経済産業省「成長投資ガイダンス―価値創造の拡大を通じた企業の持続的成長に向けて―」を公表

コーポレート・M&A

目次

  1. 概要
  2. 価値創造(EP)の考え方
  3. 企業に期待される対応
  4. 投資家に期待される対応

※本記事は、三菱UFJ信託銀行が発行している「証券代行ニュースNo.244」の「特集」の内容を元に編集したものです。


 経済産業省は7月21日、「成長投資ガイダンス」(以下、「本ガイダンス」)を公表しました。


 本ガイダンスは、コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」)の基本的な考え方を前提に、企業の持続的成長と中長期的な企業価値向上を、成長投資の観点から具体化・実装へとつなげることを目的としています。特に、今般のCGコード改訂において 1、将来の経営資源配分に関する説明の重要性が明確化されており、成長投資を含む将来の経営資源の配分がガバナンスの重要課題として位置づけられました。こうしたCGコード改訂の趣旨を踏まえ、本ガイダンスは、成長を志向する企業に対して、企業と投資家が価値創造(EP:Economic Profit)(以下、「価値創造(EP)」)を共通言語として、成長投資の意義・時間軸・リスクとリターンを建設的に議論し、中長期的な企業価値向上に向けて成長投資を拡大するうえで共通理解とすべきポイントを具体的に整理しています。
 本稿では、本ガイダンスの概要や企業に期待される対応等について解説します。

概要

 「CGコード」をはじめとするコーポレートガバナンス改革の進展に伴い、企業の資本効率や収益性に対する意識の浸透と相まって、業績・株価の改善や株主還元の拡大につながっています。
 しかしながら、業績・株価の上昇や資本効率の改善、株主還元の拡大が進む中、その成果が成長投資の拡大や持続的な賃金上昇に必ずしも十分に結びついていないという「新たなパラドックス」に直面しています。その背景には、以下の3つの構造的要因があると考えられています。

  • 日本企業全体として資本効率の改善は進展してきた一方で、資本コストを上回る収益性を安定的に確保できている事業が依然として少ないこと
  • 資本効率の短期的な改善手段や、一部投資家による形式的な議決権行使も相まって、成長投資や資本の再配分・拡大が十分に行われていないこと
  • 企業と投資家の間で、企業の成長ステージや業績を踏まえ、成長投資と株主還元の適切なバランスを検討するとの共通理解が十分に形成されていないこと

 こうした構造的課題を解消するためには、短期的に資本効率や株主還元の水準を高めること自体ではなく、企業が生み出す経済的付加価値の総量を中長期的に持続して拡大していくことが重要とされます。したがって、本ガイダンスでは、資本コスト控除後に企業に残る経済的付加価値を示す概念として、価値創造(EP)に改めて着目しています。
 価値創造(EP)を企業と投資家の共通言語とすることで、短期的な指標改善に偏することなく、将来の価値創造に向けた中長期的な企業価値向上に資する取り組みを捉え、企業と投資家が建設な対話を行うことが可能になると考えられています。
 本ガイダンスが目指す「成長志向型コーポレートガバナンス」は、資本効率(ROIC-WACCスプレッド)の改善と、資本コストを上回るリターンが見込まれる領域への経営資源の再配分や成長投資の拡大を、対立概念としてではなく、価値創造(EP)の拡大を通じて両立させていくという考え方に立脚しています。

価値創造(EP)の考え方

 本ガイダンスにおいて、企業の「価値創造」とは、企業が事業活動を通じて、資本コストを上回るリターンを継続的に創出し、その規模を積分的に捉える概念として、エコノミック・プロフィット(EP)を用いています。
 価値創造(EP)は、以下の計算式で算出されます。

EP = NOPAT -(WACC × 投下資本)

= 投下資本 ×(ROIC - WACC)


(参考)価値創造(EP)の考え方

(参考)価値創造(EP)の考え方

(出所)本ガイダンス 9頁より抜粋


 価値創造(EP)は、株主・債権者といった資金提供者に対して必要な資金(資本コスト相当)を返したうえで企業に残存する経済的な付加価値であり、将来の成長投資や賃上げ、ステークホルダーへの再配分の原資となり得ます(上図青色部分)。
 価値創造(EP)を考えるうえで、以下の3つの視点が特に重要とされています。

  • ROIC-WACCスプレッドの改善(資本効率の改善)
  • 事業ポートフォリオの改善と大胆な成長投資(投下資本の拡大)
  • 中長期的に価値創造を拡大するという時間軸(中長期の時間軸)

 価値創造(EP)の拡大に向けて、日本企業には3つの課題があると指摘されています。

  • 賃上げを含む成長投資が欧米企業と比較して相対的に低いこと。日本企業は欧米企業と比較して、研究開発や人的資本投資が大幅に低いうえに、粗利率が低い点も指摘されています。
  • 成長ステージに応じた成長投資と株主還元の適切なバランスが取れていないこと。株主還元は、企業の業績や成長ステージに応じて戦略的に実施されるべきであるものの、日本企業では、成長ステージによらず、一律で株主還元を実施する企業が少なくないとされます。投資機会がある中で成長投資に先立ち株主還元が優先される場合、価値創造の機会喪失につながり得ると指摘されています。
  • 価値毀損セグメントに資本が滞留していること。日本企業では、価値毀損セグメントに投下資本の約65%が配分されており、価値創造セグメントが生み出した価値が相殺される構造となっています。固定化された資本を点検し、価値創造(EP)の拡大の観点から、資本の再配分・循環を強化できるかが重要であると指摘されています。

企業に期待される対応

 日本企業の持続的な企業価値向上に向けて、①ROIC-WACCスプレッド(資本効率)を改善したうえで、②資本コストを上回るリターンが見込まれる投資機会に対して資本を戦略的に分配・拡大(投下資本の拡大)する必要があります。その際、重要となる事項は下表のとおりです。

価値創造(EP)の中長期的拡大において重要な事項
1 ビジネスモデルを踏まえた「成長の道筋」の構築・説明
  • 企業は、「成長の道筋」を構築し、何に、なぜ、どのような時間軸で投資し、価値創造(EP)の拡大にどう寄与するかを中長期視点で整理し、株主に対して丁寧に説明することで、共通理解を形成していくことが重要
2 商品・サービスの付加価値向上を通じた収益性の向上
  • 資本効率の改善は、コストカットによる短期的な指標改善ではなく、無形資産への投資等を通じた、商品・サービスの付加価値向上による収益性の向上が重要
3 ベストオーナー原則に基づく事業ポートフォリオ転換の推進
  • 価値創造(EP)の拡大には、スプレッド改善に加えて、投下資本がどの事業に配分されているか(資本配分)が重要
4 大胆な成長投資(設備投資、研究開発投資、人的資本投資)の拡大
  • 資本コストを上回るリターンが見込まれる投資機会に対して、投下資本の「量」を戦略的に拡大していくことが重要。特に、投資の「量」の拡大は、単年度の投資額の増減にとどまらず、重点領域に対して複数年にわたり必要な資本を供給し続けることが重要
5 成長ステージや業績に応じた成長投資と株主還元の適切なバランス確保
  • まずは資本効率の改善と、投下資本の質・量の改善を軸とした、経営戦略を検討することが求められる。そのうえで、投資機会の探索・創出に向けた取り組みが十分に機能していない場合には、取締役会による監督の下で、経営管理体制の見直し等を含め、必要な対応の検討が求められる
6 セグメント別情報・組織能力の把握・可視化
  • セグメント別に投下資本(B/S)と利益(P/L)を把握し、セグメントROICを可視化することが、資本配分の見直しの基礎となる。また、セグメント別の「組織能力(人材・スキル)」を可視化し、事業の内容が変われば必要な能力要件も変わり得ることを前提に点検を行う必要がある

(出所)本ガイダンス 28頁~51頁より三菱UFJ信託銀行作成

 企業の取締役会は、価値創造(EP)の拡大のため、事業ポートフォリオの改善や成長投資の拡大など、将来の経営資源の配分方針について、決定・監督することが強く期待されています。
 具体的には、①成長への道筋と将来キャピタルアロケーションの統合、②事業ポートフォリオ戦略とモニタリング、③大胆な成長投資の推進とリスクガバナンス、④迅速・果断な意思決定を支える体制整備、⑤指名・報酬を通じた規律付けといった取り組みが求められています。

投資家に期待される対応

 価値創造(EP)の拡大に向け、企業が資本効率の更なる改善や成長投資を増加させる観点から、スチュワードシップ・コードの趣旨を踏まえ、①成長に向けた時間軸、②エンゲージメントの実質化、③実質株主の透明性、④議決権行使の実質化といった対応が投資家に期待されています。

問い合わせ先

三菱UFJ信託銀行
法人コンサルティング部 会社法務グループ
03-6747-0307(代表)

  1. 「原則4−1」において将来の経営資源配分に関する説明の重要性が一層明確化され、成長投資を含む将来の経営資源の配分がガバナンスの重要課題として位置付けられる ↩︎

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