有期契約社員への退職金不支給は違法?メトロコマース事件東京高裁判決の解説と裁判所が考える「同一労働同一賃金」の現在
人事労務
はじめに
「契約社員にも退職金認める 待遇格差訴訟で初判決」― 平成31年2月21日、新聞朝刊記事のこのような見出しを、驚きをもって受け止めた人事担当者も多いものと推察される。この訴訟は、株式会社メトロコマース(以下「メトロ社」という)において、「契約社員 B」と社内で呼ばれるカテゴリーの有期契約社員として駅売店での販売業務に従事してきた4名の原告(以下「原告契約社員ら」という)が、同じく売店業務に従事している正社員との労働条件の相違の不当性を主張し、メトロ社に対して損害賠償等の請求を行ったものである。この訴訟につき、東京高裁平成31年2月20日判決・労判1198号5頁(以下「高裁判決」という)は、原判決である東京地裁平成29年3月23日判決・労判1154号5頁(以下「地裁判決」という)が原告契約社員らの請求を一部認めていたのに対し、請求認容の範囲をさらに広げて、正社員と同一の基準に基づく算定額の少なくとも4分の1相当の額の退職金を原告契約社員らに支払わないことは不合理である等の判断を下した。
わが国の企業では、退職金制度は正社員にのみ適用され、有期契約社員には退職金は支払われないことが多いため、一見すると、高裁判決が実務に与えるインパクトは大きいようにも思える。しかしながら、高裁判決は、単純に、いかなる会社においても有期契約社員に退職金が支払われるべきである旨判示したわけではなく、メトロ社の正社員および原告契約社員らの職務の内容等について具体的かつ詳細に事実認定をしたうえで、個別事例におけるものとして上記判断を下したものである。また、高裁判決中には、退職金に限らず、基本給、賞与、各種手当等の相違についての判断も含まれている。したがって、高裁判決を論じるにあたっては、その内容を精緻に分析する必要がある。
この訴訟においては、有期契約労働者および無期契約労働者(正社員はこれにあたる)の労働条件に不合理な格差を設けてはならない旨を定める労働契約法20条違反の有無が争われたが、この点について争われる訴訟は近年増加しており、平成30年には2件の最高裁判決(長澤運輸事件判決、ハマキョウレックス事件判決)も出されている。本稿では、近時におけるこの争点の労働法制上の重要性に鑑み、高裁判決の概要を、地裁判決と比較しながら、特に裁判所が不合理性の判断にあたって重視したポイントに焦点を当てて解説する。
労働契約法20条が規定する内容
まず、高裁判決を読み解くための前提知識として、労働契約法20条が規定する内容について述べれば、労働契約法20条は、有期契約労働者および無期契約労働者の労働条件の相違が、以下の①~③を考慮して不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。
- 職務の内容(=「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」
- 人材活用の仕組み(=「職務の内容及び配置の変更の範囲」)
- その他の事情
このうち、①職務の内容は、業務の内容と、その業務に伴う責任の程度とから成る。業務の内容とは、その社員が職業上継続して行う仕事の内容のことをいう。また、責任の程度とは、その社員が業務に伴って行使するものとして付与されている権限の範囲・程度等のことをいい、具体的には、受権されている権限の範囲(単独で契約締結可能な金額の範囲、管理する部下の数、決裁権限の範囲等)、業務の成果について求められる役割、トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応の程度、ノルマ等の成果への期待の程度等を指す。
次に、②人材活用の仕組みは、上記①の意味での職務の内容の変更の範囲と、配置の変更(人事異動、転勤等)の範囲とから成る。
最後に、③その他の事情については、文字どおり、考慮すべきその他の事情すべてが含まれるものであり、上記①および②に関連する事情には限定されない。具体例としては、職務の成果、能力、経験、合理的な労使の慣行、事業主と労働組合との間の交渉といった労使交渉の経緯等があげられる。また、ある有期契約社員が、定年退職した後に再雇用された者であるといった事情も、③その他の事情に該当し得る。かかる事情を重視して、正社員に支給される能率給および職務給が定年後再雇用の有期契約社員には支給されないという労働条件の相違が、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにはあたらない旨判示したのが、長澤運輸事件判決(最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号202頁)である。
労働契約法20条によれば、有期契約社員および正社員のそれぞれについて上記①~③が考慮され、そこに相違がある場合には、その相違に照らしても両者の労働条件の相違が不合理と認められるかが判断されることになる。不合理な労働条件の相違があると判断される場合には、使用者は不法行為責任を負うこととなり、有期契約社員は、不合理な労働条件の相違がなければ得られたであろう金額等についての損害賠償を受けることができる。
ところで、労働契約法20条は、「同一労働同一賃金」の原則を定めるものだといわれることがあるが、これは必ずしも適切な表現ではない。すなわち、労働契約法20条の規制の対象は「賃金」に限られるものではなく、労働条件全般が広く規制の対象とされている。また、有期契約社員と正社員とで上記①および②が異なれば、「同一労働」とはいえなくなるが、だからといって、そのことにより労働条件にいかなる相違を設けても構わないこととなるわけではなく、上記③をも併せ考慮しても不合理と認められるような労働条件の相違がある場合には、労働契約法20条違反の問題が生じるのである。
したがって、労働契約法20条は、使用者に対し、有期契約社員と正社員との不合理な待遇差の是正、バランスの取れた処遇(「同一」の処遇ではなく均衡処遇)を求める規定であるというべきである。
なお、いわゆる働き方改革関連法により、2020年4月1日から、労働契約法20条は短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に引き継がれることとなるが、その規定する内容は基本的に変わるところはない。
以上については、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律の施行について」(平成31年1月30日基発0130第1号、職発0130第6号、雇均発0130第1号、開発0130第1号)も参照されたい。
高裁判決の概要
以上の労働契約法20条についての理解を前提に、高裁判決の概要を以下に述べる。
まず、原告契約社員らが不合理な労働条件の相違であると主張した事項、およびそれらに対する高裁判決(および地裁判決)の判断は、下表のとおりである。
地裁判決 | 高裁判決 | |
---|---|---|
① 本給 | ◯ | ◯ |
② 資格手当 | ◯ | ◯ |
③ 住宅手当 | ◯ | × |
④ 賞与 | ◯ | ◯ |
⑤ 退職金 | ◯ | × (※長年の勤務に対する功労褒賞の性格を有する部分にかかる退職金(正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1)を支給しない点で違法) |
⑥ 褒賞 | ◯ | × |
⑦ 早出残業手当 | × | × |
( ◯:適法、×:違法)
以下、特に重要と思われる、本給、住宅手当、賞与および退職金の相違にかかる各判断について解説する。
本給の相違にかかる判断
メトロ社においては、正社員は月給制で、その本給は年齢給と職務給とで構成され、昇給、昇格等もあるのに対し、原告契約社員らは時給制で、昇給の幅もごくわずかであり、結果として正社員と原告契約社員らとの本給の額には不合理な相違が生じていると原告契約社員らは主張した。
これに対し、高裁判決は、一般論として、高卒・大卒新入社員を採用することがある正社員には長期雇用を前提とした年功的な賃金制度を設け、本来的に短期雇用を前提とする有期契約労働者にはこれと異なる賃金体系を設けるという制度設計をすることには、企業の人事施策上の判断として一定の合理性が認められるとしたうえで、以下の点を考慮して、本給についての相違は労働契約法20条にいう不合理と認められるものにはあたらない旨判示した。
- 正社員は、代替業務やエリアマネージャー業務に従事することがあり得る一方、休憩交代要員にはならないのに対し、原告契約社員らは、原則として代替業務に従事することはなく、エリアマネージャー業務に従事することは予定されていない一方、休憩交代要員になり得る
- 正社員は売店業務以外の業務への配置転換の可能性があるのに対し、原告契約社員らは売店業務以外の業務への配置転換の可能性はない
- 原告契約社員らが過去に支給された最も高い本給の額は、正社員の平均的な本給の額の7割強であり、一概に低い割合とはいえない
- 賃金の相違は固定的・絶対的なものではなく、登用制度の利用による解消の機会も与えられている
- 原告契約社員らとの比較対象とされる売店業務に従事する正社員は、過去の関連会社再編によって転籍してきた者が一定割合を占めており、その賃金水準の切り下げ等が困難であったという歴史的経緯もある
住宅手当の相違にかかる判断
メトロ社においては、正社員には住宅手当(扶養家族がある者は1万5,900円、ない者は9,200円)が支給されるのに対し、契約社員Bには住宅手当は支給されず、このことが不合理な相違であると原告契約社員らは主張した。
これに対し、高裁判決は、メトロ社における住宅手当は、従業員が実際に住宅費を負担しているか否かを問わずに支給されることからすれば、主として生活費を補助する趣旨で支給されるものと解するのが相当であるところ、このような生活費補助の必要性は職務の内容等によって差異が生じるものではないとした。
そのうえで、正社員は、契約社員Bと異なり、配置転換の可能性はあるものの、本社や現業部門はほぼ東京都内にあるため、転居を必然的に伴う配置転換が想定されているわけではないとの事実認定を前提に、そうだとすれば契約社員Bと比較して正社員の住宅費が多額になり得るといった事情はないと評価し、このことから、地裁判決の判断を覆して、正社員にのみ住宅手当を支給するという労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたる旨判示した。
地裁判決は、正社員は転居を伴う可能性のある配置転換が予定され、契約社員Bよりも住宅コストの増大が見込まれるとの事実認定をその判断の前提としていたため、高裁判決とは事実認定の差異によって結論が分かれたものと考えられる。私見としては、東京都内の配置転換であれば転居は必須ではないとの理由により、正社員および契約社員Bの住宅費負担に有意差を認めない高裁判決の判断は、いささか強引であるようには思われるが、この判断の当否については、正社員の現実の配置転換およびこれに伴う転居の実績がどうであったかも影響し得るように思われる(地裁判決および高裁判決からは、この点は必ずしも明らかではない)。
賞与の相違にかかる判断
メトロ社においては、毎年夏季と冬季に賞与が支給されるところ、正社員には平均的な支給実績として本給の2か月分に17万6,000円を加算した額の賞与が支給されるのに対し、契約社員Bには12万円の賞与しか支給されず、このことが不合理な相違であると原告契約社員らは主張した。
これに対し、高裁判決は、賞与には対象期間中の労務の対価の後払い、功労褒賞、生活補償、従業員の意欲向上策といった様々な趣旨が含まれ得るところ、このような賞与の性格を踏まえ、長期雇用を前提とする正社員に対する賞与の支給を手厚くすることによって有為な人材の獲得・定着を図るというメトロ社の人事施策上の目的にも一定の合理性が認められるとしたうえで、以下の点を考慮して、賞与についての相違は労働契約法20条にいう不合理と認められるものにはあたらない旨判示した。
- メトロ社における賞与は、主として対象期間中の労務の対価の後払いや従業員の意欲向上策等の性格を帯びていると評価され、そうであるとすれば、本給の相違に関する事情(前記3-1参照)と同様の事情を指摘することができる
- 従業員の年間賃金のうち賞与として支払う部分を設けるか、いかなる割合を賞与とするかは使用者に一定の裁量が認められるところ、契約社員Bは1年ごとに契約が更新される有期契約労働者であり、時間給を原則としていることからすれば、年間賃金のうちの賞与部分に大幅な労務の対価の後払いを予定すべきであるということはできない
- 賞与はメトロ社の業績を踏まえて労使の団体交渉によって支給内容が決定されるものであり、支給可能な賃金総額の配分という制約もある
- メトロ社においては、近年、経費削減が求められている
- 原告契約社員らとの比較対象とされる正社員の特殊性(前記3-1参照)
退職金の相違にかかる判断
メトロ社においては、正社員には勤続年数等に応じて退職金規程に基づく退職金が支給されるのに対し、契約社員Bには退職金制度がなく、このことが不合理な相違であると原告契約社員らは主張した。
これに対し、高裁判決は、退職金には賃金の後払い、功労褒賞といった様々な性格があり、このような退職金の性格を踏まえると、一般論として、長期雇用を前提とする無期契約労働者に対する福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保・定着を図る目的で退職金制度を設ける一方、本来的に短期雇用を前提とした有期契約労働者には同制度を設けないことも、人事施策上一概に不合理であるということはできないとしたのであるが、特にメトロ社の場合については、以下の事情があることから、契約社員Bに対し、少なくとも長年の勤務に対する功労褒賞の性格を有する部分にかかる退職金(正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる)すら一切支給しないことは、労働契約法20条にいう不合理と認められる労働条件の相違にあたる旨判示した。
- 契約社員Bは原則として1年ごとに契約が更新され、定年は65歳と定められており、現に原告契約社員らの中には定年まで10年前後の長期間にわたって勤務した者もいる
- 契約社員Bと同じく売店業務に従事していた契約社員Aは、近時、「職種限定社員」に名称変更されて無期契約労働者となり、退職金制度が設けられた
この点、一般の企業の場合、長期間にわたって契約更新が繰り返されることを前提に有期契約労働者について定年(厳密には、契約更新の限度)を設定することなど稀であり、むしろ、労働契約法18条に定めるいわゆる無期転換ルールを踏まえ、契約期間が5年を超えようとする有期契約労働者については、登用制度の対象とする等して無期契約労働者に転換させるか、あるいは雇止めとすることが通常であろう。
高裁判決は、メトロ社における契約社員Bが、その契約期間等の面では正社員との相違が小さいことを根拠に、退職金のうちの功労褒賞の性格を有する部分について相違を設けることは不合理と判断したものと考えられる。
まとめ
以上述べてきたとおり、高裁判決は、有期契約社員一般について正社員同様に退職金等を支払うこととしなければ労働契約法20条に違反すると判断したものではなく、具体的な事実関係に即した個別判断を行ったものであることには注意する必要がある。
もっとも、裏を返せば、労働契約法20条の適用をめぐる近時の裁判所の考え方を前提とする限り、単に長期雇用を前提とする正社員だから、短期雇用を前提とする有期契約社員だからという「だけ」で、安易に労働条件に相違を設けることは許されないこととなり、比較対象とされる正社員・有期契約社員間の職務の内容等の相違、問題となる労働条件の種類・性質、その相違の程度等を個別具体的に検討しなければ、労働契約法20条違反の有無を判断することはできないこととなる。
各企業においては、上記の観点から、正社員と有期契約社員との労働条件の相違の現状を把握し、その相違の理由について改めて整理、説明性の検証を行うことが望ましいし、その過程では、必要に応じ、格差是正のための労働条件変更も検討されるべきである。かかる対応は、単に企業が訴えられたときの敗訴リスクの低減を図るものと小さく捉えるべきではなく、より大きなレベルで、経営資源の適正分配および有期契約社員の意欲向上による生産性向上のための施策であると考えるべきであろう。そして、かかる生産性向上こそ、国が推進する「同一労働同一賃金」の実現の究極的な目的にほかならない。各企業において自発的・積極的な取り組みが進められることを期待するところである。

島田法律事務所
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