コロナ禍で事業停止したタクシー会社の対応に見る、整理解雇と大人数の退職勧奨のポイント

人事労務
向井 蘭弁護士 杜若経営法律事務所

目次

  1. 事案の概要
  2. 整理解雇と退職勧奨の違い
  3. 整理解雇
  4. 整理解雇が無効になれば多額の解決金が必要になる
  5. 退職以外の選択肢があるか検討する
  6. 大人数の退職勧奨において気をつけるポイントは「情報・時間・金銭」
    1. 情報
    2. 時間
    3. 金銭
  7. 希望退職も有効な選択肢
  8. 再雇用を約束してよいのか
  9. さいごに

事案の概要

 売上が大幅に落ち込んだことを理由にあるタクシー会社が運転手約600名に対し事業の停止を発表しました 1
 発表内容は以下の通りでした。

  • 緊急事態宣言が出たことにより事業停止を決断した
  • タクシー会社は歩合給と割増賃金が基本であるため、休業手当を支払うよりも失業手当を受給することが得策であると判断した
  • 完全復旧した場合には、全員に集まっていただき、今まで以上に良い会社を作っていきたい

 会社は、所属運転手約600名に対し、退職合意書を配布し、署名を求めたところ、数名を除く従業員が署名をしました。

 ところが、その後、大々的に報道され、一部の従業員が労働組合に加入したり、集団で解雇無効の仮処分命令の申し立てを行う事態に発展しています。

整理解雇と退職勧奨の違い

 2020年4月上旬、多くの新聞やメディアで「タクシー運転手600名を解雇」などの記事が載りました。新型コロナウイルス感染症拡大で国民の皆さんが不安に陥っている時期に、今後の雇用不安を象徴するかのようなニュースとして取り上げられました。
 ですが実際は、タクシー会社は解雇ではなく退職勧奨を行ったのであり、多くの方は合意退職書にサインをしたようです。

 解雇の場合は、厳しい解雇規制が適用されますが、退職勧奨については、厳しい規制はありません。そのため、解雇と退職勧奨を区別しなければなりません。

 退職勧奨は、使用者が従業員に退職を促すことを意味します。つまり、使用者が一方的に当該従業員を辞めさせるのではなく、従業員がこれに応じた場合にはじめて労働契約が終了して退職することになるものを指します。

 これに対して、解雇とは、使用者の一方的な意思によって従業員を退職させてしまうことを指します。そのため、当該従業員が退職しないという意思を示しても、その意思とは無関係に退職の効果が生じます

整理解雇

 使用者が労働者を解雇する場合には、当該解雇に「客観的に合理的な理由」があり「社会通念上相当」であると認められる必要があります。これらが認められない場合は解雇権を濫用したものとして当該解雇が無効となります(労働契約法16条)。そして、使用者の経営上の理由による解雇の場合には、労働者の落ち度によるものではないため、いわゆる「整理解雇」として解雇の有効性については通常の解雇の場合よりも厳格に判断されます。整理解雇の有効性については、以下の4つの観点から判断されます。

  1. 人員削減の必要性(人員削減措置が経営上の十分な必要性に基づいているか)
  2. 解雇回避の努力(すぐに解雇と判断するのではなく、解雇を回避するために合理的な経営上の努力を尽くしているか)
  3. 人員選定の合理性(対象者を恣意的ではなく、客観的・合理的な基準で選定しているか)
  4. 手続きの妥当性(労働者に対して、経営状況、人員選定基準、解雇時期、規模、方法等について説明、協議を行っているか)

 具体的には、経営状況を踏まえ、以下の点を検討し、その検討結果について対象となる労働者に対して説明、協議をする必要があります。

  • 諸経費の削減
  • 役員報酬の削減
  • 新規採用の見送り、配置転換
  • 一時帰休(労働者を一時的に休業させる)
  • 残業規制
  • 賃金・賞与のカット
  • 希望退職者の募集等

 また、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主に対する雇用調整助成金(経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度)2 の特例措置の拡大等の雇用維持支援策や、資金繰り支援等の政府等からの支援策に関する検討の有無についても考慮したうえで、事業縮小・人員整理に踏み切るか否かの判断をすることも重要です。

整理解雇が無効になれば多額の解決金が必要になる

 整理解雇が有効になるための要件(要素)は極めて厳しく、実務上整理解雇が有効になる事例は稀です。仮に整理解雇が無効であると裁判所に判断された場合は、解雇時からその時点までの過去の賃金の支払い(バックペイ)を行わなければならず、かつ職場復帰をさせなければなりません。和解で退職解決ができても、整理解雇が無効であることを前提とした和解の場合は、「バックペイ+半年から1年分もしくはそれ以上の賃金」を上乗せして支払う場合もあります
 また、賃金仮払いの仮処分の申立てを行い、被保全権利の存在(実質的には解雇無効)と保全の必要性が認められれば、毎月一定額の賃金の仮払いが命じられます。整理解雇の場合は、集団で賃金仮払いの仮処分の申し立てを行うことが多く、仮処分命令が出れば仕事をしていないにもかかわらず毎月多額の現金を支払わなければならなくなります
 以上のように敗訴前提の和解に至れば多額の和解金を支払わないと解決できなくなるのです。

退職以外の選択肢があるか検討する

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受ける事業主に対する雇用調整助成金の特例措置の拡大等の雇用維持支援策や、資金繰り支援等の政府等からの支援策に関する検討の有無についても考慮したうえで、事業縮小・人員整理に踏み切るか否かの判断をすることも重要です。
 実際に整理解雇を検討したいとの会社からの相談において、具体的に雇用調整助成金等を活用した場合の資金繰りを計算すると整理解雇の必要性がさほどない、少なくとも希望退職募集や退職勧奨により資金繰り難を回避できることがありました。

大人数の退職勧奨において気をつけるポイントは「情報・時間・金銭」

 では、雇用調整助成金などによっても雇用維持が難しく、大人数の退職勧奨を行う場合には何に気をつけるべきでしょうか。
 仮に従業員が退職勧奨に同意をして、退職合意書にサインをしたとしても、合意退職の効力が否定されることがあります。
 従業員が退職合意書にサインをしたとしても、日本の労働法では労働者を保護するため、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも有効・無効を判断します(山梨県民信用組合事件(最高裁平成28年2月19日判決・裁判所ウェブサイト)等)。
 要するに人間の心や気持ちを証明するのは難しいので、様々な関連事実から「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」かどうかを判断します。

 では、大人数の退職勧奨において何に気をつけるべきでしょうか。
 ポイントは「情報」「時間」「金銭」です。

情報

 「情報」については、現在の会社の経営状態(売上、人件費、資金繰り等)を具体的にかつ事実にもとづいて説明したかが重要になります。曖昧もしくは事実に反する内容を説明した場合は、退職合意書にサインしたとしても「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されないと思います。
 また、書面のみ交付するだけでなく、説明会や対面の説明もあれば良いですし、説明資料を渡したほうがより「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されやすいです。

時間

 「時間」については、説明を受けた後、どの程度検討する時間を与えたかが重要です。その場でサインをすることを求めたのか、一度家に持ち帰って検討してもらったのか、数日間考える時間を与えたのか否かは「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」かどうかの判断に影響を与えます。

金銭

 「金銭」については、特別退職金や有給休暇の買取りなどにより通常の退職金に追加して支払う場合があります。退職の際に支払う金銭が多かれば多いほど「労働者の自由な意思に基づいてなされたもの」と判断されやすいと思います。
 一例をあげれば、リーマン・ショック後の減産を理由とした期間雇用の不更新同意の有効性が争われた本田技研工業事件(東京地裁平成24年2月17日判決・労経速2140号3頁)において、説明会における説明内容が具体的であったこと(「情報」)、従業員は説明会後に不更新合意が記載された契約書に署名し、かつ約20日後に退職届を出したこと(「時間」)、退職手続を整然と履行して会社から支給される慰労金および精算金を受領したことから(「金銭」)、不更新同意が有効であると判断しました。

 この判例からも、「情報」「時間」「金銭」が重要なポイントであることがわかります。

希望退職も有効な選択肢

 希望退職制度とは、会社が従業員の自主的な退職を募る仕組みのことを指します。

 一部の従業員に退職してもらう場合は、一定の条件を提示して退職する従業員を募る方がトラブルも少なくなります。希望退職に伴う退職の場合であっても、会社都合退職での雇用保険の受給が可能となります。

 全従業員に対する希望退職募集は退職勧奨と変わりがないのではないかとの疑問が湧きますが、実際に筆者は何度も全従業員に希望退職募集を行いましたが、スムーズに退職に同意していただくケースが圧倒的多数でした。
 上記6を当てはめれば、希望退職募集を行ううえで、希望退職募集要項を文書で掲示したり、説明することで十分な「情報」を提供することができます。
 希望退職募集は、一定の期間退職募集を行うので、従業員は「時間」をかけて考えることができます。また、希望退職募集では、割増退職金を支払うことが一般的です。もちろん会社の経営状態によっては多額の金銭を支払うことはできませんが、一定の「金銭」を支払うことになります。以上からすれば、希望退職募集は、これまでの日本の労使関係が生んだ1つの合理的な雇用調整の方法であると考えることができます。

再雇用を約束してよいのか

 会社としては退職勧奨をする際に「環境が良くなったら再就職は約束するから」とつい言いたくなるところです。しかし、新型コロナウイルス感染症に関する厚生労働省のQ&A 3 においても「また、雇用保険の基本手当は、再就職活動を支援するための給付です。再雇用を前提としており従業員に再就職活動の意思がない場合には、支給されません」との記載があり、退職勧奨を行った企業が再雇用を約束することで従業員に再就職活動の意思がない場合には失業手当は支給されません。
 現実には、退職勧奨を行う場合、再雇用を約束できる経営環境にはない場合がほとんどですので、再雇用の安易な約束は行うべきではありません。

さいごに

 他国の事例では、新型コロナウイルス感染症は、感染者の増加のスピードが速い一方で減少のスピードが遅いのが特徴です。事業を再開する際に従業員を採用することは困難であり、雇用維持をしていなければ事業再開も困難となります。人手不足の日本においては経営面からも雇用維持が合理的である場合も多いと思われます。そのため、企業は可能な限り雇用維持の努力を行う必要があります。


  1. 日経電子版「タクシーのロイヤルリムジン、コロナで全社員600人解雇へ」(2020年4月8日、2020年5月1日最終閲覧) ↩︎

  2. 厚生労働省ウェブサイト(2020年5月1日最終閲覧) ↩︎

  3. 厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)(令和2年4月24日時点版)」問12(2020年4月27日最終閲覧) ↩︎

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する