なぜ今、役員人事への反対票が増えているのか

コーポレート・M&A

目次

  1. 増える役員人事への反対票
  2. 機関投資家による議決権行使とスチュワードシップ・コードの影響について
  3. 議決権行使助言会社の存在について
  4. 企業はどのような対応を取るべきか

増える役員人事への反対票

 今年は6月29日に、3月期決算の上場企業の株主総会がピークを迎えた。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)が2015年6月に導入されてから2回目の株主総会を迎えた会社が多くなり、企業統治改善への意識は高まっている。これまでの上場企業には、株主総会の開催日を集中させることによって、出席する株主の数をコントロールしようという傾向が見られた。その後企業統治への機運が高まる中、最近は株主が総会に参加しやすくなる分散開催が進んでいる。

 今回の株主総会では、役員人事への賛成票を投じる率が低下しているという傾向が見られた。三菱自動車や東芝など不祥事があった企業で役員人事への反対票が増えることはある意味当然とも言えるが、パナソニック、フジHD、大戸屋HD、オートバックスセブン、川崎汽船といった企業においても、低いところで10%程度、高いところでは30%近く賛成比率が低下したところも見られる。特に、海外買収に失敗した企業や低ROEの企業において低下が顕著となっているようだ。

 今なぜ、役員人事への反対票という株主の行動が増えているのか、コーポレートガバナンスに詳しいアンダーソン・毛利・友常法律事務所の塚本英巨弁護士に聞いてみた。

機関投資家による議決権行使とスチュワードシップ・コードの影響について

今年の株主総会で多く見られたのは役員人事に対する反対票ですが、どういった株主が反対票を投じているのでしょうか。

 端的に言えば、機関投資家による自覚ある議決権行使が大きく影響しているのではないかと思われます。
 東京証券取引所の「2015年度株式分布状況調査の調査結果について<要約版>(2016年6月20日)」によると、2015年度末(2016年3月末)において、全国4証券取引所(東京、名古屋、福岡および札幌の各証券取引所)の上場会社3,613社について、信託銀行、生命保険会社、損害保険会社および外国法人等が保有する株式の時価総額合計がその株式時価総額全体に対して占める割合は53.3%でした。

 このように、機関投資家は、上場株式の保有比率が他の一般株主(個人株主)に比べて高く、投資先企業への影響力、とりわけ株主総会における議決権行使を通じた影響力が相対的に高いといえます。そのため、機関投資家による議決権行使の状況が、議案に対する賛成割合・反対割合に大きな影響を及ぼしたとみられます。

このような機関投資家の影響力が大きくなったことには、どういった背景があるのでしょうか。

 もちろん、機関投資家の影響力が大きいこと自体は最近始まったことではありません。しかし、機関投資家による議決権行使のあり方について、責任のある行動を取ることが求められるようになっていることが近時の特に注目すべきポイントであるといえます。

 すなわち、金融庁が設置した「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」が2014年2月に取りまとめた「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~」は、機関投資家が、「責任ある機関投資家」としてスチュワードシップ責任(建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)等を通じて、投資先企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任)を果たすに当たり有用と考えられる7つの原則を定めています

 その原則5および指針5-2は、以下のとおり、機関投資家に対し、議決権行使について明確な方針(議決権行使基準・議決権行使ガイドライン等)を持ち、これを公表することを求めています。

原則5 機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。

指針
5-2. 機関投資家は、議決権の行使についての明確な方針を策定し、これを公表すべきである。当該方針は、できる限り明確なものとすべきであるが、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。

 スチュワードシップ・コードを受け入れるかどうかは、機関投資家の自由ですが、金融庁によれば、その受入れを表明している機関投資家の数は、207に上っています(2016年5月27日現在)。

そうすると、スチュワードシップ・コードの影響がとても大きいということですね。

 機関投資家の中には、スチュワードシップ・コードの公表・受入れ以前から、議決権行使基準等を策定していたものももちろんあります。他方で、国内生命保険会社を始めとして、同コードの受け入れを契機に議決権行使基準を策定し、公表する機関投資家も現れており、スチュワードシップ・コードの影響は大きいといえます。

 そして、機関投資家の議決権行使基準の内容については、例えば、三井住友アセットマネジメント株式会社の議決権行使判断基準(SMAMガイドライン)では、取締役選任議案について、「ROEが5%もしくは、上場企業平均(中央値)を3年連続下回った場合は取締役選任に原則反対する(社外取締役を含む)。ただし、改善傾向が顕著である場合は取締役選任に賛成することがある。(後略)」などとされています。
 また、同基準では、社外取締役選任議案について、「明らかに独立性に欠けると判断される場合は該当者に対し子議案にて選任に反対する。」、「取締役会への出席率が80%未満の候補者の再任には原則反対する。」とされています。

議決権行使助言会社の存在について

最近では、機関投資家に対して議決権の行使について助言を行う会社があり、その影響もあると聞いています。

 特に外国の機関投資家による議決権行使については、議決権行使助言会社が大きな影響力を有していると見られます。議決権行使助言会社は、機関投資家に対し、議決権行使助言基準に従って、個々の議案について賛成と反対のいずれかの議決権行使を推奨します。例えば、その最大手とされるInstitutional Shareholder Services Inc.ISS)は、その議決権行使助言基準において、監査役設置会社の取締役選任議案について、以下の基準(一部のみ抜粋)を定めています。

ISS 2016 年版 日本向け議決権行使助言基準より
  • 資本生産性が低く(過去5期平均の自己資本利益率(ROE)が5%を下回り)かつ改善傾向にない場合、経営トップである取締役
  • 総会後の取締役会に最低2名の社外取締役がいない場合、経営トップである取締役
  • 前会計年度における取締役会の出席率が75%未満の社外取締役

 機関投資家は、スチュワードシップ・コードの上記原則の趣旨を踏まえ、自己の策定した議決権行使基準に基づき、または議決権行使助言会社の助言を参考にしながら、自己の判断と責任の下において株主総会における議決権を行使することになります。
 そして、スチュワードシップ・コードでは、機関投資家が、このような適切な議決権行使等を通じ、投資先企業の経営に対する監視を強化することが期待されています。

企業はどのような対応を取るべきか

このような株主の議決権行使に関する変化に対し、会社側ではどういった対応を取っているのでしょうか。また、今後企業としてはどういった点に留意して、株主総会の運営を行っていくべきでしょうか。

 このような状況に対し、会社側も、漫然と定時株主総会を迎えているわけではありません。例えば、上記のような議決権行使(助言)基準に対し、社外取締役の人数を増やしたり、独立性の高い社外取締役を候補者としたりすることのほか、個々の社外役員の出席比率を上げたりすることは、個別の会社または個々の社外役員がその気になりさえすれば対応が可能であり、そのような対応が実際に進められています。

 これに対し、ROE(自己資本利益率)を向上させる、しかも持続的に向上させることは、一朝一夕にできることではありません。それどころか、日本企業のROEは、2015年度に2年連続で低下して7.7%であり、米国企業の12.0%に比べてかなり低い水準にあるとの調査結果もあります(2016年6月23日付け日本経済新聞朝刊17面)。

 このような状況から、特に、上記のような議決権行使(助言)基準におけるROE基準に鑑みて、機関投資家が反対の議決権を行使するなどしたため、取締役の選任議案に対する反対率が高まった会社が目立ったのではないかと思われます
 このような機関投資家の影響力の大きさは、今後、ますます強くなることはあっても、弱くなることはないと予想されます。

 したがって、従前のような株式の持合いの下での「物言わぬ株主」、「与党株主」に頼ることができない状況にあることは明らかであり、特に、ROEが好転しない限りは、(経営トップである)取締役の選任議案について、反対率が上昇する傾向は今後も続くと見込まれます
 これまでも、剰余金の配当等の決定権限を株主総会に認めず、取締役会のみに認める定款変更議案や事前警告型買収防衛策の継続議案が否決されたり、会社側がその撤回を余儀なくされたりするというケースもありました。しかし、取締役、しかも経営トップである取締役の選任についての議案が否決・撤回されるという事態は、会社の事業継続の安定性の観点から重大な影響を及ぼし得るものであり、従前の否決・撤回事例と比べて質的にかなり異なるといえます。

 会社側としてはそのような事態は何としても避けなければならない事態であり、こうした「想定外」の事態が生じないようにするためには、好むと好まざるとにかかわらず、ROEの改善に努めざるを得ません。さらに、当該事態が生じ得ることを想定して、事業を安定的に継続するためのバックアッププランを用意するなど、対処方針を用意しておくことも肝要であるといえるでしょう。

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