SDGsウォッシュと呼ばれる前に企業が考えるべきこと

コーポレート・M&A
片桐 さつき 宝印刷グループ 株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所

目次

  1. SDGsウォッシュと呼ばれる情報発信
  2. 「SDGsに取り組んでいます」は真実なのか
  3. 「労働・雇用」側面におけるSDGsを自分事で考える
  4. ミレニアル世代とZ(ゼット)世代が企業に求めるもの
  5. 開示制度の変革を組織内で「議論を進める手段」として使う
  6. SDGsを「共通言語」として使うメリット

SDGsウォッシュと呼ばれる情報発信

 「SDGsウォッシュ」という言葉を聞いたことがあるだろうか?この言葉の意味するところは「SDGsにさっぱり取り組んでいないにも関わらず、まるでSDGsに取り組んでいるように装うこと、そう見えるようにPRすること」である。この言葉は、海外において1990年頃から環境NGOなどで批判的な目的で使われるようになった「グリーンウォッシュ」の意図を受け継いで生まれた言葉だ。「ごまかし」を意味する英語の「Whitewash」と、環境配慮を意味する英語の「green」を合わせた造語が「グリーンウォッシュ」である。

 この言葉は、環境問題への社会的な関心が高まる中で、企業が広告や環境報告書などにおいて「環境に優しい」「エコ」などの表現を根拠なく用い、消費者に誤解を与えるような情報発信を行う事に対して、批判的な意味を込めて使われていた。それが皮肉にも現在浸透が拡大しているSDGsで使われ、実態と相反してあたかもSDGsに取り組んでいるような情報発信を行うことを「SDGsウォッシュ」と呼ばれるようになっている。  

「SDGsに取り組んでいます」は真実なのか

 さて、ここで皆さんに質問をしたい。「SDGsに取り組んでいる」とはどのような事を指すのだろうか?株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所 ESG/統合報告研究室の調査によると、2018年12月末までに発行されている統合報告書発行企業465社の内318社(68.4%)もの企業が何かしらSDGsについて言及している。一見すると素晴らしい数字のように思えるが、実情は必ずしもそうではない。SDGsへの貢献について具体的な目標値や活動を掲載している企業はごくわずかで、その大半がSDGsのカラフルで見栄えのするアイコンと、自社の活動を関連付けるレベルに留まっている。情報の受け取り手としてこうした統合報告書から理解出来る事は「この企業はSDGsを知っているな」レベルである。更に言うのであれば「で、だから何?」である。

 17のゴールから関連性のあるゴールを選択し、自社の活動と紐付ける行動を全否定するものではないが、結局その取り組みが社会や自社に対して正と負の側面でどんな影響を与えるものなのか、企業がその取り組みをどれだけ重視しているのか、その結果、自社や社会にどんな価値をもたらそうとしているのか、推察できるものもあるが完全に理解する事は出来ない。このレベルでは「SDGsに取り組んでいる」とは言えないのだ。これが「SDGsウォッシュ」という言葉を生み出した背景のひとつでもあり、企業にとっても日本国にとってもこの状況はグローバル競争においてリスク要因と成り得るのではないだろうか。

「労働・雇用」側面におけるSDGsを自分事で考える

 2019年2月に、一般社団法人 グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)と公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)が、SDGs日本企業調査レポート2018年度版「主流化に向かうSDGsとビジネス~日本における企業・団体の取組み現場から~」を公開している。これは、日本における企業の取組み実態に関する最新の調査結果をとりまとめたものであり、今回で第3弾目の調査レポートとなる。

 第1弾目は2016年の「動き出したSDGsとビジネス」であり、この当時はCSR担当者と国際動向に敏感な経営層のみがSDGsを認知していたような状態であった。第2弾目は2017年の「未来につなげるSDGsとビジネス」で、調査結果はSDGsに対する意識向上はあったものの、取り組みの方策を模索している状態であった。そのため、SDGsの本業化(本業を通じた貢献のあり方)をテーマとして考察されていた。そして今回の第3弾目の調査レポートでは、雇用・労働側面におけるSDGsの実態とトップ及び経営層のコミットメントに目が向けられており、特にゴール5「ジェンダー平等と女性のエンパワーメント」、ゴール8「働きがいと経済成長」、ゴール10「不平等の是正」など、労働者や企業・団体に関わる人々を対象とした取り組みについて考察している。

 SDGsを自社に導入していく段階で非常に示唆に富む調査レポートであるが、1点気になるのは調査対象である。今回は287の企業・団体で構成されるGCNJ会員を対象としているが、日本の上場企業は3,500社以上だ。SDGsを自社内に落とし込むお手本として参考になる調査レポートである一方、先進的な287社の回答で作成された調査レポートを、誰しもが素直に自分事として受け止め、活用する事は難しいのかもしれない。

 そこで、このレポートで目が向けられている「雇用・労働側面」において、全ての日本企業が自分事として考えなければならない課題をひとつ挙げてみたい。

ミレニアル世代とZ(ゼット)世代が企業に求めるもの

 面白いレポートがある。デロイトトーマツが行った「2018年 デロイト ミレニアル年次調査」だ。この調査におけるミレニアル世代とは、1983年1月から1994年12月までの間に生まれており、現在では主に大規模な民間組織に正規雇用されている存在だ。徐々に組織内で上級職を占め、自分の組織が社会の課題にどう対処するかについて影響力を高めている。さらに、所謂Z世代と言われる1995年1月から1999年12月までの間に生まれた世代は、現在全員が最初の学位、またはそれ以上の学位を取得している段階にある。新入社員あたりの世代は、このZ世代というわけだ。

 既知の情報ではあると思うが、ミレニアル世代とZ世代の時代はインターネット環境が整い、デジタル機器やソーシャル・メディアが急速に発達した時代である。デジタル・ネイティブと呼ばれ、ソーシャル・メディアを使いこなし見ず知らずの人とも容易にコミュニケーションを取る事が出来る世代である。また、米国の同時多発テロ、イラク戦争、阪神・淡路大震災、東日本大震災など深刻な危機が多発した時代でもあり、社会貢献欲が高い世代でもあると言われているほか、サブプライムローン問題やリーマンショックなど、貧富の格差に直面もしているため、「モノの所有」や「帰属」に対する欲が低いとも言われている世代である。

 この調査では、世界36カ国10,455人のミレニアル世代を対象とした調査結果をもとに、この世代の会社への帰属意識や価値観について分析しており、加えて今回初めてZ世代(オーストラリア、カナダ、中国、インド、英国、米国に住む1,844人)の見解についても調査に反映した、との記載がある。この調査結果では、過去の調査からも継続的に言えることとして、この世代は圧倒的に「事業の成功は財務上のパフォーマンス以外でも測定されるべき」と考えており、Z世代も同様の見方をしている、としている。社会貢献意欲が高い世代ではあるが、収益を上げる事は企業の優先事項であり、次いでそれ以外でもパフォーマンス測定をすべき、ということだ。

 この世代が企業の行動に望むものとして、「社会や環境に対して前向きな影響を与える」「革新的なアイデア、製品、サービスを生み出す」「雇用を創出し、キャリアを開発し、人々の生活を向上させる」「職場でのインクルージョン、およびダイバーシティに重点をおく」が挙げられている。若い働き手の4分の3は、企業が地域社会の経済、環境、および社会的課題の解決を手助けできる可能性を秘めていると考えているが、企業側はこれを重要な課題であるという認識を持っていない。調査結果では、ここにギャップが生じている点を指摘している。この調査レポートでは「ダイバーシティと柔軟性は帰属意識を高める重要な要素である」としており、この世代を満足させるためには「ダイバーシティ&インクルージョン」と「柔軟性」が重要な要素であるとしている。

 日本の人口が減少し、労働力の低下が危惧される中で、優秀な人材を確保しつつ新たなイノベーションの創出が求められる今、全ての日本企業がこうした雇用・労働側面における課題を強く認識する必要があるだろう。前述したミレニアル世代やZ世代が企業に求めている事は、SDGsを代表とする「世界が企業に求めている事」と通じている。企業が持続的に成長するために、そしてサステナブルな社会を実現するためには、雇用・労働側面においてもSDGsを共通言語として新たな世代に訴求していく事が有用なのではないだろうか。こうした世代を中心に、副業のような複数の業種でキャリアを積む働き方が注目を集めている。こうしたスラッシュキャリアと言われるキャリア構築の考えが広がりつつある時代において、働き方改革に対応するために頭ごなしに残業時間を規制し、会社都合で労働生産性を向上させようとしても上手くいくわけがないし、イノベーションが創出されるはずもない。結果として新たな世代がエンパワーメントされず、入社して数年目の有望な社員や経営計画に携わるようになった管理職が次々と離職していく姿を見ることは、誰もが望まないはずだ。

開示制度の変革を組織内で「議論を進める手段」として使う

 とは言え、きれい事だけでは済まないのが企業の現状であろう。1つの部門でこうした改革に挑もうとしても、中々進まないであろうしリソース不足に直面して挫折する可能性が高い。ひとつの手段として、有価証券報告書の開示内容の変更を中心として組織内に変革を起こす事も考えられる。従来は主に経理部で作成してきた制度開示書類であるが、開示制度の変革によって記述情報の開示が変わることを利用する、ということだ。

 2019年3月19日、金融庁は「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」における提言を踏まえ、「記述情報の開示に関する原則」を策定するとともに、「記述情報の開示の好事例集」を公表している。この原則の中で記述情報の開示に共通する事項として、取締役会や経営会議の議論を適切に反映することとしており、その重要性について述べている。「事業等のリスク」については、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものをその重要度に応じて説明するもの、としており、この中でリスクと前述した雇用・労働側面をどう認識しているのかを記載する事も可能であろう。 こうした制度開示書類を使って組織内連携を強化し、1つの部門だけではなく多くの部門が膝を突き合わせて情報開示に取り組み、さらに経営層でディスカッションする事が出来れば、何かしらのポジティブな結果が創出されるはずである。この開示制度の変革とSDGsへの取り組みを別々の側面として捉えるのではなく、組織の中で議論を進めていく契機として捉え、自社と社会がサステナブルであるために重要な事をディスカッションして欲しいと感じる。

SDGsを「共通言語」として使うメリット

 先日、とある市議会議員と話す機会があった。筆者とは仕事のフィールドが異なる相手であったが、その中で共通言語となったのはSDGsであった。地方創生と企業のSDGsにはもちろん親和性があるものの、立場の異なる人間が突然会って話しても、SDGsを共通言語にすれば短時間で相手が目指している「目的」を共有できるのである。

 これは企業内においても同様の効果を生じると考える。役割が違うからこそ、そして価値観が違うからこそ、同じ目的を共有することは非常に重要になってくる。SDGsはまさにその目的を共有するためには最適だと言えるだろう。

 「SDGsウォッシュ」だと糾弾される前に、まずは身近な所からSDGsの活用を始めてほしい、と切に願う。そして、カラフルなロゴマークを散りばめただけの情報発信が、本当に意義のある情報発信に好転していく事を期待したい。

本記事は、株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所が発行している「研究員コラム」の内容を転載したものです。

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する