「価値協創ガイダンス」が日本経済の流れを変える
コーポレート・M&A
経済産業省は、5月29日に「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンスーESG・非財務情報と無形資産投資ー(価値協創ガイダンス)」を公表した。これは、企業価値向上に向けて企業経営者と投資家が対話を行い、経営戦略や非財務情報等の開示やそれらを評価する際の手引となるガイダンスである。
昨年8月から伊藤邦雄教授を座長とする「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」が開催されており、「企業における長期投資の判断・評価のあり方」「投資家が中長期的な企業価値を判断する視点や評価のあり方」「企業と投資家の行動や対話、コミュニケーションのあり方」の3つの論点について議論されていた。今回のガイダンスは、この研究会のとりまとめの提言となる。
このガイダンスの公表目的は「企業と投資家が情報開示や対話を通じて互いの理解を深め、価値協創に向けた行動を促すこと」としており、そのための「使われ、進化する共通言語」として機能していくことが期待されている。ガイダンスでは基本的な枠組みとして6項目が示され、それぞれ企業・投資家のあるべき姿が解説されている。これを読めば、企業と投資家の価値協創に、いかに非財務情報が重要な役割を担うのかが容易に理解できるであろう。
- 価値観
企業理念やビジョン等、自社の方向・戦略を決定する判断軸 - ビジネスモデル
事業を通じて顧客・社会に価値を提供し、持続的な企業価値につなげる仕組み - 持続可能性・成長性
ビジネスモデルが持続し、成長性を保つための重要事項、ESGやリスク等 - 戦略
競争優位を支える経営資源や無形資産等を維持・強化し、事業ポートフォリオを最適化する方策等 - 成果と重要な成果指標
財務パフォーマンスや戦略遂行のKPI等 - ガバナンス
この枠組みは、ESG投資の潮流の中で増加傾向にある統合報告書においても重視される要素で構成されている。これを活用して企業が情報開示を行えば、投資家にとっても長期的な予測が立てやすく、企業が描く長期ビジョンにも共感しうる情報源となるであろう。非財務情報の開示をどう充実すべきか悩んでいた企業にとっても、非常に分かりやすく役に立つガイダンスとなっている。
また、政府は開示制度の見直しを同時に進めており、経済産業省の資料によると、有価証券報告書と事業報告等の類似項目を特定し、共通化を図る事を手始めとして、開示項目の集約・統合・廃止等の合理化によって開示の自由化を高め、最終的には有価証券報告書と事業報告等を1つの書類でも対応可能なものに進化させようとしている。この工程は5月30日に首相官邸のwebサイトに公表された「未来投資戦略2017」の「中短期工程表」(参照:未来投資会議(第9回)配布資料)にも組み込まれており、2017年12月頃までに事業報告と有価証券報告の一体開示についての方向性の検討を終え、次いで金融審議会において総合的に検討し、成案を得たものから順次取組を開始するという。この流れを把握するだけで、企業の稼ぐ力を高め、インベストメント・チェーンの全体最適化による好循環を創出するために、政府が企業の情報開示を根底から変えようとする本気度が理解できるのではないか。
このガイダンスには、「制度開示やコーポレートガバナンス・コードの諸原則、任意開示と独立した追加的なものとして捉える事は適切ではない」と記載されている。つまり、このガイダンスは企業の情報開示を部分的に変えるものではなく、企業が発信する情報全てを対象として、体系的・統合的に整理するための手段(指針)である、ということだ。昨今のESG投資の潮流が、大きなうねりとなって日本経済の流れを変えようとしている。形式的な情報開示を慣例的に続けているようでは生き残れない時代が、もう間もなく到来しそうだ。

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