法務パーソンや弁護士がとるべき「初動」とは 実務の型をシンプルに整理した企業法務実務入門書
法務部
2019年12月、日本能率協会マネジメントセンターは、『企業法務のための初動対応の実務』を出版した。同書では、企業で想定されるさまざまな法的対応を迫られるトラブルについて、「コンプライアンス」「契約管理」「債権管理」「情報管理」「労務管理」「会社整理」「M&A」の7分野に集約し、それぞれを7つのポイントに絞って整理している。
今回は著者の長瀨 佑志 弁護士と、書籍制作期間中に編集部から営業部に異動となり、編集者と営業担当者の2つの立ち位置から書籍に関わった岡田 茂氏、その岡田氏から編集担当を引き継いだ東 寿浩氏に、書籍の概要や刊行の狙いについて聞いた。
地方都市でも高まる企業法務の意識
まず、長瀬先生のご経歴を教えてください。
長瀬弁護士:
西村あさひ法律事務所に1年間在籍した後、茨城の水戸翔合同法律事務所へ移籍し、弁護士5年目のときに茨城で独立しました。西村あさひ法律事務所では、主に金商法が問題となるインサイダー取引の案件や、独占禁止法の違反事例、訴訟案件、通常の契約書レビューなど、企業法務全般に関わりました。
茨城に拠点を移されたのはなぜですか?
長瀬弁護士:
大分県で実務修習を行った経験から、弁護士1人ひとりの考え方や力量が結果に大きく反映される地方都市での弁護士活動を行ってみたいと考えていました。水戸翔合同法律事務所では、個人法務と中小企業向け法務を中心に手掛けていました。独立後は中小企業法務を主に扱っています。
長瀬先生の目から見て、首都圏と地方都市部では企業法務においてどのような違いがありますか。
長瀬弁護士:
首都圏であれ地方都市部であれ、企業法務自体の重要性・必要性は共通しています。ただ、首都圏は企業数が圧倒的に多く、企業法務のサービスを展開する弁護士や法律事務所も多いため、法務相談をしようと考えている企業側は「こういう案件は弁護士に相談すればいいんだ」とわかっているように感じます。弁護士や法律事務所の側も企業法務の経験が豊富ですから、相談に対する方針検討の知見を多く持っていると思います。
一方で地方の場合、本来は弁護士に相談すべき案件であるにもかかわらず、経験がないために社内に留めてしまっている企業も少なくありません。弁護士側としても、トラブル対応だけでなく、トラブル予防に関する相談や事業戦略上の法務相談にも対応しなければなりません。もっとも、どうしても企業側からのご相談が多くはないために弁護士側も経験値が少なくなってしまい、必要なアドバイスや対応が不足しているように感じています。
インターネットを通じて情報の量と質が向上したことで、地方都市の企業の意識に変化は見られるのでしょうか。
地方都市でも企業法務に対する意識は変わってきています。今までは、秘密保持契約などを交わさず、相手に言われるがまま契約書を交わしていたり、数年前から更新されていないようなひな形が使われたりしていました。ですが、茨城県内に限ってみても、ここ1、2年は、企業間の取引を検討する前段階で「秘密保持契約書を結んだほうが良いのではないか」「結ぶとして、どういう内容が自社にとって有利なのか」「この契約で本当に良いのか」というご相談を受けるケースが非常に増えています。
企業法務を7つの分野に分けて「マニュアル化」
今回刊行された書籍『企業法務のための初動対応の実務』を企画された背景について教えてください。
岡田氏:
もともと当社からは、若手弁護士の方に向けて初動対応や法務のセオリーを解説した書籍『若手弁護士のための初動対応の実務』を出版していました。この「初動対応実務」シリーズは、若手弁護士の数が増えている一方でOJTがなされていないという課題感からスタートしています。今回の書籍は、最近の企業法務案件の情勢を踏まえ、改めて定番書としてこのタイミングで出版したいと思い、企画しました。
想定された読者は、主に若手の弁護士の方々でしょうか。
岡田氏:
最近では、企業法務案件を扱う若手弁護士の方が非常に増えていると聞いていますので、弁護士の方にも読んでいただくことを想定していますし、当然企業の法務担当者の方の手に取っていただきたいと考えています。若手法務担当者や一人法務の方はもちろん、法務部門で何年も実務経験を積まれている方でも、「法務の『型』を身につけていない」という課題を持った方が意外といらっしゃるようなので、そうした方々にご自身の業務について立ち返ってもらえる一冊です。
東氏:
現場で法務の実務に携わっている方々を意識して編集しました。逐一文献を漁るようなことをしなくても、この本で紹介されている思考体系を身につけてもらうことで、様々な案件にアレンジできると思っています。
長瀬先生が執筆されるなかで意識されたことはありますか?
長瀬弁護士:
特に「企業法務をマニュアル化する」ことを意識しました。「企業法務をやりたいと思ったときにどこから着手すべきか」「相談を受けた際にどのような思考体系で論点を整理してアドバイスをすべきか」、当初は私自身も十分に理解することができておらず、どこから検討すべきか試行錯誤を繰り返していました。そこで、企業法務に関する典型的な分野を7つに絞ったうえで、各分野に7つのポイントを設定してまとめました。
「コンプライアンス」「契約管理」「債権管理」「情報管理」「労務管理」「会社整理」「M&A」の7分野ごとにまとめられていますね。幅広い企業法務の分野からこの7つをテーマに選んだ理由は何だったのでしょうか。
長瀬弁護士:
企業の経営資源は、「ヒト・モノ・カネ」に加え、「情報」と言われるようになってきていますが、この4つの経営資源に関する相談が多く寄せられています。この4つの経営資源に関する相談を企業法務という視点で整理すると、書籍で取り上げている7つになったためです。さらに、各分野のなかでよくアドバイスしている内容を整理してポイントとしてまとめています。
図表の活用で複雑な事象をシンプルに整理
編集者として、原稿を初めて読んだ時の印象はいかがでしたか。
岡田氏:
「ここまでは法務がやるべきこと」「ここはリスクを取ってまでやらなくてもいいこと」などと、法務担当者のチェックポイントが明確にわかるように書かれています。そこは、一読者として読んでいて気持ちがいいなと思った点ですね。
東氏:
私がすごく面白いなと思ったのは、「企業の法務部はかかりつけのお医者さんで、弁護士は専門医」といったような喩えを用いながら、実務で気をつけるべきポイントがわかりやすく書いてあるところです。
「ここに注目して読んでほしい」というポイントを教えてください。
長瀬弁護士:
各章の冒頭に、相談事例をテーマにした図表を入れています。この図表は、企業関係の相談に伺った際に、ホワイトボードに書いて話を整理する状況を意識して作りました。特に、企業法務に携わる経験が少ない方には、この図表を、事案を整理する際の参考にしていただきたいと思っています。法律相談は一見複雑に見えてしまいがちなことも多いですが、整理してみれば、「当事者AさんとBさんのどちらが、何を請求しているか」ということに行き着きます。一見複雑な契約関係や交渉過程も、できる限りシンプルにして考えることが大事なポイントではないでしょうか。このように図表化してみると、法律相談の内容をわかりやすく整理できると思います。
法律相談の図表化(例)
書籍の制作時を振り返って、何か印象深いエピソードはありますか。
東氏:
タイトなスケジュールのなかで、どれだけクオリティを上げられるか。その点はとにかく強く意識していました。読みやすさを考えることはもちろん、ファクトチェックや誤字脱字チェックの徹底、読者からどう見えるかも意識して、レイアウト面についても提案させていただきました。
長瀬弁護士:
今回の校閲で印象に残っているのは、岡田さんと東さんに内容をしっかり読んでいただいていたことです。たとえば、労務に関する原稿の一部に対して「労働者・従業員側からのコメントになっていないでしょうか」とご指摘をいただいたのですが、冷静に読み直してみると確かにそのとおりでした。かなり制作が進行した段階ではありましたが、原稿を大きく修正させていただきました。
岡田氏:
今回は制作途中で私が編集部から営業部に異動になったため、著者・営業・編集者という三者間で一緒に本を作ることができました。これはなかなかないケースだと思います。メイン読者である企業法務の方々が本書から得られる価値を考えながら、読み手・書き手双方向で中身を考えていく珍しい体験ができましたね。
地方都市でも弁護士の活動領域が広がる
書籍で発信された長瀬先生の考えが、どのように広がっていってほしいですか。
長瀬弁護士:
一番の理想は、弁護士の活動領域が紛争解決から紛争予防、そして事業戦略のサポートと広がっていくことです。弁護士の仕事の中心の1つは、トラブルが起きた後の紛争解決だったと思います。ですが、弁護士の仕事には、そもそもトラブルが起きないように社内体制の整備を支援することや、会社が事業を戦略的に展開しようと考えたときのサポートも含まれていると考えています。
「このようなアドバイスはビジネス上も有益だ」と弁護士と企業が共通認識を持つことができれば、紛争を前提にしない弁護士活動ができるはずです。大都市圏では、先進的な意識をもって取り組まれている企業もあると思います。全国の地方都市の企業でも同じような活動ができるなら、弁護士が積極的に予防法務や企業活動のサポートに携わっていくきっかけになるのではないかと思っています。
今後、地方都市で活動領域を広げていこうと考えている弁護士は、具体的にどのように取り組んでいくとよいのでしょうか。
長瀬弁護士:
たとえば、残業代請求のような労務の問題は、そもそも残業代請求が起きないような環境作りが理想といえます。残業代請求で訴えられた企業のトラブルを解決した後に、経営者と一緒に就業規則や賃金規程に加え、社員の方々の働き方を見直したことがあったのですが、結果的に長時間労働が改善されて生産性が上がり、企業だけでなく社員の方にとっても大きな改善効果が出たケースがありました。
これはトラブルがきっかけとなった例ですが、トラブルになる前の段階から弁護士が関わることができれば、トラブルを未然に防止したり、職場環境を改善する機会を設けたりするなど、経営者にとっても従業員にとってもプラスになります。経営者は、日々の業務に追われてしまい、自社の問題が見えていないこともあるかもしれません。そのような場合に、私たち外部の弁護士からのアドバイスが、そうした状況を変える1つのきっかけになると思います。もっとも、杓子定規の法律論では経営者の心には響かないかもしれません。そこは、私たち弁護士が実際に企業の成長と改善に貢献できる成功事例を積み重ね、その経験を共有していくことができれば、私たちの活動領域は自ずと広がっていくはずです。私も、日々の業務を通じて1つひとつ、成功事例を積み重ねていきたいと思います。
(文:周藤 瞳美、取材・写真:BUSINESS LAWYERS 編集部)

- 参考文献
- 企業法務のための初動対応の実務
- 著者:長瀨 佑志、長瀨 威志、母壁 明日香
- 定価:本体3,200円+税
- 出版社:日本能率協会マネジメントセンター
- 発売年月:2020年12月