経営と法務の関係の在り方をテーマに、企業法務のトップランナーが提言 「LegalForce Conference 2020」開催レポート
法務部
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グローバル化や法規制、ビジネスモデルの複雑化、新型コロナウイルス感染症の流行——ビジネス環境の不確実性が増している昨今、リスクに対応しながら事業上のチャレンジを行うことが求められるなか、法務機能が果たすべき役割に、かつてないほど期待が高まっています。一方で、多くの企業においては、法務機能を十分に経営に活用できているとはいえないのが現状です。経営は法務にどういった役割を期待すべきなのでしょうか。また、法務はどのように経営の期待に応えていくことができるのでしょうか。
こうした問いへの回答を示すべく、AIによる契約書レビュー支援サービスを提供するLegalForceは、9月8日、企業法務のトップランナーを招き、経営と法務の関係性と法務機能強化のための具体策を考えるカンファレンス「LegalForce Conference 2020」を開催しました。本記事では、各講演の概要をレポートします。
法務の力を活かすことで経営をより強化する流れを
冒頭では、LegalForce 代表取締役CEO 角田望氏が登壇し、カンファレンスの趣旨について説明。「経営は、法務の力で強くなる。」という今回のテーマに込めた思いについて、「成長を志向する企業において、経営者は常に新しいチャレンジを行い、不確実な状況の中で意思決定を繰り返す。法規制が複雑化し、コンプライアンス・リスクが高まるなか、企業経営に法務の力を活かしていくことの必要性が高まっている。企業経営者が法務の力を知り、それを活かすことで、経営をより強化する流れが生まれてほしい」と語りました。
企業の法務構造の捉え方
基調講演では、インテグラル 代表取締役 パートナー/スカイマーク 取締役会長 佐山展生氏が「日本型バイアウト投資・リスクをとる経営と法務 ~人生は「面白そう」を追求する旅~」と題し、企業の法務構造やスカイマーク再生の舞台裏、M&Aに関する実務知識・ノウハウなどについて説明しました。
M&Aの黎明期であった1987年に三井銀行へ中途で入社して以来、長年M&Aをはじめとする法務実務に携わってきた佐山氏。自身の経験を踏まえ、企業の法務構造について「ベースラインにはガバナンスがあり、その上に各企業のコンプライアンス、そして製造・購買・販売などの諸契約がある」としたうえで、「コンプライアンス体制については、あるべき姿や不足点が明確で経営陣に説明しやすいが、ガバナンスに関しては、どうあるべきかの具体論が不明確であるうえに、経営者に提言して是正していく必要があるため、企業法務が関与していくことは極めて難しい。最終的に社員満足度を向上し企業価値を高める仕組みになっているか、能力のない経営陣が居座れる仕組みになっていないか、という原点に戻って考えるとよい」と、基本となる考え方について紹介しました。
経済産業省が提言する日本企業の法務機能
日本企業が大きな競争環境の変化にさらされているなか、経済産業省は「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」を設置し、平成30年4月に「平成報告書」を発表。さらに令和元年11月には第2弾となる「令和報告書」をとりまとめています。経済産業省 経済産業政策局 競争環境整備室長 桝口豊氏は、同報告書の作成背景や内容のエッセンス、公表後の動向などについて説明しました。
報告書においては、企業が健全かつ持続的に成長するよう法的支援を行うことが法務の機能とされており、具体的には大きくわけて「企業のガーディアンとしての機能」と「ビジネスのパートナーとしての機能」の2つがあるとされています。さらに「令和報告書」では、ビジネスのパートナーとしての機能は、事業が踏み込める領域を広げる、またはルール自体を新たに構築・変更することでビジネスの枠を広げる「クリエーション」の機能、その枠内でのビジネスの最大化を図る「ナビゲーション」の機能にわけて考え、再定義しています。
こうした考えのもと、桝口氏は「リーガルイシューをどのように捉えていくかが企業の成長の成否を決める」「ルールの捉え方や視点を変えることで経営と法務が一体となった戦略的経営が実現する」「ビジョンとロジックを兼ね備えビジネスに対する意識を持った行動することが、法務機能の基本である」と説明しました。
ビジネスのなかに法務が組み込まれた状態をつくる
「ビジネスパートナーというと経営や事業部に寄り添うようなイメージだが、これからはビジネスのなかに法務が組み込まれている状態をつくりださなければならない」と語るのは、サントリーホールディングス リスクマネジメント本部 法務部 部長 兼 コンプライアンス室 部長 明司雅宏氏。「これからの経営と法務の関係性~ 「ビジネスパートナー」からの脱却〜」と題して、自社の取り組みについて紹介しました。
サントリーホールディングスでは、法務の機能を「ガーディアン」「ナビゲーション」「クリエーション」「アクティベーション」の4つにわけて定義。「アクティベーション」は他の3つの機能を支える基盤となる、リーガルテックの活用も含めたリーガルオペレーションの機能を指しています。明司氏は「法務は本来、環境の変化を先読みする能力を持っているはず。令和報告書を読み込んで、自社ならどういうことができるか議論して進めていく必要がある」と説明します。
たとえば、コロナ禍の対応として同社では、法務が中心となってタスクフォースを設置し、飲食店やオフィス飲料に大きな影響が出ているなか、会社としてどういうメッセージを出すべきか、広報とともに議論を進めました。「企業法務はこうした危機のときにこそ、前に出ていかなければならない」と明司氏はメッセージを送りました。
会社存亡を脅かすグローバルリスクをどう捉えるか
双日 執行役員 法務、広報担当本部長 守田達也氏の講演「会社存亡を脅かすグローバルリスクと法務の責務」では、グローバル化に伴う法務リスクについて語られました。
守田氏は「日本企業にとってグローバライゼーションが重要な経営課題であるのは自明」としたうえで、「海外進出の際に、国内と比べて大きな“マグニチュード”(会社に与える影響の大きさ)を有するリスクが存在することを認識して、それに備えておくことが必要」とします。
そもそも、グローバル化に伴って“マグニチュード”が増すのはなぜでしょうか。守田氏は「競争法・腐敗・環境・労務・紛争・安全保障」×「執行の厳しさ・対応費用・複数国からの執行・刑事や行政に加えて民事訴訟がフォローすること」×「ビジネスモデル・会社規模・対象国」の掛け合わせで考えることができると紹介。これをもとに、マグニチュードの要因を整理して大きさを見積もり、そのインパクトに合わせたメリハリのある対応を行うことが重要と解説しました。
経営陣や事業を理解し、未来創造できる法務になる
ヤフー 執行役員 法務統括本部長 妹尾正仁氏は、同社で法務部門以外の部署に所属してきた経験も踏まえつつ、「経営の視座と法務の視座は違うのか?」と題した講演を行いました。
法律事務所勤務を経て2012年にヤフーに入社した妹尾氏。入社後約6年半の間は法務ではなく、COO室、企業戦略本部M&A戦略室、社会貢献事業本部などに所属。2019年4月より法務部門の責任者に就任しています。妹尾氏は、法務部門以外での経験と法務部門での1年半により感じた法務のおもしろさとして「経営との距離感の最適化」をあげ、リスクテイクを厭わない経営と、ガーディアン機能を中心としたリスク軽減を目的とする法務は、未来への向き合い方が異なるため、基本的には相性が悪いと指摘しました。そのうえで、未来創造の支援もできる法務になるためのヒントとして、次のように提言しました。
「ナビゲーション・クリエーション・ガーディアンとしての法務の機能を適切に発揮するには、経営陣や事業への理解が重要となる。世の中が変わっていくなかでは、自分たちも変化をしていなければならないし、変化をすることこそが安定という結果を生む。法務業務の質を高めるのもキャリア形成の1つの道だが、柔軟性を持って活躍するというのも1つの手だろう」
法務が“Part of Business”になるために
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 代表取締役 ジェネラルカウンセル 北島敬之氏と同社 法務グループ リーガルマネジャー 松井さやか氏は、「法務の力で社会を変える」と題して、ユニリーバにおける法務の役割と心構えなどについて紹介しました。
前述のとおり、経済産業省の「令和報告書」においては、法務にはガーディアンとビジネスのパートナーという2つの機能があるとされていますが、北島氏は「ユニリーバのCLOはビジネスパートナーからさらに踏み込んで、法務が “Part of Business(ビジネスの一部)”になることの重要性を訴えている。ビジネスを知っている法務のプロになるのではなく、“Business Leader who knows a lot of legal(法務的なことをたくさん知っているビジネスのリーダー)”として、あくまでビジネスを健全に成長させて守っていくことが法務の役割」とユニリーバでの方針を紹介しました。
さらにPart of Businessになるために、経営の優先順位=法務の優先順位としたうえで、これに基づいた経営戦略の実現をサポートすることが、法務のプレゼンス向上につながると説明。北島氏は「売上や業績を上げるだけでなく、社会に対する良いインパクトを与えることが経営の優先順位に入ってきつつある。法務としてもそれに寄与することで社会のよりよい変化のサポートにもつながる」と、法務の社会に対する影響についても言及しました。
また、松井氏は経営と法務の関係性を考えるにあたり、法務専門の担当役員・取締役が少ない理由について「法務が何をしているか/できるかが正確に伝わっていないのでは」とコミュニケーションにギャップがあると考察したうえで、「お互いが何をしているかわかっている状態をいかにつくっていくかが大事」と話しました。
危機的状況下における法務の「オーガナイザー機能」の重要性と「経営法務人材」の育成
コロナ禍において、法務として経営の期待に応えるためにはどういった行動をとるべきでしょうか。「不可抗力宣言の応酬、取引先・下請会社の信用悪化、履行遅延、サプライチェーンへの影響など、現場の苦難を乗り越えるために法務の支援が必要。法務としては今こそ機能発揮していくタイミング」「また現在は大きな変革をドライブするチャンス。変革に出遅れてはならない」と語るのは、三井物産 法務部長 高野雄市氏です。「いま法務部門は何をすべきか - 求められる法務機能と人材育成」と題して、危機的状況下での法務機能のあり方について紹介しました。
三井物産では経済産業省の「令和報告書」をもとに、法務機能を「ガーディアン」「ナビゲーター」「エクスプローラー」「オーガナイザー」の4つにわけて考えています。ガーディアン、ナビゲーター、エクスプローラーは、それぞれ、「令和報告書」のガーディアン、ナビゲーション、クリエーションに対応していますが、特徴的なのは、オーガナイザーの機能です。これは、会社の危機下において、法務部門が社内横断的にリーダーシップを発揮して危機対応の総合力を発揮することと定義されています。
特にコロナ禍においては、オーガナイザー機能が重要であると高野氏は指摘。「たとえば、新型コロナウイルスの影響を大きく受けている重要プロジェクトの対応を社内でリードしたり、想定していなかったリスクや綻びを検知してその補強を提言していったりするなど、社内的に法務のリーダーシップを発揮していくことが重要」と説明しました。
また、法務人材については、「法務部門の在り姿、貢献の形を常に考え、それを実行に移す、そのような信念が必要」と指摘したうえで、「法務部員は、「経営法務人材」として、もっと大きな世界で活躍できるポテンシャルがある。そのためには、多様な分野で法務人材が活躍する姿を見せていくことが大事。重要なことは、人材を育てること」と人材育成・活用の重要性を強調しました。
リーガルテックの導入はトライアルでのスタートと効果検証がポイント
「管理部門のなかで特に法務は業務分析が遅れており、それに伴いシステム化も遅れている」と指摘するのは、太陽誘電 法務部長 佐々木毅尚氏。「法務業務改革へ向けたリーガルテックの活用」と題し、同社の法務業務改革やリーガルテックツール導入の事例を紹介しました。
2016年に太陽誘電へ移った佐々木氏は、半年間をかけて契約業務の詳細について調査し、契約業務の改革プロジェクトを立ち上げました。そこでの経験を踏まえ、「努力や情熱といった精神論での業務改革は不可能。システムを導入してデータで管理する必要がある」と語ります。
太陽誘電の法務部では、自社開発システムに加え、さまざまなリーガルテックツールの導入を進めています。リーガルテック導入のポイントとして、佐々木氏は、まずは担当者・部門・契約類型などで業務を限定して、トライアルでスタートすることをあげます。またリーガルテックの導入目的としては、ルーティーンワークの生産性向上、品質管理、ナレッジの共有などをあげ、導入後にその効果を定量的に検証していくことの重要性についても紹介しました。
米国から学ぶリーガルテック導入の鍵「リーガルオペレーション」
LegalForce 法務開発 ステファニー・サンタナ氏は、「英語圏におけるリーガルテックの最新動向 / 企業法務実務へのインパクト」と題し、主にリーガルテック先進国である米国での状況について説明しました。
サンタナ氏は、法務部門のリーガルテック導入率が日本では13%であるのに対し、米国では65%という調査結果を紹介。米国でリーガルテックが普及している理由の1つに「リーガルオペレーション」の機能を果たす法務部員がリーガルテック導入における課題解決に取り組んでいることをあげました。
リーガルオペレーションとは、戦略的計画やメンバーのキャリアに関する訓練・開発、テクノロジーの導入支援といった法務に関する管理業務を指します。米国トップ企業の法務部門は、法務メンバーの4%をリーガルオペレーションにあてているといいます。
たとえば、リーガルテック導入においては、導入直後の一定期間に混乱が生じることでパフォーマンスが低下してしまうという課題がありますが、リーガルオペレーションは、ここをコントロールする役割を担います。
サンタナ氏は「まずは1人だけでもリーガルオペレーションの役割を担う人材を置いてみるところから始めるとよい。また、小さい組織の場合は、一定時間だけリーガルオペレーションの業務を行ってみるというやり方もある」ことを紹介しました。
法務の武器が揃った今こそが、経営の要求に答えるとき
最後のセッションでは全スピーカーが集まり、「法務機能強化の第一歩としてのDX」というテーマでディスカッションを行いました。
昨今注目が集まるDXですが、DXは目的ではなく、あくまで手段です。では、法務のDXは何のために行うべきでしょうか。桝口氏は「法務部門のリソースが限られていることからも、法務サービスを強化するにはDXが必要」とします。また、佐々木氏は、「法務としてのデジタル化のメリットは、業務効率化によって時間が生み出されることと、活用できる情報が増えること。これらの時間と情報を使って、課題発見型の法務になっていかなければならない」と提言しました。
また、明司氏は、法律雑誌『商事法務』にて40年前に在宅勤務やリーガルテックの法務への導入が予言されていたことを紹介し、「法務が経営に入るという予言だけが実現されていない」という現状を指摘。「武器は揃っているので、今こそ、経営から求められることに応えるとき」と語りました。
法務は経営者に正しい道を示す「道案内人」へ
複雑化する法規制のなかで法務は、経営者に正しい道を示す「道案内人」となることが求められています。LegalForceの角田氏は「LegalForceは、『全ての契約リスクを制御可能にする』というミッションを掲げ、道案内人の剣・コンパス・地図として、これからも法務をサポートしていく」と述べ、カンファレンスを締めくくりました。
(文:周藤 瞳美、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)