日本にカジノが出来たらどうなる? ナイトタイムエンターテインメントの発展、普及のために乗り越えるべき課題
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2018年7月20日、カジノを含む統合型リゾート(IR:Integrated Resort)実施法が成立しました。
IRにはカジノからの収入だけでなく、海外からビジネスパーソンを集める効果や、ナイトタイムエンターテインメントの充実により経済を活性化させる効用もあるそうです。
一方で気になるのは治安の悪化やギャンブル依存症の問題。IRとナイトタイムエンターテインメントの発展、普及のために乗り越えるべき課題はどこにあるのでしょうか。
IR業界をよく知る週刊ホテルレストランIR編集長の長谷川 耕平氏、風営法改正を牽引し、ナイトタイムエンターテインメントの発展に務める齋藤 貴弘弁護士に伺いました。
待望のIR実施法成立、ナイトタイムエコノミーとの連携で期待される経済効果
IR実施法が成立し、どのように受け止めましたか。
長谷川氏
ようやくか、という感想です。1999年に当時の石原都知事が東京お台場カジノ構想を立ち上げ、カジノは違法と言われていた頃からIR議員連盟(正式名称:国際観光産業振興議員連盟)が立ち上がり、議論は行われていたのです。
シンガポールは日本よりも後にIRの検討が始まり、一気に開発が進んでしまいました。
ホテル、観光業界にとっては待望の成立だったのでしょうか。
長谷川氏
そのとおりです。今でこそ訪日外国人の数は3000万人を超えたと言われていますが、2010年当時は850万人程度でした。2000年前後はインバウンド需要を取り込もうにも、どうやって誘致するかを考えなければならない状況だったのです。
国内でIR実施法の成立が後押しされた理由について教えてください。
長谷川氏
シンガポールにマリーナ・ベイ・サンズとリゾート・ワールド・セントーサという2つのIRが2010年に完成したことによって、シンガポールの雇用は改善し、開業してから5年の間にGDPが急激に増えたのです。
さらに、MICE(マイス)と呼ばれる国際会議の件数が一気に増え、シンガポールに多くのビジネスマンが訪れるようになりました。
MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を取ったものです。
シンガポールは日本と同じ島国で工業に頼っていましたが、IRをベースにして観光産業が盛り上がり、メディカルツーリズムやMICEも増えました。同じアジア圏内にいる日本も急いで対応しないといけないという動きが、成立を後押ししました。
IRが作られる時期と場所はどのような予定になっていますか。
長谷川氏
大阪万博がきっかけになりそうで、2024年頃ではないかと言われています。
和歌山県和歌山市、大阪府大阪市、長崎県佐世保市はいい準備が出来ています。長崎のハウステンボスにカジノが出来ればIRになりますね。
また、ダークホースとして愛知県常滑市のセントレア(中部国際空港)があげられます。空港島にMICEを誘致するという動きがあって、海外のIR事業者が名乗りを上げています。
北海道の苫小牧、留寿都、釧路、千葉県の幕張市、沖縄県も名前があがっています。神奈川県の横浜市も当初は候補にあがっていましたが、2017年の市長選挙で白紙に戻していました。東京もまだ具体的には名言されていません。
齋藤先生はIR実施法の成立についてどう受け止めましたか。
齋藤氏
IRだとカジノ、いわゆるゲーミングが注目されがちですが、ショーパフォーマンスやナイトクラブ、飲食店など周辺にあるナイトエンターテインメント全体との親和性が高く、連携して進める事が必要だと思います。風営法改正、そして観光庁のナイトタイムエコノミー政策の中でもIRは議論されています。
長谷川氏
齋藤先生のおっしゃるとおり、IRは24時間365日稼働するので、施設内のショーやバーによって大きな経済効果を生みます。日本の観光は夜の消費が弱いのですが、ナイトタイムエコノミーとIRがうまく噛み合えば大きな経済効果を生むはずです。
お二人ともポジティブに捉えられていますね。さらに期待される点について教えてください。
長谷川氏
宿泊単価の高いラグジュアリーホテルが出来てほしいです。
世界的な基準になっている、フォーブス・トラベルガイドが格付けしている日本のホテルの中で、外資系以外で5つ星を取っているホテルはパレスホテル東京しかありません。
日本の観光業は海外に比べて消費単価が低いと言われていて、宿泊料金が安いことが一因です。今あるホテルが急に単価を上げるわけにもいかないので、ラグジュアリー感のあるホテルによって業界を牽引してほしいですね。
齋藤氏
ラグジュアリーな体験を総合的に作り、消費単価をどう上げるかという課題はナイトエンターテインメントの領域でも同じです。
風営法が改正される3年前まで、ナイトクラブなどの営業は法的にグレーな状態でした。グレーな状態だと大きな資本が入れません。
風営法改正をきっかけに、新たなプレイヤーが入って来て経済的なインパクトを与える動きを求めています。
新しい資本が入ってくる動きはありますか。
齋藤氏
銀座にPLUSTOKYOという日本で最大級のクラブがオープンしました。経営しているのは日本コロムビアの親会社であるフェイスと、きゃりーぱみゅぱみゅや中田ヤスタカを擁するアソビシステムホールディングスです。あと、エイベックスが六本木に新しいクラブを作っていて、各社挑戦が始まっているところですね。
また、松竹が京都の南座をリニューアルして夜の営業も始めます。時間を伸ばすだけではなくて、劇場と客席をフラットにするなど、伝統を活かしながら日本ならではのコンテンツを作ろうとしていますが、こういう動きは、まだまだこれからという印象です。
海外に目を向けると、韓国の仁川でセガサミーがパラダイスシティという大規模なIRの運営に関わっている例もあります。
日本が海外から学ぶべきことは
先ほどから海外の例も多く出てきています。日本は海外のどのような点を参考にするとよいでしょうか。
齋藤氏
IRではありませんが、スペインのイビサ島は消費単価アップとコンテンツのアップデートがすごくうまいと思います。
サンセットが有名なのですが、サンセットだけではなく、ナイトクラブやエンターテインメントレストランで大きな消費を作っています。美しい自然だけでは観光消費額を伸ばすことは困難です。サンセットを入り口にその余韻をさまさせないようにエキサイティングなナイトエンターテイメントの体験に誘導する。そんな動線設計、カスタマージャーニー設計がよくできています。
また、大きな古城があるのですが、保存するのではなく様々に活用されています。古城内にある石畳の細い路地沿いにはレストランやバーが多くあり、とても賑やかです。日本でも歴史遺産の保存から活用へという議論がありますが、参考になると思います。
観光資源化させるにあたって、誰が仕掛け人になっているのでしょうか。
齋藤氏
行政の支援に加えて、プレイヤーをうまく呼び込んでいます。
ハート・イビサというクラブのショーの演出はシルク・ドゥ・ソレイユの創設者ですし、料理はスペインでも予約が取れない事で有名だったエルブジというお店のシェフが演出していて、客単価は3万円から5万円と高いけど予約が取れない。世界でも最高峰の人たちをうまく取り入れているのです。
IRで参考になる国はどこでしょうか。
長谷川氏
都市型のIRではやはりシンガポールが参考になります。大きな展示場もあってITの展示会が強く、MICEも成功しています。中国の富裕層向けのメディカルツーリズムも強いです。昼間は健康診断をして、結果が出るまでの1週間程度滞在する事になるのですが、夜はカジノで楽しむという時間の使い方をしています。
一方、長崎や和歌山などの地方はドイツのバーデンバーデンのように、人数よりも質でお客さんを呼び込むモデルが良いかなと思います。バーデンバーデンは温泉街なのですが、元々地元にあった施設や観光資源を活かしつつIRを取り入れています。カジノには入場時のドレスコードを設け、大人の社交場にしていますね。
齋藤氏
バルセロナのソナーやアメリカのサウスバイサウスウエストといった海外のミュージックフェスも実はMICEの一環です。昼はテクノロジーを中心としたカンファレンスをして、夜は音楽フェスが行われています。
日本だとMICEの誘致はあまりうまくいっていないのでしょうか。
長谷川氏
東京ディズニーリゾートは修学旅行や企業などで優秀な成績を収めた方へのインセンティブプランを取り入れて、MICEで成功している例と言えます。
修学旅行は低単価ですが人数は多いので、集客が苦しい時期の売り上げにつながっていますね。
インセンティブプランは表彰式をホテルの宴会場でやったり、いい部屋を用意したりするので単価が上がります。キャンセルされにくいし、リピーターもつく好例と言えます。
カジノやナイトタイムエコノミーへの誤解
昨年のハロウィンは渋谷でトラブルが発生したように、夜の活動が盛んになると治安の悪化を懸念する声も聞かれます。
齋藤氏
ナイトクラブというと、反社会的勢力との関わりや酔客によるトラブルなどのイメージがあると思いますが、法規制を厳しくし過ぎるすることでかえって警察や地元商店との関係構築ができず健全な業界を作ることを困難にしていました。
風営法改正に伴い、ナイトタイムエコノミーが活性化することで問題が大きくなっているかというと逆で、警察との連携も密になっていますし、遵法意識の高いプレイヤーも入ってきています。
ただ、お店の中という個点でのトラブルであれば、プレイヤーと警察の間で解決できますが、ハロウィンのように街の安全確保という点での対策はまだ十分できていません。
イギリスでは事業者と地元の人たちがネットワークを作っていて、地域の安全を守る取り組みをしています。治安がよく、一定の基準を満たした魅力ある地域にはパープルフラッグという認定を与えていて、このような取り組みは参考となります。
取り組みを広げていくにはどうすればいいのでしょうか。
齋藤氏
エリアの価値を上げるためのブランディングに関する座組みを地域の中で作っていくべきでしょう。観光庁が海外の先進事例などの情報提供に取り組んでいるところです。
IRやカジノについて誤解されている面もありそうです。
長谷川氏
IRに関する誤解をいうと、カジノ(ゲーミング)は施設面積の3%以下、97%はノンゲーミングです。IR=カジノかというとそうではなく、宿泊、料飲、ショッピング、エンターテインメントの要素が強い施設なのです。
また、カジノと聞くと映画のようにマフィアとつながっているのでは、という誤解もあるかもしれませんが、運営しているのは海外で上場している一流企業です。
アニュアルレポートで業績を株主に公開しているので、グレーな営業をしているような事業者は日本には入れません。
ギャンブル依存についてはいかがでしょうか。
長谷川氏
海外では依存症対策が最大の課題で、家族からの連絡があればカジノに入れないとか、依存症になってしまった場合の治療プログラムなども整備されており、日本のIR実施法でも対策が盛り込まれています。
ただ、入場に必要なマイナンバーカードが普及していませんので、依存症になる前に、そもそも日本人はカジノに行かないかもしれません。
IR、ナイトタイムエコノミーに弁護士はどう関わるか
IRが整備され、ナイトタイムエコノミーが盛んになっていく過程で法的な課題はありますか。
齋藤氏
弁護士がルールメイクに関わる事は重要と感じています。
風営法やIR実施法などの改正だけでなく、企業や産業の自治・コンプライアンスという意味でのルールメイキングが必要になるので、法律家のスキルが活かせると思います。
また、事業のプレイヤーとして弁護士が入る事も必要かもしれません。日本の弁護士はある程度ビジネスのディールが固まった段階で、契約書のリスクをチェックしますが、海外の弁護士はディールメイクや交渉の段階から入る事を期待されています。
ニューヨークに会社を作って向こうの弁護士と仕事をしているのですが、法律業務だけでなく、プレイヤーの分析や課題の設定を行い、エージェントとして案件をどうコーディネートするかという動き方をしています。
今までの考え方をシフトする必要がありそうですね。
齋藤氏
規制緩和が進むと法律で縛られていたルールを離れ、自分たちで自らの事業をマネジメントする必要があります。弁護士としては、単にどうルールを守るか、という従来のマインドから、どうルールをデザインしていくのかという方向に変えていかないといけません。
IRの領域では法律家のスキルはどのように求められますか。
長谷川氏
シンガポールのマリーナベイサンズは開発費用が5000億円弱の規模ですが、自治体と海外のカジノ事業者との大規模なM&Aやジョイントベンチャーみたいなものです。日本の場合は海外のカジノ事業者の誘致にあたって、自治体が審査を行い、次に国が審査するのですが、審査の過程では双方の立場の弁護士による交渉が必要となります。
自治体側に立つ弁護士は140か国の海外事例を基にアドバイスをし、海外のカジノ事業者側に立つ弁護士は日本の法律の内容をアドバイスします。大手の法律事務所はすでに海外のカジノ事業者と組んでいるケースもあるようです。
開業したあとは労務の問題なども発生しますので、IRには弁護士をはじめとしたリーガルの専門家が関わる場面は多いです。
IR、ナイトタイムエコノミー普及に向けた課題
IR、ナイトタイムエコノミー普及に向けた一番の課題について教えてください。
長谷川氏
IRの場合、交通アクセスが一番の課題です。大阪で計画されている夢洲へアクセスする電車はすでにユニバ―サル・スタジオ・ジャパンへの導線上にあるため満員です。和歌山県のマリーナシティも、長崎県のハウステンボスも国際空港から90分かかります。
海外の富裕層の方は待つことが受け入れられない人たちです。良い施設やラグジュアリーなホテルが出来て、1回は来てもらったとしても、また来たいと思われないかもしれません。
齋藤氏
風営法は改正されたものの、小規模な店舗(小箱)の問題は未解決です。歴史ある文化の集積が日本にはあって、ミュージックバーや小箱に将来のエンターテインメントを作る才能が詰まっています。海外のスターDJが日本で一番行きたい場所は小箱と言われていますが、今の風営法だとそこに光は当たっていません。
巨大なエンターテインメントを育てるためには、成長の余地のある土壌が必要です。土壌を育てるための制度設計は地味ですが大きな課題だと思っています。
(取材・構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

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