人材の現地化2.0 ~ 東南アジアにおける「人材の現地化」を果たすためのアプローチ Global HR Journey~日本企業のグローバル人事を考える

人事労務
南 知宏

目次

  1. 「人材の現地化 1.0」と「人材の現地化 2.0」
    1. 人材の現地化の流れ
    2. 「人材の現地化 1.0」の背景
    3. 「人材の現地化 2.0」の背景
  2. 「人材の現地化 1.0」で現地法人が直面した困難
    1. 精緻な現地化推進計画等の「仕組み」の不足
    2. 継続的に計画を運用するための「仕掛け」の不足
  3. 「人材の現地化 2.0」の背景となった現地法人が抱える課題
    1. 更なる商圏拡大が急務
  4. 高騰する人件費に見合った現地社員の貢献を期待
  5. 「人材の現地化 2.0」の完遂に求められるアプローチ
    1. 求められる「仕組み」
    2. 現地法人の課題解決に資する基幹人事制度の設計
    3. 求められる「仕掛け」
  6. 最後に

「人材の現地化 1.0」と「人材の現地化 2.0」

人材の現地化の流れ

 バブルが崩壊した1990年代以降、日系企業が志向した「人材の現地化」は、2008年頃を境に一時期活動が停滞した。しかし現地では、今また「人材の現地化」が再燃している、と筆者は捉えている。 図表1が示すように、海外にある日系企業1拠点当たりの駐在員数は当初減少傾向にあったものの、2009年頃から増加し、2013年以降再び減少している。

 本稿では、1990年代から2008年に起きた日本企業の現地化推進を「人材の現地化 1.0」、2013年から現在に至るまでの現地化推進を「人材の現地化 2.0」と呼ぶこととし、それらの背景や実行主体、直面した困難の違いについて、次項以降で言及する。

図表1:海外にある日系企業1拠点当たりの長期滞在者数推移

海外にある日系企業1拠点当たりの長期滞在者数推移

出所:外務省「海外在留邦人数調査統計」平成18~29年度要約版よりデータを抽出し、Deloitte SEAにて作成

「人材の現地化 1.0」の背景

 「人材の現地化 1.0」では、本社(日本)側が主体となって現地社員へのマネジメントの権限移譲と、それに付随する日本人出向者の減員を進めようとした。その主たる目的は、日本人出向者にかかる多大なコストの削減である。

 日系企業の東南アジアへの本格的な進出は、早い企業で1960年代から始まった。それ以降順調に事業拡大を進めてきたものの、1990年代のバブルの崩壊によって、日系企業は事業の方向性を拡大路線から、コスト削減を中心とした経営の効率化に舵を切ることとなった。「人材の現地化 1.0」は、この現地法人の「経営の効率化」の文脈の中の一つとして、強く推進されるようになったと捉えている。

 しかし、日本本社が主体となって進めた「人材の現地化 1.0」は、現地法人、特に現地社員の主体的な関与が低く、ある意味当事者不在で進められたと言える。

「人材の現地化 2.0」の背景

 2013年以降の「人材の現地化 2.0」は、「人材の現地化 1.0」の目的を踏襲しながらも、現地法人自らが主体となって業績向上を目的に進めているケースが多く、そこが「人材の現地化 1.0」との大きな違いとして挙げられる。

 その背景には、現地法人の業績の停滞があると考えられる。売上拡大の鈍化と継続的な人件費の増加により、多くの現地法人の業績はこれまでの拡大基調と異なり、停滞期に入っている。この状況を打開すべく、現地法人は日系企業を中心とした商圏から、地場企業を中心とした商圏へと、ターゲット市場の拡大を志向している。その場合、潜在顧客の発掘や交渉など、現地社員がそれなりのポジションに就いて地場企業と対等にやり取りする必要がある。故に、現地社員を速やかに育成し、キーポジションを任せていくことが急務となってきた。また、高騰する人件費に見合う成果創出を現地社員に求め始めたのも、「人材の現地化 2.0」のもう一つの背景と考えている。

 このように「人材の現地化」をしなければならない背景と実行主体の違いが、時期以外の1.0と2.0の違いと言えよう。以下、図表2に「人材の現地化 1.0」と「人材の現地化 2.0」の比較サマリーを示す。

図表2:「人材の現地化 1.0」と「人材の現地化 2.0」の違い

「人材の現地化 1.0」と「人材の現地化 2.0」の違い

出所:日系企業の経営層の声を基に、Deloitte SEAにて作成

「人材の現地化 1.0」で現地法人が直面した困難

精緻な現地化推進計画等の「仕組み」の不足

 筆者が東南アジアで組織・人事コンサルティングを進める中で、多くの顧客から、「現地社員の成長の遅滞」を理由に現地化推進を諦める声が聞かれた。なぜ現地社員の成長が思うように進まなかったのだろうか。

 この「人材の現地化 1.0」での困難を論じるにあたって、計画完遂に必要な「仕組み」と「仕掛け」の2つの視点から課題を把握する必要がある。「仕組み」とは、計画完遂に必要な制度やルール、システムのことを表し、「仕掛け」とは、設計した「仕組み」が永続的かつ適正に運用されるための工夫や取組みのことを表す。この「仕組み」と「仕掛け」の両輪が適切に設計され、運用されることで、初めて現地化の完遂が見えてくると筆者は考える。

 「人材の現地化 1.0」を推進し始めた頃は、現地人材がキーポジションを担うには能力や経験が不足しており、まずは現地人材全体の底上げを図る必要があった。しかし、日本本社が提供した支援としては、管理職研修を中心とした階層別教育の提供に留まり、現地化推進に向けた詳細な計画策定は現地任せとなった。

 その結果、現地法人側で精緻に組織計画、後継者計画、個別人材育成計画まで設計するに至らず、現地化の完遂に必要な精緻な現地化推進計画が無い、といった「仕組み」上の課題が残り、「人材の現地化 1.0」が失敗に終わる主たる事由の一つとなった。

継続的に計画を運用するための「仕掛け」の不足

 先に述べた「仕組み」の課題と並行して、現地化推進計画を継続して運用するために必要な「仕掛け」の課題も存在している。

 一部の現地法人では、「人材の現地化 1.0」に高い意欲を示して推進した日本人出向者がおり、一定の成果を見せていた時期があった。しかしこの出向者が帰任すると、後任者の本計画に対する温度感が前任者と異なっており、軌道に乗りかけた計画が中断する等、継続的に計画を運用するための「仕掛け」が不足していたとも言える。

「人材の現地化 2.0」の背景となった現地法人が抱える課題

更なる商圏拡大が急務

 前述のように、東南アジアに進出している日系企業は、これまで日本人出向者が中心となって日系企業を中心とした商圏にアプローチし、事業拡大を図ってきた。しかし、マーケットが限定的かつ成長が停滞している中、日本人出向者によって各社が打てる手は、既に打ち尽くした感がある。

 一方で、まだ手付かずの地場企業に対する商圏が残っており、日系企業のマーケットより成長が期待できる。現地法人では、現地社員をさらに活用することで、この地場企業への商圏拡大を図りたいと考えているが、それは同時に「人材の現地化」を果たさなければならないことを意味する。要は、現地人材がそれなりのポジションに就いて、商圏拡大をリードする、または地場の顧客と対等にやり取りできるよう計画的に育成しなければならない、ということである。

高騰する人件費に見合った現地社員の貢献を期待

 現地法人は、事業伸長に向けた商圏拡大の課題と並行し、高騰する人件費に関する課題にも向き合っている。図表3は、タイの昇給率と物価上昇率の推移を表しており、物価上昇が鈍化(経済成長が鈍化)しても昇給率は5%程度を保ったままとなっていることが見て取れる。これは、現地法人の売り上げ拡大のスピードよりも、人件費上昇のスピードの方が速いことを表していると言える。

図表3:タイにおける昇給率と物価上昇率の推移

タイにおける昇給率と物価上昇率の推移

出所:盤谷日本人商工会議所「賃金労務実態調査」およびBank of Thailandよりデータを抽出し、Deloitte SEAにて作成

 また、東南アジアでは等級間の給与格差が日本より大きく、工員や事務員の給与は日本の同職種の給与の5分の1程度であるが、管理職になると3分の2程度になり、ある日系大手製造業の役員クラスでは年収2,000万円以上になっているケースすらある。このように役員や部長クラスは日本人に近い(時にはそれ以上の)報酬を得ているにもかかわらず、彼・彼女らの成果に対する日本人出向者の評価は低い。

 この人件費と成果のギャップを埋めるべく、上位職で高処遇の人材をさらに活用し、事業伸長のリードを担わせると共に人件費に見合った成果創出を促すことも、「人材の現地化 2.0」の主な目的の一つとなっている。

「人材の現地化 2.0」の完遂に求められるアプローチ

求められる「仕組み」

緻密な将来の組織・後継者・個別人材育成計画の設計

 現地法人が主体となって進める「人材の現地化 2.0」は、「人材の現地化 1.0」での学びを活かし、「仕組み」と「仕掛け」の両面からアプローチを設計する。まず、現地化完遂に求められる「仕組み」について、2点記載したい。

 1点目に求められる「仕組み」は、緻密な将来の組織・後継者・個別人材育成計画である。特に、「人材の現地化 2.0」を完遂するために必要な設計上の留意点として、以下に3点記載する。

①事業上の必要性に応じて、現地化するべきポジションと、日本人が担うべきポジションを明確に色分けする

 「人材の現地化 1.0」の時は、現地社員全体(少なくとも管理職全体)の底上げを図ったため、総花的な人材育成に時間を要し、速やかな現地化が困難となった。「人材の現地化 2.0」では、現地化する目的に応じて、現地化が必要な役職と移行すべき時期を特定し、対象となる役職の後継者候補を優先して育成することを重要視すべきである(優先的に異動・昇格を実施する)。図表4はその現地化推進ロードマップの事例である。

図表4:現地化推進ロードマップのイメージ

現地化推進ロードマップのイメージ

 このように組織計画上、現地化対象となる役職が可視化され、かつ後継者候補数等の目標が数値化されていると、活動の進捗が確認しやすく、また後継者候補の育成責任の所在も明確になる。

②将来の組織・後継者・個別人材育成計画は、緻密に作成する

 筆者が顧客から現地化に関する困りごとを伺っていると、計画的に優秀者を育て、必要な経験を積ませることが難しい、という話を耳にする。経営トップの日本人出向者が、将来の幹部候補に経験させたいポジションへ異動させようとしても、目下の事業運営への影響(現ポジションを任せられる人材が他にいない等)を理由に周りから反対され、結局異動させられなかった、という内容である。

 こういった目先の事象への対応に振り回され、「人材の現地化 2.0」が完遂できなくならないよう、事前に事業計画からブレイクダウンした組織・後継者・個別人材育成計画を作成しておく必要がある。図表5はその一例である。

図表5:組織・後継者・個別人材育成計画に使用する資料イメージ

組織・後継者・個別人材育成計画に使用する資料イメージ

 各計画の概要を以下に記載する。

  • 組織計画
  • 事業計画の達成に必要な組織改定を基とした、あるべき組織図と各ポジションに求められる要件定義、またその移行計画を設計する。

  • 後継者計画
  • 人材のマッピングにより候補者に優先順位を設定し、優秀人材を見極めた上で、将来の異動、昇格計画を定める。

  • 個別人材育成計画
  • 個々の後継者候補の経歴や資格、強み、弱み等を明確にし、毎年改善するべきポイントを定め、その進捗を管理する。

 これらを緻密に設計することで、優先的に実施すべき組織改定や優先的に異動・昇格させるべき人材の特定が可能となる。更には代替人材の育成や異動によって、今後発生が想定される事業運営上の課題にも事前に手を打てるため、「人材の現地化 2.0」の推進と目の前のスムーズな事業運営の双方が可能となる。

③候補人材数を多めに定め、不足している場合は外から採るなど、人材の確保に関して柔軟性を高める

 図表6を見ればわかるように、世界的に見ても日本の転職率の低さは特殊で、1回以上転職を経験していることが世界的には普通であることを、我々は認識する必要がある。さらに東南アジアにおいては、30代を中心とした中堅社員の雇用の流動性が非常に高まっている。

図表6:国別平均転職回数

国別平均転職回数

出所:「アジアの『働く』を解析する」ワークス研究所2013年を参照にDeloitte SEAで作成

 故に候補人材が他社に転出することを想定の上、候補人材プールを多めに育成・確保する必要がある。

 また、候補人材プールが明らかに不足している場合は、社外から採用することを前提に人材の補充計画を定める必要がある。その場合、もし現地法人が日本本社の古い基幹人事制度(等級・評価・報酬の三制度)をベースにしていると柔軟な処遇設計が困難な場合が多く、優秀な社外人材の獲得が難しい。その場合は、基幹人事制度の見直しも必要となる(次項参照)。

現地法人の課題解決に資する基幹人事制度の設計

 精度の高い将来の組織・後継者・個別人材育成計画を設計することと、適切な基幹人事制度を設計・運用することには、密接な繋がりがある。

 以下に、基幹人事制度の適切さと運用の適正さを判断するための、3点の要件を記載する。

①評価要件が、現地法人で求める人材像と合致しているか

 筆者が顧客の人事制度を分析すると、日本本社の行動評価要件をそのまま直訳して使用していることがよくある。日本本社の人材に求める内容と、現地法人が現地社員に求める内容はそもそも異なっているため、いくら適正に評価をしても現地法人が期待する人材を見極めるのは難しい。評価要件は、現地法人独自のもの、または少なくとも日本本社のものをベースとしつつ、現地法人向けに改めて設計することが望ましい。

②評価を通じた人材育成が機能しているか

 適切な評価の「仕組み」があっても、適正な評価の運用が行われていなければ、優秀人材を正確に見極めることや人材育成を加速させることは難しい。特に東南アジアにおいては、上司が評価差をつけることを嫌がり、結果として評価結果が極端に中心化するというような事象が起こりやすい。こうなると、優秀人材の見極めが難しいばかりでなく、フィードバックを通じた人材育成さえ機能しづらい。

 評価者研修を通じた人材マネジメントの理解とスキルの向上が一般的な打ち手の一つであるが、「仕掛け」の一つとして評価分布のガイドラインを設定し、評価差をつけることに現場の管理職を慣れさせることも考えられる。いずれにせよ、経営層と人事が現場での評価制度の運用に強く関与し、評価軸の目線合わせやフィードバックの実施フォロー等を粘り強く実施させていくことが必要である。

③市場競争力と柔軟性を担保する処遇の仕組みとなっているか

 前項で述べたように、処遇水準が市場競争力を担保していないと優秀人材が他社へ流出する要因となり、柔軟性が無ければ優秀な社外人材を引き抜くことができないばかりか、若手の優秀者を抜擢することさえ難しい。柔軟性を担保できないケースとして、日本本社が過去に使用していた号俸表を、現地法人でも活用していることが挙げられる。号俸表は、昇給を年次に基づいて細かくコントロールする際には非常に有効であるが、その分大胆な昇給や処遇の設定は難しく、高い採用競争力を保つには不向きな「仕組み」と言える。

 市場競争力を確保するためには、定期的に市場の報酬水準データを入手し、社内の処遇水準を随時修正していくことで対応可能であるが、処遇の柔軟性を高めるためには抜本的に報酬制度を見直す必要がある。例えば、等級毎の給与水準に幅を持たせる給与レンジ制を導入し、処遇の柔軟性を高めつつも、総額人件費をコントロールできるようにしておくことが、一つの解として考えられる。

求められる「仕掛け」

個々の役割の明確化と現地社員の本計画に対する主体性の醸成

 「人材の現地化 1.0」では、日本本社ならびに限られた日本人出向者が主体となって現地化推進計画を運用してきた。結果、出向者が一定期間で交代するために、継続的かつ一貫性のある仕組みとして現地化推進計画を運用することが困難となった。

 本計画の継続的な運用を可能とするためには、現地法人に長く所属し続ける現地社員を主体とするべきであり、現地社員のキーパーソンを巻き込み本活動の推進リーダーとするべく、運用の「仕掛け」を設計する必要がある。その際に大事なことは、現地社員と日本人出向者、また現地法人と日本本社といった、「人材の現地化 2.0」に関わるメンバーのそれぞれの役割を明確にすることである。

 またさらに大事なことは、ただ単に現地社員に役割を付与するだけでなく、日本本社より現地法人、日本人出向者より現地社員が、自分事として捉えて活動を推進できるよう、日本人出向者が現地社員のキーパーソンへ仕掛けることである。日本人出向者の経営層が、本計画完遂の重要性を現地社員のキーパーソンに理解させ、運用主体として行動できるまで支援をし続けなければ、現地社員が主体的に動き出すことは難しく、「人材の現地化 1.0」と同じ結果となることが容易に想像できる。

他の組織・人事オペレーションとの連携

 この現地化推進計画を“絶対”の活動として運用し、評価や処遇、研修への派遣等と関連させていないと、他の緊急性の高い業務が優先となり、本計画の推進が遅滞、または放置される可能性がある。また、本計画の内容が通常の人事異動等と分断されていると、本計画の内容が優先的に人事異動等に反映されない可能性もある。

 故に、既存の組織改定や人事異動、評価等のオペレーションと本計画を緻密に連携させ、本計画が中心となって社内全体の組織・人事異動が確定するよう、運用フローを設計する。例えば、本計画を毎年の組織改定や人事異動のオペレーションの前に実施することで、本計画の内容が他の組織改定や人事異動の前提条件となる。このように、オペレーション上の工夫によって、本計画の社内の位置づけを高めていくことも、重要な「仕掛け」の1つである。

最後に

 これまで「人材の現地化 2.0」を完遂するために必要な方法論を記載してきたが、中でもとりわけ重要なポイントがあると筆者は考える。それは、「現地社員の本計画に対する主体性の醸成」である。

 筆者がこれまでご支援させていただいた「人材の現地化 2.0」で、導入の際に最も時間をかけ、かつ計画の成否を分けたのは、現地社員の主体性の醸成を通じた「本計画自体の現地化」だったように感じる。故に、上に記載した2点の「仕掛け」のうち、「個々の役割の明確化と現地社員の本計画に対する主体性の醸成」の重要性は極めて高い、と最後に言いたい。「日本人に頼っていれば大丈夫」という思い込みから現地社員を解放し、本計画に対する主体性を醸成すること、まさに「本計画自体の現地化」が、「人材の現地化 2.0」の成否を分ける重要なポイントであることを、ここで再度皆さんにお伝えし、本稿を締めたい。

※本記事は、デロイト トーマツ コンサルティング ヒューマンキャピタルディビジョンのナレッジ記事の内容を転載したものです。

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