裁判例から見る 企業が犯しやすい著作権侵害
知的財産権・エンタメ
企業活動と著作権
相次ぐ著作権をめぐるトラブル
2020年に東京でオリンピックが開催されます。世界的スポーツの祭典として盛り上げたいところですが、当該祭典の顔として採用されたエンブレムが著作権を侵害しているのではないかとの疑惑が指摘され、結局当初採用されたエンブレムは撤回になりました。毎日のようにマスコミで報道されて、「著作権」が大きくクローズアップされた2015年でした。
また、いわゆる「ゆるキャラ」の代表とも言える「ひこにゃん」も、著作者と、著作権者であるとする彦根市との間で何年にも渡って、著作権を巡る様々な紛争が継続しました。
著作権の特徴
著作権は身近な権利であるが故に、思いもかけないところで紛争が起き、企業活動に支障をきたしかねません。知的財産権の中でも、特許庁への登録をもって権利を取得できる特許権、実用新案権、意匠権、商標権(この4つの権利を総称して、以下「産業財産権」と言います)については、各企業とも、第三者の権利を侵害してはならないという意識を持っており、予防法的観点から、事業計画の過程で弁護士・弁理士等専門家に依頼して第三者が保有する権利を調査し、あるいは自社が製造・販売を計画する製品が第三者の産業財産権に抵触しないかの鑑定意見を求めることが多くなっています。
一方、著作権は産業財産権と異なり、特許庁への登録は不要で、著作物を創作したときに権利が発生します。したがって、世の中にどのような著作物が存在して、誰が著作権者であるのかを全て把握することは不可能です。現代の通信技術は世界を狭くしました。人々は瞬時にして世界中の情報を入手することができます。企業が取り扱っている製品について、いつ誰から著作権侵害であると主張されるかわかりません。
著作権侵害の効果
侵害者に対しては、①侵害行為の差止め・侵害物の廃棄、②損害賠償、③名誉回復等の措置、④刑事罰がなされるのであり、ひとたび紛争がおきると対応に時間と費用がかかります。事業を成功裡に導くためにも、権利侵害は避けなければなりません。
本稿では、企業がどのような場面で著作権を犯しやすいか事例を挙げてご説明して、企業活動のご参考にしていただければと思います。
コンピュータ・プログラムの無断複製
コンピュータ・プログラムの使用について
現代は企業が日々の業務の中でパソコンを使用することが当たり前の世の中です。役員・従業員ひとりひとりがそれぞれパソコンを保有・使用していることは珍しくありません。パソコンを利用する際には、パソコン上でコンピュータ・プログラムをインストールして作動させる必要がありますが、これらのプログラムのほとんどは、著作権で保護されています。したがって著作権者の承諾無く使用すると著作権(複製権)の侵害になります。
以下にあげる裁判例は、組織内での違法なプログラムの複製による著作権侵害を認めた初のケースです。
裁判例(東京地方裁判所平成13年5月16日判決)
事案
コンピュータ・プログラムについての著作権を有するアップル・コンピュータ・インコーポレーテッド等の複数の会社が、司法試験等資格試験のための指導を業としている被告会社に対して、コンピュータ・プログラムの違法な複製行為が行われたとして、著作権法に基づき同プログラムの使用行為の差止めおよび損害賠償を求めた事案です。
判決
被告は、違法とされたプログラムを消去してあらためて正規品を購入して全て適法な使用許諾プログラムに置き換えた案件ですが、裁判所は、被告が損害賠償義務を負うことを認めました。ただし、「著作権侵害行為が今後も継続して行われるおそれは解消した」として、差止請求は認めませんでした。
実務上の対応策
会社が従業員らに、不正に使用せよと命じることはないと思いますが、業務に関連してプログラムを不正使用された場合は、従業員が勝手に行った行為であっても会社は責任を免れません。
上記判決にも見られるように、アップル等の著作権者は無断複製には厳しい姿勢をとっており、違法事実が認定されると当該プログラムの使用禁止を求められて業務に多大の悪影響が出ますし、多額の損害賠償金を支払うことになります。
企業は常に 従業員に著作権遵守についての教育を行い、会社に無断でプログラムをインストールしたり、許可されているライセンス数を超えて使用したりするなど、不正な使用を行わないように注意が必要です。
応用美術と著作権
応用美術とは
「応用美術」とは、純粋美術の対立概念であるとされているもので、美術(デザイン)を、例えばコップや装飾的な公園のベンチなど実用本位の物体へ応用して組み入れたものをいいます。
従来は、「意匠法との境界を画するという観点から、保護を受ける応用美術とは、著作権法で保護されている純粋美術と同視できるものであると解すべきである」、「このような応用目的が存してもなお著作権法の保護を受けるに足るプラスαがある応用美術に限り著作物として認知すべき」(中山信弘『著作権法』[第2版]117頁(有斐閣、2014年))と解していました。
この判断基準が長らく採用されてきたので、大量生産される販売品などについては著作権法の保護を受けることは狭き門でした。
この判断基準を大きく変えたのが、以下の知的財産高等裁判所の判決です。
TRIPP TRAPP事件判決(知的財産高等裁判所平成27年4月14日判決)
事案
「TRIPP TRAPP」という名称の幼児用のハイチェアを製造販売しているノルウェーの会社が、育児用品・家具の販売を目的とする日本の会社に対して、同社が販売する幼児用椅子は「TRIPP TRAPP」と形態が類似しており著作権の侵害であるとして、製造・販売の差止め、製品の廃棄、損害賠償請求並びに謝罪広告を求めました。
判決
第1審の東京地方裁判所は、平成26年4月17日判決において応用美術の著作物性に関する基本的判断基準として、以下のとおり判示しました。
そのうえで、原告製品「TRIPP TRAPP」について具体的に検討して、本件原告製品は実用的な機能を離れて見た場合に、美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えているとは認め難いから、そのデザインは著作権法の保護を受ける著作物に当たらないとして、原告の請求を棄却しました。
そこで、原告が控訴し、知的財産高等裁判所は、平成27年4月14日判決で、原告(控訴人)製品の形態的特徴を細かく検討して、原告製品は「創作的」な表現であると認定し、原告製品である幼児用のハイチェアは美術の著作物であると認めました。
ただし、被告製品は原告製品と類似性が無いとして、著作権の侵害は認めませんでした。
写真左=控訴人製品(TRIPP TRAPP)、写真右=被控訴人製品1
平成26年(ネ)第10063号 著作権侵害行為差止等請求控訴事件より
著作物性判断基準のパラダイムシフト
原告製品の著作物性について地方裁判所と高等裁判所で判断が分かれたのは、応用美術の著作物性の判断基準が異なったからです。東京地方裁判所は、従来の判断基準を採用したため「純粋美術と同視し得る程度の美的創作性が備わっているか」「高度の芸術性が備わっているか」等により判断しています
これに対して、知的財産高等裁判所の判決は、新しい判断基準を採用し、「応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とは言えない。個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである」として、これまで主流であった判断基準を大きく変更しました。
そして、原告製品の形態的特徴を詳細に検討し、「創作的な表現」がなされているとして、著作物性を認め、「美術の著作物」に該当すると判示しました。知的財産高等裁判所は、応用美術であるからと言って著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は無いとしたもので、量産性を有する実用品のデザインにも創作性を認める門戸を広くしたのです。
このように大量生産されて販売流通する実用品のデザインにも創作性が認められるとなると、 企業は他社製品と類似するデザインを使用する場合、著作権侵害のリスクを常に念頭に置いて事業活動をする必要がでてきます。
従来の判断基準に基づく下級審判決
ところが平成28年1月14日、東京地方裁判所から、応用美術に関する新たな判決が出ました。被告らが輸入して販売する加湿器は原告が開発した加湿器の形態に依拠し、模倣したものであるから著作権(譲渡権または二次的著作物の譲渡権)を侵害するとして、輸入等の差止め・廃棄等を求めたことに対して、裁判所は次のように判示しました。
純粋な美術ではなくいわゆる応用美術の領域に属するもの、すなわち、実用に供され、産業上利用される製品のデザイン等は、実用的な機能を離れて見た場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えている場合を除き、著作権法上の著作物に含まれない。」
そして、原告の加湿器は美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えていないから著作物に当たらないと結論付けました。
統一された判断基準が待たれる
知的財産高等裁判所の判断が出た後であっても下級審において高等裁判所の判断基準と異なる従来の基準を採用した裁判例が出たことは、応用美術についての著作物性の判断基準がいまだ統一されていないことがうかがわれます。最高裁判所の判断が待たれます。
実務上の留意点
上記の通り、いまだ応用美術の著作物性については、判断基準が明確化されていないのが現状です。
もっとも、従来の判断基準に基づいて、応用美術に該当する大量生産品のデザインは著作物性が認められる範囲は狭いと軽々しく判断して製品を取り扱うと、ある日突然著作権侵害と言われることもあるかもしれません。このようなクレームを受けることのないよう、取扱製品については独自性のあるデザインを心がけましょう。
新聞記事の利用
新聞記事をコピーすることは合法か
新聞に会社にとって好ましい記事が掲載された場合、それを営業等に利用したいと考えるでしょう。そして新聞記事をコピーして、営業に回ったときにクライアントに提示したり、自社の宣伝広告の中に取り入れたりする場合があるかもしれません。
でも、ちょっと待ってください。新聞社の了解を得ないでこれらの行為をすると、著作権(複製権、著作者人格権など)の侵害になる場合があります。新聞記事は、著作物の塊と考えて対処した方が無難です。
著作権の制限規定
他人の著作物をコピーするなどして利用する場合でも、著作権法が「著作権の制限」として規定している条項の要件を充足する場合は、著作権の侵害となることはありません。そして、著作権が制限される場合として多く活用されているのが、「著作物の私的使用のための複製」(著作権法30条)と「引用」(著作権法32条)です。
私的使用のための複製について
私的使用のための複製
著作物を複製する場合であっても、自分や家族が使うようなごく狭い範囲であれば、著作権者の許可なく行ってよいという著作権侵害の例外規定があります(著作権法30条)。
この規定の範囲内で、新聞記事を私的に複製することは、著作権の侵害に該当しないことになります。
実務上の留意点
もっとも、ここで注意していただきたいのは、会社の従業員が自分のために新聞記事をコピーした場合であっても、それを会社の業務に利用すると、もはやそれは「私的に使用している」とはいえず、この規定の要件から外れますので誤解しないようにしてください。
業務で利用したい場合は、必ず新聞社の了解をもらってください。個々の新聞社と交渉するのではなく、公益社団法人日本複写権センターを活用する方法があります。ただし、クリッピング・サービスのように同センターが新聞社から管理を委託されていない範囲の利用の場合は、個別の新聞社の了解を得る必要があります。
引用による利用について
著作権のある著作物であっても、引用として利用する場合には、著作権の侵害に該当しません(著作権法32条1項)。批評や報道といった表現の自由を保障するために設けられた著作権制限規定の一つです。
ここでいう「引用」は、往々にして一般的な用語として日常使用されますが、著作権者の権利を制限できる引用は、著作権法の要件を満たす必要があります。
著作権法が要求する引用の要件は次のとおりです。
② その引用が公正な慣行に合致するものであること
③ 報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであること
そして、最高裁判所昭和55年3月28日判決は、上記の要件の他に、次の要件を追加しています。
⑤ 上記④の著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められること
上記の各要件を満たしていないと、原則に戻って著作権の侵害になりますので、各要件を満たしているか慎重な検討が必要となりますので、ご注意ください。
企業が日ごろから心がけておくべきこと
著作権は、大きく分けると著作者人格権と著作財産権にわかれており、一般的に著作権と言うときは後者を指します。著作者人格権は譲渡できないものであり、契約で譲渡できるのは著作財産権です。そして著作財産権には複製権や譲渡権等多くの支分権があります。
譲渡の対象やライセンスの対象は細かく特定することができるので、契約書を作成する場合は、自社の思いが正確に反映されているかをチェックしないと、こんなはずではなかったという紛争に巻き込まれることになりかねません。著作権について基礎知識を持ち、リスクに関するアンテナが働くように、従業員をしっかり教育しておくことが大切です。
