるような能力を付けさせることこそが、現代の法学部教育の要諦なのではないかということなのである。
法務人材育成のための大学の役割
2019年9月2日の日本経済新聞「法トーク」で、同志社大学の小倉 隆教授は、「日本企業の法務部門の強化に向けて、大学も一翼を担うべきだ」と主張されている 2。小倉教授は、長く大手建設会社の法務部に勤務された方とのことであるが、企業法務に精通する人材の裾野を広げるために「大学教育の重要性が増している」と述べておられる。
そのこと自体は、大方の異論のないところであろう。ちなみに同記事では、経済産業省の有識者会議が2018年4月にまとめた報告書でも、日本企業の国際競争力を高めるために、社内研修のほか、社会人大学院の活用などを提言していることにも触れている。
そうすると、問題は、その「重要性を増している」はずの大学が、実際にどのような法務人材育成のプログラムを組んで実践を始めているのか、というところにかかるのである。
即戦力の法務人材をどう育てるかービジネス法務大学院の創設
先述の「初級法務」は大学法学部で教えられるとしても、本格的な法務を、あるいはその法務を支える理論や社会的意義等を教えるのは、やはり大学院の仕事である。
しかしながら、日本では、これまでは(ことに文系では)大学院を修了しても少しも就職に有利にならず、給与体系も変わらないという社会状況もあって(これが世界の主要先進国の中では例外的であることは後で再論する)、人々が大学院での学びを考えることは多くなかった。したがって、実際にビジネス法務を専攻できる大学院はまだ数少ない。
詳細はそれぞれの大学院のホームページを参照して確認をしてみていただきたいのだが、そのような状況の中で、たとえば武蔵野大学では、2018年に、大学院法学研究科をビジネス法務専攻として開設した(この段階では修士課程のみ)。
そこでは、専任・非常勤の全教員の半数以上が弁護士、不動産鑑定士、企業の法務部長、起業家などの実務家教員である。設置科目も下記のとおり、法科大学院でも揃っていないような科目群が専門の弁護士等の実務家教員によって開講されている。
- 金融法(FinTech)
- 金融法(ABL)
- 企業M&A法
- 再生可能エネルギー法
- エンターテインメント法
- 知的財産政策
- 倒産・保全・執行法実務
- 不動産評価論特講
- リーガルライティング など
また2020年度からは、起業のノウハウから会社設立に必要な法律知識までを教授し、創業計画書を作ってプレゼンテーションまでさせる、「起業ビジネス法務総合」(起業家教員、研究者教員の多数のオムニバス授業)という科目も開始されている。
コロナを超える―ビジネスマッチング実践型大学院へ
武蔵野大学大学院では、もともと社会人のフレックスタイム勤務の対応として、午前中と夕方以降にしか講義時間を設定していなかったのだが(修士課程は社会人一年修了コースがあり、一期生は、ある大手コンサルティング会社の社員が勤務を続けながらそのコースで修了している)、さらに来年2021年度からは、修士・博士ともに、「ビジネスマッチング実践型大学院」として、遠隔授業を含めた授業形態や時間割を、教員と院生の合意で選択できる新しい制度を採用する。
これは、ABLなどでも重要な「ビジネスマッチング」の実践として、当初設定された対面授業時間割を、教員と院生で相談して合意できれば遠隔授業等に(遠隔・対面ハイブリッドも含め)変更可能で、それを研究科委員会が承認すればよいというシステムである。私見の及ぶ限り、わが国初の試みであろう。新型コロナ禍で培った遠隔授業のノウハウを生かしたアイディアである。
時間割も他に支障がなければ合意で変更してよい。また、学外学修届を出して教員の法律事務所で授業をすることも可能である。これによって、社会人学生も、実務家教員も、相互に最適で最も効率の良い研究・教育環境を構築できる。社会人学生の仕事との両立も促進できると考えられる(この新システムは、今後新型コロナの状況がどう変わろうとも採用が続けられる予定である)。
- オンライン、対面、ハイブリッドなど授業形態を教員と院生の合意で選択できる
- 時間割も教員と院生で相談して合意すれば変更可能
- 学外学修届を出して教員の法律事務所で授業をすることも可能
法務人材の育成は法務人材の手に―実務家教員の養成へ
「知識社会」の中での学びを支援し促進するという論理は、究極的には、「実務家を育てる実務家教員を大学が養成する」という話になる。
最近でも、大学で教わったことは世の中に出て役に立たないとか、法務で役に立つノウハウは大学で教わったことと真逆だなどという意見を聞くこともある。確かに、まだそういう「学理的な」ことばかり教える大学もある。しかし、企業が変わり弁護士事務所が変わる時代には、大学ももちろん変貌するのである。
研究者教員が教えることが的外れだというのであれば、実務を知る法務人材や専門士業の人々を教員にすればいい。そういう人々はきちんとした「教え方」を知らない、という批判があるのであれば、教え方まで教えればいい。そうやっていわゆる「実務家教員」を養成すれば、法務人材のセカンドキャリアの道も開けるはずである。
ビジネス法務の実務家教員の養成―博士課程の創設
そう考えて、武蔵野大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻では、2021年4月からは、実務家教員養成を、研究者養成と並ぶ柱と設定して、博士後期課程を設置することになった。
そこでは、「ビジネス法務専門教育教授法」という科目を置くだけでなく、文部科学省の「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」に基づく「実務家教員COEプロジェクト」の連携校に選定されて、文字通り「教え方」も教えるのである(プロジェクト主幹校の社会情報大学院大学における「実務家教員養成課程」も受講させる予定である)。
もちろん、修士課程修了でも研修講師やゲストスピーカーとして教壇に立つことはできようが、たとえば大学の正規教員採用には、博士学位が必要という採用基準がわが国でも定着してきている。
世界の主要国では、過去10年ほどの間で博士号の取得者が軒並み増加しているのに、唯一日本では、一割以上も減っている事実がある(2019年12月8日付日本経済新聞が紹介する、科学技術・学術政策研究所のデータによる)3。海外は日本と比べて、修士・博士号の取得者は学部卒より就職が有利で待遇も良い。この決定的な違いが、学生が大学院への進学をためらう大きな要因であろうが、日本の慣行や企業風土などという言葉では片付けられない問題である。
本稿の冒頭に述べたように、我々が、必然的に競争が激化する「知識社会」の社会構造の中で生きているとするならば、日本はこのままでは確実に世界の競争から遅れ、取り残される。それがわかっているなら、今、改善を始めなければならないのである。
社会人入試のニューノーマル
なお、以上述べた武蔵野大学の大学院新機軸は、入試方法にも現れている。従来のいわゆる研究者養成大学院であれば、法学研究科の場合、英独仏の語学試験などが課されていたが、社会人については、志望理由書の研究プランと、職務経歴書の審査(博士課程の場合はこれに論文や研究発表履歴などの業績審査が加わる)と面接での選考となる。
もっとも、語学を軽視しているわけではなく、日本語以外に英語・中国語での論文提出も(これまた希望指導教授の許諾と研究科委員会による審査体制の確認によって)認められることとしている。したがって、留学生が母国語で論文を書いて学位を得る可能性も確保されているわけである(なお、本年度の入試日程は別記の通りである)。
むすびに代えて―ビジネス法務教育の不断のイノベーション
現代の「知識社会」におけるビジネス法務においては、先に述べたように、知識の陳腐化も大きな課題となり、大学院のカリキュラムにも不断の改新が求められる。たとえば、現下の課題でいえば、電子契約、サイバーセキュリティなどの科目を置いたり、それらに関する研究会、シンポジウム等を開催する必要があろう。
また、学理偏重を批判しつつ、問題解決の実践を重視した新たな研究の地平を開く努力も必要である(池田「行動立法学序説ー民法改正を検証する新時代の民法学の提唱」法学研究93巻7号(2020)参照)。今こそ、わが国のビジネス法務のキャリア形成システムが、社会のニーズを正しく吸収できる形で、確立されなければならないのである。
【入学試験日】
(修士・博士) 2021年1月21日(日) 出願期間2020年12月2日~12月15日
(修士のみ) 2021年3月 8日(日) 出願期間2021年2月10日~2月19日
〔募集要項〕大学ホームページからダウンロードしてください
https://www.musashino-u.ac.jp/admission/download/graduate_school.html
〔問合せ先〕
〒135-8181 東京都江東区有明3-3-3 武蔵野大学入試センター
nyushi@musashino-u.ac.jp

武蔵野大学大学院法学研究科長・慶應義塾大学名誉教授