JT・稲村氏 × BoostDraft・渡邊氏対談 法務DXの本質は「人間性の回復」PR 業務効率化の先と法務パーソンのこれから
法務部
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法務DXの重要性が叫ばれ、多くの企業がツール導入に奔走している一方で、現場では「導入したのに定着しない」「理想のフローと現場の現実が乖離している」といった課題を持つ企業も少なくありません。
事業のグローバル化が進む日本たばこ産業株式会社(JT)で、欧米流の合理性と日本的な現場力の双方に向き合う稲村誠氏。そして、弁護士業務の原体験をベースに、Microsoft Word上で使える法務向け総合文書エディタ「BoostDraft」の開発など、実務に即した “ラストワンマイル” の課題解決に挑む株式会社BoostDraftの渡邊弘氏。
二人の対話は、具体的なツール活用の議論を飛び超え、組織論や行動経済学の視点を交えた、これからの法務組織のあり方、そして法務パーソンの価値へと展開しました。そこから見えてきたのは、効率化の先にある「人間性の回復」という深遠なテーマでした。
日本たばこ産業株式会社 日本マーケット 部長代理(法務担当) 稲村 誠 氏
1999年、日本たばこ産業株式会社入社。2000年から同社法務部門に所属し、主に訴訟、規制対応、人事労務、株主総会、コーポレート・ガバナンス及び危機管理を担当。2016年、同社たばこ事業部門に設置された法務チームへ異動し、同チームの責任者として日本マーケットでのたばこ事業全般を担当。近年は、法務部門のさらなる事業への貢献と付加価値向上を目指し、テクノロジー活用を積極的に推進。バックオフィス業務支援スタートアップ「ファースト・コンパス合同会社」フェロー。リーガルオペレーションズ研究所研究員。
株式会社BoostDraft 共同創業者/CRO・弁護士 渡邊 弘 氏
西村あさひ法律事務所にてM&A/ファイナンス・国際取引を中心に契約業務に従事。その後、スタンフォードロースクール(LL.M.)のリーガルテック専門機関Codex等で英米リーガルテック調査を行う。2019年よりスタンフォード経営大学院(MBA)にて経営を学ぶ傍ら、The Corporate Legal Operations Consortium(CLOC)のJapan Chapter創業メンバーとなる。法務分野の業務効率化余地を探求すべく各国法務関係者へのインタビューを実施し、アイデアを具現化して2021年に株式会社BoostDraftを創業しCROに就任。
「標準化」のグローバルと「現場力」の日本、双方を生かすためのスモールスタート
渡邊氏:
本日はよろしくお願いします。稲村さんには、BoostDraftがまだ創業間もない3年ほど前からユーザーとして関わっていただいています。まずは改めて、JTにおける稲村さんの立ち位置と、BoostDraft導入の背景について教えていただけますか。
稲村氏:
よろしくお願いします。JTの法務といっても、私の立ち位置は少し特殊です。現在、たばこ事業のグローバル本社機能はスイスのジュネーブにあります。私は日本マーケットの法務チームを担当していますが、実質的には「グローバル企業における日本支社の法務部門のマネジメント」という立場に近いですね。
渡邊氏:
もともと日本の国営企業だったのに、本社機能がスイスにあるというのは非常にユニークですね。やはり法務組織もグローバル化の影響を強く受けているのでしょうか?
稲村氏:
ええ、ここ数年で急速にグローバル統合が進み、我々のようなドメスティックな法務部で育ってきた人間にとっては、まさに激変の渦中です。
欧米、特にグローバル企業が目指す法務というのは、業務が極限まで「標準化」されることです。弁護士資格を持つプロフェッショナルが、明確なジョブディスクリプションに基づいて世界中を移動しながらマネジメントを行う。そこは非常にドライで、属人性が日本よりもはるかに排除された世界です。
一方で、日本の法務は歴史的に「人」に深く依存しています。新卒から何十年も同じ会社に勤め、社内の歴史や阿吽の呼吸を熟知したベテランが、文脈を読み取ってリスクを処理する。コミュニケーションコストが低く、現場対応力が高いのが特徴です。
渡邊氏:
そうした「標準化」と「現場力」の対立は、多くの日本企業がDXでつまずくポイントでもあります。「明日からこのシステム使ってね」と、トップダウンであるべき論のシステムを入れても、現場が反発するのはそのためですよね。
稲村氏:
そうですね。だからこそ、BoostDraftの導入に関しては、あえて全社的なDXロードマップのような大きな構想を描きませんでした。トップダウンで強制するのではなく、「まずは現場の課題解決になるか試してみよう」というスモールスタートを選んだんです。標準化を路線としつつ、強みである個人のパフォーマンスを殺さずに支援できるか。そこが一番の焦点でした。

「Googleは作れない」諦めから生まれた、地に足の着いたイノベーション
渡邊氏:
今のお話は、私がBoostDraftを作った思想と深くリンクしています。私は以前、スタンフォード経営大学院(MBA)などでの活動を通じて、数多くのイノベーションを生み出すシリコンバレーのエコシステムを肌で感じる機会がありました。そこで痛感したのは、エコシステムの強さと、それを日本でそのまま再現することの難しさです。
シリコンバレーでは、個人の能力だけでなく、周囲が「いいね」と盛り上げ、そこに資金や人が集まる。国や大学・研究機関も加わったネットワーク全体で数々のイノベーションを生み出しています。対して日本は、個人の能力に依存していて、組織としての勝ちパターンやエコシステムが弱い。
稲村氏:
おっしゃるとおりですね。日本企業は良くも悪くも現場の個人が優秀すぎるがゆえに、システム化や標準化が遅れてしまうという側面があります。トラブルが起きても、優秀な個人が頑張って何とかしてしまって、仕組みで解決するための取り組みが進まない。文化的にも、突出した個人が社会に変革を起こす…みたいな物語に寄りがちですよね。
渡邊氏:
シリコンバレーのように仕組みで勝つ土壌がないなかで、無理やりシステムを被せても定着しません。私はそこで「日本発でGoogleのようなプラットフォームを作るのは無理だ」と諦めました。でも、諦めからスタートしたからこそ、地に足の着いたイノベーションに活路を見出せたんです。
組織のなかで、新しいテクノロジーに自ら適応できる人は、実は全体の5%程度しかいません。残りの95%は、本音では「今のやり方を変えたくない」と思っています 1。だから、AIで契約書を自動作成するような壮大な夢を語るのではなく、今の業務フローを変えずに、目の前でWordと格闘している法務担当者の痛みを取り除きたい。それがBoostDraftの原点です。
巨大プラットフォーマーは、世界中の誰もが使う “最大公約数” 的な機能しか作りません。でも、現場の苦しみは「条番号がズレる」「定義語を探すのにスクロールが面倒」といった、泥臭い “ラストワンマイル” にある。そこは、彼らのような巨人からは小さすぎて見えない領域なんです。だからこそ、我々がそこを埋めることに価値があると考えています。
稲村氏:
渡邊さんのその諦念とリアリズムは、BoostDraftの使い勝手にも表れていますよね。多くのリーガルテックベンダーが最新のテクノロジーを用いて、「こうあるべきだ」という理想を掲げるなかで、BoostDraftだけは「今のままでいいから、ここだけ楽にしませんか?」と寄り添ってくれる。それが現場に無理なく受け入れられた理由だと思います。
「プラットフォーム」か「スポットソリューション」か…AI時代のツールの選び方
渡邊氏:
我々ベンダー側からすると、ユーザーをプラットフォームに囲い込みたいというのが本音です。しかし、BoostDraftはあえてプラットフォームを目指さず、Wordのアドインというスポットソリューションにこだわっています。今の時代、ガチガチにロックインすることは、逆にユーザーにとってリスクになりうると考えているからです。
稲村氏:
そこは私も強く同意します。最近のリーガルテックは「これ一つで全部できます」というオールインワン型が増えています。契約書などの情報を一元管理できる環境は魅力的ですが、今の段階で巨大なシステムに全業務を依存させてしまうのは怖い。生成AIをはじめ、技術の進化スピードが速すぎるからです。もし1年後にもっと優れたツールが出てきたとき、簡単にデータ移行ができず、乗り換えられないというのは致命的です。
渡邊氏:
おっしゃるとおりです。もし、Gemini(Google)のような生成AIが進化して法務業務のすべてを担えるようになったら、BoostDraftは使われなくなってもいい。それくらいの覚悟で、あえて「いつでもやめられる」「ほかと共存できる」設計にしています。
稲村氏:
そうした柔軟性があるからこそ、我々も安心して導入できています。世の中では「最先端のシステムを入れないと遅れる」という強迫めいた主張もありますが、私は「とりあえず試して、ダメならやめる」。変化の激しい時代には、その軽やかさこそが合理的な戦略だと考えています。
7〜8年ほど前、契約書AIレビューサービスが登場したときも、「とりあえず使ってみよう」という気持ちで始めました。プラットフォーム型にせよ、スポット型にせよ、一定のレベルまで検討が進んだら、投資的に導入してみるのがいいと思いますね。バックアップなどの安全策は取りつつも、頭でっかちになりすぎないことが重要です。繰り返しですが、合わなければやめてもいいんです。

法務DXの本質 行動経済学で「脳の破壊」を防ぎ、人間性を回復する
稲村氏:
渡邊さんのバックグラウンドで面白いなと思っているのが、法務はもちろん、行動経済学や行動科学を学ばれている点です。BoostDraftの機能の一つひとつに、人間心理への深い洞察を感じます。
渡邊氏:
ありがとうございます。私はよく社内で「マルチタスクは脳を破壊する」と言っています。
法務の契約審査業務を分解してみると、高度な法的判断を行っている瞬間の合間に、実は「小学5年生でもできる作業」が大量に混ざっているんです。
たとえば、定義語が正しいか確認するために数ページ前までスクロールして戻る。条番号のズレを目視で直す。表記ゆれを探す…。これらは単純作業ですが、高度な思考と同時に行うことで、脳の認知リソースを激しく消耗させます。
稲村氏:
いわゆる認知負荷が高い状態ですね。
渡邊氏:
そうです。行動経済学には、人々に強制することなく、小さなきっかけから、自身により良い選択ができるよう後押しする、行動変容を促す「ナッジ」という考え方があります。人間は大きな階段を一気には登れません。理想的なDX像を掲げて、「明日からまったく新しいシステムで、完璧な業務をしてください」と言われても、その段差が大きすぎると、脳が拒絶して足がすくんでしまう。
そこでBoostDraftは、段差を極限まで低くすることにこだわっています。新しいシステムを覚えるという負荷をかけず、いつものWord操作のなかで、定義語がポップアップで見えたり、条文がすぐ参照できたりなど、ほんの少し便利な機能を使ってもらう。そうやって小さな一歩を踏み出しやすくして、無駄なストレスや認知負荷を取り除いてあげることで、脳のエネルギーを純粋な判断だけに使ってもらう。着実な一歩を重ねるほうが、最終的に高いところまで登れるんですよね。
そして、これは単なる時短ではありません。脳のリソースを解放し、人間が本来持っている知的生産性を取り戻すための装置といえます。私はこれを「人間性の回復」だと思っています。
稲村氏:
「人間性の回復」という視点は、これからのAI時代において極めて重要だと思います。法務DXというと、どうしても残業削減やコストカットの文脈で語られがちです。これも重要なことではありますが、本質ではない。単純作業を繰り返すのではなく、人間ならではの価値判断や意味の創出に集中する。そうでなければ、これからの時代、仕事のやりがいすら失われてしまうかもしれません。

法務の枠を突破しろ!創出した「余白」の使い方と目指す先
渡邊氏:
最後に、これからの法務人材のキャリアについて伺わせてください。ツールによって雑務から解放された法務パーソンは、どこへ向かうべきでしょうか。
稲村氏:
私は、法務バックグラウンドを持つ人間こそが、経営の中枢やビジネスサイドの意思決定に関わるべきだと確信しています。
渡邊氏:
それについては、私も経営者として日々実感していることがあります。法務のバックグラウンドがあると、意思決定のスピードが劇的に上がるんです。
通常、新しいことをやるときは、「これ法的に大丈夫かな? コンプライアンス的にどうかな?」と確認するステップが入ります。法務知識を備えていれば、そのリスク判断を自分のなかで瞬時に完結できます。「ここまでは攻めていい」「ここからはレッドラインだ」という境界線が見えているから、アクセルを躊躇なく踏めるんです。
稲村氏:
おっしゃるとおりです。今の経営判断において、コンプライアンスやリーガルリスクの評価は切り離せません。法的思考ができ、かつビジネスの文脈を理解できる人間がいれば、経営の意思決定スピードは劇的に上がります。
しかし、残念ながら日本の多くの法務担当者は「自分は法律の専門家だから」と、自ら枠を狭めてしまっている。「それはビジネス側の判断ですから」と線を引いてしまう。
渡邊氏:
本当にもったいないですよね。法務の方は本来、論理的思考力もリスク管理能力も極めて高い。経営者としての資質を十分に持っています。
稲村氏:
そうなんです。だからこそ、テクノロジーで生まれた余白の時間を、法律の勉強だけに使うのではなく、「ビジネスを知る」「社会の空気を読む」ことに使ってほしい。
SNSで炎上した企業の対応を見ても、法的には正しくても社会的に許されないケースが多々あります。そういった場面で、「法的にはOKですが、今の世論を考えるとこの表現はリスクがあります」と進言できる、そんなバランス感覚を持った人材が求められています。
渡邊氏:
そのためには、法務部門の多様性も必要ですね。
稲村氏:
ええ。法律家だけで固まるのではなく、エンジニアやデータサイエンティストのような、まったく異なるバックグラウンドを持つ人をチームに入れてもよいと考えています。渡邊さんが行動経済学を修められたように、別の学問に手を広げてもいい。違う視点だからこそ感じる素朴な疑問が、組織を強くします。
そのうえで、チームとしてのパフォーマンスが最大化する人材の構成を考えたり、案件がスムーズに進むように人の心理面を考慮してフローを再構築したり。そうやって、純粋な法務以外の分野でも活躍できる人材が増えてくれたらと願っています。
そして、BoostDraftのように、外部の視点から法務の常識を疑い、科学的なアプローチで変革を促してくれるパートナーの存在は、その第一歩になるはずです。
渡邊氏:
ありがとうございます。地に足の着いたイノベーションで、現場の皆様が本来のポテンシャルを発揮し、経営にインパクトを与える存在になれるよう、我々も “ラストワンマイル” を支え続けていきます。本日は濃密なお話をありがとうございました。