平成30年税制改正で抜本的に拡充された事業承継税制の特例の概要
第2回 承継パターン、雇用確保要件の事実上の撤廃とその他の改正事項等
税務
目次
「第1回 改正の経緯と特例承継計画の提出、対象株数・納税猶予割合」に続き、本稿では「承継パターン」、「雇用確保要件の事実上の撤廃」、「事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除」、「相続時精算課税の適用」に関する改正点について解説します。
事業承継税制に関する従前の経緯や、特例措置と一般措置の違い、「特例承継計画の提出」、「対象株数・納税猶予割合」などについては第1回をご参照ください。
参考:「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(事業承継税制)のあらまし」
(国税庁が平成30年改正後の制度のあらましにつきまとめたパンフレット)
承継パターン
広がった承継パターン
納税猶予を受けることができる承継パターンは、従前は、1人の先代経営者から1人の後継者への承継に限られていましたが、平成30年税制改正後は、先代経営者を含む複数の者から3人までの後継者への承継に広がりました(複数の者からの承継については、平成30年税制改正後は一般措置においても適用対象となりました)(租税特別措置法70条の7 の 5第1項、70条の7の6第1項、租税特別措置法施行令40条の8の5第1項、40条の8の6第1項)。
先代経営者以外の複数の株主からの承継
平成30年税制改正では、贈与についていえば、先代経営者から後継者への猶予制度による株式の贈与が行われていれば、先代経営者以外の複数の株主からの贈与であっても、すべて納税猶予の対象となることになりました。ただし、贈与者が贈与時に代表権を有していないことが必要です。また、先代経営者からの贈与日以降の一定の期間内になされることが必要です。これにより、たとえば、先代経営者の妻から後継者である先代経営者の子(つまり、母から子)への贈与も納税猶予の対象となります。
こうした先代経営者以外の複数の株主からの贈与も対象とすることによって、分散した株式の集約を促そうとしているようにも思われます。しかし、少数株式という価値ある財産を無償で譲渡するわけですから、母以外の少数株主からの贈与がどれほど期待できるのかは疑問が残ります。売却先がないため換価できないけれども、同族株主であるため、そのまま持っていて相続が生じた場合、自分の子らに原則的評価方式による重い相続税負担だけがのしかかるような場合に、もったいないけれど「捨てる」ほかないということで、やむなく贈与するという事情は考えられます。
なお、先代経営者以外の贈与者が同族株主でない場合、後継者への贈与によって、その贈与者の相続人に不利益が生ずるリスクが生じる可能性があることにも留意が必要です。
すなわち、そうした贈与後、贈与者に相続が開始したとき、後継者にみなし相続(受遺)課税が生じますが、後継者への贈与およびその後のみなし相続(受遺)のゆえに、後継者に承継される株式が、高い原則的評価方式で評価されることになった場合、それによって課税価格の合計額が基礎控除額を超え、相続税の総額が生じて、贈与者の相続人にその按分額の負担を来すリスクです。
納税猶予となる後継者
特例措置では、納税猶予となる後継者も3人まで認められることになりました。いずれも後継者の要件(代表権を有していること等)を満たし、かつ、10%以上で同族関係者の中で上位1~3位の議決権数を保有することが必要です(租税特別措置法70条の7の5第2項6号、70条の7の6第2項7号)。
後継者を3名まで認めることに関しては、その実施について経営の円滑の観点から疑問を呈する向きも多いところ、同族株主の重い相続税負担に鑑み、後継者の兄弟姉妹などが、真の後継者の納税猶予に便乗すべく名ばかり共同経営者となるような事例が生ずることが予想されます。名ばかりということで始めても、法律上は真実の代表権を持つわけですから、火種になり得るものではあります。
雇用確保要件の事実上の撤廃
特例措置によって雇用確保要件が事実上撤廃されたことは大きな改正点です。これまでの事業承継税制では、雇用確保要件は、納税猶予の継続を判断するための要件の1つとされ、常時使用従業員の数の5年間の平均値が、贈与・相続開始時における従業員数の80%未満となった場合には、納税猶予が打ち切られ、贈与税・相続税の全額を利子税と併せて納付する必要がありました。
これに対し、特例措置では、雇用確保要件を満たさない場合であっても、雇用確保要件を満たすことができない理由を記載した書類(認定経営革新等支援機関の意見が記載されているものに限ります)を都道府県知事に提出すれば、納税猶予が継続します。なお、その理由が経営状況の悪化である場合または正当なものと認められない場合は、認定経営革新等支援機関から助言を受けて、その書類に指導内容等を記載しなければなりませんが、そうすることによって、納税猶予は継続します。したがって、納税猶予を継続するための雇用確保要件は事実上撤廃されたと言えます。
雇用確保要件は、事業承継税制の適用対象者だけが税務上優遇を受けることについての正当化理由の1つだったかもしれませんが、慢性的な人手不足に見舞われている今日の日本において、この要件遵守についての不安から事業承継税制の利用を尻込みさせて円滑な事業承継への障害とすべきではないとした改正には、合理性があると思われます。
事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除
特例措置においては、5年間の特例承継期間の経過後に、事業の継続が困難な一定の事由(※1)が生じた場合に、株式の譲渡または会社の合併もしくは解散をした場合は、その対価の額(譲渡等の時の相続税評価額の50%に相当する金額が下限となります)を基に贈与税等を再計算し、再計算した税額と直前配当等の金額との合計額が、当初の納税猶予額を下回る場合には、その差額は免除されます(租税特別措置法70条の7の5第12項、70条の7の6第13項)。これに対し、一般措置では、その対価の額または時価のいずれか高い方が当初の納税猶予額を下回る場合にその差額が免除されるにすぎません(租税特別措置法70条の7第16項1号、70条の7の2第17項1号)。
このような税額再計算、残額免除の制度ができた結果、経営環境の変化による将来の譲渡等の場合の猶予打ち切りのインパクトが大いに軽減されることとなると考えられます。
相続時精算課税の適用
平成29年改正前は、贈与につき、事業承継税制と相続時精算課税(※2)の併用は認められていませんでした。
そのため、平成29年改正前は、事業承継税制の適用を受けて贈与がなされても、もし納税猶予の打ち切り事由が生じ、打ち切られたときは、相続税よりも累進度の高い暦年課税に基づく税率により計算された贈与税の納付が必要となり、多額の税負担が生ずることとなって、このリスクは非常に大きいものと言えました。
平成29年改正によって、事業承継税制と相続時精算課税の併用を認められるに至ったことにより、万一納税猶予が打ち切られた場合のリスクヘッジができ、納税者としてはより安心して事業承継税制による贈与を行うことができるようになりました。
相続時精算課税の適用対象となるのは、60歳以上の者から、その者の20歳以上の推定相続人または孫で、平成29年改正では、そのような適用範囲の相続時精算課税が事業承継税制と併用可能となりました。
平成30年改正により導入された事業承継税制(特例措置)では、この特例措置による贈与に相続時精算課税が併用される場合に限っては、受贈者の範囲が拡大され、20歳以上であれば、推定相続人または孫だけでなく、それ以外の誰でも適用対象となりました。
したがって、親族外承継の場合にも、相続時精算課税で猶予打ち切りの場合のリスクを軽減しながら、事業承継税制(特例措置)による贈与を行うことが可能となりました。たとえば、娘婿や親族外従業員を後継者とする贈与などの場合に利用できます。
今すぐすべきこと(結論)
納税者にとって非常に有利になった10年間限定の税制改正が実現した以上、事業承継を考えている経営者においては、とにかく必ず平成35年(2023年)3月31日までに特例承継計画を提出して都道府県知事の確認を受けておき、平成39年(2027年)12月31日までに贈与を行うことを検討すべきだと考えます。
事業承継税制には贈与と相続の各場合がありますが、経営者が10年以内に死亡するとは限らないことと、能動的・計画的に事業承継を進められるという意味で、10年以内に贈与を行うことを検討すべきでしょう。
贈与を実行する前に相続が開始してしまった場合でも、平成35年(2023年)3月31日までに特例承継計画を提出して確認を受けていれば、平成39年12月31日までに開始した相続であれば、相続税につき事業承継税制(特例措置)の適用を受け得ます。
なお、相続税につき猶予を受けるためには相続税の申告書の提出期限までに遺産分割が終わっていることが必要ですが、遺産分割協議が難航してこの要件を満たせなくなることを避けるため、株式の相続についてはあらかじめ遺言を残しておくべきでしょう。
後継者の役員登記は早めにしておかないと、相続開始となると間に合わず(後継者は相続開始の直前において会社の役員である必要があります)、贈与するにも3年待つ必要があります(後継者は贈与時に役員就任から3年以上経過している必要があります)。
贈与する株数については、全株が無税で贈与できるようになったとしても、後継者以外の法定相続人に対する遺留分対策として、さらには、10年後に一般措置のみが残った場合の三代目の税負担を考慮して、一部は持株会社に売却して換金化しておくことなども検討すべきでしょう。

牛島総合法律事務所
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