会社法改正中間試案「株主が見えない」問題にどう応えるか―東京大学・田中亘教授が語るオプションの拡大と資本市場の活用

コーポレート・M&A

目次

  1. 株主総会の合理化と「義務で縛る」過剰規制の見直し
  2. 買収防衛策のオプションとなる議決権停止措置と抑止力の意義
  3. 資本市場のプレッシャーは制約ではなく上場会社制度のアドバンテージ

法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会において「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」が取りまとめられ、2026年3月に公表された。株式の無償交付の対象範囲の見直し、バーチャル株主総会の法制化、実質株主確認制度、事業報告等及び有価証券報告書の開示の合理化——企業実務に直結する論点が多数盛り込まれ、法務担当者の間で注目を集めている。なお、今回の中間試案では、委員間で意見が分かれた論点について「A案」「B案」といった複数の案が併記され、パブリックコメント手続に付されている。

今回の会社法改正に向けた議論について、同部会の委員である東京大学の田中亘教授は「ある意味で通常運転的なものです」と言い切る。しかしその内容を紐解くと、過度な法的リスクへの警戒がもたらす株主総会の形骸化や、企業の柔軟なリスクテイクを阻害する過剰規制など、企業法務の現場が長年抱えてきた構造的な課題への回答が試みられていることがわかる。法務担当者には、その本質を読み解き、制度をうまく活かすことが求められる。田中教授に、今回の改正のポイントと企業法務が果たすべき役割を聞いた。

株主総会の合理化と「義務で縛る」過剰規制の見直し

今回の中間試案の背景にある問題意識についてお聞かせください。

会社法制は、社会経済のニーズに応じて比較的頻繁に改正する必要がある法制度です。会社法が制定されたのが2005年で、その後も2回大きな改正がありました。今回の改正に向けた動きも前回の改正施行から5年ほど経っていますので「通常運転」的なものといえます。

とはいえ企業実務において長年問題意識を抱えている点で議論が進んだ実感もあります。
たとえば株主総会が形式的になりすぎてしまっているという問題。上場会社では事前の議決権行使によってすでに決議の賛否が決まっているにもかかわらず、当日の審議を経なければなりません。そのうえ審議には決議取消しのリスクが伴います。日本企業はこのリスクを意識するあまり、審議への対応が慎重かつ形式的にならざるを得ない。

そこで中間試案では「『会議体』としての株主総会等に関する規律の見直し」において、事前の議決権行使で決議要件が満たされた場合に審議を省略できる制度(A案)と、決議取消事由にならない制度(B案)が提案されるに至りました。

東京大学社会科学研究所 田中 亘教授

東京大学社会科学研究所 田中 亘教授

「『会議体』としての株主総会等に関する規律の見直し」のA案とB案については、いずれにせよ説明義務は残るのでしょうか?

中間試案を見ても「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案の補足説明」を見ても、たしかに説明義務が残るように見えてしまいますよね。私自身、この点はなぜあのような記載になったのかはわかりません。後日部会でもまた議題にのぼると思います。

私個人としては、A案のもとでは総会開催時には既に決議が成立しているので、総会で質問されても法的に説明する義務はないと考えますが、実際には回答することにはなると思います。
わかりやすい例としてはウォーレン・バフェットの株主総会があげられます。毎年多くの株主が参加し、何時間もかけて質疑応答が実施されていますが、実はこれは法的義務に基づくものではありません。
アメリカの会社法には株主総会での説明義務は規定されておらず、経営者が自発的に質疑応答を行う形になっています。そもそもフェア・ディスクロージャー・ルールの下では、株主総会の場で特定の株主だけに重要事実を開示することもできません。

株主総会資料に記載されたこと以上の情報が期待できないのであれば、義務から解放された環境で経営者が自身のビジョンを語る場にしたほうが、総会はより実りあるものになるのではないでしょうか。
私自身、現状のように説明義務によって企業を縛り付ける考え方には根本的な疑問を持っています。

ほかには、株式の無償交付の対象に従業員も含めるという案もありますが、労働法上の論点もあると伺いました。

そうですね。まず会社法としては、有利発行に該当するか否か、また従業員への無償交付をどのような手続で行うかという論点があります。
そのうえで、職務の対価として株式を受け取るわけですから労働法との整合性を考えなければいけない。この点は、労働法学ではストックオプションを導入した頃から議論されており、職務対価性を正面から肯定した上で明文の許容規定を設けるべきという主張もあります。
私が引っかかっているのは、株式の無償交付にはこれらの会社法的・労働法的な論点があるにもかかわらず、上場会社では現物出資構成(従業員に金銭報酬債権を付与し、それを現物出資させる形で株式を交付する手法)で同じようなことが行われているということです。
ですから、労働者保護の議論を会社法に委ねるのではなく、まずは厚生労働省の審議会等できちんと検討し、ルールを設けていただくことが先決だと考えています。会社法では、そうしたルールを遵守することを前提にして手続の規律を設ければよい。そうした労働者保護のルールは、現物出資構成についても当然適用されるものとするのがよいと思います。

東京大学社会科学研究所 田中 亘教授

買収防衛策のオプションとなる議決権停止措置と抑止力の意義

企業と株主の対話という点では、実質株主確認制度をめぐる議論も大きく進展しました。この意義をどのようにお考えですか。

個人的にも非常に意義深いと考えています。1990年代以降、機関投資家が増加し、信託銀行などを通じた間接保有が一般的になりました。その結果、自社の実質的な株主を把握することが難しくなりました。調査をするにしても、投資家側に回答義務がないため実態がわからないことも多いです。誰が株主かわからなければ、経営陣は誰と対話すればいいのかもわかりません。
その点、諸外国ではすでに実質株主を確認する制度が整備されています。今回の中間試案には、日本にもその潮流を取り入れようとする姿勢が表れています。これまでになかった制度が加わるという点で重要だと考えています。

実質株主確認制度と連動する形で、大量保有報告義務違反に対する議決権停止措置も検討されています。当初は、実質株主の確認において回答を拒否した場合にも議決権停止措置が検討されていたとか。

そうですね。しかし最終的には見送られ、議決権停止措置は大量保有報告義務違反の場合のみに絞られました。
機関投資家は複数のファンドを通じて株式を保有していますから、集計ミスのような悪意のない違反によって全議決権が停止されることは、機関投資家にとって非常に酷です。
確かに、議決権停止措置に関して参考にしたイギリスの法律では、会社側に非常に強い調査権と議決権停止権限が与えられています。しかし、これは50年にわたる運用の歴史と節度があって初めて機能しているものです。
日本で新たに作る制度に同じことを期待できるのかという懸念は、当然の指摘だと思います。

「大量保有報告義務違反の場合のみ」とはいえ、議決権停止措置が導入されれば初の試みとなります。今回そこまでの措置に踏み込んだ背景にはどのような理由があるのでしょうか?

近年、複数の投資家が共同で株式を水面下で買い集め、経営権の交代にまで至る事例が実際に起きています。「日本版ウルフ・パック」と呼ばれることもありますね。
現状の大量保有報告制度の問題点は、規制違反のサンクションが必ずしも強くなく、その実施も遅くなりがちだということです。その結果、複数のファンドで株式を買い集め、30%程度株式を有した段階で初めて開示するケースもあります。これでは課徴金が課されても後の祭りになってしまいます。
そこで、開示義務に違反しながら株式を買い集めるような悪質なケースに対して、会社側が議決権停止を求めるオプションを持てるようにすることが検討されました。

東京大学社会科学研究所 田中 亘教授

議決権停止措置が導入されれば、買収防衛策も変わりますね。

はい。現行の大量保有報告制度も、開示はほかの株主の投資判断に資するだけでなく、防衛策を導入の是非を判断するための情報を提供する意味もあるといえます。しかし先ほどお話ししたように、大量保有報告制度が遵守されていないと防衛策の導入機会を失する恐れもあります。
そこで議決権停止措置で本制度の遵守を担保しようというわけです。企業は単独の制度として見るのではなく、買収防衛策とセットで捉える視点も重要です。
このように本制度の意義は抑止力にあります。大量保有報告制度が適切に遵守され、結果として、議決権停止がほとんど発動されない状態になることが、最も望ましい姿だと考えています。

資本市場のプレッシャーは制約ではなく上場会社制度のアドバンテージ

こうした中間試案における制度の見直しが実現した場合、日本企業にはどのような期待がありますか。

アクティビストが力を持つようになった現状では、「資本市場のプレッシャーが強くなりすぎているのではないか」という意見もあります。
ただ、戦後の財閥解体を経て、特定の一族による支配ではなく分散保有の上場会社が主体となった日本においては、上場会社制度の良さを活用していく以外に選択肢がありません。だからこそ、短期的な利益を求める投資家を含めた投資家・株主全体に対して将来の収益性を丁寧に説明し、多数の理解を得る努力を続けるしかありません。

しかし、それは制約ではなく上場会社制度の強みでもあります。将来収益が上がることを株主に説得できれば、株価は上がります。たとえばAppleやAmazonなどは創業当初、説得によって株主への還元はせずに収益をすべて投資に回して、現在の巨大企業に成長しました。
日本企業にはこの上場会社制度のアドバンテージをぜひ活用してもらいたいと思っています。

これから想定される会社法改正へ向けて、企業の法務担当者はどのように行動するとよいでしょうか。

会社法はあくまで制度の枠組みを用意するものであり、実務でどう活用するかは企業に委ねられています。法務担当者には、与えられた制度を使いこなす主体としての役割が求められます。
たとえば株式無償交付が可能になったからといって、すべての会社がただちに導入すべきとはなりません。従業員のモチベーション向上に有効な一方、一つの会社に資産を集中させるリスクやコストも伴います。
「なぜ制度が生まれたのか」を理解したうえで、自社にとっての意味を問い直し、選択肢を経営陣に提示する。それが法務担当者に求められている役割だと思います。
今回お話しした制度が真に機能するかどうかは、制度を使いこなす経営者と法務担当者にかかっています。

東京大学社会科学研究所 田中 亘教授

プロフィール

田中 亘教授
東京大学社会科学研究所教授。法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会委員。
成蹊大学法学部助教授・准教授等を経て、2015年4月より現職。2010年シカゴ大学ロースクール客員准教授。主要著作に『会社法(第5版)』(東京大学出版会、2025)、『企業法学の方法』(東京大学出版会、2024)、『企業買収と防衛策』(商事法務、2012)など。

(写真:塩原 航、取材・編集:BUSINESS LAWYERS編集部)

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