独禁法と消費者法、二人の専門家が見据える「コロナ時代」「コロナ後」の法務 - 池田・染谷法律事務所(前編)
法務部
世界とビジネスの常識を一変させた新型コロナウイルス感染症の拡大は、弁護士の働き方やクライアントとのコミュニケーションのあり方に、大きな変化を与えているという。2018年10月に設立された池田・染谷法律事務所の共同設立者、池田 毅弁護士と染谷 隆明弁護士に、コロナ禍における独占禁止法・消費者法領域の動向と、「コロナ後」の展望を聞いた。
新型コロナウイルス感染症への対応
本来であれば、弁護士業界で注目を集めた池田先生と染谷先生の事務所設立の背景とその後についてお聞きする予定でした。しかし、4月7日に出された新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言を受けて、まずは新型コロナウイルス感染症拡大への対応についてお聞きしたいと思います。現在日本中で様々な混乱が生じていますが、法律事務所の業務のあり方という点で、どのようなインパクトがありましたか。
池田弁護士:
執務環境という意味では特に変わっていないですね。元々我々の事務所は、弁護士に対して「物理的に出勤する必要はない」という条件で入所してもらっています。今の時代、ラップトップとインターネットさえあればどこでも仕事できますし、かつ、どこにいてもクライアントからの依頼があるなら対応すべきです。物理的に事務所にいる意味はないと考えています。
この点は、事務所設立時から意識しているところで、我々の事務所は、安全なセキュリティを前提に徹底したIT化やペーパーレス化を図ることで業務効率を確保してきました。そのため、新型コロナウイルス感染症の流行前と新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出された現在を比較しても、実のところ執務体制は何も変わっていませんね。
染谷弁護士:
これは新型コロナウイルス感染症が流行する以前のことですが、池田が競争法の学会に出席するためコロンビアのカルタヘナに滞在している時に、東京の私と関西のクライアントと三者会議をする機会がありました。池田は地球の裏側におりましたが、通常と変わらず会議に参加していましたね(笑)。
池田弁護士:
あったね(笑)。僕がローマで会議に出ていたときにも同じようなことがありました。
染谷弁護士:
あった(笑)。弁護士は連絡さえクイックにとれるなら、事務所に来てもらう必要はありません。郵便物や来客対応があるため、当事務所も事務スタッフの方々には出勤をしてもらっていました。しかし、新型コロナウイルスの感染者が日本に現れ、ダイヤモンド・プリンセス号の対応があった頃から、日本国内でも感染が拡大するであろうことを見越して、当事務所は2月中旬から、事務スタッフも在宅勤務(リモートワーク)をしてもらっています。いずれにせよ、在宅勤務はかれこれ2か月にも及ぶわけですね。
クライアントとの会議はすべてウェブ会議で対応されているのでしょうか。
染谷弁護士:
多くはウェブ会議で対応しています。今はクライアントも人との直接的な接触を避ける形で運営している企業が多いですから。
もちろん、金融機関など、社内セキュリティ上、ウェブ会議を利用できないクライアントもいます。対面で会議をしたいとのご要望をいただく場合には、事務所にご来所いただくこともあります。ただ、その場合も送風による換気を行いながら、十分なソーシャルディスタンスを確保しています。会議前と終了後は、机や椅子をアルコール消毒するといった対応を行っています。
新型コロナウイルス感染症が拡大して以降、クライアント側の要望に変化などは見られましたか。
池田弁護士:
細かい話ですが、たとえば、請求書は今まで紙で送ってほしいというクライアントが多かったです。ただ、2月、3月と在宅勤務を導入しているクライアントから請求書をPDFで送ってほしいというご依頼が増えています。これは我々にとってもありがたいことですし、我々の側も他のクライアントに対して同様の対応をはじめています。
日々深刻さを増している新型コロナウイルス感染症拡大ですが、この問題が、我々が意図しなかった形で業務効率化にもつながっているのも事実です。クライアントと双方向に建設的な提案をし合い、乗り切っていきたいですね。
新型コロナウイルス感染症の拡大以降、働き方に変化はありましたか。
染谷弁護士:
ありがたいことに、我々は事務所開設以来、忙しく活動をさせていただいてきました。それでも今は、正直に言って極限に忙しいですね。
まず、在宅勤務となって移動時間がなくなったため、朝から晩まで間断なく仕事ができる環境にあります。日中は立て続けにビデオ会議に参加し、隙間時間にはメールやチャット、起案といった作業をしています。確かに忙しくはありますが、これまでにないほどの効率が実現できていますし、業務をどんどん前倒しで進めることもできています。その点は心地よいですし、スピード感があるコミュニケーションができていると感じています。
人に会えないことは大きなマイナスですが、新型コロナウイルス感染症拡大により、予期しない形で働き方改革が進んだといえますね。
新型コロナウイルス感染症と独禁法・消費者法
新型コロナウイルス感染症拡大は、独禁法と消費者法の領域にどのような影響を与えるでしょうか。
池田弁護士:
独禁法の分野では、プラットフォーマー規制をはじめとして動きが起こっているところであり、年明け以降も公正取引委員会の調査対応を数多くさせていただいています。これらは新型コロナウイルス問題にかかわらず、今後も続いていくものと思います。
また、この新型コロナウイルス感染症拡大に乗じて、マスクなどの必需品との抱き合わせ販売を行う事業者が現れ、これに対して公正取引委員会が注意喚起を行いました 1。このように、平時と異なるビジネス環境に置かれたことをきっかけとするご相談が増加しています。
現在、各国の独禁法当局が先を争うように、危機時においてどの程度の事業者間の協力であれば、独禁法上問題とならないかといった問題に関するガイダンスを公表していますが、日本でも、「競合他社とのこのような取組みはカルテル規制との関係で問題ないか」といったご相談が増えています。また、日本特有の問題として、優越的地位の濫用・下請法の規制の問題があります。これらはもっぱら平時の継続的な取引を前提とした規制ですが、「危機時において取引のやり方を変更することはどこまで許されるのか」という点もケースバイケースの評価が必要となる難しい問題です。
染谷弁護士:
消費者法の観点で言うと、今一番多いご相談は、コロナ便乗商法に関するものですね。3月10日に消費者庁から、「新型コロナウイルスに対する予防効果を標ぼうする商品の表示に関する改善要請等及び一般消費者への注意喚起について」という文書が出され、新型コロナウイルスへの予防効果があると標榜する商品への注意喚起をしています 2。消費者庁は非常に重要な仕事をしてくれました。
たとえば、私のクライアントにも医薬部外品のアルコールジェルやスプレーなどを販売している企業がいます。医薬部外品として承認されている範囲では、ウイルスや細菌に対する効果が認められていますが、当然のことながら、現時点では新型コロナウイルスに対する効果についての実験がなされているわけではありません。つまり、「新型コロナウイルスに効く」というエビデンスはないわけですね。
それにもかかわらず、一部のドラッグストアや小売チェーンでは、「コロナ対策に!」といった店頭POPとともに前述の商品を陳列しているケースがあります。これはドラッグストアが不当表示を行った事例ですが、消費者からのクレームが商品の製造メーカーに来てしまうわけです。メーカーは元々「新型コロナウイルスに効く」という効果を標榜していませんから、完全に「もらい事故」ですよね。このような小売業者への指導を行うという案件がまず増加しています。
また、消費者庁表示対策課や東京都福祉保健局薬務課は、ウイルスへの効果・効能を標榜する表示に対して当然センシティブです。そのため、ウイルスへの効果・効能を標榜する商品のエビデンスに関する適正の判断や景表法・薬機法の観点からの広告規制のコンサルティングといった依頼が非常に増えています。私自身も、消費者が賢い商品選択をできるよう適正な表示を行う事業者のサポートを通じて、この新型コロナウイルス時代の社会に貢献したいと考えています。
新型コロナウイルス感染症に関連する企業からの依頼では、業界ごとの特徴などはありますか。
染谷弁護士:
先ほど申し上げたウイルス対策に関するものを除けば、やはり食品事業者からのご相談が多いですね。加工食品などについては、たとえば、原産国や原材料原産国を記載するなど、食品表示法に基づく食品表示が行われています。しかし、現在は流通がストップしているため、食品表示ラベルに記載した原産国や原材料原産国が維持できないというケースが増えているのです。この点は非常に大きな問題でしたが、4月10日に消費者庁から、「新型コロナウイルス感染症の拡大を受けた食品表示法に基づく食品表示基準の弾力的運用について」などの通知が出て、食品表示基準を弾力的に考えてくれるようになりました。ただ、この問題は必ずしも食品だけではなく、工業品などにも起こる問題でもあり、まだ課題はあります。
その他には、元々我々の事務所の主力サービスである、ゲーム関連のご相談も増えています。新型コロナウイルス感染症が流行して以降、多くの方が自宅で過ごしていますから、ゲームに対する需要が非常に高まっています。そのため、ゲーム企業のクライアントと二人三脚で、キャンペーンや新しいゲームの企画に関する事業戦略に取り組んでいます。
MNOやMVNOなどの電気通信事業に関するご相談も非常に多いですね。お家にいると、やはりみなさんインターネットをされますから、電気通信事業法の消費者保護ルールのコンサルティングや総務省の調査対応に、日々追われる状態です。そして、新型コロナウイルスの第2波・第3波が予想され長期戦となることが想定されるなか、企業からは新型コロナウイルス感染症拡大による消費者・企業の行動様式の変化に対応するご相談が増えているところです。我々もこの変化に対応するクライアントへ実効的な代替案を提案するため、研究しています。
池田弁護士:
新型コロナウイルス感染症の流行下にもかかわらず、今まで以上に多くの案件に関与できていることは非常にありがたいことです。ただし、今の時代、セミナーなどが開催できなかったり、お客様と直接お会いできなかったりすることも事実です。メディアでの発信やウェビナーなどを通して、今まで以上に我々がサポートできることをお伝えしていく予定です。
アフターコロナ時代の独禁法と消費者法
新型コロナウイルス感染症拡大が続いている状況ではありますが、アフターコロナ時代における独禁法と消費者法をお二人はどのように占いますか。
池田弁護士:
今、公正取引委員会は、新型コロナウイルス感染症拡大の関係で立入検査が難しいと思われる状況ではありますが、水面下で独禁法違反の情報を集めているものと想定されます。東日本大震災の後も、状況が落ち着いた時期に、復興需要に関連する談合等の独禁法違反の摘発が多数なされました。このため、新型コロナウイルス問題の収束後に公正取引委員会の立入検査が増えることは間違いありません。
また、コロナ禍においては、事業者も売上げが落ちるため、取引先に対する優越的地位の濫用や下請法違反が行われがちです。さらに、マスクなどの日用品はもとより、重要な医薬品・医療機器等についても、その希少性から、販売方法の制限などの問題が生じることが懸念されます。
さらに、コロナ後は多くの業界でビジネスの在り方の根本的な変化が起こるとみられます。医薬や医療のみならず、リモートワークのサポートにより収益を生むビジネスや、人と人とを直接会うことなくマッチングさせるサービスなど様々な新規ビジネスが誕生することが期待されます。かつては「経済憲法」などと呼ばれることもあった独禁法は、それらのビジネスがシェアを取りに行くなかで、どこまでのことをやっていいのか、どこまで競合と手を組んでいいのかを判断する基本法です。動きの速い変革の時代に、その重要性はさらに高まると確信しています。
我々は、弁護士の数を増やすことで、迅速かつ的確に公正取引委員会の調査対応を行える体制を整えることができました。コロナ後の調査にも迅速に対応したいと考えています。
また、経済危機の後には業界の再編が起こります。ですから、今回もリーマンショック後と同じようにM&Aが活発化することが予想されます。事務所設立以来、我々はM&Aの独禁法に関わる部分をご依頼いただいたり、M&Aに強い小規模・中規模事務所と協働させていただいたりする機会を多数いただいています。そのため、企業結合事案が増えることも想定しています。
染谷弁護士:
消費者法という観点でいうと、コロナ後は、それまで我慢していた人々の消費欲が一気に爆発すると考えられます。たとえば、外食や観光、興行などのエンターテインメント産業が大きな盛り上がりを見せることは間違いありません。私自身、トラベルや民泊といった観光法務やeスポーツなどの興行ビジネス法務の案件を多く取り扱ってきましたので、また、これらの業界とがっちりと付き合って業界振興に貢献したいですね。
インタビュー後編では、独占禁止法と消費者法の分野で存在感を放つ池田・染谷両弁護士に、池田・染谷法律事務所設立の狙い、新しい事業アイデアを実現させるために弁護士に求められる思考法について伺います。
(撮影:蟹 由香、取材・文:BUSINESS LAWYERS 編集部)
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公正取引委員会「新型コロナウイルスに関連した感染症の発生に伴うマスク等の抱き 合わせ販売に係る要請について」(令和2年2月27日) ↩︎