「フランク三浦」の事案に見る、パロディ商標に対する法務担当の留意点
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目次
(写真は「フランク三浦」の時計)
はじめに
4月12日、スイスの高級時計「フランク・ミュラー」のパロディ商品「フランク三浦」のブランド名で腕時計を販売する大阪市の会社が、商標登録を無効とした特許庁審決の取消しを求めた訴訟で、知的財産高等裁判所で判決が言い渡された。
高級ブランドに対するパロディということで、非常に注目を集めた事案であったが、結果的には、商標登録が有効であるという判断が下される事となった。
本稿では、今回の判決を分析するとともに、パロディによる商標登録はどのような場合に認められ、どのような場合に無効となってしまうのか説明する。
社内でパロディ商品の企画などが上がってきた場合、法務担当者としてどのような点に留意すべきか参考としてほしい。
事案の概要
問題となった商標
今回、無効になるか否かが争われた登録商標は、指定商品を「時計」等とする商標「フランク三浦」である。
登録番号 | 登録第5517482号 |
本件商標 | ![]() |
指定商品 | 第14類 「時計、宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品、キーホルダー、身飾品」 |
これに対し、高級時計「フランク・ミュラー」を販売するエフエムティーエム ディストリビューション リミテッド社は、この商標登録が無効なものであるとして、特許庁に商標登録無効審判を請求した。
商標無効登録審判とは、ある商標の登録に関して法律に定める無効理由がある場合に、その登録を無効とする特許庁の審判である。商標の登録については、出願を受けた商標につき、登録要件を審査して登録する。しかしながら、審査官による審査には物理的にも限界があり、常に完全な審査がされるとは限らないため、過誤により不備のある商標権が発生してしまう場合がある。それで、こういった不備のある商標登録を無効にする制度が、商標登録の無効審判である。
今回のケースにおいて、「フランク三浦」の商標登録が無効であるとして引用された商標は、以下の3つであり、この中でも特に指定商品を「時計」等とする「フランク ミュラー」との関係で問題となった。
その1
引用商標 | フランク ミュラー(標準文字) |
指定商品 | 第14類 「貴金属(「貴金属の合金」を含む。)、宝飾品、身飾品(「カフスボタン」を含む。)、宝玉及びその模造品、宝玉の原石、宝石、時計(「計時用具」を含む。) |
その2
引用商標 | ![]() |
指定商品 | 第9類 「眼鏡、眼鏡の部品及び附属品」 第14類 「時計、時計の部品及び附属品」 |
その3
引用商標 | ![]() |
指定商品 | 第14類 「Precious metals, unwrought or semi-wrought; personal ornaments of precious metal; key rings[trinket or fobs]; services [tableware] of precious metal; kitchen utensils of precious metal; jewelry, precious stones, timepieces and chronometric instruments.」 |
特許庁による商標登録無効審判
エフエムティーエム ディストリビューション リミテッド社の請求を受けて、特許庁は、本件を無効2015-890035号事件として審理を行い、平成27年9月8日、本件商標の登録を無効とする審決を下した。
これに対して、「フランク三浦」側は、この審決を不服として知的財産高等裁判所に対して、特許庁の判断の取消しを求める訴訟を提起し、今回の判決に至ったのである。
無効審判ではなぜ「フランク三浦」が無効と判断されたのか
商標が登録されるためには何が必要か
そもそも商標が登録されるためには、 自己の商品等が他の商品と識別できるという、商標の本質的機能(自他商品等識別力という)を有することが必要である。この自他商品等識別力がない商標は、商標法3条1項各号で登録できないことになっている。
例えば、指定商品「りんご」に「りんご」という商標を付しても、誰の商品か識別ができない。こういった商標は自他商品等識別力がなく、登録できない。
登録が認められない場合
また、自他商品等識別力を有する商標であっても、公序良俗の維持や出所混同の防止、品質誤認防止の見地から検討した結果、登録が認められない場合もあり、これらに該当する場合は、商標法4条1項各号で登録できないことになっている。その中でも不登録事由としてよく問題となるのが、出所混同の防止を規定した商標法4条1項10号、11号、15号である。
周知商標の保護
商標法4条1項10号は周知商標の保護規定である。特に未登録周知商標の保護を念頭に置いている。周知商標は、未登録であっても商標に業務上の信用が化体しているため、それを保護する必要がある。
そのため、周知商標と同一または類似の商標であって、その商品等と同一または類似の商品等について使用するものは登録できないことになっている。
先に登録されている商標の保護
商標法4条1項11号は先願先登録商標の保護規定である。先に登録されている商標と同一または類似範囲に第三者の登録を認めると、出所混同が発生するため、後に出願された商標は登録できないことになっている。実務上よくみられる不登録事由である。
出所混同の防止
商標法4条1項15号は出所混同防止の総括規定である。10号および11号は、両商標の商標および商品等が同一または類似であることが要件であるが、15号は両商標の商標または商品等が非類似であっても出所混同が生ずる場合は登録できないという規定であり、出所混同が生ずる範囲を個別具体的に判断する点が特徴である。
著名商標の不正目的使用禁止
また、本件では商標法4条1項19号も問題となっている。19号は、いわゆる著名商標の不正目的使用禁止の規定である。特に外国の周知・著名商標の信用へのただ乗りを防止することを念頭に置いた規定である。日本または外国の周知・著名商標と同一または類似の商標であって、高額で買い取らせる目的等の不正目的をもって使用をするものは登録できないことになっている。
「類似」の判断はどのようにされるのか
では、商標同士が「類似」するか否かはどのように判断するのか。商標の類否判断(商標法4条1項10号、11号、19号)の方法であるが、特許庁の審査基準によれば、「商標の類否の判断は、商標の有する外観、称呼及び観念のそれぞれの判断要素を総合的に考察しなければならない。」とされている。
また、商標の類否判断のリーディングケースである氷山印事件(最高裁昭和43年2月27日判決)においては、商標の外観、称呼、観念の異同だけでなく、取引の実情をも考慮するとされている。
この無効審判において「フランク三浦」の商標登録が無効となった理由を簡単に示すと以下のとおりである。
商標法4条1項11号該当性 | 本件商標と引用商標とは、外観において相違があるものの、称呼及び観念において類似し、かつ、その指定商品は類似するから、両商標は類似する。 |
商標法4条1項10号該当性 | 被告使用商標は商品「時計」について著名な商標であり、本件商標と類似する。 |
商標法4条1項15号該当性 | 被告使用商標は「時計」について著名であり、「時計」はブランドが重視され、販売場所、需要者が共通するから、他人の業務に係る商品と混同を生じるおそれのある商標に該当する。 |
商標法4条1項19号該当性 | 被告使用商標は「時計」について著名な商標であり、本件商標は被告使用商標のパロディであることを認識しながら本件商標を使用して模倣商品を製造販売しているから、不正の目的をもって使用するものに該当する。 |
なぜ今回の裁判で逆転したのか
特許庁は、無効審判において「フランク三浦」の商標登録は無効であると判断した。それでは、なぜ知的財産高等裁判所は、一転してこの商標登録を有効なものと認めたのだろうか。
無効審判で判断された各ポイントについて、知的財産高等裁判所はどのように判断したか見てみよう。
知財高裁は、原被告間の主な争点について、 ①両商標は非類似である、 ②出所混同のおそれは生じないとして、原告の主張には全て理由がないとした。各争点の主なポイントを以下に示す。
両商標の類似性について(商標法4条1項10号、11号、19号) |
両商標を一連に称呼するときは、全体の語感、語調が近似した紛らわしいものというべきであり、本件商標と引用商標1は称呼において類似するとした。 しかし、「フランク三浦」は日本人ないしは日本と関係を有する人物との観念が生じるから、両者は観念において大きく異なる。さらに、外観においては明確に区別しうる。 そして、本件商標及び引用商標1の指定商品において、商標の称呼のみで出所が識別されるような実情も認められないため、称呼による識別性が、外観及び観念による識別性を上回るともいえないから、出所混同を生ずるおそれはないとして、両商標は非類似とした。 |
出所混同を生ずるおそれについて(商標法4条1項15号) | 本件商標の指定商品と被告商品とでは、商品の取引者及び需要者は共通するとしたものの、「時計」については外観及び観念が重視されるから、需要者の普通の注意力をすれば、緊密な営業上の関係にあると誤信されるおそれがあるとはいえないとした。 |
商標の類似性に関する判断
このように、知財高裁の判断は、称呼においては特許庁と同様に類似するとしたものの、観念においては特許庁と違い、「フランク三浦」からは日本人ないし日本と関係を有する人物との観念が生じるのに対し、「フランク ミュラー」からは、外国の高級ブランドである被告商品の観念が生じるから、両者は観念において大きく異なるとした。
さらに、称呼については、商標の称呼のみで出所が識別されるような実情も認められないという点を、類似の否定事情として挙げた点が特許庁と異なる結果となったポイントである。本件においては、称呼の類似性については、取引の実情を考慮し、商標が称呼のみで取引されるような実情が認められない点を重視している。この点は、商標の類否判断のリーディングケースである氷山印事件(最高裁昭和43年2月27日判決)と同様の手法により非類似と判断している。
出所混同を生ずるおそれに関する判断
もう1つの主な争点のうち、出所混同を生ずるおそれ(15号)の判断方法であるが、レールデュタン事件(最高裁平成12年7月11日判決)において、「商標の類似性、周知著名性、商品間の性質、取引者・需要者の共通性等を、取引実情等に照らして、総合的に判断する」とされている。
本件においては、個別具体的な事情として、「時計」については外観および観念が重視される点を重視した点が特許庁と異なる結果となったポイントである。
無効になった事例
今回はパロディ商標が有効なものとして認められた事案だが、反対にパロディ事件で商標登録が無効になった事例もある。
その代表例が知財高裁平成25年6月27日判決(KUMA事件)である。この事件は、著名な商標である「PUMA」に外観が酷似する登録商標「KUMA」が4条1項15号に該当するかが主に争われた。
登録番号 | 登録第4994944号 |
本件商標 | ![]() |
指定商品 | 第25類 「洋服、コート、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、水泳帽、和服、エプロン、靴下、スカーフ、手袋、ネクタイ、マフラー、帽子、ベルト、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)」 |
引用商標 | ![]() |
指定商品 | 第25類 「衣服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」 |
この事件では、両商標の類似性については、外観上酷似するものとし、取引の実情として、用途・目的・品質・販売場所等が共通し、商標やブランドについて詳細な知識を持たない一般消費者を対象とするものであって、ワンポイントマークとして小さく表示する場合も少なくないことから、些細な相違点に気づかないことが多い点を考慮して、出所混同を生ずるおそれがあるとした。このように、4条1項15号該当性については、個別具体的な取引事情が考慮要素となる。
また、同じくパロディに関連する事件として耳目を集めたものに、白い恋人v.s.面白い恋人事件がある。もっとも、これは和解により事件が終了しているため、裁判所の判断は出ていない。
他法(不正競争防止法、著作権法)との関係について
今回問題となったのは商標登録が無効かどうかという点だが、パロディ商品を販売する場合、他の法律も関連してくる可能性がある。
不正競争防止法との関係
たとえば、「フランク三浦」を付した「時計」の製造販売をした場合、不正競争防止法2条1項1号および2号との関係で問題となってくる。
同項1号は、周知な「他人の商品等表示」と同一または類似の商品等表示を使用して他人の商品または営業と混同を生じさせる行為を規定している。「商品等表示」を商標とすると、本件において両商標は非類似と判断されているし、出所混同も生じないとしていることから、1号に該当すると判断される可能性は低いと思われる。
一方、同項2号は、著名な商品等表示と同一または類似の商品等表示を使用する行為を規定している。本件では、両商標は非類似である以上、2号に該当する可能性も低いと思われる。
もっとも、「商品等表示」は商標だけでなく、商品の形等も含まれる。「フランク・ミュラー」の時計は、ケースの形や文字盤の数字がとても個性的であり、一目見ただけで「フランク・ミュラー」と認識できるほどのものであるから、時計の形状自体が「商品等表示」とすれば、「フランク三浦」の時計自体の形状が酷似していると判断された場合には不正競争行為に該当する可能性もないとは言えない。
著作権との関係
また、今回は工業製品であるため、著作権については原則として問題とならない場合が多いが(ただし、近年問題となった事例もある(TRIPP TRAPP事件 知財高裁平成27年4月14日判決))、これがキャラクターグッズや絵画等であった場合には、著作権との関係でも問題となってくる。過去、パロディが問題となった事案としては、モンタージュ写真事件(最高裁昭和55年3月28日判決)や、チーズはどこへ消えた?事件(東京地裁平成13年12月19日決定)がある。ただし、パロディが著作権侵害に当たるか否かの判断基準は、未だ確固たる裁判例があるわけではなく、個別具体的な判断によらざるをえない。
パロディ商品について企業・法務担当としてのどのような点に留意すべきか
パロディ商品の企画については、商標法、意匠法、著作権法、不正競争防止法等、様々な法律との関係が問題となるため、注意しなければならないが、今回のように、ブランド名のパロディということであれば、商標法および不正競争防止法が問題となってくる。その際に注意すべきは、まずは「類似」と判断されないようにすることである。
パロディであるから、その商標は著名であることが予想されるが、著名であればあるほど、類似と判断される傾向は高くなる。よって、称呼・外観・観念において取引者および需要者が一見してパロディとわかるような工夫をしておくことが重要である。
注意すべきは、商標的には類似していないとしても、商品の形状や特徴的な部分が酷似している場合は、不正競争防止法違反に問われるおそれがあるということである。その例として争われた事件として、過去にたまごっち事件(東京高裁平成10年7月16日判決)などがある。
また、商品以外にも、サービスの形態を模倣した様な場合も注意が必要である。その例として争われた事件として、過去に鳥貴族v.s.鳥二郎事件がある(和解により終了しているため、裁判所の判断は出ていない)。
よって、法務担当者としては、ネーミングだけでなく、商品の形状等についても注意して商品企画を行う必要がある。
判断に迷うグレーな商品名が企画として上がってきた場合、商品化する前にまずはその商品名について商標登録出願を行ってみるという方法がある。商標登録がされれば、他の登録商標とは非類似であると特許庁が判断したわけであるから、その商標を使用するに際し、一定の安心感は得ることができるだろう。
