女性活躍時代の最前線を生きる法務パーソンが語る「2020年30%」の現在地

法務部

目次

  1. 「指導的地位」とは、社会のあらゆる場で「権限と影響力」を有する立場のこと
  2. 多様な取締役会の緊張感が強いガバナンスを生む
  3. 管理職に求められる能力とマインドセットの転換

安倍晋三首相が世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「2020年までに指導的地位にいる人の3割を女性にする」と国際社会に公約したのが2014年。これに先立ち、2013年7月に厚生労働事務次官、2014年7月に法務省と経済産業省で初の女性局長を登用し、大きな話題になった。

しかし、中央官庁での女性幹部誕生が話題になること自体、女性の幹部起用が他国より遅れていることの証左だろう。それからの数年間、データの上では成果が出ているといえるが、国民の意識が大きく変わったとはいえず、現在でも官民問わず男性が要職を占めている。

安倍首相が目標として掲げた2020年を迎えたいま、ビジネスの最前線における女性活躍はどこまで進んできたのだろうか。日本組織内弁護士協会(JILA)理事長とユニバーサルミュージック合同会社リーガル・アンド・ビジネス/アフェアーズ本部本部長、フューチャー株式会社社外取締役を兼務し、日本の企業法務の先頭を走り続ける榊原 美紀弁護士に、女性の働き方や活躍、課題、ダイバーシティなどについて話を聞いた。

「指導的地位」とは、社会のあらゆる場で「権限と影響力」を有する立場のこと

榊原さんは、日系と外資系の法律事務所で弁護士、同じく日系と外資系の企業でインハウスロイヤーを経験し、現在は社外取締役を務めるなど、精力的な活動を続けられています。日本の「指導的地位にいる女性」の現状についてどのように感じていますか。

安倍首相がダボス会議でメッセージを発信した2014年と比べれば、指導的地位にいる女性はゆっくり増加していますし、内閣府が公表しているデータを2010年と2018年で比較すると、たとえば国家公務員採用者は25.7%から34.5%、国の審議会等委員は33.8%から37.6%になるなど、着実に目標を達成しているように見えます。

しかし、このほかの分野では依然として低い数値で推移していますし、管理的職業従事者に占める女性の割合の国際比較では、米国の40.7%やオーストラリアの38.7%、スウェーデンの38.6%などに対し、日本は14.9%にとどまっています 1。“指導的地位にいる女性”が増えているとはお世辞にも言えない状況です。国家公務員採用者などは政治主導で促進することができますが、民間企業に対する強制力はなく、経済界では少しずつしか進んでいません。世界経済フォーラムの2018年の「ジェンダーギャップ報告書」では、「男女平等が達成できるまでに何年かかるか?」について、西欧は約60年ですが、東アジア周辺は約170年後だそうです 2。このスピードを自分たちで変えなければならないのです。

日本組織内弁護士協会(JILA)理事長兼、ユニバーサルミュージック合同会社リーガル・アンド・ビジネス/アフェアーズ本部本部長兼、フューチャー株式会社社外取締役 榊原美紀氏

経済界における女性活躍の進展はスピード感を欠いていると榊原 美紀弁護士は見ている

上場企業の女性役員割合を30%に増やすことを目指す世界的な活動「30% Club」が日本でも始まりました。

海外における要職への女性の登用も決して簡単だったわけではありません。30% Clubは英国で始まった動きですが、役員に占める女性の割合が一向に上がらなかったことから、企業トップが集まり、具体的な数値目標を掲げたという背景があります。

政府主導で「女性役員を増やしなさい」と言われただけでは具体的な行動に結びつきにくく、渋々“やらされる”のでは意味がありません。経済合理性を感じて自発的に動く企業も現れ始めていますが、コーポレートガバナンス・コードで「取締役のうち1人は女性でなければならない」と義務付けるなど、数値目標を義務化する以外に解決策はないと考えています。

榊原さんがこれまでに在籍された企業の取組み状況はいかがでしたか。

私が以前、在籍していたパナソニックでは、約40名の役員のうち、コーポレートガバナンスのおかげで女性の社外取締役や社外監査役は数名おりましたが、社内から昇進した女性役員はたった1名でした。現在、私が社外取締役を務めるフューチャーは取締役会10名のうち、女性取締役は2名ですし、1名増える予定なので近々3名となるでしょう。人口比に照らすと女性が半分いてもおかしくないのに、20~30%でも先進的な企業であると感じる自分の感覚に違和感を感じますし、様々な企業が現状を是正する積極的な取組みを加速する時期に来ていると感じています。

多様な取締役会の緊張感が強いガバナンスを生む

女性役員の登用など取締役会の多様性は、コーポレートガバナンスの強化のためにどのように作用するのでしょうか。

取締役会の多様性はより良い意思決定につながり、中長期的には企業業績向上と株主利益の最大化をもたらします。これは持続可能な成長を求める市場原理に基づく企業のガバナンス改革ともいえるでしょう。日本ではこれまで、企業の成長に貢献してくれた社員の出世の先にあるものが取締役というポジションであり、「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という価値観が一般的でした。取締役会が男性で占められていたのも当然ですよね。

しかし、ビジネス現場の状況は刻一刻と変わりつつあり、常に現状の改善や変革が求められます。メンバーの特性(日本の場合、高齢の男性)が偏ったグループの意思決定は、「グループシンク(集団浅慮)3 」と呼ばれ、自分たちを過大評価して自らの意見を正しいと思い込み、道徳や倫理を無視しり、異論を言う者に対する圧力が働きやすいという特徴があります。旧態依然とした取締役会では自らを変革することはできませんが、そこにまったく異なる視点を持つ女性が入ると「なぜ、このようなやり方なのでしょうか」「これで本当に会社の成長につながりますか」といった疑問が次々と出され、そこから新しい考えが生まれてきます。

また、同質化したメンバーで構成される取締役会による経営は、機関投資家の目にも魅力的とは映らないはずです。様々な角度から経営の状態を見て、厳しいことも指摘できる人材が集まる取締役会が機能している企業は強く、グローバルの競争にも勝ち抜ける。機関投資家はそのように見ているからです。

社内だけでなく社外からも多様性のある取締役が集まることで、経営層にいい意味での緊張感を与え、積極的な経営を促す効果も期待できそうです。

社外取締役は経営層と株主の間にいる存在です。「なぜこの事業を進めるのか」「この投資はどれくらいの利益をもたらすのか」といったことを我々社外取締役に説明できないようでは、機関投資家や株主に納得してもらうはできません。フューチャーは「言いたいことを遠慮なく言ってほしい」と私の性格や考え方をよく理解したうえで社外取締役就任を依頼していただいているので、私も遠慮なく発言させてもらっています。

私が「よくわかりません」と言うと、理解できるまで説明してくれます。企業には、社内ルールや社内文化など、これまで明文化せずとも暗黙の了解で伝わってきた部分も多くありますよね。これからはそのような暗黙知でさえ、対外的にきちんと説明できなければなりません。社外取締役は、その最初の取っかかりの部分を担っているわけです。

開かれた取締役会を実現するためには、トップの意識改革も求められそうです。

「とりあえず女性であれば、社外取締役は誰でもいい」と考えている経営層が少なからずいることも事実です。そこまであからさまではないものの、それほど積極的とはいえない理由で女性社外取締役の候補を探している企業からの相談を受けることもあります。実のところ、私自身は心のなかで「失礼だな」と思っています。しかし、そこでシャットアウトしてしまっては次につながらないため、優秀な女性の知人を推薦するようにしています。

社外取締役への就任の打診は、これまで男性によって占められていた「指導的な立場」に、初めて女性が入り込むきっかけになります。取締役会に女性が加わったことで、企業から「依頼して良かった」と言ってもらえるかもしれません。あるいは、女性にとっても新しい勉強の場になるはずです。きっかけはどのようなものであれ、意思決定層に女性が増えてくることは素晴らしいことです。

日本組織内弁護士協会(JILA)理事長兼、ユニバーサルミュージック合同会社リーガル・アンド・ビジネス/アフェアーズ本部本部長兼、フューチャー株式会社社外取締役 榊原美紀氏

意思決定に関わる女性が増えてくることは、個人の側にも企業の側にもポジティブな効果をもたらすと榊原弁護士は語る

その一方で、「女性が役員になりたがらない」という声もしばしば聞かれます。

たしかに、そういった声も聞きますが、それは女性だけのせいではないのです。現在の日本社会においては取締役会の空気・文化は非常に男性的であり、「そこに私が入ったら異質ではないか」と考える女性が多いことは無理もないことですよね。しかし、取締役会に女性が一定数いれば、取締役会の暗黙知も変わるでしょう。そして、後に続く女性たちが「こういう場なら、自分も能力を発揮できそうだ」と考え始めるのではないでしょうか。今後、女性の法務人材が求められる場は増えてくるでしょうし、その先例となることも私の役目だと考えています。

管理職に求められる能力とマインドセットの転換

法務パーソンとして、将来的に役員を目指す管理職に求められる能力とはどのようなものでしょうか。

「専門性」「コミュニケーション能力」「語学力」の3つです。これらは男女を問わず必要です。法務としての専門性を有していることは言うまでもありませんが、多種多様な人々が集まる企業において、1つの専門だけを突き詰める“職人気質”の方の場合、キャリアパスを広げていくことはなかなか難しいと思います。

たとえば、「コミュニケーションスキル」について例をあげると、契約交渉について相談を受けた際、単に契約書の不備を指摘するだけでも法務の役割を果たしたことにはなるかもしれません。しかし、契約の背景や交渉の過程などをよくヒアリングしたうえで、法務として気をつけるべきことなどを親身なアドバイスとして伝えれば、相談者も法務を信頼してくれるようになるのではないでしょうか。どれほど法務としての高い専門性を備えていても、その能力を企業のなかで活かす方法を身につけられなければ、十分な価値を生み出せないと思うのです。

語学力とは、具体的に言うと英語ですね。法務となると「とりあえず会話できればよい」というわけではなく、1つの単語の読み違えがビジネスにおいて致命的な結果を招くこともあります。そのためでしょうか、自分の英語力に自信を持てず、萎縮してしまう方が多いように見えます。それでも、実務で使えるレベルまで英語力を高めていくことができれば、今後のキャリア形成において強力な武器になるはずです。

女性の法務人材が一段上のキャリアを目指すために必要なマインドセットやアクションとはどのようなものでしょうか。

女性には妊娠・出産という男性にはないライフイベントがあります。しかし、その他のことはすべて男性にもできるはずです。家事や育児の女性の負担が大きすぎることが問題です。内閣府の発表 4 では、夫婦の家事・育児の分担割合は、6歳未満の子供のいる家庭の場合、妻が7時間34分に対し、夫は1時間23分です。実に6倍の違いです。それを「当たり前」と考え、受け入れてしまう女性がいることも事実です。環境が追いついてこない状況では、とても勇気がいることですが、誰もが本来であれば「時間」を平等に有することができる、という当たり前のことを改めて自覚し、発信してみる価値があります。

私自身、かつては人見知りで、非社交的な人間でした。社会・学校・家庭で長い期間、女性に期待された役割を無意識に演じていたのだろうと思います。弁護士になって以降、様々な集まりに積極的に足を運ぶなどして、自分を変えるための試行錯誤を繰り返してきました。JILAには、ダイバーシティ研究会というものがあり、ここからはいつもよい影響を受けています。それ以外にも、キャリアアップセミナーやダイバーシティに関するイベントなど、自分自身を高めることにつながるようなものも多数あります。たしかに、このようなイベントなどに参加すれば、すぐに環境が変わるわけではありません。それでも、自ら一歩を踏み出し、積極的に動くことを意識付けしていくことで、状況は確実に変わっていくはずです。

女性法務人材の活躍の場が広がることは、個人と企業の双方が新たな価値を生み出すためのチャンスになるでしょうか。

女性の積極的な登用は、企業イメージの向上につながるなど、企業側にもメリットがあります。女性が役員に就いていれば、機関投資家に対するアピールはもちろん、求職者に対しても好印象を与えることができ、優秀な人材の獲得にも貢献するでしょう。

自分自身を高め、それが周囲の環境を変えることにつながり、その結果として自分自身を高めようとする女性が増えていく。そのような好循環がこの国の色々な場所で生まれるよう、微力ながらこれからも活動を続けていきたいと思います。

日本組織内弁護士協会(JILA)理事長兼、ユニバーサルミュージック合同会社リーガル・アンド・ビジネス/アフェアーズ本部本部長兼、フューチャー株式会社社外取締役 榊原美紀氏

かつて「人見知りで、非社交的な人間」だった榊原弁護士は、自ら一歩を踏み出すことで、女性法務人材の活躍の場を広げていった

(写真:弘田充、取材・文・編集:BUSINESS LAWYERS 編集部、取材協力:ユニバーサルミュージック合同会社)

榊原美紀(さかきばら・みき)
日本組織内弁護士協会(JILA)理事長兼、ユニバーサルミュージック合同会社リーガル・アンド・ビジネス/アフェアーズ本部本部長兼、フューチャー株式会社社外取締役。1997年日本の弁護士登録。その後、日本の法律事務所および英国系の法律事務所で企業法務の経験を経て、2003年米国カリフォルニア州弁護士登録し、同年よりパナソニック株式会社で企業内弁護士に転身。2018年には日本組織内弁護士協会(JILA)理事長に就任。2019年にフューチャー株式会社の社外取締役に就任し、さらに同年ユニバーサルミュージック合同会社に移籍。

  1. 内閣府・男女共同参画推進連携会議「『2020年30%』の目標とは?」および「ひとりひとりが幸せな社会のために(令和元年版データ)」(2020年3月9日最終閲覧) ↩︎

  2. 世界経済フォーラム「ジェンダーギャップ報告書(2018年)」(2018年12月17日) ↩︎

  3. グループシンク(集団浅慮)とは、人間が集団化した際の意思決定に関する研究で有名な米国の心理学者Irving Janisの発表による概念で、集団で合議を行う場合に不合理あるいは危険な意思決定が容認されること、特に集団の構成メンバーがある特性に偏っている場合に起こりやすいとされる(「ハーバード・ビジネス・レビュー」2020年4月号2頁)。 ↩︎

  4. 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書(概要版) 平成30年版」(2020年3月16日最終閲覧) ↩︎

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