法務部長から執行役員になることでプロジェクトへの感覚や経営層の印象が変化 ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社 執行役員 法務部長 平泉 真理氏
法務部
米国企業では、経営陣の一員として法務組織を統括するジェネラル・カウンセル(GC)またはチーフ・リーガル・オフィサー(CLO)を設置していることが一般的ですが、日本でGCやCLOを設置している企業はごく一部にとどまります。
本稿でお話を伺ったのは、ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社(以下、ベーリンガーインゲルハイム ジャパン) の執行役員および法務部長を務める平泉 真理氏。2007年から企業内弁護士としてのキャリアをスタートさせ、2013年より同社へ入社、現在はGCの役割も果たす平泉氏に、GCとしての活動や会社全体の法務・コンプライアンスの向上策、法務部内での具体的な取り組みについて語っていただきました。
チームでの仕事と組織をつくれることに魅力を感じ、企業内弁護士に
平泉先生のこれまでのご経歴についてお聞かせください。弁護士登録後、大阪の法律事務所からキャリアをスタートされていますね。
はい、大阪の法律事務所に在籍中に米国へ留学したあとは、外務省に任期付き公務員として任官し、国際法局経済社会条約官室(当時)という部署でチームとして仕事をする経験をしました。法律事務所での仕事も、さまざまな業種のクライアントの仕事を同時並行的に進められて大変楽しく勉強になっていましたが、1つの案件に対して最初から最後まで同じチームの仲間と「ああでもない、こうでもない」と議論をしながら取り組む外務省での仕事は、とても自分の性格に合っているなと感じました。
そして任期が終了し大阪に戻ったタイミングで、前職のバイエル薬品株式会社(以下、バイエル薬品)よりお声がけいただき、2007年に企業内弁護士へとキャリアチェンジする決断をしました。当時バイエル薬品は法務部員が少なく、日本の弁護士資格を持った法務部員はまだ1人もいませんでした。そこで当時の上司から、「しっかりとした法務部をつくるのに協力してほしい」という依頼を受けたんです。強い法務の組織をつくるというミッションに魅力を感じて入社しました。
チームで働くことを魅力に感じられた原体験はありますか。
いま振り返ってみれば、大学時代に取り組んでいたESS(English Speaking Society)というサークル活動だったかもしれません。英語でのスピーチセクションのチーフを務めたり、部長を支えながらでサークル運営に携わったりするなかで、チームで働く楽しさを感じていました。
とはいえ、平泉先生がバイエル薬品に入社された当時は、日本ではまだ企業内弁護士の数が少なかったと思います。企業内弁護士のキャリアを歩まれることに不安はなかったのでしょうか。
現在日本には2000人以上の企業内弁護士がいますが、当時は全国で200人に満たなかった時代でした。やはりまだ珍しいキャリアでしたので、周りの弁護士からは心配され、「せっかくのキャリアが無駄になるから、やめたほうがよい」とアドバイスされました。
一方で、外務省に勤務しているときに出会ったJILA(日本組織内弁護士協会)のメンバーが企業でとても楽しそうに仕事をしているのを知って以来、「私も1回やってみてもいいかも」という気持ちはずっとありました。最終的には、JILAで知り合った企業内弁護士の先駆者といえるような方々に背中を押していただいた形です。
弁護士、ニューヨーク州弁護士 平泉 真理氏
法務部の行動指針を策定するなど、組織のビジョンを明確化
そして2013年にベーリンガーインゲルハイム ジャパンに移られ、現在では執行役員としてGCの役割を務められています。普段はどのような業務を担当されているのでしょうか。
当社の法務部には大きくわけて、法務、知的財産、コンプライアンスの3つのグループがありますが、入社当時から、部長としてこれらを統括する立場にあります。コンプライアンス委員会や懲戒委員会など社内の委員会のメンバーでもあります。また、2017年からは、執行役員を拝命し、BIJEC(Boehringer Ingelheim Japan Executive Committee)という、社長と各事業の部門長、間接部門長でつくる経営会議にも参加しています。法務の業務以外では、ダイバーシティ推進の一環としてのイベントを企画、実行したり、テレワーク導入のプロジェクトにサウンディングボードのメンバーとして加わったりもしました。
会社全体の法務・コンプライアンス機能の向上について、どういったことに取り組まれていますか。
コンプライアンスに関する最新の話題をまとめたメールマガジンの発行や、法務部ポータルサイトの開設・運営、各種社内研修などを行っています。社内研修の中でユニークなものとしては、グローバルの法務メンバーたちと協議して自社で開発した「スマート・リスク・テイキング」というトレーニングを行いました。
法務部というと一般的には事業部門に対してダメ出しをするというイメージを持たれていることが多いですが、スピードが速い昨今のビジネス環境の中では、法務部は会社が取れるリスクを取るためのサポートをしていかなければなりません。このトレーニングでは、こうした法務の役割をしっかりと社内で示すという意義もありました。ほかにも基礎的な法律関係の研修や部署ごとにカスタマイズした研修なども行っています。
また、法務部独自の取り組みとして、「質の高い法務サービスを効率よく迅速に提供する」「ビジネスリスクを適切にコントロールできるように、ビジネスのパートナーとして柔軟なアドバイスをする」などといった、法務部員の行動指針となるビジョン・ステートメントを定めました。ビジョン・ステートメントは、ポスターにして法務部の部屋に貼っているほか、法務部員はみんなカードとして所持しています。そのほかの取り組みとして、イングリッシュランチ会や英語による部会を開催するなど、法務部員の英語力向上にも努めています。
執行役員になりプロジェクトの背景や重要度が感覚的にわかるように
GCという立場では経営陣からの期待に応えたり、事業部門との関わりについて考えたりといったことも求められるかと思います。執行役員になったことで、何か変化はありましたか。
執行役員になる前までは、プロジェクトの背景や重要度を把握しきれない部分もありましたが、執行役員になったことで、経営メンバーにしか知らされない情報がタイムリーに入るようになりました。「これはあの案件だから、優先順位を高めて取り組む必要がある」といったようなことが感覚的にわかるようになりましたね。非常に仕事が進めやすいと感じています。また、経営層や役員に接する機会が増え、タフに見える彼らも、日々重要な意思決定を迫られ、同じ生身の人間として悩みを抱えているのだということがわかり、法務の責任者として彼らの役に立つためにはどうすべきか考えるようになりました。
あとは、部門間の調整が行いやすくなったように思います。執行役員になる前と比べ、より多くの人が好意的に話を聞いてくれるようになったと感じます(笑)。
ただ、役員のあいだで意見が大幅に食い違っているときには調整や説明に苦労しますね。利害が衝突した際には法務を味方につけたがるので、板挟みにあうことが多いんです。ただ、さまざまな意見があるなかで、バランスのいい解決策を少し離れた視点から示すことができるのは、我々法務の役割であり強みだと思っています。
最後に、今後のご自身のキャリアの展望についてお聞かせください。
やはりこれまで申してきたように、大変おもしろく仕事をさせていただいていますので、しばらくは企業内弁護士であり続けたいなと考えています。社外に対しては、日系・外資系問わず、日本に存在する企業の法務を強くしていけるようなお手伝いをしていきたいと思っていますので、現在副理事長を務めるJILAの活動にも力を入れていきたいですね。
後編(「事業部と対等に協働できる法務組織と人材を育むために必要なこと」)では、法務部門における人材育成や、事業部と対等に協働していける組織になるための方法について伺っています。
(文:周藤 瞳美、取材・構成・編集:BUSINESS LAWYERS編集部)

ベーリンガーインゲルハイム ジャパン株式会社