サイボウズ 青野社長が経営者に問う新常態への「覚悟」の意味
人事労務
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新型コロナウイルス感染症流行の影響によりテレワークが普及し、グループウェアやWeb会議、電子サインなどのITツールを新たに利用開始する企業が増えてきています。一方で、緊急事態宣言の解除以降、通勤客数が徐々に上昇するなど、一度取り入れられたはずの柔軟な働き方が定着せず、慣例により従来の執務状況に戻ってしまう企業も見られます。
本稿では、「100人いたら100通りの働き方」を掲げ、多様な働き方の実現に取り組んでいるサイボウズ株式会社の代表取締役社長 青野慶久氏に、withコロナ時代の働き方や、コロナ禍以前の働き方に逆戻りしてしまわないための考え方について伺いました。
全員オンライン化でサイボウズが気づいたこと
新型コロナウイルス感染症の影響によって企業の働き方が大きく変化しています。このことを青野社長はどのように捉えていますか。
新型コロナウイルスの流行拡大自体はネガティブなことですが、働き方の面ではポジティブに作用したところがありますよね。多くの人が集まる機会を避けなければならなくなったことで、みなさんがIT活用に関心を向ける機会になったと思います。
一方、業務上でのITの利用は、今日はじめて明日から上手くいくというものではありません。サイボウズでは、他社に先駆けてテレワークを進めてきておりIT活用に慣れているため、コロナ禍においても何も問題ないと思っていました。しかし、今回全員がオンラインになったことで顕在化した反省点や改善点がありました。
反省点や改善点はどういうところにありましたか。
コロナ禍以前から誰もがテレワークできる体制は整えていましたが、人が集まる形の会議がメインでした。会議室のなかの人たちが会議の雰囲気を掴むことは容易ですが、リモートで会議に参加している人は、他の参加者の声も聞き取りにくいし、顔もよく見えない。リモートで会議に参加する人と会議室にいる人とで情報格差が生まれてしまっていたのです。
今回、全員がオンラインになったことで、会議がずいぶんやりやすくなったという声はありましたね。
そのほか、営業活動ではビデオ会議を通じた商談やオンラインセミナーに取り組むなど、新たな分野でのITの活用についても、手探りながらチャレンジしているところです。
テレワークできる人が実行することで、テレワークできない人の負荷軽減に繋がる
7月にはテレビCMをはじめとして「がんばるな、ニッポン。」のキャンペーンを展開されました。このタイミングでキャンペーンを実施された狙いについて教えてください。
「がんばるな、ニッポン。」のキャンペーンは、実はこれで2回目です。1回目は、感染拡大が始まりつつあった3月。ウイルスに感染しているのにそれを隠して出勤してしまうなど「自分が頑張らないと!」と考える人がいたなかで、社員を無理やり出勤させるのはやめませんか、というメッセージを発信しました。
その後、緊急事態宣言などもあり多くの企業がテレワークに切り替えていきましたが、最近では出勤を再開する会社も出てきています。しかし、いまでも新規感染者が毎日出ているなか、せっかくテレワークのメリットを知ったのだから、本当に社員を出勤させるべきかどうか考えませんか? むしろテレワークをがんばりませんか? という思いを込めて、このタイミングで改めてキャンペーンを展開しました。
SNSなどでの反応をみると、キャンペーンのメッセージに賛同する声が多い一方で、「テレワークができない職種の人たちはどうしたらよいのか」「がんばっている人に対してがんばるなと言うことにもやもやする」という指摘もあります。こうした反響をどう捉えていますか。
あくまで私の感覚ですが、8対2くらいで賛成の方が多いという印象ですね。もちろん、ネガティブなご意見も把握しています。しかし、テレワークできる人がテレワークをすれば、たとえば、移動するにしても満員電車に乗らなくて済むようになりますし、テレワークができない人たちの負荷は下がります。
すべての人に対してテレワークをやってほしいというつもりはありません。本当に出勤が必要かどうかを考えて、テレワークができるんだったら、テレワークをがんばってほしい。そうすれば、テレワークができない人も楽になる。こうした思いを持ってメッセージを発信しました。
また、本当にテレワークができない仕事なのかどうかを見直すきっかけにしていただければとも思います。たとえば飲食店では、デリバリーやテイクアウトに上手く対応できたことでさほどダメージを受けなかったところもあると聞いています。学校でもオンライン授業が始まっていたり、医療にも遠隔医療という手段があったりします。ビジネスモデルがどんどん変化していく時代において、今回のコロナ禍はITを使った新しい働き方にチャレンジするチャンスであるともいえます。
働き方を変えていく判断ができない企業は、今後競争力が低下していく
テレワークが実施できていたにもかかわらず出勤を再開してしまう企業が多くあるのはなぜでしょうか。
経営者の覚悟の問題でしょう。今回のCMの最初には、「経営者のみなさまへ」というメッセージを入れています。経営者がテレワークを取り入れ、働き方を変えていこうと決心すれば実現できると考えています。それにもかかわらず、判断ができない経営者の方もたくさんいらっしゃいます。
なぜ、判断ができないのでしょうか。
ポジティブな理由とネガティブな理由があると思います。ポジティブな理由は、人が集まって仕事をしていた楽しかった頃の働き方に戻したいという前向きな気持ちがあるから。ネガティブな理由は、新しいマネジメントスタイルへの不安や恐怖です。社員の顔が見えない働き方のなかで本当にマネジメントができるのだろうかという不安から、社員に出勤を求めてしまうのだと思います。
働き方の柔軟性は、従業員のモチベーションや会社を選ぶポイントにもつながると思います。
ITを活用した柔軟な働き方を実現できないと、採用や人材の定着という観点からマイナスでしょうね。「うちはテレワークをさせません」という会社が働きたい環境として選ばれるとは思えません。
さらに、長期的に考えると、インターネットを上手く活用したビジネスモデルへのシフトもできなくなってしまうと思います。たとえば、富士通さんは2022年度末までにオフィスの規模を半減することを発表していますが、上手くやれば間違いなく経営効率が上がりますよね。家賃の削減分だけを考えてもビジネスに相当なプラスが出るわけです。逆にいえば、こうした判断ができない企業は、事業上の競争力も下がっていきます。
一方で、テレワークによって仕事の効率が落ちてしまうことを懸念する方もいます。
サイボウズでも、お客様のところに足を運べないために営業効率が下がってしまうことを恐れていたのですが、実際にITを駆使してチャレンジしてみたら、移動時間がなくなったぶんだけ営業効率がずいぶん上がっていることに気づきました。一朝一夕でできることではないと思いますが、ITを活用し、移動しなくて済む世界をつくることは、長期的には間違いなくビジネスメリットがあると考えていただきたいです。
テレワークによる、企業の一体感への影響についてはどのようにお考えでしょうか。
組織の「一体感」とは、「働いている人たちが同じ理想・目的に向かって働いていること」を表すと思います。高校野球で例えれば、チーム全員が甲子園への出場を目指しているチームは一体感があるといえます。一方で、甲子園へ出たい選手と、楽しく野球することを目的とする選手とが混ざったチームでは、一体感は生まれづらいでしょう。
つまり一体感を作るのは場所ではなく、理想です。理想が共有できていればテレワークで顔が見えなくなったとしてもお互いを信頼でき、一体感は損なわれないでしょう。働く場所が離れることで一体感が失われたように感じるのであれば、その一体感は勘違いかもしれません。
一体感を醸成していくためには、組織の存在意義や目的を振り返り、またメンバー1人ひとりが共有・共感できているかを見直してほしいと思います。
IT活用はまず気軽に試してみるところから
従業員一人ひとりの立場から取り組むべきことはあるでしょうか。
もし経営者がテレワークなどのITを使った新しい働き方にポジティブなのであれば、従業員の方も一緒にチャレンジしてほしいですね。経営者はテレワークに前向きにもかかわらず現場が反発するケースもあると聞きますが、従業員の方々も覚悟を決めていただければと思います。
一方で、経営者が二の足を踏んでいる場合は、会社に見切りをつけるいいチャンスだと思いますね(笑)。テレワークを導入しないんだったら会社を辞めます、という人がたくさん出てくれば、経営者も覚悟を決めると思うんです。歯を食いしばって我慢してしまう人がいるから、経営者もそこに甘んじてしまうし、社会も変わっていかない。経営者と戦うつもりで向き合っていただきたいです。
当社でも法律書籍・雑誌をオンラインで閲覧できる「BUSINESS LAWYERS LIBRARY(※1)」というサービスを提供していますが、コロナ禍を機に活用いただく企業が増えています。こうしたITツールを積極的に導入・活用していくためのコツや心構えはありますか。
今回のコロナ禍を機に、たとえば私の子どもが通う区立の小学校でも、Zoomを使って朝会をやったり、オンライン授業を試したりしています。やってみると、意外とできるものなんですよね。
当社の「kintone(※2)」もそうですが、いまはさまざまな用途に向けたクラウドサービスがあり、オンラインで申し込めばその瞬間から使えるようになります。ソフトウェア自体もわかりやすく誰でも使えるものになってきていますし、無料の試用期間が設けられているなど、ITを取り入れることが以前ほど難しくなくなってきています。心の敷居を下げ、まず試してみるところから始めてみるのがいいと思います。
従業員1人ひとりの声に耳を傾けて「100人100通りの働き方」の実現を
今後企業の働き方の多様化はどのように進んでいくと考えられていますか。
コロナ禍を機に働き方の変革が進んでいく企業と、元に戻ってしまう企業とで二極化していくでしょう。前者の企業はITの活用方法も進歩させながら伸びてゆき、後者からは廃れる企業が出てきて、気づけば新しい時代に移っている、という流れになるのだと思います。ある意味自然な流れですが、コロナ禍によってその淘汰が早まっていると感じています。
サイボウズはこれからも「100人100通りの働き方」実現に向けた取り組みを進められていくと思います。今後の展望を聞かせてください。
実は、私たちはそこまでしっかりとした展望をもっているわけではありません。いま働いている人たちが困っていることがあれば、話を聞いて、1つひとつ解決策を考えて実行していくだけ。これまでの十数年間はそれしかやってきていませんし、これからもそうしていこうと思っています。
読者のみなさん、経営者のみなさんも、「明日から全員テレワークだ!」と気負う必要はありません。いま働いている従業員1人ひとりの声に耳を傾けつつ、できるところから取り組んでいきましょう。
法律書籍・雑誌のオンライン閲覧サービス「BUSINESS LAWYERS LIBRARY」は、500冊以上の書籍・雑誌をオンラインで閲覧でき、管理部門のリサーチ業務をサポートするサービスです。
サイボウズが提供する業務改善プラットフォーム「kintone」は、開発の知識がなくても自社の業務に合わせたシステムをかんたんに作成できるクラウドサービスです。業務アプリを直感的に作成でき、チーム内で共有して使えるとともに、社員間のつながりを活性化する社内SNSとしての機能も有しています。
(文:周藤 瞳美、取材・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部)