グローバルな資本市場から見る日本企業の価値

コーポレート・M&A
小谷 正彰 宝印刷グループ 株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所

目次

  1. そんなこと言わなくてもわかるんじゃないの?
  2. 暗黙知が通じない
  3. 小粒化が目立ち評価が低い日本の上場企業
  4. 刺さるメッセージの発信による企業価値向上

そんなこと言わなくてもわかるんじゃないの?

 海外で生活していると「そんなこと言わなくてもわかるんじゃないの」が通用しないことが多いことに気がつく。日本人のみであれば部下に対する指示も「そこのところうまくやっといて」で通じていた話がまったく通じない。過去に話題となった「忖度」もその一つであろう。

 1947年、東京証券取引所が開所された際の上場企業数は495社であった。戦後復興のため産業資金を取り込む必要性によって上場企業を増やし育てていくことが当時最も重要であったことは容易に想像できる。その際、より簡便に開示書類を作成することが求められ、決められたところに決められた書式で開示するといった形で有価証券報告書の作成が行われた。

 その後、日本の証券市場は経済不況や不祥事、そしてグローバルな要請も相まって多くの改革が行われた。1998年には日本版ビッグバンと呼ばれる大きな改革情報開示の連結ベース化、取引所集中義務の廃止、株式売買手数料の自由化等も行われたし、2000年代に入ってからも有価証券報告書における「事業等のリスク」「政策保有株」「報酬開示」等の改革が行われたのは事実だが、米国の年次報告書(以降10−K)、英国のストラテジック・レポート等に比べると十分に企業の説明が尽くせているのか疑問が残る。

 一方で、主要投資部門別株式保有比率を見ると、1970年代は個人が35%強、金融機関が30%強、事業法人が30%前後、海外機関投資家が5%前後であったものが、直近では海外機関 投資家が30%前後と大きくその版図を変えた。

暗黙知が通じない

 ある事業会社の社長インタビューを行っていた際に「バブルの頃は日本の影響力が大きかった。従って、海外から見ると日本の商習慣がおかしくても、日本流に付き合ってくれていた。今、日本の影響力が落ちている中では全く日本流は通用しなくなっている」と言う話をお聞きした。

 これが資本市場においても進行していると感じる。20年前にIRに前向きであった企業が他の日本企業と差別化する意味で日本会計基準から米国会計基準に変更した時期があった。これは、グローバル基準に合わせるための先行的事例であろう。当時と比べて日本の会計基準自体がかなりグローバルに近づいたことや、IFRSでの開示も進んだことから財務情報開示と言う点では欧米企業と遜色のないものとなっている。

 しかし一方で、米国での実証研究を見ると、1990年代を境に企業価値決定要因が財務情報から非財務情報に移っている。日本における法定開示の世界ではESGを含む非財務情報開示についての取組は欧米に比べて遅れていると言わざるを得ない。

 1981年パリで創設されたエノキアン協会をご存知だろうか?入会資格は「創業以来200年以上の社史を持っていること」「創業者の子孫が現在でも経営者、もしくは役員であること」「現在でも健全経営を維持していること」等で、協会のwebサイトで確認すると現在48社が加盟している。日本はイタリア、フランスに次いで8社が加盟している。また、日本で200年以上続いている企業は3,000社を超え、世界ナンバー1であるとも言われている。上場企業でも創立100年を超えている企業も少なくない。これらのことから、日本において持続的成長は根付いており特別なことをする必要はないと自負を持って企業運営されている経営者も少なくない。

 最近流行りのESGやSDGsではあるが、近江商人の「三方よし」の精神にも見られるように、「会社は社会のためにある」と考える日本企業は多い。日本企業にとってSDGsとは、2015年9月の国連サミットで採択される以前から企業理念や社訓を礎に、長らく自ずと意識し実践してきた取組が、別の形で具体化されたものといえる。しかし、先の事業会社の社長の言と同じく、資本市場においても「会社は社会のためにある、といった日本人として分かりきった当たり前のこと」でもきっちりと説明をする時代に入っており、暗黙知は通用しなくなっている。

小粒化が目立ち評価が低い日本の上場企業

 The World Federation of Exchanges(国際取引所連合)によると、米国での上場企業数はNYSE、NASDAQ合わせて1996年に8,025社とピークを打った。その後、米国の上場企業数は昨年末現在では4,397社と半減しているが、日本は現在も増え続け3,652社となっている。この10年で見ても米国では年率0.01%減少し、日本は0.03%増加している。

 一方、時価総額でみるとこの10年、NYSEで年率5.74%、NASDAQでは11.66%と大きく伸びているが、日本では4.13%の伸びとなっている。時価総額を上場企業数で割った、一社あたりの時価総額はNYSE、NASDAQの合計で見ても、日本企業の4.8倍になっており、日本企業の小粒化が目立つ。

 20年前の時価総額ランキングでは、NTTやトヨタが10位圏内に入っていたものが、昨年末では1社もグローバルトップ10に入っていない。また、大きな特徴として時価総額グローバルトップ10に入っている企業で20年前から名前が残っているのはマイクロソフトのみで、投資会社としてのバークシャー・ハサウェイ、製造業のジョンソン・エンド・ジョンソン、金融のJPモルガン以外の7社はネット関連となっている。上場企業数は世界有数の規模となった日本市場ではあるが、一社一社の企業価値で考えると見劣りする市場となっている。

 東証が毎月発表している統計で「規模別・業種別PER・PBR」がある。東証が分類している業種は水産・農林から始まりサービス業まで33業種に区分されている。一番新しいデータの2019年6月末の東証一部上場企業33業種の時価総額が純資産額を超えている、つまり、加重平均のPBR1倍以上の業種は17業種しかない。そして約半数の16業種は1倍未満である現状は「企業を清算して株主に配分した方がよい」と言われているようなものである 1

刺さるメッセージの発信による企業価値向上

 起業してから年数が浅いにも関わらず企業価値が10憶ドル以上となっている未上場企業をユニコーン企業と呼ぶそうだ。米国や中国で多くのユニコーン企業が生まれる中、日本の出遅れは明らかだ。

 政府もこの問題については十分に認識しており、昨年6月に発表された「未来投資戦略2018」では「企業価値又は時価総額が10億ドル以上となる、未上場ベンチャー企業ユニコーン又は上場ベンチャー企業を2023年までに20社創出」と謳っている。未上場企業でも企業価値の大きなユニコーン企業が生まれるのだから開示情報を充実させればGAFAのような企業が生まれるということではないだろう。ただ、これら企業の共通点はネットやアプリ等により知名度があるか、その企業のビジネスが誰でもわかるというわかりやすさを持っている点ではなかろうか?

 その点、日本企業はセグメントも多岐にわたる歴史ある製造業が多いので、海外から見ると何を行っている企業かわかりづらく、きっちりと説明する必要があるのではないだろうか。製造業で横比較しやすいジョンソン・エンド・ジョンソン(昨年時価総額グローバル9位)の2018年度10-Kを例にとると、MD&Aのページ数は18ページにも及び、化学製品・薬品のパイプライン等のいわゆる非財務情報も充実している。日本企業の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュフローの状況分析」(MD&A)も最近はかなり充実して来たが、ページ数・掲載内容とも、グローバルスタンダードと比較すると見劣りするものとなっている。

 もちろん、開示情報を充実させるだけで企業価値を高めることは不可能であろう。しかし、世の中がグローバル化していく中で、投資家の投資判断は日本企業を含むグローバルでの選択となる。海外の企業がより具体的に、誰もが理解できる論理的・明快な開示を、非財務情報を含めて行っている中で、レガシーとも言えるようなボイラープレート型の雛形開示では比較優位性を示して機関投資家を呼び込むことは難しい時代へと移行しているのであろう。

本記事は、株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所が発行している「研究員コラム」の内容を転載したものです。

  1. 単純平均のPBR、つまり株価合計÷一株当たり純資産合計では33業種中、19業種で1倍未満となっている。 ↩︎

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