タイにおける新型コロナの影響と不可抗力免責のポイント

国際取引・海外進出
ラートティーラクン・ナットアプソン 弁護士法人大江橋法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 準拠法(タイ法か外国法か)
  3. 不可抗力免責について
    1. タイにおける「不可抗力」の定義と判断基準
    2. 不可抗力免責の判断基準
    3. 不可抗力事由が解消された場合
    4. 不可抗力により契約を終了させる場合
    5. 契約に不可抗力免責条項がない場合の実務的対応
    6. 相手方への通知
    7. 損害軽減措置の要否
    8. 不可抗力が契約期間を超えて継続した場合の扱い
  4. 施設の閉鎖と賃料支払義務について
  5. 契約締結に際しての留意点
  6. まとめ

はじめに

 新型コロナウイルス(COVID−19)(以下「コロナウイルス」といいます)の世界的流行の発生は、日本、タイを含む世界経済に大きな影響を及ぼしています。タイ政府は、2020年3月25日、タイ全土に緊急事態宣言を発令しました(現時点で同宣言は7月末日までの予定となっています)。

 当該宣言に続いて、タイ政府は、百貨店、ホテル、ショッピングモール、学校、映画館、ナイトクラブ等、感染拡大のおそれのある特定の事業・施設の営業停止命令を出し、これと併せて、国民に対しては、夜間外出禁止令 1 を発令しました。これらの命令により、営業停止の対象となっていない事業も大きな影響を受け、タイの多くの事業者が、運営費用を軽減すべく、自発的に事業を停止して従業員を解雇せざるを得なくなっています。なかには廃業するケースもあり、多くの失業者が出ています。

 こうした状況は、タイにおける企業の経済活動と雇用の双方に大きな影響を及ぼしており、日本同様、タイでもコロナウイルスの感染拡大が不可抗力とみなされるのかどうか、不可抗力であるとして契約当事者はどのように対処すべきか等が問題となっています。

 本稿では、タイにおけるコロナウイルスの感染拡大に起因する法的論点について、必要に応じて日本法とも対比させながら説明します。

準拠法(タイ法か外国法か)

 まず、前提として、どのような場合にタイ法が適用されることになるのかを確認します。
 契約において準拠法に関する規定がない場合、裁判所はタイの法律に基づいて契約を検討し判決をします

 契約において外国法を準拠法とする旨の定めがある場合、当事者は裁判所に準拠法となる外国法に関する知識を提供する(通常はその外国法の弁護士により提供される)必要があり、必要な知識が提供されれば、判決はかかる外国法に従って行われます
 当事者が裁判所の満足する知識を提供しない場合には、契約の定めにかかわらず、裁判所はタイの法律を適用することになります。

不可抗力免責について

タイにおける「不可抗力」の定義と判断基準

 日本法では不可抗力を定義した法律はありませんが、タイでは、タイ民商法8条に不可抗力の定義があり、法律あるいは契約に特段の定めがない限りは、この定義が適用されることになります。タイ民商法8条によると、「『不可抗力事由』とは、その事由に遭遇した者が、その立場及び状況にいる者としてしかるべき注意を払ったとしても、その発生または結果を防止できない事由を意味する」とされます。なお、タイ民商法8条は強行規定ではなく、契約当事者がこれと異なる合意をすることは可能です。そのため、契約書において不可抗力の定義や不可抗力の事由がどのように規定されているかをまず確認することが重要となります。

 タイの最高裁の判例によると、その事由が不可抗力とされるためには、不可抗力免責を主張する者の責めに帰すべき事由によって生じたものでなく、かつ、その者が適切な注意を払っても防止できないものである必要があります。そして、裁判所は、不可抗力かどうかについて、関連するすべての要素を考慮して、ケースバイケースで判断をしています。

 タイにおける不可抗力に関する裁判例は下表のとおりです。判例の傾向として、定期的に起こりうる洪水・高波、一般的な景気後退は予見可能であるとして、「不可抗力に該当しない」と判断されています。ただし、例年起こりうる洪水・高波でも、例年に比べて予想外に深刻な場合には、「不可抗力に該当する」と判断されることもあります。

 他方、鳥インフルエンザによる政府当局による殺処分について不可抗力に該当するとした事例もあります。ただし、この事例では鳥インフルエンザの発生そのもの(感染症の発生そのもの)が不可抗力とされたわけではなく、政府当局による殺処分が不可抗力とされたものであることに留意が必要です。

タイにおける不可抗力に関する裁判例

事由 不可抗力 不可抗力ではない
鳥インフルエンザ発生によるニワトリ殺処分に関する政府当局の命令
津波 2
2011年のタイ洪水 3
季節的な洪水・高波 4 5
季節性嵐 6 7
新法制定・当局命令 8 9
火災 10 11
一般的景気後退

 日本同様、タイでもコロナウイルス感染拡大は経験のない事象であり、コロナウイルス感染拡大が不可抗力とみなされるか否かに関して、これまでのところ裁判例はありません。

 他方で、タイ政府は、2020年4月、社会保障法における不可抗力の定義について、コロナウイルスの感染拡大を含める旨の改正を行いました。この改正は社会保障法のみに適用されるものであり、タイ民商法が対象とする一般的な商取引に直ちに適用されるものではありませんが、裁判所を含む政府機関が互いに矛盾しない解釈を取ることはタイの一般的な慣行であるため、タイ民商法の不可抗力の意義が問題となった場合、タイの裁判所は、改正された社会保障法と同様に、コロナウイルスの感染拡大を不可抗力に含めて解釈する可能性が高いと考えられます。

不可抗力免責の判断基準

 タイにおいて、不可抗力事由の発生は、契約に別段の定めがない限り、債務者を契約上の債務から当然に免責するものではありません。タイ民商法219条によると、債務者は、下記のすべての要件を満たす場合に限り、契約に基づく債務を免れることになります。また、免責を主張する当事者(債務者)が、この4要件について立証責任を負います。

  1. 債務の履行が不能になること
  2. 履行不能は、不可抗力事由の直接の結果であること
  3. 不可抗力事由が契約締結後に発生したこと
  4. 債務者が、不可抗力事由の発生時にはまだ不履行状態に陥っていないこと

 ①債務の履行が不能になったというためには、債務者のみならず、誰もがその債務を履行できない、といえなければなりません。また、債務の一部のみが履行不能となった場合、債務者は履行不能となった債務についてのみ免責されることになります。

 契約に基づく債務の履行不能の例としては、特定の商品が破損または紛失したために提供できないこと、債務者が目的の場所に行くことができずサービスを提供できないことなどがあげられます。債務の履行が不能にならない場合でも、履行遅滞が生じており、その遅延が不可抗力事由に起因する場合には、不可抗力事由が存在し続ける限り、債務者は履行遅滞による責任を負いません

 これに対し、契約に基づく金銭債務の履行は、タイの判例によれば、不可抗力事由によっても履行不能にはなりません。これは、金銭債務はその性質上履行不能となるものではないと考えられるためです。これは金銭債務の不履行について不可抗力をもって抗弁とすることができないとする日本の民法419条3項と同様のコンセプトに基づくものと考えられます。

不可抗力事由が解消された場合

 不可抗力事由が解消され、債務の履行が可能となった場合、債務者は契約上の債務を引き続き履行する義務を負います

 この点については、2011年にタイで発生した大洪水に関する以下のタイの控訴裁判所の判決があります。

【事例】
被告(買主)は、原告(売主)との間で、被告の製造工場で使用する原材料を、原告から調達する契約を締結しました。その後、2011年、タイの大洪水が発生し、被告の工場が大きな被害を受けました。そこで、被告は工場を閉鎖して会社を解散したうえで、洪水は不可抗力事由であり原告との供給契約に基づく債務の履行不能の原因であるとして、原告との供給契約を終了させました。これに対し、原告が被告による契約の終了は不当であるとして被告に損害賠償を求めました。

【裁判所の判断】
洪水は不可抗力事由であるとしたうえで、洪水が解消した場合には債務の履行不能の原因も解消されるので、被告は原告から原材料を購入し続ける義務を履行しなければならないこと、さらには、被告による工場の閉鎖と会社の解散は不可抗力事由ではないことから、被告は契約を不当に終了させたものとして原告に対して損害賠償責任を負うとしました。

不可抗力により契約を終了させる場合

 タイ民商法では、不可抗力事由による契約終了に関する具体的な規定がなく、契約一般に関する規定が適用されます。その規定の要旨は、次のとおりです。契約当事者は、不可抗力事由が生じたことのみを理由としては契約を当然に終了させることはできず、以下の規定に従って通知等を行う必要があります。

  1. 契約または法律の規定によって当事者の一方が契約を終了させる権利を有するとき、契約の終了は相手方に対する意思表示によって行う必要があること(タイ民商法386条)
  2. 当事者の一方がその債務を履行しないときは、相手方は、相当の期間を定めて、その期間内に履行すべき旨をその者に通知することができること(タイ民商法387条)
  3. 債務の性質または契約の規定により、債務が特定の時期または期間内に実行されなければならないにもかかわらず、そのような時期または期間が経過した場合、他方の当事者は、事前の通知なしに契約を終了できること(タイ民商法388条)

契約に不可抗力免責条項がない場合の実務的対応

 契約に不可抗力免責条項がない場合、裁判所は、当該事象が不可抗力と見なされるか否か、および債務者が免責されるか否かを判断するために、上記3−2の基準を適用します。

 タイ民商法では、不可抗力事由が発生した場合に債務者から債権者への通知は要求されていませんが、債務者は、不可抗力事由が継続している限り、その債務を履行する責任を免れることになりますので、不可抗力事由の発生時点および消滅時点は重要な意味を持ちます。よって、契約に不可抗力または免責条項がない場合、不可抗力により債務の履行が困難となった債務者としては、ただちに、当該不可抗力事由の発生を相手方に通知するのが望ましいと考えられます。

 このような通知がなされた後、両当事者は、当該状況にどのように対処するか、また契約の変更が可能か否かにつき、速やかに協議しなければなりません。債務者は、不可抗力事由が消滅した場合には、再度、相手方当事者に通知するのが望ましいと考えられます。また、債務者としては、任意の交渉で解決できない場合に備えて、不可抗力事由の経過を記録しておくこと、証拠および説明等を適切に収集・管理しておくことが望ましいと考えられます。

相手方への通知

 3−3ないし3−5のとおり、不可抗力事由により債務の履行不能あるいは履行遅滞のおそれがある場合、債務者は債権者に通知をすべきですが、その通知には下記事項を盛り込むことが望ましいと考えられます。

  1. 不可抗力事由が発生した時点
  2. 当該事由が債務者の責に帰すべきものではなく、かつ、これを防止することができない旨の説明
  3. 通知当事者が契約に基づく債務を履行する能力にどのような影響を及ぼすかの説明
  4. 契約に基づく関連条項

 そして、不可抗力事由が消滅した場合、債務者は債権者に対し、下記事項を記載した通知を改めて行うのが望ましいと考えられます。

  1. 不可抗力事由が消滅した時点
  2. 通知当事者が契約に基づく債務の履行を提供できると見込まれる日

 上記のとおり、不可抗力の発生時点および消滅時点は重要な意味を持つことから、これら2つの通知は、裁判所において争われることも念頭に、他方当事者の通知の受領を証明できる書留郵便等の方法で送付するのが望ましいと考えられます。

損害軽減措置の要否

 タイの法律では、契約当事者は、債務不履行によって生じる損害を軽減する措置を講じることは要求されません。また、不可抗力により債務の履行が不可能となった場合、両当事者は損害賠償または補償を受けることはできません。

 もっとも、契約上、損害を軽減するために一定の措置を講ずることが義務付けられているにもかかわらず、契約当事者がその措置を講じなかった場合には、契約違反とみなされることになりますので留意が必要です。

不可抗力が契約期間を超えて継続した場合の扱い

 不可抗力事象が契約期間を超えて続くことが予測される場合、契約当事者は、契約期間が終了する前に、契約を変更するか終了させるかを協議すべきです。なお、この場合、契約で別段の定めがない限り、両当事者は、相手方に対し、契約上の債務の履行や契約違反による損害賠償を請求することはできません。

施設の閉鎖と賃料支払義務について

 タイ法上、賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に目的物を使用させる債務を負い、賃借者がその使用に対して対価を支払う債務を負うもので、双務契約とされます。この点は日本法と同様です。
 コロナウイルス感染拡大に関連して、タイ政府は特定の商業施設等を閉鎖する命令を出しました。

 この命令により閉鎖された施設は、不可抗力事由により、物件を使用できなくなったものとされますので、賃借人は物件を使用できない期間(施設の閉鎖期間)について賃料を支払う必要はありません(タイ民商法369条、537条)。

 なお、物件が使用できる状態にあるにもかかわらず、賃借人が経済的困難に直面して賃料を支払うことができない場合、賃借人は賃料の支払義務を免れません。そのような賃借人は、賃貸人に連絡して困窮の状況を説明し、賃料の減額または免除の交渉を行うことになりますが、賃貸人の同意を得ない限り賃料は減免されません。

契約締結に際しての留意点

 タイ民商法は、不可抗力事由およびそれに起因する契約当事者の責任について一般原則のみを規定しています。そこで、契約を締結する際には、不可抗力事由を明確に定義すること、不可抗力事由が生じた場合に当事者が取るべき手続および措置、ならびに不可抗力による履行遅滞が許容される場合には許容される期間を規定することが望ましいと考えられます。

まとめ

 タイでも、帰責事由の有無、予見可能性、因果関係などはケースバイケースの判断にならざるをえないところは日本法と同様です。しかしながら、タイでは、不可抗力に関する裁判例の集積が一定程度あり、また、不可抗力に関する法律上の定義もあることから、日本法に比べて、裁判所の不可抗力の判断が予測しやすいともいえます。

 また、タイでは、不可抗力の発生時点および消滅時点が重要であり、この点を立証するために、不可抗力の発生時点および消滅時点で、債務者が債権者に対して通知をしておくことが望ましいと考えられています。日本法の下でも、不可抗力の発生時点および消滅時点は重要と考えられますが、不可抗力の発生時点および消滅時点で債権者に通知をするという対応が取られることは一般的とまではいえませんので、このあたりは日本法と考え方が異なる点と思われます。


  1. 夜間外出禁止令に違反した場合には、2年以下の懲役もしくは/および40,000バーツ以下の罰金に処せられます。 ↩︎

  2. 控訴審判決。 ↩︎

  3. 控訴審判決。 ↩︎

  4. 例:季節的な洪水・高波が例年に比べて予想外に深刻な事例。 ↩︎

  5. 例:例年どおりの平均的な季節性の洪水・高波。 ↩︎

  6. 例:嵐が予想よりも強く、倉庫内の商品が損傷した事例。 ↩︎

  7. 例:平均的な季節性の嵐。 ↩︎

  8. 例:鳥インフルエンザ発生によるニワトリ殺処分を命じる政府当局の命令により、ニワトリを提供することができなくなった事例。 ↩︎

  9. 例:財産を没収する政府の命令により、金銭的債務を支払うことができなくなった事例。 ↩︎

  10. 例:近隣で発生した火災が、強風により工場にも拡がり商品が焼失した事例。 ↩︎

  11. 例:電線、電柱、変圧器の取り扱いが不十分であることにより発生した火災。 ↩︎

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