実効性のある内部通報制度の運用に向けて

第1回 内部通報制度とは

危機管理・内部統制
新飯田 悦孝 株式会社エス・ ピー・ネットワーク

目次

  1. はじめに
  2. 内部通報制度の概観
    1. 内部告発と内部通報の違い
    2. 内部通報の件数から社内での受け止められ方を考える
    3. 内部通報制度の意義・目的
    4. 内部通報の傾向
  3. 内部通報事例
  4. 通報事例をどう考えるか
    1. 調査と対応のポイント
    2. 通報者は不服申立人ではなく証人と捉える

はじめに

 昨年(2016年)で公益通報者保護法の施行から10年が経過し、同年12月9日には消費者庁消費者制度課から「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(以下、「内部通報ガイドライン」)が公表されました。同法の施行前から内部通報窓口を設置してきた企業や、同法の施行前後あるいは一定期間経過後に窓口を設置した企業、または最近導入の検討を始めた企業など、内部通報制度への取組み状況は様々です。

 ご承知のように、最近では不正会計問題やデータ改ざん問題など企業不祥事に関わる報道が相次いだことや、コーポレートガバナンス・コードの要請などもあり、内部通報窓口への注目度はますます高まっています。これまで内部通報制度につきまとっていた「密告」というイメージは幾分払拭され、多少なりとも内部統制システムの一翼を担う制度としての認知度が進んできたように感じられます。

 株式会社エス・ピー・ネットワーク(以下、「当社」)では、2003年から内部通報窓口(参照:「リスクホットライン®」)のサービスを提供しており、これまでに3,500件を超える(2017年5月末時点)内部通報が寄せられています。当社の「リスクホットライン®」は内部通報の「受付」をメインとしており、さらに「調査」・「是正措置」そしてその後の「フォローアップ(モニタリング)」、「窓口の周知活動」の段階まで、幅広く関与・助言をしてきています。本稿では、当社がこれまで携わってきた内部通報制度について、全4回にわたって「実効性のある内部通報制度の運用に向けて」をテーマとしてお届けしていきたいと思います。

 第1回となる今回は、「内部通報制度とは」と題して、内部通報制度の概観について、当社の統計データを基に考えていきたいと思います。
 第2回では、「内部通報制度において企業が抱える問題点・課題」として、今年(2017年)1月に消費者庁が公表した「平成28年度 民間事業者における内部通報制度の実態調査」(以下、「消費者庁アンケート」)と株式会社エス・ピー・ネットワーク、総合研究室が昨年実施した「内部通報制度に関するアンケート調査結果」(以下、「SPNアンケート」)を比較しながら問題点や課題を抽出していきます。
 第3回では、「内部通報制度を構築するためのポイント」として、昨年12月に消費者庁が公表した内部通報ガイドラインを基に解説します。
 最後の第4回では、「内部通報制度の検証の必要性」を検討したいと思います。
 なお、いずれの回においても昨年当社が出版した「内部通報窓口『超』実践ハンドブック」の中から、テーマに即した内部通報事例を盛り込みます。

 本稿が企業・組織の内部通報制度の実効性を高める一助となれば幸甚です。

内部通報制度の概観

内部告発と内部通報の違い

 内部通報制度の概観を述べるにあたり、まず基本的な部分として押さえておくべき語句は内部告発と内部通報の違いです。内部告発は、「社員・職員などが、組織内における法令違反、不祥事、社会に害を与えるような違法行為や不正行為などを、行政・司法機関,消費者団体,マスコミなどの外部に対して情報を提供すること」、内部通報は、「社員・職員などが、法令違反、規則違反や不正行為や疑問などを組織内部の窓口に対して、匿名または実名で相談・通報すること」と表現できます。すなわち、内部告発が行われた場合、企業・組織として対応することは難しいですが、内部通報であれば、企業・組織の中でまだ対応できる余地があると言えるでしょう。

内部通報の件数から社内での受け止められ方を考える

 また、内部通報として寄せられる相談や通報の件数について、以前は通報が少ない企業が問題のない企業と考える向きもありました。しかし、ご承知のように、最近では一定数の通報が寄せられる方が健全という考えが主流になってきています。そして直近では、この「一定数」の考え方が企業ごとに異なるように感じています。

 「一定数」には指標や基準がありませんが、2003年からの約13年半の間に当社リスクホットライン®へ寄せられた3,400件を超える通報を集計すると、1社内で、年間に100人あたり0.5から0.8件程度の通報件数になります。

 もしこの数値よりも多くの通報が寄せられている場合には、内部通報制度(窓口)の周知活動がきめ細やかに行われていることが窺えます。一方で、懸念があるとすれば、内部通報制度の過度な利用、言い換えれば「何でも通報してしまう」風潮になっていることが考えられます。

 他方、前述の数値よりも通報件数が少ない場合には、内部通報制度(窓口)の周知が行われていない、あるいは不十分であることが考えられます。あるいは過去一定の通報が寄せられていたにもかかわらず、現在通報が少ないといった状況であれば、過去の内部通報への対応(調査・是正措置・フォローアップ)の中で制度(窓口)の信頼性が損なわれるようなことがなかったかを確認する必要があるでしょう。

 具体的には、たとえば調査の段階で通報者の氏名や所属情報が何らかの形で漏れてしまい、通報者の匿名性が損なわれ、通報したことが周知の事実となってしまっていたり、被通報者や通報者を快く思わない周辺者から通報者に対して不利益な取扱いがなされたりしていなかったかを確認する必要があるでしょう。

内部通報制度の意義・目的

 「一定数」の議論をする前提となるのは、内部通報制度の意義・目的かと思います。言い換えれば、内部通報制度によって何をしたいのか、ということになります。内部通報制度の意義・目的に「リスク抽出」を筆頭にあげること、あるいは「従業員の駆け込み寺」を筆頭にあげること、そしてその他公益通報者保護法の目的に照らして逸脱しない限り、どのような目的を設定しても、内部通報制度の意義・目的の設定として適正なものと考えます。いずれにしても、この意義・目的に照らし、通報件数の多寡を判断するべきでしょう。

 私たちが考える内部通報制度の意義・目的の一つは「リスクの早期発見・早期対応」です。通報者となり得る従業員は通常、職制のライン(レポートライン)に沿って業務を遂行し、また職場のトラブルを解決しようとしています。すなわち、管理職者の指揮・命令の下で業務遂行し、問題を解決しています。しかし、何らかの理由で職制のラインが機能しない場合、従業員は即座に外部へ通報する(内部告発)ことによって解決を図る可能性もあります。内部告発という手段を取らせることなく、企業・組織内の問題を内部で、職制のライン以外のバイパスルートとして機能させ、調査・是正措置を行うことが内部通報制度の意義・目的の一つと言えるでしょう。

内部通報の傾向

 図表1は、当社リスクホットライン®にこれまで寄せられた内部通報のカテゴリー、通報者の性別、通報手段、匿名性になります。いわゆる内部通報としてイメージしやすい不正行為や法令違反に関する通報は10%にも満たず、上司への不満・パワハラ、同僚の勤務態度あるいはセクハラといった人間関係に起因すると考えられるカテゴリーの通報が多い(上記3カテゴリーの合計はどの期間を通じても平均して50%以上で推移)ことが読み取れます。

 以前であれば人間関係に起因すると考えられるカテゴリーの割合が高いことが「意外」に思われることもあったようですが、最近では当然とみなされる向きがあると言えます。それだけ内部通報制度自体の社会的な認知度が向上し、内部通報制度を運用する企業・組織が増加して実態に触れる機会が多くなったことが背景として考えられます。

【図表1:リスクホットライン®通報データ内訳(対象期間:2003年7月~2017年5月)】

出典:株式会社エス・ピー・ネットワーク「リスクホットライン®

内部通報事例

 前項において言及した内部通報制度の意義・目的としての「リスクの早期発見・早期対応」の部分を補足するため、以下の通報事例 1 をご紹介します。こちらの通報事例は、実際に当社が受け付けた内容をアレンジしたものになります。その後、通報内容について、調査・対応のポイントを解説しますので、もし自分がこの通報を受けたらどう対応するか、と考えながらご覧ください。

【通報事例:通報内容】

 私はこの店舗で10年働くパート社員です。
 今回、店長のパワハラについてご相談させてください。店長が異動してきて今年で5年になります。店長は私に対して特に言動がきつく、私は何年もずっと我慢してきました。しかし、耐え切れなくなり、去年、エリア長に店長のことを何度か相談しました。エリア長に相談したときは、ただただ私の話を受け流すように聞くだけで、何のアドバイスもありませんでした。最終的には、「店長と2人で直接話し合ってほしい」と言われてしまいました。

 その後、エリア長が店長に伝えたようで、後日、店長から面談を持ちかけられ、2人で話し合うことになりました。しかし、店長に直接このことを話せるのであれば、わざわざエリア長に相談などしませんでした。結局、面談では店長に思っていることを伝えられず、状況は変わらないままです。
 店長は物言いがきつく、人によって態度を変えるのです。店長はある一人のパートを可愛がっており、他のパートたちとそのパートでは態度が全然違います。私は店長に、自身の発言の「きつさ」について聞いたことがあるのですが、本人も自覚し認めているようです。「私は友達や家族にもそうだから」と言い切られてしまいました。しかし、私は店長の友達でも家族でもありません。きつい言い方ばかりされたら誰だって気分が沈むと思います。

 重点商品のキャンペーンについて、お客様に声かけをして販売できると嬉しくて、店長に「売れました!」と報告しても無反応です。しかし、気に入っているパートが同じことをすると「すごい!」などと店内に響き渡るような大声で褒めます。歴然とした差があります。そんな状況で従業員はモチベーションがなくなりつつあり、キャンペーンで実績を上げようという意欲がなくなっています
 このような毎日でストレスがたまり、最近では仕事のことを考えると頭やお腹が痛くなります。この間は出勤前に体調が悪くなり、嘔吐が続いて、熱も出てしまったため、シフト当日の朝7時頃、店長にメールで休ませてほしいと伝えました。すると、店長から「代わりのスタッフを探してから休んでください」と返信が来ました。店長は以前から、「代わりのスタッフを自身で探せば有給休暇を使わせてやってもいい」と言っています。しかし、代わりのスタッフを探すのは店長の仕事だと思います。このようなことをパートにさせるのは会社の方針なのでしょうか?お答えいただきたいと思います。

 この前の面談時に店長から「リスクホットライン(内部通報窓口)ができたから何かあればそちらに相談してください。でも、相談する前に私に一声かけてから連絡するようにしてください」と言われました。これもどうかと思います。
 私はそれを聞いて失望し、また、前回エリア長に相談した際に、「問題が解決しないようなら私よりも内部通報窓口に連絡した方がよい」と言われたのもあって、今日こちらに相談をしました。この店舗のパートが辞める原因のひとつは店長です。今年もあるパートの方が辞める前は、店長は私とそのパートの方に交互に嫌がらせをしていました。今は私だけがターゲットになっているようです。相談できる社員の方も、「あなたに対する店長の言い方は特にひどい」と言っているくらいです。誰に相談しても何も改善されないし、もう辞めるしかないのかな、もうだめなのかなと思っています。

 店長の物言いは私や他のパートだけではなく、お客様に対しても同様で、実際、「あんな物言いする店長がいる店には行きたくない」「店長がいないときをねらって買い物に来ている」とお客様からのクレームを何件か受けています
 私は仕事に行くのが苦痛で眠れなくなり、現在、睡眠導入剤を飲まなければ眠れません。

通報事例をどう考えるか

調査と対応のポイント

 今回の通報事例において、内部通報制度の意義・目的としての「リスクの早期発見・早期対応」の必要性が顕在化したポイントを下線にて示しました。具体的なリスクとして通報者が主張しているのは以下のとおりです。

  1. 店長のえこひいきにより従業員のモチベーションに影響がある。その結果、キャンペーンへの取り組み、すなわち売上利益を作る目的に対して一丸となれない。
  2. 通報者は体調に影響が出始めている。
  3. 店長のマネジメントが店舗の離職率の高さに悪影響を及ぼしている。
  4. 店長の接客に対してお客様からクレームが寄せられている。

 上記の通報が寄せられた場合、主にこの4点について調査を行い、事実と確認される場合には店長やエリア長に対して是正措置(指導)を行う必要があるでしょう。本件について調査を行うのであれば、帳票(売上・利益額の推移、キャンペーンの実績、当該店舗の離職率の推移、クレーム件数の推移等)による調査と被通報者(店長)への面談等によるヒアリングが考えられます。

通報者は不服申立人ではなく証人と捉える

 ここでポイントとなるのは、「通報者は不服申立人ではなく証人」であると捉えることでしょう。言い換えれば「通報者と通報内容を切り離す」ということです。

 通報者の年齢層、性別、雇用形態、社歴、職務内容、あるいは通報時の様子といったものは、調査や是正措置そしてフォローアップの段階で通報者の匿名性を確保したり、不利益取扱いを防止したりするためには考慮する必要があります。

 しかし、通報内容に潜むリスクの評価とは一定の距離を取るべきでしょう。すなわち、どんなに同情を誘うような通報者であったとしても、法令、社内規程、あるいは社風や慣習に照らしてリスクが無いと判断されるようであれば、「調査の必要なし」として内部通報として扱えないこともあり得るでしょう。反対に、調査の必要がないような通報を何回も寄せてくる通報者(いわゆるリピーター通報者)であっても、通報内容にリスクが含まれると判断される場合には、これまでの通報者の様子とは切り離して調査・是正措置の必要性を判断しなければなりません。

 内部通報制度の意義・目的を「リスクの早期発見・早期対応」とするならば、それは人間関係に起因する職場のトラブルや、不正行為等の重大案件に対して、通報者と通報内容を切り離して適切に抽出し、改善策を打つことと言えるでしょう。次回は、そのための土台となる体制整備について、問題点や課題に焦点を当てて考えていきたいと思います。


  1. 株式会社エス・ピー・ネットワーク「内部通報窓口『超』実践ハンドブック」134〜142頁(清文社、2016) ↩︎

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