経済産業省「企業買収における行動指針」のポイント・Q&A等を策定

コーポレート・M&A

目次

  1. 望ましい買収
  2. 真摯な検討
  3. 企業価値
  4. 買収に応じる方針を決定する場合
  5. 指針の位置付け

※本記事は、三菱UFJ信託銀行が発行している「証券代行ニュースNo.245」の「特集」の内容を元に編集したものです。


 経済産業省は7月30日、「企業買収における行動指針」のポイント・Q&A等を策定しました。

 ポイントでは、同省が2023年8月に公表した「企業買収における行動指針(以下「指針」)」を維持することを前提に、指針策定後の経営者等の認識や行動の実態を踏まえて、指針の趣旨が多くの関係者により適切に正しく理解されることを目指して、指針の原則論・エッセンス、留意すべき点等の重要なポイントを明確化しています。Q&Aでは、対象会社の取締役・取締役会が、買収提案の検討、買収に応じるか否かの判断、複数の買収提案の中からの選択を行うにあたって悩む点などを整理しています。
 本稿では、指針のうち、その趣旨・目的が正しく理解されていない可能性が指摘されている事項を中心に、ポイントおよびQ&Aを基に解説します。

望ましい買収

 「望ましい買収」とは、指針において、「企業価値の向上と株主共同の利益の確保の双方に資する買収」とされています。
 しかし、関係者の間で、「企業価値ひいては株主共同の利益」は、「企業価値=株主共同の利益」又は「企業価値<株主共同の利益」という意味であり、すなわち、「高い買収価格=望ましい買収」であると誤解されている可能性が指摘されていました。

Q

「望ましい買収」は、何を基準に判断するのか。また、その際に注意すべき点は何か

A

  • 望ましい買収か否かは、対象会社の「企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるか」を基準に判断されるべき
  • 対象会社の企業価値が向上することが、「望ましい買収」の前提
  • 高値の買収価格であることのみをもって、「望ましい買収」に当たるものではない
  • ただし、一般的には、買収価格は、買収後の対象会社の企業価値を示す重要な要素である点に留意が必要 (※)投資家からのパブリックコメントを踏まえて明記された

真摯な検討

 指針において、取締役会は、「真摯な買収提案」に対して「真摯な検討」を行うことが基本とされており、買収に応じるか否かについて、経営判断の原則に基づく広い裁量を有していると考えられます。そのため、取締役会は、真摯な検討を行った上で、買収に応じるか、又はスタンド・アローン(現経営陣が経営すること、現株主構成のもとで経営すること等)や第三者との提携・協業その他の戦略的選択肢も含め、広い裁量をもって経営判断することになります。
 しかし、関係者の間で、「過去の株価水準を相応に上回る買収価格が提示されれば、その提案は企業価値を高めるものであり、企業価値を高める提案である以上、対象会社は応じるしかない」と誤解されている可能性が指摘されていました。

Q

「真摯な検討」とは、具体的に何を、どのような情報に基づいて検討することを意味するのか

A

  • 企業価値の向上に資するかどうかの観点から、買収に応じるかを検討することを意味する
  • 以下①②について、いずれがより中長期的な企業価値の向上に資するか、シナジーとディスシナジーの双方を考慮した上で、定量的な観点から十分に比較検討することが望まれる。ただし、①について、定量的な分析が困難である場合には、買収者による定性的な説明が合理的・説得的であるか等を確認することにより代替することも考えられる
    1. 買収者が提示する買収価格や企業価値向上策(買収者が提示する新たなビジネスモデルやイノベーション、買収者の経営資源によりもたらされるシナジーなど)
    2. 対象会社によるスタンド・アローン等の企業価値向上策
  • 買収提案が公表された場合等には、取締役会は、買収提案への対応や買収提案に応じるかどうかの判断の合理性について説明責任を果たすことが求められる
  • 株主から説明を求められた場合に、必ず定量的な観点から説明しなければならないとまで述べるものではなく、その内容や程度は個別の事案に応じて判断されるべき
  • ただし、仮に定量的な観点から株主に説明することが困難である場合には、株主に対する説得力のある説明が求められる
  • 取締役・取締役会は、買収に応じないと経営判断した場合には、自社の企業価値向上策を実行し、当該買収により想定される企業価値を中長期的に超えることで、株主共同の利益を確保することが期待される

企業価値

 「企業価値」とは、指針において、「企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和」であるとされています。
 しかし、関係者の間で、「買収提案に対して従業員・労働組合や取引先が反対の意向を表明している場合であっても、それらは定性的な価値に過ぎないため、企業価値の中で考慮してはならない」と誤解されている可能性が指摘されていました。

Q

「企業価値」とは、何を意味するのか。また、「企業価値」を検討する際に、注意すべき点は何か

A

  • 「企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和」を意味する定量的概念
  • 一見して定性的な価値であっても、企業価値の中には、例えば、以下①~③を通じて将来のキャッシュフローが増加することによる価値、又は割引率が低下することによる価値も含まれる
    1. 事業活動における従業員や取引先などのステークホルダーの貢献
    2. 迅速・果断な意思決定、ガバナンス体制の構築、地域社会・地域経済や地球環境を含む多様なステークホルダーにも配慮したサステナブルな事業活動(リスク低減)
    3. 経済安全保障に対応する経営(例えば、サプライチェーンを強靭化することや、自社又は取引先の技術情報等の流出防止対策を講じること等)
  • 上記の場合、当該買収提案による企業価値の向上を検討する際に、当該将来のキャッシュフロー又は割引率への影響を考慮することもできる。ただし、対象会社の取締役・取締役会は、買収者の提示する企業価値向上策に、将来のキャッシュフローや割引率に対するプラスの影響とマイナスの影響の双方が存在し得ることに留意が必要
  • 経営陣は、測定が困難である定性的な価値を過度に強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、保身を図るための道具としたりすべきではない点に留意が必要
  • そのため、買収により、将来のキャッシュフロー又は割引率に影響が生じることが合理的に見込まれる場合には、当該影響については、定量化することが望ましい。仮に定量化することが困難である場合には、株主に対する説得力のある説明が求められる

買収に応じる方針を決定する場合

 指針では、取締役会が買収に応じる方針を決定する場合においても、取締役・取締役会(特別委員会を設置している場合は特別委員会を含む。以下同じ。)は、会社の企業価値を向上させるか否かの観点から買収の是非を判断するとともに、株主が享受すべき利益が確保される取引条件で買収が行われることを目指して合理的な努力を行うべきであるとされています。
 しかし、関係者の間で、「買収に応じる方針を決定する場合には、企業価値向上よりも買収価格が重要であり、買収提案が競合する場面においては、最も株主利益に資する提案に賛同しなければならない」と誤解されている可能性が指摘されていました。

Q

対象会社の取締役会が、買収に応じるか否か、真摯な検討の結果、買収に応じる方針を決定し、複数の買収提案を検討する場面において、最も企業価値の向上に資する買収提案と最も買収価格が高い提案は、どのように判断すべきか。また、この際に、注意すべき点は何か。

A

  • 指針は、株主利益(価格)のみを考慮する義務(レブロン義務)を定めるものではない
  • 通常は、真摯な交渉や買収候補の模索等を行うことにより、企業価値を高めつつ、株主にとってできる限り有利な取引条件が実現され、①最も企業価値の向上に資する提案と、②最も株主利益が確保される提案(買収価格が高い提案など)は一致すると考えられる
  • しかし、例外的に上記の努力を貫徹してもなお、①と②が異なる場合、取締役会は、株主に対して十分な説明責任を果たした上で、①に賛同する経営判断を行うこともできる
  • ただし、会社の経営支配権に関わる事項については株主の合理的な意思に依拠すべき問題であり、買収の成否を最終的に決定するのは株主であるため、結果的に、取締役会の判断とは異なる提案により買収が成立する可能性があることには留意が必要

指針の位置付け

 指針の目的は、「上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクティスを提示すること」とされています。
 しかし、関係者の間で、「指針が提示するベストプラクティスに従わなかったら取締役の善管注意義務に違反し、損害賠償責任を負う」と誤解されている可能性が指摘されていました。

Q

買収提案を受領した対象会社の取締役が、指針が提示するベストプラクティスを参照し、行動した場合には、どのような効果が発生するのか

A

  • 指針の提示するベストプラクティスを参照し、行動することで、取締役の善管注意義務・忠実義務違反のリスクを下げることが期待される
  • 取締役・取締役会が、株主が享受すべき利益が確保される取引条件で買収が行われることを目指して合理的な努力を尽くした上で、最も企業価値の向上に資する提案に賛同すると経営判断した場合には、結果的に取締役・取締役会の判断とは異なる提案(最も買収価格が高い提案など)に係る買収が成立したとしても、最も企業価値の向上に資する提案に賛同するという取締役の経営判断それ自体が善管注意義務違反になることは基本的には想定されない
  • ベストプラクティスの一部を遵守できなかった場合に、直ちに善管注意義務違反・忠実義務違反になるものではない。ただし、取締役は、会社の企業価値を向上させる責務を果たすために、指針の提示するベストプラクティスを参照し、行動することが期待される
問い合わせ先

三菱UFJ信託銀行
法人コンサルティング部 会社法務グループ
03-6747-0307(代表)

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