令和元年独占禁止法改正の概要と企業への影響、施行までに準備するべきこと
競争法・独占禁止法 更新
目次
独占禁止法 改正の背景
令和元年6月19日、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律」が国会で成立した。改正の施行期日は、一部の規定を除き、公布の日から起算して1年6か月を超えない範囲内で政令で定める日とされている。
今回の改正は、課徴金減免制度の改正、課徴金の算定方法の見直し、弁護士・依頼者間秘匿特権の導入、罰則規定の見直しの4つを主な柱としている。現行制度では、カルテルの対象となった商品の国内売上がない場合に課徴金を課すことが難しい、課徴金の減免率が固定されているため減免の申請者の調査協力が十分得られないといった問題が指摘されていた。改正により課徴金の算定について、その基礎を拡充するとともに、公正取引委員会に減算の一定の裁量を与え申請者の調査への協力を引き出しやすくした。調査協力の拡充を後押しするものとして、弁護士の助言を得やすいよう秘匿特権が認められた。
改正法案は、平成29年4月の有識者会議の報告書を受けて同年10月に公正取引委員会が原案を作成した。平成30年1月の通常国会への提出が予定されていたが、原案では秘匿特権が盛り込まれておらず、調査協力の拡充に対して企業側の保護が不十分であるとして自民党や法曹界から強い異論があり国会提出が見送られた。平成31年3月、秘匿特権が認められる形で修正された改正法案が公表され今回の成立となった。
独占禁止法 改正の概要と審議の模様
課徴金減免制度の改正
今回の改正の1つめの柱は、課徴金減免制度の改正であり、新たに調査協力減算制度が導入された。現行の課徴金減免制度では、事業者が公正取引委員会の調査に協力した度合いにかかわらず申請順位に応じた固定の減免率となる。これに対し、今回の改正では、公正取引委員会の調査に協力するインセンティブを高めることを目的として、事業者が事件の解明に資する資料の提出等をした場合に、公正取引委員会が課徴金の額を減算する仕組みが導入され、申請順位に応じた固定の減免率に加えて協力度合いに応じて率が変動する減算がなされる。
また、現行制度では、申請者数は最大5社までに限定されているのに対し、改正後は申請者数の上限を撤廃し、すべての調査対象事業者に自主的な調査協力の機会が与えられる。現行制度および改正後の減免率・減算率は、下記の表のとおりである。
現行制度
調査開始 | 申請順位 | 申請順位に応じた 減免率 |
---|---|---|
前 | 1位 | 全額免除 |
2位 | 50% | |
3~5位 | 30% | |
6位以下 | − | |
後 | 最大3社 | 30% |
上記以下 | − |
改正後
調査開始 | 申請順位 | 申請順位に応じた 減免率 |
協力度合いに応じた 減算率 |
---|---|---|---|
前 | 1位 | 全額免除 | − |
2位 | 20% | +最大40% | |
3~5位 | 10% | ||
6位以下 | 5% | ||
後 | 最大3社 | 10% | +最大20% |
上記以下 | 5% |
改正後の制度では、減免申請の後、事業者と公正取引委員会が協議により事業者の協力内容と課徴金の減算率を合意したうえで、当該合意に基づいて事業者が証拠の提出を行い、公正取引委員会が減算率を適用した課徴金納付命令を行う。減算の程度について、協力内容(事業者が自主的に提出する証拠等)の評価方法にかかるガイドラインが整備される予定であり、国会の附帯決議では、特に、カルテル・入札談合の対象商品・役務、受注調整の方法、参加事業者、実施時期、実施状況等の評価対象となる情報について、評価方法の考え方や具体例をわかりやすく明示することとされている。
課徴金の算定方法の見直し
(1)算定の基礎
今回の改正の2つめの柱は、課徴金の算定方法の見直しであり、算定の基礎および算定率の双方についてルールの整備・強化が行われている。算定の基礎について、主な改正点は下記の3点である。
- 算定期間の延長 1点目は、算定期間の延長であり、現行では不当な取引制限等の実行としての事業活動がなくなる日からさかのぼって3年間までとされているところ、公正取引委員会による調査等の日の10年前までさかのぼれるようにするとともに、現行では違反行為がなくなった日から5年とされている除斥期間が7年に延長されている。また、これに関連して、資料の散逸等により一部の売上額が不明な場合の課徴金の算定基礎(売上額等)の推計規定も整備されている。
- 算定基礎の追加 2点目は、算定基礎の追加であり、違反事業者の対象商品または役務の売上額に加えて、新たに次のものが追加されている。
- 違反事業者から指示または情報を得てそれらに従って商品または役務を供給した完全子会社等の売上額
- 対象商品または役務に密接に関連する業務(下請受注等)の対価の額
- 対象商品または役務を供給しないこと等に関して得た財産上の利益(談合金等)
- 違反事業を承継した子会社等への課徴金の賦課 3点目は、違反事業を承継した子会社等への課徴金の賦課であり、現行では調査開始日以後の承継のみ対象とされているところ、改正後は調査開始日前の承継も対象とされている。
(2)算定率
次に、算定率についても、大幅な改正が行われている。まず、小売業・卸売業についての業種別算定率を廃止して、基本算定率への一本化が行われている。また、調査開始日の1か月前の日までに違反行為をやめた者に対する軽減算定率が廃止されるとともに、中小企業算定率の適用対象から大企業の子会社が除かれる。
さらに、割増算定率については、繰り返し違反の類型について、最初の課徴金納付命令等よりも前に、同時並行する違反行為を取りやめた場合を適用対象から除外する一方、過去10年以内にその完全子会社が課徴金納付命令等を受けた者や、違反事業者から違反行為にかかる事業を承継した事業者を適用対象とすることとしている。また、割増算定率の適用対象として主導的役割の類型が新しく追加され、他の事業者に対し公正取引委員会の調査の際に資料の隠蔽または仮装を要求等した場合に適用することとしている。後は調査開始日前の承継も対象とされている。
なお、公正取引委員会は、令和元年7月30日、道路舗装に使うアスファルト合材の販売について不当な取引制限を認定し、合計8社に対して、総額398億9,804万円の課徴金納付命令を発令した。当該課徴金納付命令では、意見聴取手続時に示された約600億円の課徴金額が見直されて減額となったが、これは、割増算定率の要件が改正法により修正され、最初の課徴金納付命令等よりも前に違反行為を取りやめている場合には適用対象から除外されることとなったことによるものである。
当該8社は、東北地方の舗装工事の入札で談合したとして平成27年1月に立入検査を受け、同28年9月に課徴金納付命令を受け、同29年2月アスファルト合材のカルテルについての立入検査を受けたため、改正前の制度では割増算定率の対象とされていたが、改正法では適用要件を満たさないこととなった。しかしながら、他方、今回の違反行為は、平成23年3月以降、約5年間継続しており、改正法を通じて、課徴金の算定期間が3年から10年に延長されたため、改正法下で本件の課徴金の基礎金額を算定した場合、相当程度の高額な課徴金納付命令となったであろうことが予想される。
罰則規定の見直し
今回の改正の3つめの柱は、罰則規定の見直しである。具体的には、公正取引委員会の調査における強制処分(事業者や従業員に対する出頭、または必要な報告、情報もしくは資料の提出の命令)に違反した場合の罰金の上限額を、現行の20万円から300万円に引き上げるとともに、行為者を罰するほか、法人等に対しても罰金刑を科すとされている。また、検査妨害等の罪にかかる法人等に対する罰金の上限額を2億円に引き上げるとされている。
弁護士・依頼者間秘匿特権
今回の改正の4つめの柱は、弁護士・依頼者間秘匿特権の制度の導入である。秘匿特権は、新たな課徴金減免制度をより機能させるために、外部の弁護士との相談にかかる法的意見等についての秘密を実質的に保護し、適正手続を確保する観点から、独占禁止法76条1項の規定に基づく規則および指針として規定される予定である。秘匿特権は日本法の下ではじめて導入される制度であり、国会の附帯決議では、範囲、要件について、国際水準との整合性を可能な限り図るよう留意した内容とするとされている。
本制度の対象となるのは、不当な取引制限に関する法的意見について事業者と弁護士との間で秘密に行われた通信の内容を記載した文書であり、事業者から弁護士への相談文書、弁護士から事業者への回答文書、弁護士が行った社内調査に基づく法的意見が記載された報告書、弁護士が出席する社内会議でその弁護士との間で行われた法的意見についてのやり取りが記載された社内会議メモ等が含まれる。さらに、本制度の対象となるためには、以下の要件を満たすことが必要である。
- 提出命令時に、事業者が本制度の取扱いを求めること。
- (文書の件名、保管場所、秘密性の維持等)適切な保管がされていること。
- 提出命令後、一定期限内に、文書ごとに、作成日時、作成者・共有者の氏名、文書の属性、概要等を記載したログを提出すること。
- 本制度の対象外の資料が含まれている場合には、その内容を報告すること。
濫用防止措置として判別手続が設けられており、本制度の取扱いの求めがあった文書については、審査官が提出を命じ、封を施し、判別官の管理の下に置く。判別官は上記の要件(特に③、④)を満たすか確認し、本制度の対象となることが確認された文書は速やかに事業者に還付するが、本制度の要件を満たすことが確認できなかった文書については、審査官の管理の下に移すとされている。
その他
その他、課徴金の延滞金利率の引下げ、犯則調査手続における電磁的記録の証拠収集手続の整備、課徴金減免申請者の従業員等が供述聴取終了後にメモの作成ができることの明記等もあわせて行われる予定である。
企業への影響と社内で対応の準備をするべき事項
以上のように、今回の改正は、課徴金減免制度の改正、課徴金の算定方法の見直し、罰則規定の見直し、弁護士秘匿特権の導入など、いずれも実務にとってきわめて重要な内容を含むものであり、企業としては、改正の内容を正確に理解したうえで、自社への影響を予測し、社内で十分な対応の準備をする必要がある。
課徴金減免制度の改正への対応
課徴金減免制度の改正については、調査協力減算制度が導入されたことへの対応が求められる。自社に対する課徴金の減額を受けるには、従来と同様、可能な限り速やかに減免申請を行って申請順位を確保するのはもちろんのこと、減免申請の後も、従来以上に積極的に公正取引委員会の調査への協力を行うことが重要となる。また、事業者と公正取引委員会が協議により事業者の協力内容と課徴金の減算率を合意するとされていることから、調査に協力する社内体制の速やかな構築に加えて、公正取引委員会と適切に交渉を行うことができる外部弁護士との緊密な連携も求められる。
課徴金の算定方法の見直しへの対応
課徴金の算定期間が公正取引委員会による調査等の日の10年前まで延長されるとともに、除斥期間も7年に延長されており、従来は課徴金の算定の対象とならなかった過去の違法行為も対象に含まれることになる。さらに、資料の散逸等により一部の売上額が不明な場合の課徴金の算定基礎(売上額等)の推計規定も整備されており、資料の散逸等は課徴金の算定において企業に不利にはたらくおそれが強い。そのため、社内の文書保管規程や電子メールシステムを見直すなどして、過去の行為に関する資料の管理を徹底する必要がある。
加えて、今回の改正により、課徴金の算定の基礎に完全子会社等の売上額、下請受注等の対価の額、談合金等が追加されていることを考えると、従来以上に企業に対する課徴金の金額が重くなることが予想される。企業としては、役員・従業員を対象とした研修の実施や社内規程の整備等を通じて、従来以上に独禁法のコンプライアンスを徹底し、カルテル等の違反行為を起こさないようにすることが重要である。
罰則規定の見直しへの対応
公正取引委員会の調査における強制処分への違反や検査妨害等の行為に対する罰金が大幅に引き上げられている。そのため、企業としては、これらの行為を行った場合のリスクを正しく理解したうえで、役員・従業員がこれらの行為を行うことがないように周知を徹底しておくことが大切である。
弁護士・依頼者間秘匿特権への対応
弁護士・依頼者間秘匿特権は、日本法の下ではじめて導入される制度であり、社内だけでなく外部の弁護士とも緊密に連携して、十分な準備を行っておくことが必要である。まず、本制度の対象となる文書の範囲を正確に把握したうえで、これらの文書を正確に作成・管理することが必要である。また、本制度の対象となるための4つの要件を正しく理解しておくことも重要である。事業者が本制度の取扱いを求めるのは提出命令時とされており、あらかじめ十分な理解がなければ、スムーズな対応を行うことは困難である。同様に、文書の適切な保管やログの作成・提出等についても、日頃から本制度を活用する場合を想定して十分な準備を行っておくことが必要である。
今後の動向
改正の施行期日は、一部の規定を除き、公布の日から起算して1年6か月を超えない範囲内で政令で定める日とされている。改正後の制度の詳細や実際の運用についてはまだ確定していない部分も多く、今後、関連する規則やガイドライン等が公表される予定であるため、今後の動向を注視していく必要がある。
まず、調査協力減算制度については、減算の程度について、協力内容(事業者が自主的に提出する証拠等)の評価方法にかかるガイドラインが整備される予定であり、国会の附帯決議では、特に、カルテル・入札談合の対象商品・役務、受注調整の方法、参加事業者、実施時期、実施状況等の評価対象となる情報について、評価方法の考え方や具体例をわかりやすく明示することとされている。同ガイドラインは、公正取引委員会と協議を行ううえでの具体的な指針としてきわめて重要であるため、その内容が注目される。
また、弁護士・依頼者間秘匿特権についても、独占禁止法76条1項の規定に基づく規則および指針として規定される予定であり、国会の附帯決議では、範囲、要件について、国際水準との整合性を可能な限り図るよう留意した内容とするとされている。特に、本制度における電子データの扱い、文書の適切な保管やログの具体的な内容、判別手続の実際の運用等については、まだ不明な点も多く、規則および指針の内容が注目される。
2021年1月14日:
2-3「罰則規定の見直し」について、従前「現行の100万円から300万円に引き上げるとともに」とされていた記載を「現行の20万円から300万円に引き上げるとともに」に改めました。

ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)