LIXILお家騒動で問われるガバナンス、問題の所在はどこに

コーポレート・M&A

目次

  1. 社外取締役の遠慮は職務放棄ではないか
  2. 大きな疑問が残る指名委員会の運営
  3. LIXILグループの事例から学ぶべきこと
  4. 増加が予想される機関投資家からの要請、企業はどう対応するべきか
  5. 巨大企業グループに求められる経営のポイント

LIXILグループのトップ人事をめぐり混乱が続いている。事の発端は2018年10月31日付けに公表された瀬戸欣哉氏のCEO退任、創業家である潮田洋一郎氏のCEO復帰等を含む人事異動だ。突然の発表に対して、機関投資家から疑念が表明された。

「LIXILグループは19年2月、CEO交代の経緯を第三者の弁護士がまとめた調査報告書の「要約版」を公表、潮田氏が瀬戸氏の解任を主導していたことが明らかになる。「また、「要約版」では「一連の手続きにおけるガバナンス上の問題点について」という章が削られていたが、機関投資家から内容が不十分との批判を受けたことから、4月にあらためて全文が公表される。そこには「CEOの選任手続きに十分な時間がかけられたとはいい難い」「取締役に潮田氏に対する遠慮があった」との指摘があった。

参考: LIXIL グループ「当社代表執行役の異動における一連の経緯及び手続の調査・検討に係る「調査報告書」の公表について」(2019年4月9日公開、2019年5月16日閲覧)

その後、機関投資家による潮田氏の解任を目的とする臨時株主総会の開催請求、潮田氏による突然の取締役辞任発表、瀬戸氏による自らを含む取締役の株主提案の方針公表など、事態は大きく揺れている。

会社側は5月28日に10人中9人を社外取締役とする取締役候補を決定、株主提案には反対の意向を示し、新旧CEOによる経営権をめぐる争いが注目される。

企業へのガバナンス強化が求められるなか生じた、今回のCEO交代劇にはどのような問題があるのだろうか。コーポレートガバナンスに詳しい、山口利昭弁護士に聞いた。

社外取締役の遠慮は職務放棄ではないか

LIXILグループが公表した報告書には、社外取締役も含めた取締役が潮田氏に対して遠慮があったという記載もあります。瀬戸氏の解任にはどのような問題があったのでしょうか。

LIXILグループは指名委員会等設置会社です。同社の株主は、執行を分離して経営のスピードを上げつつ、取締役会には経営執行者の経営評価を行うことを期待して、指名委員会等設置会社のガバナンス形態を選択したはずでしょう。したがって、取締役は執行役に対して厳しい目線で経営を監視することは当然です。しかし、報告書記載のとおり「社外取締役も含めて潮田氏に対して遠慮があった」となると、指名委員会等設置会社の形態を採用した意味がありません。株主から「職務放棄ではないか」と問われたときに合理的な説明が困難となるためです。

LIXILグループでは、過去に買収した海外子会社の売却をめぐって意見の対立があったと報じられています。グループを統括する会社の取締役会は、M&A方針の決定等の重大な経営方針を重点的に審議することが求められます。とりわけ社外取締役は、重大な経営判断が、取締役会において円滑に審議される環境に配慮する必要があります。社外取締役は自身の意見を明確に述べるべきですし、取締役や執行役の意見対立で、重要議案の審議が進まない場合には指名委員会を中心として、役員構成を変更することを主導しなければなりません。

重大な経営判断に関与する社外取締役にはどういった資質が求められますか。

社外取締役の資質としては、業界に精通している必要はないですが、会社の置かれている経営環境を把握し、同業他社と比較した当社の強み、弱みを理解できるだけの知見は必要です。会社の置かれている経営環境のもとで、株主から何を期待されているのか、理解しておく必要はあるでしょう。たしかに、社外取締役には、自身を推薦してくれた社内の取締役や紹介者の意見を忖度したくなる気持ちがあることは否定できません。しかし、社外取締役には少数株主も含めた全株主の共同利益のために職務を全うする覚悟が求められ、そこをわきまえた人物でなければ務まりません。

もし、忖度が必要であるならば、それは「会社が今、平時か有事か」という点です。報告書を読むと、昨年11月に開催された取締役会において、複数の社外取締役が、(次の会議があるから、として)CEO選任というきわめて重要な決議に参加していません。複数の企業の社外役員を兼務する等、忙しい勤務状況にあることは理解できますが、LIXILグループはどうみても「有事」の状況です。まさに社外取締役として、誰がCEOとしてふさわしいのか、意思決定に加わることこそ株主から期待された役割です。たとえ別案件に支障が生じるとしても、有事会社への優先的な対応が求められる場面だったのではないでしょうか。

大きな疑問が残る指名委員会の運営

LIXILグループにおける指名委員会の運営については、主にどのような点が問題だったのでしょうか。

メディアをはじめ、世間一般の関心は、社内における経営権争い、とりわけ前CEOの瀬戸氏がLIXILグループ取締役会で事実上解任されるまでの一連の経緯に向けられています。また、同社指名委員会が、委員をCEO候補者として、委員長をCOO候補者として指名したことについても「お手盛り」ではないかと批判をされています。「お手盛り」も1つの問題ではありますが、それ以前に同社の指名委員会の運営には大きな疑問が残ります。

指名委員会等設置会社における指名委員会の主たる権限は、取締役の選解任に関する株主総会上程議案の決定であり、執行役の選解任に関する取締役会への議案の決定権限ではありません。会社法上、執行役の選解任権は取締役会の監督権限として留保されることが必要だからであり(江頭憲治郎「株式会社法(第7版)」(有斐閣、2017)565頁)、LIXILグループ取締役会規則でも、その旨が定められています。なお、指名委員会が執行役の選解任議案を取締役会に上程するにあたり、指名委員会で審議することについては会社法上の問題はないと考えられます。また同社でも事実上の慣行としてこれまでも審議がなされていたそうです。

指名委員会にはどのような対応が求められたのでしょうか。

このような会社法の趣旨からすれば、CEOを含む執行役の交代といった重大な戦略に関する意思決定については、指名委員会での審議状況の事前説明を含めて、取締役会における十分な審議が必要でしょう。この点について報告書を読むと、前CEOを事実上解任した取締役会(2018年10月31日開催)までに開催された指名委員会開催の事実および審議内容は、指名委員会委員と前CEO以外の取締役会メンバーには知らされていなかったそうです。また、動議の内容を知った取締役の一部から反対意見が出ているにもかかわらず潮田氏からは「そもそも人事変更というものは突然生じるものである」との説明がなされ、審議が事実上打ち切られており、「今回の CEO の選任手続に十分な時間がかけられたとはいい難い」と記載されています。つまり、同社の指名委員会が、本来の権限を超えて同社取締役会規則や会社法で定められた取締役会の権限を行使していた疑いが残ります。

同社の指名委員会とすれば、10月31日開催の取締役会において、前CEOがCEO交代の動議に反対を表明した時点において、あらためて指名委員会での協議を続行するか、もしくはCEO交代の是非や交代の時期、理由も含めた取締役会での十分な審議に委ねる意向を示すべきだったでしょう。

LIXILグループの事例から学ぶべきこと

今回の事例を受けて、他社はCEOの選解任に関する手続きについて、どう考えるべきでしょうか。

監査役会設置会社や監査等委員会設置会社の機関形態を採用する上場会社でも、最近はコーポレートガバナンス・コードを実施する旨を宣言し、CEOの選解任基準の概要を開示し、選解任プロセスの透明性を図る企業も出てきました。また、任意の指名諮問委員会を設置する企業も増えています。したがって、LIXILグループで起きた事例は、指名委員会等設置会社だけでなく、他の機関形態を採用している上場会社にも参考になります。

LIXILグループの一連の経緯から得られる他社への教訓としては、CEOの選解任に関するプロセスの透明性を高めるシステムが形骸化してしまうと、逆に力の強い経営者の独裁的な判断を追認するための「隠れ蓑」に使われてしまうおそれがある、ということです。今回は、たまたま一部取締役からの反対声明や一部の機関投資家からのガバナンスに対する厳しい指摘があったので一連の経緯が明らかにされましたが、実際にはガバナンス上の課題が表面化しないケースも多いと思われます。

指名委員会の運営という点ではいかがでしょうか。

社外取締役や社外監査役等による平時からのコミュニケーションが不足していると、LIXILグループの事案のように、指名委員会だけで審議が先行し、取締役会では十分な議論がなされないままに重大な経営の意思決定がなされてしまいます。LIXILグループの2018年7月時点におけるコーポレートガバナンス報告書によると、同社は独立社外取締役のみによる定期的会合や筆頭独立社外取締役の選任に関するガバナンス・コードの要請を実施しないと宣言しています。近時はCEOの選解任や後継者育成計画などに社外取締役の積極的な関与が推奨されていることからみても、社外役員間における相互のコミュニケーション不足を補うための会合は積極的に開催すべきでしょう。

また、他社が見直すにあたっては、任意の指名諮問委員会の権限と責任を明確にすること、CEOの選解任基準の要件該当性やプロセスの適正性を誰が判断するのか、その権限と責任を明確にすることが必要です。そして最終的には取締役会における十分な審議が尽くされるよう、社外取締役を中心にしっかり監督する必要があります。

増加が予想される機関投資家からの要請、企業はどう対応するべきか

LIXILグループがCEO交代の経緯を明らかにしたこと、潮田氏の退任については機関投資家からの要請も一因と報じられています。今後、機関投資家が企業のガバナンスに対して要請する場面も増えてくるのでしょうか。

スチュワードシップ・コードに基づく行動が機関投資家には求められているため、中長期の企業価値向上に影響を与えるようなガバナンス上の問題が疑われるケースでは、機関投資家が企業に対してガバナンスの健全化を図るように要請するなど、積極的な行動に出る場面は増えると予想しています。とりわけ国内外を問わず集団的エンゲージメントの動きが活発化しており、少数株主権行使を含めた株主権行使も、自然な流れとして増加するでしょう。

LIXILグループの件では取り下げられたようですが、現CEOの退任を求めて、株主が臨時株主総会の招集を要請するようなケースも典型例といえます。インサイダー取引規制やフェアディスクロージャー・ルールとの関係でやや疑問もありますが、経営陣と意見を異にする他の取締役や監査役と機関投資家が、株主権行使を前提とした情報交換を行う例も増加する可能性があります。

機関投資家からの要請に対して、会社側はどのような対応をすればよいでしょうか。

会社側としては、なによりも情報開示に前向きであること、株主に合理的な理由を付して説明を尽くすことが必要です。報告書を読むと、10月31日開催のLIXILグループ取締役会において、取締役の1人から「このような唐突なCEO交代では株主に説明がつかないのではないか」と危惧する発言が出ています。CEOの交代事案に限らず、会社の行動に不自然な点がある場合には、機関投資家から厳しい対応を迫られることが増えるものと思われます。

2019年4月に、潮田氏が「取締役は退任するが執行役としては退任しない」「指名委員会からアドバイザーとしての役割を要請されれば検討する」といった意見表明を行いましたが、これが今後のLIXILグループの経営の行方を、さらに混とんとさせている印象を受けます。これも「わかりにくい会社側の行動」として、機関投資家には受容されないものと評価します。

巨大企業グループに求められる経営のポイント

今後、同社の経営に際してどのような点がポイントになりますか。

LIXILのように大きな企業グループにおいて、すべてのステークホルダーを満足させるような経営は現実には不可能であり、総花的なコミュニケーションは通用しません。ポートフォリオの組み換えも含め、難しい経営を任せられているからこそCEOは11億円もの報酬を得ていたのでしょう。

LIXILグループの執行役らからは「潮田CEOに経営資格はない」「瀬戸氏こそCEOにふさわしい」との声明文が同社指名委員会に提出されたようですが [^2]、従業員や取引先の声を優先する施策が株主から支援されるとは限りません。業績回復に向けて、株主からは資源の選択と集中を迫られる可能性がありますが、その実行には従業員や取引先からの厳しい反発も予想されます。1つ間違えれば優秀な人材が大量に流出する可能性があり、業績回復に赤信号が灯ることになります。

そこでは指名委員会だけでなく、報酬委員会や監査委員会の判断も含めた、ステークホルダーごとの利益の優先順位付けが必要となるでしょう。なぜそのような優先順位を付けたのか、そこに中長期計画に基づく合理的な説明が求められます。

(構成・写真撮影:BUSINESS LAWYERS編集部)

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