インド進出にあたって知っておきたいM&A入門
国際取引・海外進出
インドに進出した日系企業が、インドの複雑な法規制やインド人特有の気質に苦慮したという話を耳にしたことがある方も多いのではないかと思います。そのためか、インドは苦手意識を持たれがちな国の1つであるように思われます。とはいえ、インドは2027年頃には中国を抜いて世界一の人口を擁する国となることが予想されており、ビジネス的には決して無視することのできない国の1つです。
そこで本稿では、インドへの進出の際に必須となるインドでのM&Aに関わる基本的な法規制と主な留意点を解説します 1。
M&Aの手法
インドでのM&Aの手法としては、主に1−1 株式譲渡、1−2 事業譲渡・資産譲渡、および1−3 合併・会社分割が考えられます 2。このうち、日本企業によるインドでのM&Aとして、最も一般的なのは1−1 株式譲渡で、1−2 事業譲渡・資産譲渡も利用されることがあります。一方、日本企業が1−3 合併・会社分割を利用することは一般的ではないという印象です。
株式譲渡
(1)概要
日本企業によるインドのM&Aとしては、対象会社の株主から、株式の譲渡を受けるのが最も一般的です。株式譲渡の会社法上の手続きとしては、取締役会の承認決議や株主名簿の書換等が必要になります 3。また、インドのM&Aの実務で使用されている株式譲渡契約書は、日本や他の国の案件で典型的に使用されている契約条項を前提にしており、特殊な内容のものではありません。
ただし、後述する外資規制が存在するため、その点には留意する必要があります。なお、インドの外資規制上の手続きとしては、当局に対して、取引の完了後に株式譲渡の事後報告を行う必要があります。なお、この際には後述の株式の譲渡価格規制を遵守していることの証拠として、価格評価書を添付することになります。
(2)単独進出と合弁進出
株式譲渡をM&Aの手法として選択する場合、日本企業としては、対象会社の株式を100%取得して単独進出するか 4、または株式を一部取得して既存のインドの株主との合弁会社にするかを決める必要があります。
単独進出の主なメリットおよびデメリットとしては、以下の点があげられます。
メリット | デメリット |
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一方、合弁進出の主なメリットおよびデメリットとしては、以下の点があげられます。
メリット | デメリット |
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相手方のインドの合弁パートナーが、良いパートナーであれば、合弁進出でも全く問題ないと言えます。実際、良いインドの合弁パートナーに巡り合い、順調にインドで事業を運営されている日本企業も存在します。
一方、合弁パートナーとの関係がうまくいっていない日本企業も残念ながら存在します。このような不幸は、仮に株式割合を過半数以上の保有や取締役会の構成の過半数以上を確保してマジョリティになったとしても、合弁パートナー次第では起きうることです。そのため、不幸を避けるという意味では、単独進出が可能であれば、そのほうが良いとも言えますが、実際には合弁の方が多い印象です。また、合弁進出を選択する場合には、決してインドの合弁パートナー任せにはせずに、グリップをしっかり握る必要があります。
事業譲渡・資産譲渡
事業譲渡は、インドの所得税法上はSlump Saleと呼ばれており、インドのM&A実務でも事業譲渡のことはBusiness Transferではなく、Slump Saleと呼ぶことのほうが多いようです。また、事業の譲渡ではなく、特定の資産を第三者に譲渡することも認められています。なお、インドの税法上、特定の資産の譲渡に比べて、事業譲渡であるSlump Saleの方が通常は税制上有利に取り扱われます。
事業譲渡・資産譲渡の手続きは、対象となる会社の業種、資産の種類や担保の有無等によって異なります。たとえば、会社法上、譲渡対象の事業・資産が対象会社の前年度の資産または売上の20%を超える場合には、対象会社の株主総会の特別決議が必要になります。
事業譲渡・資産譲渡のメリットは、対象会社の有する複数の事業や資産のうち、買主が必要とする事業・資産に限定して譲り受けることができる点です。他方で、デメリットとしては、日本を含む他の多くの国と同様に、事業譲渡・資産譲渡は権利義務と許認可の承継が煩雑になる点があげられます。すなわち、事業譲渡・資産譲渡の場合、契約書の相手方や従業員から個別の同意が必要になり、また、許認可の承継が可能かを許認可ごとに検討する必要があります 5。
合併・会社分割
インド会社法における合併・会社分割は、日本における合併・会社分割と異なり、National Company Law Tribunal(NCLT)の承認が必要になります 6。
インドで合併や会社分割を行う場合の主な手続きは以下のとおりです。
- 対象会社による合併や会社分割の内容を含むスキーム・オブ・アレンジメント
(Scheme of arrangement)の策定 - 株主総会の特別決議
- 対象会社の債権者の4分の3の同意の取得
- 株主と債権者の承認後、対象会社によるNCLTに対するスキーム・オブ・アレンジメントの承認のためのファイリング
- NCLTによる政府機関がスキーム・オブ・アレンジメントの承認に異議がないことの確認
- 政府機関から異議がないこと又は政府機関による異議が満足のいく態様にて解決されたことの確認後、NCLTによる決定。なお、NCLTは、その際、合併・会社分割が対象会社の株主の最善の利益に資するかを検討する。
このように合併・会社分割はNCLTが関わるため、スケジュールが読みづらく、また、完了まで一般的には6~12か月程度要すると言われています。そのため、日本企業によるM&Aの手段としては一般的には利用されていないという印象です。
外資規制
概要
日本企業のインド国内の事業への投資は、インドの外資規制により一定の条件や制限が課されることがあります。インドの外資規制は、インド準備銀行(Reserve Bank of India)が毎年改訂している統合版FDIポリシー(Consolidated FDI Policy)とその都度発行される通達に規定されています。なお、統合版FDIポリシーにはその時点における外資規制全般が集約されています。
インドの外資規制は、外資による投資の条件・制限を以下の3つの事業分野に分けて定めています。
- 外国直接投資が全面的に禁止される分野
- 政府の承認により所定の外資比率まで投資が許容される分野(政府ルート)
- 政府の承認を要さずに所定の外資比率まで投資が許容される分野(自動ルート)
上記の①~③の概要は以下のとおりです。
- ①外国直接投資が全面的に禁止される分野:具体例としては、賭博業、たばこ産業、原子力や鉄道輸送業があげられます。
- ②政府ルート:この場合は、事業分野ごとに外国直接投資の条件が定められています。たとえば、民間銀行業は、外資比率74%までしか外資による投資は認められていませんが、49%までは政府の承認自体が不要で、49%を超えて74%まで外資が投資する際には政府の承認が条件とされています。
- ③自動ルート:インドの外資規制は、ネガティブリスト方式です。そのため、インドの外資規制において列挙されていない事業分野であれば、自動ルートとして、政府の承認なく、100%まで外資による投資が可能です。
インドの外資規制は事業分野によって異なる条件・制限が存在するため、投資を検討する際には、対象となっている事業分野について、統合版FDIポリシーおよびその他の通達で定められている出資比率とその他の条件を確認する必要があります。
株式の譲渡価格規制
インドの外資規制のうち、M&Aに特に影響があるものとして、いわゆるPricing Guidelinesがあげられます。Pricing Guidelinesは、インド居住者(インド居住のインド人やインド法人)とインド非居住者(日本企業などの外国投資家)が当事者の株式譲渡の場合に適用される以下の価格規制です 7。
- インド非居住者からインド居住者への株式譲渡の場合、譲渡価格は、基準価格以下の必要がある。
- インド居住者(インド法人)からインド非居住者(外国法人)への株式譲渡の場合には、譲渡価格は基準価格以上の必要がある。
- 基準価格とは、国際的に受け入れられた算定方法により算定した公正な株式評価額とされており、いわゆる公正な市場価格(Fair Market Value)を指す。
日本企業が上記の価格規制に直面する典型的な場面としては、日本企業がインド企業と合弁会社を設立したが、一定の事情により、合弁関係を解消しようとするときがあげられます。
日本企業としては、合弁関係を解消する場合に備えて、コール・オプション 8 やプット・オプション 9 を定めることが多いと思いますが、合弁関係を解消するためにかかる権利を行使する際に以下の問題が生じます。
- 日本企業がコール・オプションを行使して相手方から株式を買い取る場合、価格は公正な市場価格以上とする必要がある。
- 一方、日本企業がプット・オプションを行使して相手方に株式を売りつける場合、価格は公正な市場価格以下とする必要がある 10。
この点は、実務上の工夫は一定程度可能ではあるものの 11、完全に解消できる問題ではないことを念頭に案件を進める必要があります。
デューデリジェンスの留意点
インドのM&Aにおけるデューデリジェンスは、日本や他の多くの国の案件と大きくは異なりませんが、以下の点が特に問題になることが多いです。
- インド会社法にかかるコンプライアンス違反
- 外資規制にかかるコンプライアンス違反
- 売主グループとの関連当事者取引
- 人事労務に関わるコンプライアンス・紛争
- 許認可等のコンプライアンス
- 訴訟・紛争
- 税務関連の問題
- 贈賄行為の調査
- 不動産の調査 12
なお、売主から対象会社の情報が十分開示されないため、株式譲渡契約書等の最終契約で手当てすることになる案件も珍しくないという印象です。
本稿では、インドに進出する際に知っておくべき法的知識として、出資に関する外資規制と会社法を中心に紹介しました。インドでのM&Aにおいては、上記の外資規制等の留意点を踏まえつつ、弁護士を含むアドバイザーと案件を進めていくことが重要になります。
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なお、日系企業によるインドのM&Aの多くが非上場会社を対象とするものであることに鑑みて、本稿では主にインドの非上場会社のM&Aについて解説します。 ↩︎
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なお、新株の引受や新たに合弁会社を設立する方法も考えられます。 ↩︎
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対象会社が規制業種の場合、業法等による制約や必要手続きが存在する場合があります。 ↩︎
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なお、インドの会社法上、非公開会社は最低2名の株主が必要とされているため、単独進出であっても、M&Aを行う日本企業に加えて、その子会社や関連会社に1株等のわずかな株式を保有してもらう必要があります。 ↩︎
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資産譲渡の場合、許認可の承継が難しい場合が多いと思われます。 ↩︎
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なお、従前は高等裁判所が合併・会社分割を承認していました。 ↩︎
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株式の発行についても、同様の価格規制が存在します。また、上場株式については、異なる価格規制が存在します。 ↩︎
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相手方が保有する合弁会社の株式を買い付ける権利 ↩︎
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相手方に自らの保有する合弁会社の株式を売りつける権利 ↩︎
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インド非居住者がプット・オプションを行使する際には、以下の規制も適用されます。
(1)インド非居住者に対して確約された投資リターンを保証しないこと
(2)1年間のロックイン期間が設けられていること(1年間はプット・オプションの行使が不可)
(3)Pricing Guidelinesが遵守されていること ↩︎ -
たとえば、契約書において、相手方当事者に対して、日本企業がプット・オプションを行使する場合には、相手方当事者が公正な市場価格より高い価格で株式を買い取る非居住者を探してくる義務を負わせることが考えられます。 ↩︎
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インドには日本の不動産登記制度のような整った制度がなく、不動産の調査には通常のデューデリジェンスとは別途に時間と費用を通常は要します。また、調査を行ったとしても、不動産の完全な権利の存在を確認できない場合もあります。 ↩︎

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