新型コロナウイルスに立ち向かう法務部門における新しい業務の在り方 リモートワークを実施するうえでの、業務の優先順位づけとマネジメントの考え方
法務部
目次
はじめに
新型コロナウイルスはいまや世界中で猛威を振るっています。本稿では、新型コロナウイルスの問題がいつ収束するかわからない状態のなかで、我々法務部門においてどのように業務を継続するかについて述べつつ、新しい時代の「ポストコロナ」の法務についてどのように向かっていくのか、希望も含めて簡単に方向性を示したいと思います。
まずは業務の「トリアージ」を
「非常時である」という認識に基づく対応が求められる
読者のみなさまをはじめ、ほとんどの方は、いまは非常時であるという認識だと思います。それも戦後で最大の危機であるという認識を持つことが必要とされているでしょう。しかし、2月にそのような認識を持っていた方はどれだけいたでしょうか(私も多少楽観的でした)。
これまで法務部門の方々は、日常の契約審査などで「リスク」を想像し、それをヘッジするための契約条項等を毎日検討されていたと思いますが、まさにいま、従来培ったリスクに対する想像力と危機管理能力が求められています。
「最後は現場で判断してください」や、「法律上はこうなっています」といった評論家的な態度は、非常時では通用しません。逆に「じゃま」な存在にさえなり得ます。まずは、いまは非常時であるという認識を持つことが必要です。
業務のトリアージ
この原稿が世に出るときに事態が収束していればそれに越したことはないですが、おそらくこの戦いは長期戦になるでしょう 1。仮に日本や欧米が収束しても、アフリカなどにおいてこれから感染が拡大した場合には、第2波、第3波がやってくることも覚悟すべきでしょう。半年、あるいは数年続く長期戦であるという構えを持つ必要があると考えます。つまりいまは、その長期戦の初期段階であるという認識に立つべきです。
そこで必要な考え方に「トリアージ(Triage)」があります。トリアージとは、大規模災害時などに多数の傷病者が発生した医療現場において、限られたリソースの中で多くの命が救えるように患者の治療優先度を決めることです。ただちに対応すれば救命できる患者を優先し、平常時であれば治療していたであろう「多少治療の時間が遅れても生命には危険がないもの」の治療を後回しにして、さらには、ただちに処置を行っても延命の可能性がない者の治療を行わないという判断を行うことです。
法務業務に置き換えれば、まずはいまが非常時であるという認識のもと、「いますぐやらなくても重大な問題になり得ない業務」を停止すべきです。なぜなら、法務部門やリスク管理部門は、事業継続計画の発動や、様々なルール作りに注力すべきであるからです。
平常時であれば人員などのリソースも十分にあり、冗長的に業務が行われていた部分があると思います。たとえば契約内容のレビューや日常的な取引の契約書において、ダブルチェックを行っていたり、契約書の些細な文言についてこだわりをもって対応されたりしていたかもしれません。しかし、いまは非常時ですから、こうした対応は見直す必要があるでしょう。
リモートワークを実施するうえでの考え方
法務の業務は「絶対に」リモートワークで対応可能
どのような業務がリモートワークで対応可能かという問いに対しては、「相手に触れることなく」「人間としか関与しない業務」であれば、すべての業務がリモートワークで対応可能である、という答えになると確信しています。
日常的に、相手に物理的に接触して業務をしている法務担当者はいないと思います。「モノを作る」「モノを運ぶ」という業務については、そこに「モノ」がある以上、在宅勤務が困難でしょうが、法務部門が扱っているのは「情報」です。
つまり、「『人間』が読む書類を作成する」「『人間』同士が会話して報告や意思決定が行われる」会議などは、「絶対に」在宅で実施可能です。メール、チャット、電話会議、WEB会議を活用すれば、対面しなくても行えるからです。
もちろん環境整備や、リモートワーク特有の業務フローの検討などの必要はあるかもしれません。しかし、法務業務がリモートワークでできないということは「絶対に」ありません。ただし、リモートワーク特有の業務フローとして、誰がボールを持っているかを明確化する必要があります。同時に同じ作業を行ってしまうという無駄をなくすためにもどの作業を誰がするかということは明確にすべきでしょう。
環境の整備
企業においては外出が自粛されているなか、出張などが激減していると思われます。ついてはその費用を在宅勤務の環境整備に転用するべきだと考えます(トリアージの考え方を応用すれば、いまは「家にいること」が優先です)。
Wi-Fi環境が不安定なメンバーには十分な環境を整備しましょう。マイク・カメラが不足していればすぐに供給しましょう。大型モニターが必要なら購入をサポートすべきでしょう。出張やセミナー、無駄な会議が中止になった時間を充てることで創出可能になった価値と比較すれば大した金額にはならないはずです。
残る課題はハンコと書類・書籍
そして、最後に残るのは「モノ」を介在する、「ハンコ」と書類・書籍にまつわる問題です。まず「ハンコ」については、今回の事態を機に電子サインを導入するべきでしょう。当社でも各事業部等にヒアリングした際に、生産現場や物流現場のように在宅勤務ができない部門以外で、在宅勤務の最大にして唯一の制約になったのは、「ハンコ」と紙の請求書でした。
法務部門が押印業務を管掌していることが、在宅勤務の制約になっているとすると、リスク管理すべき部門が新型コロナウイルスへの感染等のリスクを助長しているという本末転倒なことになります。「ハンコ」を押印するためだけに出社する社員がいるという風景ほどのディストピアはありません。
契約の相手方が電子サインを認めない場合は、サインとPDFの組み合わせで当面よしとするなど、柔軟な対応をすべきです。このような事態で「証拠力」について議論を延々することは、無駄どころか事業を阻害する可能性すらあるという認識に立つべきです。なんといっても、従業員の安全・安心より、いつ発生するかわからない訴訟のことを優先するということはあってはなりません。
もうひとつの問題が、書籍と書類です。書籍については、いくつかのサブスクリプションサービスが提供されています。臨時措置として導入することを検討してもよいかと思います(まずは利用し、事態収束後に便利だと思えば継続、不要だと思えば解約と判断すればよいのです)。
また、それらのサービスで提供されていない書籍については、各メンバーの自宅用として複数冊の購入を認めるべきでしょう。事態が収束した際に、職場に同じ書籍が複数存在してしまうことを懸念する必要はありません。後述するように、ポストコロナ時代には、在宅勤務が標準化されていくはずですし、そうなるべきであると考えるからです。
在宅勤務ではメンバーごとに流れる時間が異なる
メンバーごとに時間の流れが異なることを認識しよう
出社を前提とした法務部門の組織では、複数のマネージャーがいる場合、それぞれのもとにメンバーが配置されるレポートラインになっていることが多いでしょう。それはいわゆる工場現場や、出社して「島」になっている職場を前提としているように思われます。
リモートワークにおいては、個々人が各自の業務をそれぞれの自宅等で行います。こうした働き方では、メンバーごとに流れる時間が異なり、また互いの働き方を常に見たり、感じたりすることができません(音楽を聴きながら業務を行っている状況にたとえれば、それぞれの背後で流れる音楽が違うということです。クラシックを聴きながら業務を行なうメンバーとラップを聴きながら働くメンバーが並行して仕事をしている姿を想像するとわかりやすいかもしれません)。
そうした状況では、対面を前提とした業務管理は無理だということを認識すべきですし、対面を前提とした硬直的なレポートラインは無効です。従来の島型のレポートラインではなく、案件に応じたレポートラインの設定が重要になってくるものと思います。
リモートワークの業務は「ジャズのセッション」のように
6で述べるポストコロナ・アフターコロナ時代の法務の在り方にも繋がりますが、リモートワークの普及を念頭におけば、管理職とメンバーの垣根はなくしていくべきでしょう。管理職の方は可能な限り管理的業務は減らしていくべきです。そのうえで、積極的にメンバーの業務を「邪魔しない程度に」把握していくことが大切です。自ら手を動かし、いままで以上にメンバーを支える姿勢で業務を行っていくべきでしょう。決してクラシックとラップをそれぞれ奏でるメンバーに指揮者として立ち回ってはいけません。いわゆるジャズセッションのように、アドリブで柔軟に仕事を進め、その中で管理職の方は各メンバーの演奏がよりよいものとなるよう、自分の得意な楽器を奏でていく。そんな仕事のやり方になるのではないでしょうか。案件が持ち込まれた場合、その案件を得意なメンバーがそれぞれ手を挙げて、随時チームを組成し、業務を行っていくイメージです。それは社内ももちろん、外部の弁護士や専門家との関係においても同じだと思われます。
会社で「島」になったデスクにおける業務のやり方をそのままリモートワークに持ち込むのではなく、メンバーによって業務環境が異なったり、家族が家にいたりすることなどから、それぞれに流れる時間が異なるという点を再認識したうえでマネジメントを行なうべきでしょう(その意味で、管理のために毎日業務報告をメールでもらうことなどは不要だと思います。対応後の作業について報告を求めるのは、ジャズのアドリブセッションが終わった後に楽譜を書かせるみたいなものです)。要はメンバーを信頼して業務を任せることが今まで以上に必要になるということです。
リモートワークを個々人で上手く機能させるコツ
運動と健康管理
急な環境の変化から、「自粛疲れ」「在宅疲れ」という言葉を目にする機会も増えています。ここでは個人的に実践しているリモートワークのコツ・気分転換をご紹介します。
会社にいるとフロア間の移動やトイレに行くだけで結構な運動量になります。もちろん通勤においても同様です。散歩やジョギング、あるいはストレッチなどを定期的に行いましょう。在宅勤務といってもずっとパソコンの画面を見ている必要はありません。出社にかかるのと同じ分の時間を運動に割けば、出社する際と業務時間には変化はないはずです。
出社時とは違う働き方を試してみる
会社で音楽を聴きながら、契約書をレビューしていた方は少ないと思いますが、在宅勤務時は、気分の上がる音楽を聴きながらレビューすることなども試されたらいかがでしょうか。平日は自宅付近の飲食店にいく機会があまりなかったでしょうから、テイクアウトのランチを買いに出かけて気分転換するのもいいでしょう。いままで見られなかった風景がそこにあるはずで、新しいアイデアが浮かぶかもしれません。
職場ではなかなかできなかった会話も在宅勤務同士ならできるかもしれません。流行りのリモート飲み会もお勧めします(ラストオーダー役を決めておくとサッと終了できます)。
ポストコロナ・アフターコロナの法務
新型コロナウイルスの収束が見えないなかで、外出も自粛され、様々な活動が困難になるなどつらい時期が続いています。半年あるいは数年にわたり、緊張感の高い時期が続く可能性もあります。
しかし、行動変容も長くなるとそれが新たな行動になってきます。私はそこに新たな希望をもっています。これをきっかけにハンコではなく電子サインになるなど、業務の効率化が進展すること。時間や場所、空間から解放されて、それぞれのメンバーが面白い仕事をしていくこと。つまらない忖度や、時間がかかるだけで何も決まらない会議、満員電車などの「昭和的」なものが一掃された世界。私は、そのような新しい世界で、皆が得意なリズムやメロディーを奏で、新しい音楽が生まれるライブハウスでのジャズのセッションのように仕事をしていくイメージが目に浮かびます。
新型コロナウイルスの流行が収束した際に、いままでの仕事のやり方に戻ろうとしてはいけないですし、元に戻そうという動きがあれば、体を張って止めるべきです。こうした感染症の流行により加速するとは思っていませんでしたが、法務の新しい仕事の仕方を生み出すこと、これこそ令和報告書
2 で述べられていた「クリエーション」法務ではないでしょうか。
危機であるからこそ「ガーディアン」ではなく「クリエーション」を。ペストの後にルネサンスが生まれたように、ポストコロナ時代において、法務のルネサンスが生まれることを信じています。
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Science「Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period」(2020年4月14日、2020年4月20日最終閲覧) ↩︎
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経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書 ~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」(令和元年11月19日) ↩︎

サントリーホールディングス株式会社 リスクマネジメント本部 法務部部長兼コンプライアンス室部長