全社のリーガルマインドを高める「法務組織の新陳代謝」の実践法 - 法務部門トップを歴任するエキスパートが推奨

法務部

目次

  1. 脱・属人化、組織にナレッジを蓄積させる仕組み
  2. 新任メンバー育成の基本はOJT
  3. 法務人材をビジネス部門に送り出すメリット
  4. 日本におけるCLOへのキャリアパス

担当者の異動や新入社員の配属先決定など、人の動きが慌ただしくなる年度末。新年度に向けた引き継ぎ業務や新任メンバーの受け入れなどを行うにあたって、法務部門はどのような点に留意すべきだろうか。川崎製鉄株式会社や株式会社NTTドコモなどの法務部門のトップを歴任し、現在はアシュリオンジャパン・ホールディングス合同会社の CLOを務める中村 豊氏に、法務組織の新陳代謝がもたらす効果と実践のポイントを聞いた。

脱・属人化、組織にナレッジを蓄積させる仕組み

新年度に向けて、各企業では他部署へ異動する法務メンバーも多いようです。業務の引き継ぎにあたって、法務部門の責任者はどのような点に注意すべきでしょうか。

まずは、スムーズに引き継ぎを行えるような組織や仕組みづくりが重要ですね。法務部門は専門家集団ともいえる組織ですから、放っておくと業務の進め方や知識が個々のメンバーに属してしまいがちです。組織のなかにナレッジが確実に蓄積されていくよう、法務部門の責任者には、自社の法務の性質に合わせた組織設計を行うことが求められます。

アシュリオンジャパン・ホールディングス合同会社CLO-ジャパンリージョン バイスプレジデント 中村 豊氏

アシュリオンジャパン・ホールディングス合同会社CLO-ジャパンリージョン バイスプレジデント 中村 豊氏

組織にナレッジを蓄積していくためにどのような方法が考えられますか。

具体的なソリューションの1つに、データベースの整備があります。私は2004年にNTTドコモの法務部門の責任者に就きましたが、同社では早い段階から自社開発した案件管理のためのデータベースを導入していました。

各部署からの法務相談は、イントラネットで受け付けます。各部署の担当者が相談内容を入力すると、法務に相談内容がメールで送信されると同時に、自動的にデータベースへの入力が完了します。これを繰り返していくと、様々な法務相談とそれぞれに対する回答、契約審査に関する情報などが盛り込まれたデータベースが、ほぼ自動的に構築されていきます。組織設計を行ううえで、組織内のナレッジ蓄積の仕組みを通常のワークフローのなかに組み込んでいくという視点は、非常に重要です。

法務部門のメンバーが他部署に異動するケースでは、どの程度の引き継ぎ期間を確保しておくべきでしょうか。

法務部門のメンバーが他部署に異動する場合は、そのスタッフのキャリアプランなどを踏まえて、中長期な視座から考えられているケースがほとんどだと思います。そのため、本人が他部署への異動の希望を出している場合は、半年から1年程度をかけて準備を進めていきます。たとえば「これまであなたが積み上げてきたノウハウや知識をマニュアル化してほしい」と異動を希望する本人とのコミュニケーションを通じて本人の知識の棚卸しを促すとともに、その異動のタイミングを使って組織としての知識の見える化も同時に実行してもらうわけです。これは「個人レベルから組織レベルにナレッジを格上げする」という点でも有効な手段だと思います。

新任メンバー育成の基本はOJT

他部署からの異動でやって来るメンバーや新入社員を受け入れる際、法務部門としてどのような準備を行うべきでしょうか。

私自身、これまでに色々な試行錯誤を繰り返してきましたが、うまくいった取組みもあれば、うまくいかなかったものもありました。それを踏まえて、考えられる施策がいくつかあります。

ある程度規模が大きな組織の場合に適用できる考え方として、「初めに配属を固定しない」というものがあります。

成功した事例として、新入社員は配属後、1チームごとに2〜3週間をかけて「巡業」してもらい、配属後の3か月程度で法務部内のすべてのチームで業務を一通り経験してもらうという手法があります。これにより、法務部門全体の概要と各チームの担当業務を把握してもらえますし、初任の配属の適性をみることもできます。新任メンバーの巡業期間中は、チーム間の異動ごとに新任メンバーの仕事ぶりや長所・適性などを次のチームリーダーに申し送りしてもらいます。最終的にはチームリーダー全員が集まって話し合い、新入社員の適性に関するチームリーダーの所見や本人の志向を踏まえて、最初の配属チームを決めていきました。新任メンバーも法務部門内の全メンバーたちと一通りコミュニケーションを取ることができますし、なかなか効果的な取組みだったと思います。

逆に、あまり上手くいかなかった取組みの一つが座学形式の講義です。先輩たちが、自身の業務を法律的な知識を交えて紹介する新入社員育成講座を4〜5年ほど行ったのですが、これは残念ながらワークしませんでしたね。

なぜ、うまく行かなかったのでしょうか。

先輩に講義をしてもらう新任メンバーがどうしても受け身になってしまうのです。逆に講義する側も、忙しい業務の合間に講義用の資料を作成するのはかなり負荷がかかり、メンバーのモチベーションを維持できなくなりました。

結局のところ、新任メンバーの育成はOJTに尽きるのだと思います。特に、今の若い世代はコミュニケーションを重視する方が多いので、法務部門の組織全体で新任メンバーをしっかり受け止めているよ、というメッセージを本人に感じてもらうことが大切です。まずは色々なチームで業務にあたるなかで部門のメンバーたちと触れ合ってもらい、自分の適性や好みを組織とすり合わせる期間が必要なのだと思います。

その他には、どのような施策が考えられますか。

先輩メンバーを新任メンバーのメンターにつけ、相談相手になってもらうことも有意義ですね。これは、教えられる側にとってはもちろん、教える側にとっても新たな気づきを得るいい機会になるはずです。

メンターが新任メンバーと接する際に注意すべきポイントはありますか。

私はメンター役のメンバーに「まず新任メンバーの話をよく聞いてほしい」とアドバイスしています。メンターのやり方は人によって千差万別ですが、特に若い時代にメンターをやると、一から十まで事細かく教え込もうとするケースが多いですね。

新任メンバーには早い段階から「とことん自分の頭で考えて、解決策をひねり出す」というマインドを持ってもらうことが大切です。そのため、「教え込む」アプローチではなく、「引き出す」アプローチをしたほうが、結果的には伸びていくことが多いと感じています。

メンターの選定に基準はありますか。

明確な基準はないと思います。年齢の近いメンバーをつけることもありますし、管理職の一歩手間くらいの経験豊富なメンバーをつけることもあります。その時々の人事の都合によっても変わってきますが、両者の相性や新任メンバーの伸びしろを考えて、ベストの組み合わせになるように努力します。また、「良いメンターになる」というのはマネージャーにとって必要不可欠な素養なので、メンターは一度きりということでもなく、何度か繰り返し務めてもらうこともあります。若いときはあまりうまくいかなかったが、2回目はうまく育ったというケースも少なくありません。

アシュリオンジャパン・ホールディングス合同会社CLO-ジャパンリージョン バイスプレジデント 中村 豊氏

アシュリオンジャパン・ホールディングス合同会社CLO-ジャパンリージョン バイスプレジデント 中村 豊氏

法務人材をビジネス部門に送り出すメリット

法務部門が付加価値を生み出すために、新任メンバーの受け入れ、既存メンバーのビジネス部門への送り出しといった組織の「新陳代謝」は有効でしょうか。

私は非常に有効だと考えています。法務の役割を広く捉えれば、その最大の役割は会社のリーガルマインドを上げることです。日々の法務相談や、契約書のチェック、交渉はもちろんのこと、法務部門の出身者がビジネスの現場に出て行き、リーガルマインドの“宣教師”として会社全体の法務センスを高めていくことは、非常に価値の高いミッションといえます。

逆に、ビジネス現場の経験を積んだメンバーを法務部門に迎え入れ、法務部門のビジネスセンスが向上すれば、さらにポジティブなサイクルが生まれてきます。もちろん、あらかじめ法務部門内である程度人材を流動させる余裕をもった人材配置をしていることが前提にはなりますが、全社のリーガルマインドを高めるために、法務部門内外の積極的な人材ローテーションは、取り組むべき価値のあることだと考えています。

一度、他部署に出て、法務部門に戻って来たメンバーが組織にいい影響を与えてくれる、というケースもありそうですね。

これまで新規事業部門などのビジネス部門、知的財産部門や総務部、経営企画部門などの管理部門との間で法務部の人材交流をしてきましたが、基本的には片道切符ではなく「往復切符」、すなわち再度法務部に人材を戻すという人事を中心にしています。それによって、法務部にそれぞれが新たなノウハウと経験を持ち帰って来るという大きなメリットがあります。たとえば、経営企画部門に行くと、事業や数字がわかる人材になって戻って来ます。法務部員で、数字に強い方はあまり多くないですが、数字をもとに経営判断にコミットできる法務部門があると、経営層としては心強いですよね。

法務部門は「高飛車だ」「敷居が高い」などと、他部署から不興を買うこともしばしばです。しかし、たとえば新規事業部門に出て、現場の苦労を肌感覚としてわかるようになったメンバーが法務部門に戻って来ると、社内の調整や交渉が格段に上手くなりますね。

そのような法務のリソースを経営層はどのように活用すべきでしょうか。

誤解を恐れずにいえば、ある種の試練を機に法務部門が拡充・強化されていくというのが、これまでの日本企業における法務部門の1つの成長パターンでした。M&Aや訴訟、スキャンダルなどの大きな試練や課題に直面したことで、法務部門が社内の脚光を浴び、経営層が法務部門の重要性を認識するというケースですね。

逆に、そのような試練の経験を持たない企業では、多くの場合、経営層に法務部門の重要性を理解してもらうことには大きな苦労が伴うはずです。もちろん、課題の原因は法務部門の側にもあります。従来型の内向きな法務部門では、経営層の目にとまるような人材が育っているか、外からは知りようがありません。法務部門をマネージする側としても組織をより開かれたものにしていかなければ、経営層の理解を得ることは難しいでしょう。

日本におけるCLOへのキャリアパス

キャリアパスの1つとして、CLOやゼネラルカウンセル(GC)を目指す法務パーソンが増えてきているようです。CLOやGCには、どのような能力が求められるのでしょうか。

各部門のトップは、経営トップから直接指示を受けて動くことが多いと思いますが、たとえば米国では、法務は完全に独立した部門として存在し、法務スタッフはGCやCLOに昇進していくモデルが一般的です。もちろん、CLO候補のリストに上がるためには、法律家として一流でなければなりませんが、私は、ビジネス部門の経験を含めて広くビジネスに関する経験値を持った法務のトップが経営層に上がっていくというモデルが、日本型のCLOの近道ではないかと想像しています。

また、CLOには会社の変遷や成長に伴って法務部門を変革していくマネジメント能力が必要不可欠です。そのためには、経営やビジネスの動き、業界のトレンドに対して常にアンテナを張っておく必要がありますね。

法務部門にいながらビジネスセンスを身につけられる人材もいますが、あえて私は、現場に飛び出して、自ら新陳代謝を図るキャリアにチャレンジすることを奨励したいですね。日本の法務部門が一皮剥けていくために、人材の新陳代謝が果たす役割は非常に大きいと考えています。

(文:周藤 瞳美、写真:弘田 充、取材:BUSINESS LAWYERS 編集部)

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