契約書をリスクマネジメントにどう活用するべきか

第2回 契約書をめぐるトラブルのパターン

取引・契約・債権回収
河村 寛治 明治学院大学名誉教授/一般社団法人GBL研究所代表理事

目次

  1. 法務担当者がやりがちなミス
    1. 目的は明確か
    2. 取引実態はあるか
    3. 虚偽の契約書ではないか
    4. 既存の契約の見落とし
    5. 契約書を取引の後に作成しても問題はないか?
  2. 会社の方針との関係
    1. 会社の方針と整合性は取れているか
    2. 社内ルールや決裁手続は守られているか
    3. 契約締結権限はあるか
  3. 契約相手との関係
    1. 相手方提案の契約書案の可否
    2. 相手とのバランスは取れているか

 企業の法務担当にとって、契約書のチェックという業務は非常に重要なウエイトを占めています。近年、コンプライアンス経営が求められるなか、従来は商習慣やあうんの呼吸で行われていた取引についてもリスクが潜んでいる可能性があり、契約書のチェックを行う法務担当に求められる役割も大きくなっているといえるでしょう。
 本連載では契約書をリスクマネジメントにどう活用するか、という点について法務担当が留意すべきポイントを、筆者の経験を基に伝えていきたいと思います。「第1回 契約書作成の意義」では「契約書作成の意義」という、やや概念的なテーマについて解説しました。今回はより実践的に、「契約書をめぐるトラブルのパターン」について解説します。

法務担当者がやりがちなミス

 企業のなかで契約書を作成する際に、法務担当者として注意しなければならないのは、契約書を作成する目的をよく理解し、取引を進める営業部門などの意図を確認しておくことです。とかく、法務担当者がやりがちなミスとして、営業担当者の話を十分に聞かないまま定型的な契約類型に沿って作成作業に入るケースや、相手先から提供された契約書案をそのまま利用して検討するケースが少なくありません。
 まずは、営業担当者の話を聞く場合に押さえておきたいポイントを確認しましょう。

【営業担当者の話を聞く場合に押さえておきたいポイント】
  • 目的は明確か
  • 取引実態はあるか
  • 虚偽の契約書ではないか
  • 既存の契約の見落としはないか

目的は明確か

 契約書を作成するにあたり、最も重要なことは、その目的が明確かどうかです。「なぜ契約書を交わさなければならないか」、「そのねらいは何か」などをよく理解しておく必要があります。
 一般的に、契約書を作成する目的は、取引当事者間における合意事項を書面化することです。しかし、そこでは取引条件に関し、それぞれの当事者が履行すべき事項の確認、および当事者間でのリスクの分担などを取り決めておくことが必要であり、その結果、将来の紛争を予防するという目的が達成されることになります。

取引実態はあるか

 当事者間で契約書を締結するには、その前提として、取引実態の存在と、それが正確に反映されていることが重要となります。当然のことながら、取引実態や取引関係の裏づけがないようなものに関して、契約書を作成することはありえません。取引実態や取引関係を反映していない契約書は法的な効力が否定される可能性があります。
 実際には、当事者間の話だからといって、形だけを整えるために契約書を作ることや、1つの取引等に関して、異なる内容の契約書を作成することも行われていますが、取引実態や取引関係が存在しないにもかかわらず、あたかも取引実態や取引関係があるかのように装った契約書やそれに類似した契約書は作成すべきではありません。
 法務担当としては、契約書のチェックに際して取引の実態を確認することが求められます。

虚偽の契約書ではないか

 虚偽の契約書であっても、それに実際に署名した場合には、その契約書等による取引実態や取引関係が存在しているとされ、その内容に拘束されます。また、この契約書は頼まれて作成したものであるとか、取引実態や取引関係がないという言い訳もできません。さらに、頼まれたといっても、相手方は、いつ何時、心変わりをするかもしれません。
 一般的に虚偽の契約は、相手方と示し合わせて作成されたものとして、法律上も無効とされることになっていますが(通謀虚偽表示、民法94条1項)、それを本当だと信じた善意の第三者にはその無効を主張することはできません。つまり虚偽の契約であってもいったん作成してしまえば、それは有効な契約としての効力が生じる可能性があるということになります。

既存の契約の見落とし

 契約書を作成する段階で、見落としがちですが特に重要な点として、対象となっている取引に関し、今までにどのような契約書あるいは文書が取り交わされていたのかを確認しておくという事があります。もしそのような文書が過去に存在していた場合には、その文書の存続の可否を含め、整合性について検討しなければなりません
 既存の契約の存在を知らずに、過去の文書は関係ないと営業部門が自ら判断をしてしまっている場合も少なくありません。しかし、実際には、書面はないものの実質的に契約書となる書面がすでに交換されていたりすることもあります。営業担当と話をしているうちに、実は、この取引に関して、このような書面の交換がありました、という事実や、その書面の交換により、すでに両者間で契約が成立してしまっているというようなことは、結構多いのではないでしょうか。
 過去の契約と内容的に矛盾しているような場合には、どちらが優先して適用されるのかという問題やリスクも生じることとなります。場合によっては、どちらかが無効となってしまうか、あるいは相手方に都合のよいものだけが採用されてしまうとか、最悪の場合は、いずれも無効となってしまうこともあるかもしれません。

契約書を取引の後に作成しても問題はないか?

 すでに履行が終了してしまっている取引などに関して、後日の証拠書類とするためなどとして、契約書を改めて作成するという場合や日付をバックデートして作成することもあるようですが、これには、「契約日にはこのような契約書は成立していなかった」とか、「契約日における署名者は存在していなかった」などという理由で、無効だと主張されるような問題が生じる可能性があります。
 このような場合でも、契約書という書面を作成する必要性などに関して合理的な理由は必要でしょうし、その契約書を作成した目的を明確に認識しておくことも必要でしょう。もし、遡った日を契約日としなければならない場合には、契約の本文において、本契約は、遡及すべき日にはすでに成立しており、それ以降の取引にも適用されているなどという形で、過去の事実を確認しておくという方法があります。

会社の方針との関係

 契約書作成の目的と必要性に関連して、忘れてはならないのが、その契約書を締結することが会社の方針と合っているかどうかという点です
 あまり多くはないかもしれませんが、会社の方針とは異なる取り扱い商品を対象とするものだとか、あるいは会社で承認が得られないような取引内容などであるにもかかわらず、取引先との関係が最大限に考慮された結果、取引先の意向が優先して、どうしても先方に都合のよい契約書を取り交わさざるを得ないという状況になるということもありえます。その結果、会社の方針にそぐわない契約書を締結せざるを得なくなってしまったという事態も十分にある話です。
 このような事態を防ぐためにも以下の点に留意しましょう。

【会社の方針との関係を考える場合に押さえておきたいポイント】
  • 会社の方針と整合性は取れているか
  • 社内ルールや決済手続は守られているか
  • 契約締結権限はあるか

会社の方針と整合性は取れているか

 本来であれば、会社の方針として取引をしないような取引先との間で、契約書を締結せざるを得ないようなケースや、また本来であれば取り扱うことはないような商品や役務サービスの提供を行ったりするケースがあるかもしれません。
 また、不良在庫や不良債権、その他架空取引のように不適切な在庫などの資産や取引を隠ぺいするといったケースに遭遇するということがあるかもしれません。最近では、最高裁まで争われた事件( 福岡魚市場株主代表訴訟 最高裁平成26年1月30日判決・集民246号69頁)のように、ダム取引あるいはグルグル回し取引など取引自体は正常であっても、不良在庫を隠すためという不正目的に利用されるというケースもあります。

 もちろん、法的に禁止されている商品や役務サービスの取り扱いをすることはできませんが、各企業が自社の方針として取り扱いを禁止している商品や役務サービスの提供を取引先から求められるケースは少なくありません。
 このような問題は、通常は社内のルールに従いその適否が判断されることになるわけですが、社内決裁手続においても、会社の方針として、与信的に審査をするというだけではなく、取引の相手方として適切ではないとか、扱う商品や役務サービスとしても適切ではないとか、取引自体を承認しないなどという判断も十分にありうると思います。
 そのためにも、事前に会社の方針に合っているかどうかをチェックできるような仕組みが求められます。
 この部分に関しては、会社としての良心が問われる問題ですので、法務担当のみならず、社内の決裁プロセスに関わる各自が強い心構えを持って常に意識しておくことが必要ではないでしょうか。

社内ルールや決裁手続は守られているか

 前述の会社方針に合っているかどうかをチェックするための仕組みとして社内ルールの存在社内決裁手続があげられます。
 企業が契約書を締結する場合には、それぞれの企業において、契約締結のための社内決裁手続が適切に実行されているかどうかが重要となります。企業組織においては、取引自体の審査に加え、契約の締結に関しても、社内の決裁手続が重要であり、そこで会社の方針に沿わない取引等に関しては、取りやめとするなど最終的な判断ができる仕組みが用意されている企業も多いでしょう。
 通常は、会社内のルールとして、いわゆる職務権限規程を用意することにより、各組織や職位の責任関係を明確に定めているところがほとんどではないかと思います。つまり、この職務権限規程は、各職位者がその職務権限を行使することができることを社内的に承認している規程であり、この職務権限規程にのっとって社内的な決裁手続を経ることが規則化されているものです。もしその権限を適切に行使せず、または必要な社内決裁手続を経なかったことにより生じた結果について、その責任の帰属を明確にするというために用意されたものといえます。

 また、会社内において、それぞれの職位、たとえば社長や専務取締役あるいは常務取締役などの職務の権限を明確に規定しつつ、重要な契約を締結する際には、社内的にどこまでの決裁を求める必要があるのか、誰が最終決裁権限をもっているのかなどといった社内ルールが必要であり、このような社内ルールにのっとった承認手続を経ることになります。通常は、この手続は「稟議手続」と呼ばれており、契約書を締結する場合にも、経なければならない重要な社内手続となっています。
 こういったルールが形骸化してしまい、現場の判断で契約書が締結されると大きなリスクとなりますので、常にルールの周知徹底を図ることが重要です。

契約締結権限はあるか

 上記のような契約書締結の際の社内決裁手続の必要性に加え、契約書の記名捺印は誰が行うかという問題、つまり契約締結権限の問題があります。法律的には、企業の代表者である代表取締役が契約書に記名捺印をしている場合には、取引の相手方としては、その企業の正式な行為であるとみなすことができますし、また企業の代表者印は、稟議書などで社内決裁が得られてはじめて押印ができるなど、会社印等の管理は十分に行われているものと考えることができますので、代表者印が押印されていれば、通常は、その企業の正式な行為とみなしても問題はないと考えることができます。
 しかし、捺印者が会社の代表者でない場合や代表者とみなされない場合には、はたしてその捺印者が会社を代表して契約を締結する権限を有しているかどうかが明らかではないこととなります。
 いずれにしても、会社を代表して締結される契約書等については、代表者による記名捺印を原則としつつ、その代表者印等の管理は、「印章管理規定」などにより徹底することが望まれます

契約相手との関係

 最後に、契約相手との関係の中でトラブルになりがちなポイントについて解説します。法務担当としては取引の実態や相手方との関係を把握することが難しい状況で契約書のレビューをしなければならないケースもあるかもしれませんが、次のポイントに留意をし、リスクを回避する策を検討しましょう。

【契約相手との関係を考える場合に押さえておきたいポイント】
  • 過去の取引の経緯を調査したか
  • 遠慮をしていないか
  • 相手とのバランスは取れているか

相手方提案の契約書案の可否

(1) 過去の取引の経緯を調査したか

 次に重要な点は、契約書のドラフトは誰が作成しているのかという問題です。自社がひな型を用意していることや、市販の契約書例を利用して作成することもあるかもしれませんが、現実は、相手方から契約書案の提示を受け、それをたたき台として検討してほしいという要請があることも少なくありません。
 もしこのような要請があった場合には、取引形態や取引の目的は当然として、いままでの当事者間における取引の経緯や歴史あるいは履行の実績などに関しても、十分な情報を調査しておくことが望まれます。

(2)調査が行われない場合のリスク

 こういった調査を十分に行うことなく、提供された契約書だけをベースに契約書を作成することになると、どうしてもそこに記載されている条項の文言しか検討をすることができませんし、それだけをみて可否の判断をしてしまうことになると思います。このような形式的な検討、判断をすることによって、リスクを見落とすことにもなりかねません。
 そこで、過去の取引の経緯や歴史などを意識しながら、提案された条項の必要性の有無や想定リスクを含め、その条項から法的な問題や当社にとって不利となるリスク等が生じないかどうかという点を検証する必要があります。

(3)遠慮をしていないか

 相手方から提案された契約書を検討する場合に他にも重要な点は、相手方が重要な取引先であったり、大企業であるからなどという理由で、先方の要求に対して変更はできないとか、こちらから修正を求めることはできないなどという遠慮をしてしまうことです。ちょっとした遠慮をしたために、後で悔やむということがないようにしておかなければなりません。
 対象となっている契約書が、いわゆる日常的なものであればともかく、そうでない場合、特に新規の取引に関するものや、複雑な取引、あるいは、これまで取引したことがない新規取引先等との契約である場合には、潜在的なリスクをあらかじめ洗い出すという点では、法務の機能が求められることになります。そのためにも、やはり取引実態や取引関係を熟知し、かつ最終的なリスクを負担することになる担当者等との間で、よく議論をしておく必要があるのではないでしょうか。

相手とのバランスは取れているか

(1)どうやってバランスを取るか

 契約の作成、検討にあたり留意すべき点として、契約の相手方との権利や義務のバランスを考えなければなりません。契約の相手方が消費者や労働者など社会的弱者だとみなされるような場合はもちろんですが、そうでない一般の企業を相手とする場合にも重要な点となります。
 バランスが取れていないことについてやむを得ないとする合理的な理由があるかどうか、あるいは許容できないインバランスを見落としていないかなどは、特に将来的に継続的な取引関係を維持するためには重要なこととなります。
 つまり、相手の信用力、力関係、取引内容に応じて契約の規定内容にも軽重等をつけざるをえない場合があるということです。
 営業担当からは取引先との関係から、どうしても折れなければならない、もしくは強硬な姿勢で契約を進めなければならないという場面もあるかもしれませんが、法務担当としては取引の実態や過去の経緯などを踏まえ、メリット・デメリットを伝えたうえで想定されそうなリスクの有無と、その取引から得られるであろう利益との間のバランスを取ることが求められます。

(2)Win-Winの関係を目指す

 また契約の交渉でよく言われることの1つが、交渉というのは「Win-Winの関係」が重要であり、そのような関係が最も永続性が高い関係となるという点だといえます。交渉というと、どうしても「Win-Lose関係」という一方が勝ち、他方が負けるという関係を想像しがちですが、実際の契約交渉では当事者のすべてが、それぞれ満足する関係を確立することがベストでしょう。
 当事者間で結果的にバランスがうまくとれていない契約というものは、それが長期に存続すればするほど、必ずどこかでそのバランスがとれていない部分を調整しようとする力が働くことになります。交渉の過程で満足が得られなかった当事者は、それをどこかで必ず取り戻そうとすることになるのは当然の帰結ですし、それが履行途上の契約上の条件の変更となり、最悪の場合は、契約の不履行の問題にも発展する可能性もあります。

 こういった事態は契約の当事者双方にとって、ともに不幸な状態ではないでしょうか。そのためにも、契約の交渉では、互譲の精神というものも重要な要素であるといえます。特に、長期にわたる契約関係を期待している場合には、やはりお互いに互譲の精神で譲り合った結果が契約関係に反映できるとよいと思うのは筆者ばかりではないと思います。

債権法改正対応版 契約実務と法-リスク分析を通して-

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