法務パーソンの目標設定
第1回 人事エキスパートが推奨 組織と個人の力を引き出す法務部門の目標設定
法務部
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上司と部下の双方が納得でき、組織全体のモチベーションと生産性が上がる――。そんな理想の人事評価・目標設定のあり方を考える連載「法務パーソンの目標設定」。
第1回では、人事・人材戦略コンサルティングのスペシャリストである南和気氏が、現在、多くの企業で採用されている人事評価制度とその特徴を踏まえ、法務部門に適した目標設定のあり方を提案します。
人事評価のブラックボックスを透明化せよ
企業における目標管理制度を含む人事評価にはどのような役割があるのでしょうか?
人事評価は、人材の価値や成果を測り、社員の成長やモチベーションにも大きな影響を与えるもので、数ある人事制度のなかでも最も重要な制度の1つといえます。
また、人事評価の情報は、過去の履歴も含めて、人材の処遇や選抜、人事異動計画、昇給、昇格などの基礎情報として利用されることも多く、人事評価が適切に行われていなければ、その企業や組織の人事戦略の精度が狂ってしまうことにもなりかねません。
人事評価というと“社員を査定する”という目的を強く意識しがちですが、昨今では、社員1人ひとりの活動や目的意識、成功を企業の成功と同じ方向に向けるための重要な手段と考えられています。
特に、昨今若手の退職率の向上や、意欲の低下が課題となっている日本企業において、その主たる要因の1つに評価制度への不信感が挙げられます。多くの企業で、いまだ目標設定のあり方や評価の決定のプロセスがブラックボックス化している現実の中で、評価制度の透明性を上げることが喫緊の課題となっています。
人事評価制度とその特徴
近年、企業ではどのような人事評価制度が運用されていますか? それぞれの特徴と併せて教えてください。
主な人事評価制度には、以下の7つがあり、簡単な特徴を併記します。
- 目標管理制度(MBO: Management By Objectives)
個人ごとの目標設定を行いその達成度合いに応じて評価を決定する制度です。あらかじめ評価者(上司)と、被評価者(部下)との間で目標に関する合意を結び、それに対する達成度で評価をする制度です。ピーター・ドラッカーが組織マネジメントの手法として提唱した概念で、現在は評価制度の1つとして広く認知されています。
基本的に、目標に達しなければ評価が低くなり、目標を上回った成果を上げれば評価が高くなります。
人事評価制度としてMBOを採用している企業は多く、日本でも定着していますが、個人の目標だけを設定している場合、組織の業績との連動性を個人の評価に反映させることが難しくなるため、個人目標と組織目標を組み合わせる場合が多いといえます。 - OKR(Objectives and Key Results)
MBOと基本的な考え方は同じですが、MBOの場合、個人の目標と企業や組織の目標が直接連動していないケースが多く見られます。そうすると、個人の目標やタスクが組織にどう貢献しているかが分かりにくくなり、目標設定に対する納得感が低下します。そこで、組織の目標と個人の目標とが連動するように目標設定する手法をOKRといいます。組織の目標(Objectives)をまず設定し、その目標を達成するための要素(Key Results)に分解します。さらに組織のKey Resultsを各個人の目標として設定し、その目標を達成するための要素やタスクに分解することにより、個人のタスクが、組織の目標に連動していることが明確に分かるようになります。目標の進捗度合いを頻繁に確認したり、企業の事業環境によって目標の修正を行ったりすることで、現実に沿った運用が可能となります。 - コンピテンシー評価(または行動評価)
個人における行動や価値観に応じて評価を決定する制度です。「当社の社員のあるべき行動」あるいは「優秀社員の行動」をコンピテンシー(行動特性)として基準化し、その指針、コンピテンシーに則った行動をしているかどうかを評価するという手法です。単純な仕事の成果だけではなく、社員の行動について評価することができます。
行動評価の結果は、処遇に活用するだけでなく、その後の指導育成に役立てることができます。
また、MBOが成果に基づいた目標設定になりやすいことから、MBOと組み合わせ併用することで業績や結果だけではなく、仕事の進め方や品質などを見ていこうとする企業もあります。 - 360度評価(または多面評価)
上司だけではなく、部下や同僚などからの評価を総合して評価を決定する制度です。ある人物に対し、あらゆる角度(上司、同僚、部下など)から評価することです。人事評価においては、直属の上司が部下を評価する方法が一般的ですが、その場合、評価結果が評価者の先入観や価値観に大きく影響されます。そこで、複数の視点で評価して客観性を高めるために、直属の上司だけではなく、同僚や部下、他部門の関係者などが多面的に評価を行うことを、360度評価(多面評価)といいます。多くの企業で導入されていますが、実際の運用上は、人事評価ではなく人材育成や組織活性化などに活用されているケースが多いといえます。 - 業績評価
業績評価とは、組織や企業の業績に応じて評価を決定する制度です。職種によっては個人の活動と業績との連動性が限定的であったり、間接的であったりすることが多く、個人ごとの評価が曖昧かつ主観的になりやすい傾向があります。一方で、賞与や昇給原資に対する報酬配分をコントロールしやすいため、人件費を適切に管理することができます。 - 能力評価
能力評価とは、個人の持つ能力や知識に応じて評価を決定する制度です。業務を遂行するうえで必要な、あるいは有用な知識や技術や姿勢に基づき評価を行うという考え方に基づきます。能力には資格や検定の結果など客観的に測定可能なものもありますが、多くは主観的な評価に頼らざるを得ません。主に技能職において用いられる評価制度です。 - ノーレイティング
個人の目標達成度合いに応じて評価を決定する点ではMBOと同様ですが、ノーレイティングの特徴は、評価をA、B、Cといった形でランク付けしたり、あらかじめ決められた割合に基づいて評価ランクのバランスを決めたりせずに、絶対評価によって評価を決定するという評価制度です。目標の達成度合いについて、詳細な記録を頻繁に残し、その履歴を評価情報として管理します。主に米国企業において2014年ごろから導入が進み、昨今、日本企業においても導入される企業が増えています。
人事部、経営層の課題感
人事評価制度について、企業の人事部や経営層はどのような課題感を持っていますか。
新たな事業領域への進出や、労働人口の減少による採用難、海外市場への進出に伴う海外現地社員の増加、また若手社員の意欲低下など、多くの人事課題をもつ日本企業において、人事部は社員の目的意識や成長意欲の醸成、納得感の向上につながる評価制度を設計する必要があります。しかし、多くの企業においては何十年も前に設計された人事評価制度に固執してしまい、本質的な課題解決に踏み込めていないのが現状です。経営者や人事部門は、事業戦略やニーズに合う制度を柔軟に取入れ、評価がより客観的な視点で正しく行えるよう支援していかなければなりません。人事評価を通じて、求める社員像や事業戦略と個人の仕事との関連性を示し、社員1人ひとりの成功と、企業の成功とが同じ方向に向くための手段として活用するべきです。人事制度における主な課題は以下のようなものがあります。
- 個人の成果と企業の成果がつながっていない
- 社員に対して評価結果に対する適切なフィードバックが行われず、モチベーションがあがらない、不信感が高まり、退職につながる
- 目標の設定において公平性に欠ける。できる社員に仕事が集まり評価は他の社員と同じという状況になる
- 評価制度が子会社や海外支社ごとにバラバラで、全社員を同じ基準で評価することができず、企業全体の人材配置や、人材の比較ができない
- 人事評価制度そのものが形式化していて、評価のそのものが社員の成果や社員の価値を表していない
管理職の課題感
人事評価制度について、企業の管理職はどのような課題感を持っていますか。
企業の管理職において、人事評価を行ううえで、昨今大きな課題となっているのが、評価結果のフィードバック、つまり評価を部下にうまく伝えることができないことです。かつての人事評価制度においては、上司は評価結果について詳細に説明しなくとも、社員は暗黙的に納得していました。しかし現在では、なぜその評価結果になったのかということについて、社員に十分に説明し、社員1人ひとりに成長を促すようフィードバックすることを求められています。つまり、管理職自身が過去に経験していないことを求められていることに難しさがあります。また、目標設定においても、適切でフェアな目標設定の仕方について十分にトレーニングされていないことが多く、結果として人事評価制度そのものに対する不信感、ひいては管理職に対する不満となってしまうケースが多く見られます。
法務の目標設定にみる3つの課題とその解法
企業の法務部門の業務は、「定量評価できる可能性のある業務」が大半を占める一方、「定量評価が難しい業務」が多岐にわたることが特徴にあげられます。そのため、設定される目標の抽象度が高くなる、あるいは評価が主観的になるといった問題が生まれ、評価面談のコミュニケーションにおいて上司と部下が納得感を共有できない例が多いようです。このように、定量評価が難しい業務を多く抱える企業の管理部門が、目標管理制度を上手に運用していくためのポイントを教えてください。
まず、法務部門における人事評価制度の最大の課題は、法務部門そのものの組織としてのミッションや目標が明確に定まっていないことだと言えます。企業の事業戦略において法務部門が果たす役割は非常に大きいものですが、表面に現れる部分として法務部門の果たす役割にまで落とし込めている企業は少ないのが現状だと思います。それによって、法務部門の社員1人ひとりの個人目標もまた、明確にできない点がボトルネックになっていると言えます。まず法務部門長や法務担当役員が、経営層と議論し、法務部門のミッションを明確に定めることが必要です。
次に、法務部門の社員の目標設定においては、主に以下の3つの課題があると思います。
- 定量的な目標(実行した業務や契約書のレビュー数など)について適切な目標数値の設定ができるか
- 定性的な目標(業務や契約書のレビュー品質や他部門からの評判など)についてどのように評価ができるか
- 組織として行うべき目標ついてのどのように目標設定すべきか(訴訟対応、M&Aなどの突発案件への対応、法改正対応、株主総会対応、コンプライアンス対応など)
法務部門の組織的なミッションが決まれば、次に法務部門のプロフェッショナルとして社員にどのレベルで何が求められているかを明確にします。たとえば、部門長に求められる役割、中間管理職に求められる役割、各メンバーに求められる役割などです。それに基づいて目標設定を行いますが、法務部門では前述した通り、必ずしも個人に落とし込める目標だけではないと思います。
よって、まず個人目標と組織目標の2つに分けて設定することをお勧めします。個人の目標(事業部などから依頼される契約書の審査業務、法律相談、レポートの対応数など)だけでは、組織全体で取り組まなければならない仕事(訴訟対応、M&Aなどの突発案件への対応、法改正対応、株主総会対応、コンプライアンス対応など)や、チームワークを阻害することになりかねません。そのため、個人の目標に加えて、組織として行うべき仕事の達成度を組織目標として加え、組織目標に関してはチーム全体で目標を共有するようにします。
一方で、たとえばチームで行うべき仕事の中でも、意欲や成果に差があると思います。その場合は、前述の定性的な目標とともに、行動目標として取り入れることができます。個人目標の中に、定量的な目標と、行動目標の2つを設定することで、個人の成果と、品質の両方をバランス良く目指すことができます。また定量的な目標については、個人の等級や職位のレベル、役割に応じて変えることが、よりフェアな目標設定といえるでしょう。
事業構造が複雑化していくなかで、法務部門の果たす役割はより大きくなっていきます。非常に専門性の高い部門でもある法務部門の社員が、継続的に高いパフォーマンスを維持していくために、今後は法務部門長と経営層、また人事部門との間で密接に連携し、より適切な評価制度を運用していくことが必要になるでしょう。
- 個人目標
- MBO(定量的な目標:職位レベルや役割に応じて個人ごとに異なる目標数値を設定する)
- 行動目標(定性的な目標: 仕事の品質や、チームワーク、意欲などを目標として設定する)
- 組織目標
組織全体で行う仕事に対する目標(組織全体で共有する目標:評価は個人ごとには変わらない)

- 参考文献
- 人事こそ最強の経営戦略
- 著者:南和気
- 定価:本体1,700円+税
- 出版社:かんき出版
- 発売年月:2018年6月
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