内部通報の対応実務FAQ
第2回 内部通報の「調査体制」と「通報者特定情報の取扱い」をQ&Aで解説
危機管理・内部統制
内部通報制度において、実際に寄せられた通報を「調査」するフェーズで実務担当者が抱えがちな悩みについて、Q&A形式で解説します。本記事では特に、調査体制の整備・見直しと、通報者特定情報の取扱いに関する実務ポイントを取り上げます。
内部通報における調査の目的と流れ
内部通報窓口に寄せられた通報に係る調査は、不正事実や是正が必要な事象(以下「不正事実等」といいます)の有無など会社側において確認すべき事象を早期に把握するとともに、その原因や背景事情を究明して有効な是正措置・再発防止策等を講じることを目的として行われます。
このように、内部通報における調査は、会社が不正事実等に対して適切に自浄作用を働かせて是正をする上で重要な役割を担うものであり、迅速かつ適切な対応により会社に与えるインパクトを小さくすることを可能とします(初動の重要性)。そのためには、平時から実効的な調査をするための勘所を押さえておく必要があります。

以下では、「調査の実施」のフェーズに関して、会社としてどのような体制で対応すればよいのか、また、通報者を特定できる情報をどう取り扱えばよいのか、という2点について解説します。なお、ヒアリング調査に関しては本連載の第3回で取り上げます。
内部通報の調査体制の整備・見直しに関する悩み
Q 寄せられた内部通報を調査するための体制にはどのようなものがありますか。
内部通報制度における調査体制は、①社内調査型、②外部調査型、③社内調査と外部調査の折衷型の大きく3つに分けられます。
(1)社内調査型
まず、調査等を社内の特定の部署や担当者が対応する体制(社内調査型)が挙げられます。たとえば、法務・コンプライアンス部や人事部、監査部門などによる対応が考えられるところです。
この社内調査型は、社内に調査スキル・対応スキルが高い社員がいる場合に機能する調査体制といえます。社内に適任者がいない場合には、対応スキルが高い社員の育成 1 や、専門家の助言を受けながら対応を進められるような環境整備が必要です。
ただし、社内調査型の体制を採用した場合であっても、たとえば以下の事案のように、社内のリソースでは有効に調査ができない通報が寄せられたときの備えは別途必要となります。
- 法的な専門知識や会計の専門知識が必要な事案
- 代表取締役など役職が高い者が被通報者であり、社内のリソースでは、被通報者への忖度や不利益な取扱いをおそれてしまい有効な調査ができない事案
- 組織的に不正行為等が行われた事案
このような備えの一例としては、平時から内部通報に関する相談ができる相談先を確保する、十分な予算を確保して専門家への依頼ができるようにしておくなどの対応が考えられます。
(2)外部調査型
2つ目は、弁護士などの外部専門家が調査を主導し、社内の担当者がそれに協力するという体制(外部調査型)です 2。外部の依頼先としては、幅広な事案に柔軟に対応できる調査・対応能力の高い弁護士や調査の専門家を選ぶことが肝要です。
上記(1)の社内調査型と比べて費用がかかるというデメリットはあるものの、会社へのインパクトが強い重大な事案や被通報者の役職が高い事案など、難易度が高い事案に対しても、是正措置や再発防止策、当局対応、公表の要否などの事後的措置も踏まえた実効的な対応ができる点が大きなメリットです。
(3)社内調査と外部調査の折衷型
3つ目は、社内調査と外部調査の折衷型で、さまざまな類型があります。たとえば、リスクベースアプローチの観点から、原則として社内で対応するものの、以下のような事案は外部専門家に依頼するというルールを採用している会社もあります。
- 重大事案や、職位が高い者が行為者である事案
- 組織的に不正行為等が行われた事案
- 窓口の担当者が被通報者である利益相反事案
- 通報者探索や通報を理由とする不利益取扱いなど通報者保護に反する事案であり、社内調査では、中立・公正な対応が行われていないと受け取られるリスクが高い事案 3
このほか、特定の問題に対処するための特別な「委員会」を設置して、その委員会が調査等の対応をする制度を採用している会社もあります。この委員会の構成員は、その設置目的に応じて、弁護士や学者、公認会計士、税理士、社外役員、調査の専門家などが選任されることとなります。
- コンプライアンス委員会:コンプライアンス違反に対応する
- ハラスメント委員会:カスタマーハラスメントを含むハラスメントに対応する
特別調査委員会:会社の業種に応じて特に必要性の高い類型に対応する(例:独占禁止法、不正競争防止法、贈収賄などに特化した調査委員会)
Q 内部通報がほとんど寄せられたことがありません。通報に備えて調査体制を見直したいと考えていますが、どのような点に注意する必要がありますか。
会社ごとに適切な調査体制は異なります。まずは、①社内調査型、②外部調査型、③社内調査と外部調査の折衷型という3類型のメリット・デメリットを理解の上、会社の特性を踏まえてカスタマイズするのがおすすめです。
(1)通報が少ない会社の特徴
内部通報窓口が設置されているにもかかわらず、窓口に通報が寄せられたことがない、あるいは、通報が寄せられたことはあるものの、本格的な調査等の対応をしたことがないという会社は多くあります。このような会社において、通報が寄せられにくい原因としては、通報制度自体の周知が行き渡っていない、勤務先に相談・通報しても適切な対応が期待できないと考えられている、窓口を利用することにより不利益な取扱いを受けるおそれを抱いている、などが挙げられます。
こうした会社の中には、通報が寄せられた際の調査体制自体が明確に決まっていないケースのほか、調査体制は決まっているものの具体的な調査方法については曖昧で、いざ通報が寄せられたときに困ってしまうケースも珍しくありません。
(2)調査体制の整備・見直しのポイント
実際に通報が寄せられたときに困ることのないよう、平時から、通報が寄せられたときの対応フローなどを整備するとともに、適切な通報対応をするために必要な人員や予算を確保しておく必要があります。
また、2-1で述べたとおり、内部通報制度における調査体制は大きく3つの類型に分けられ、それぞれ以下のようなメリットや留意点があります。調査体制を構築・見直すに際しては、各類型のメリット・デメリットを把握の上、どの類型を選択してカスタマイズしていくのが望ましいのか慎重に判断する必要があります。
より充実した制度とするために、外部の専門家に相談し、体制や調査フロー等について適切なアドバイスをもらうことも検討に値します。
| 調査体制 | メリット | 留意点 | |
|---|---|---|---|
| ① 社内調査型 | 社内の特定の部署や担当者が調査・対応を主導する |
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| ② 外部調査型 | 外部の専門家が調査を主導し、社内担当者は協力する |
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③ 社内調査と外部調査の折衷型 |
社内調査と外部調査を組み合わせて運用する |
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通報者特定情報の取扱いに関する悩み
以下では、通報者を特定させる情報の取扱いに関して、公益通報者保護法に基づく「指針」4 と「指針の解説」5 を踏まえた対応や実務上の留意点について解説します。
Q 公益通報者保護法上の「通報者を特定させる事項」とは、具体的にどのようなものですか。
「通報者を特定させる事項」とは、単に通報者の氏名や社員番号などの固有情報にとどまらず、通報者の特定につながる可能性がある情報も含まれます。たとえば、通報者の役職、所属先、性別、年齢、経歴などの一般的な属性に関する情報であっても、ほかの事項と照合させることにより排他的に特定の人物を絞り込むことができる情報は、通報者を特定させる情報に該当します。
安心して内部通報窓口を利用してもらうためには、通報者を特定させる情報が漏れることがないよう、秘密保持を徹底することが不可欠です。
(1)事業者等の義務
公益通報者保護法は、公益通報の通報者を特定させる事項(排他的に特定の人物が通報者であると認識できる事項。以下「通報者特定情報」といいます)の取扱いに関して、公益通報対応業務従事者指定義務(同法11条1項。以下「従事者指定義務」といいます)、事業者の体制整備等義務(同法11条2項)や、公益通報対応業務従事者 6 の従事者守秘義務(同法12条)を定めています。
| 公益通報者 保護法 |
義務の概要 | 対象・罰則など |
|---|---|---|
| 11条1項 | 従事者指定義務 内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して、公益通報対応業務 7 を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない |
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| 11条2項 | 体制整備等義務 内部公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければならない |
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| 12条 | 従事者守秘義務 従事者または業務従事者であった者は、正当な理由なく、その公益通報対応業務に関して知り得た事項であって、公益通報者を特定させるものを漏らしてはならない |
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(2)通報者特定情報とは
通報者特定情報とは、単に通報者の氏名や社員番号などの固有情報にとどまらず、通報者の特定につながる可能性がある情報も含まれます。これは、それ1つだけでは通報者を特定させることはないような事情でも、複数の事情が重なれば重なるほど通報者の候補が絞り込まれて、最終的に特定されてしまう可能性があるためです。
Q 通報者特定情報をグループ会社等と共有する場合、何か留意点はありますか。
大前提として、範囲外共有の防止の観点から「通報者特定情報はできる限り共有しない」という姿勢が重要です。
調査等の対応をするために内部通報に関する情報をグループ会社や他部門等と共有しなければいけない等の事情がある場合は、通報者特定情報を共有することについて、通報者から同意を取得するのが望ましいです。こうした同意が取得できない場合には、通報者特定情報の共有範囲を必要最小限にする必要があります。
3-1(1)で述べたとおり、公益通報者保護法は、通報者特定情報の取扱いに関して、従事者指定義務や事業者の体制整備等義務、従事者守秘義務を定めています。公益通報者特定情報については、必要があれば共有することが許されるわけではなく、その共有範囲はあくまで最小限にとどめる必要があります。
「指針」では、通報者特定情報を必要最小限の範囲を超えて共有する行為を「範囲外共有」と定義しています。
一般論として、通報者保護の観点から、通報者特定情報の共有範囲を必要最小限にすべきことは理解しやすいと思います。しかし、実務上、この「必要最小限」性をどのように判断すべきかについて定まった考え方はありません 9。また、必要最小限の範囲は、会社の規模や内部通報制度の体制 10 などの事情によって異なることがあります 11。
一方で、ひとたび範囲外に通報者特定情報が共有されると、実効的な救済・回復措置を講じることが非常に困難であることもあり、この「必要最小限」性の理解を誤るわけにはいきません。このように、「必要最小限」性の判断の難しさがプレッシャーとなり、担当者の負担感を強める事情ともなっています。
以下では、各社における必要最小限性を考える上でのポイントを3つご紹介します。
(1)通報が端緒であること自体を秘匿する
まず大前提として、範囲外共有を防止するためには、「通報者特定情報はできる限り共有しない」という姿勢が重要です。
具体的には、調査等の対応の端緒が通報であること自体を秘匿することが考えられます 12。通報があったこと自体を秘匿してしまえば、他の社員等にとっては通報があったのかどうかが確定しづらくなり、「通報をした者がいる、それは誰だ」などと発想しにくくなるためです。
そのための1つの方策として、内部通報の受付窓口以外の部署や担当者に対して情報を共有する必要がある場合には、その事案の端緒が「内部通報」であることを知らなくても対応できるルール作りや情報管理をすることが考えられます。
(2)通報者から同意を取得する
通報があったこと自体を秘匿できない場合には、通報者特定情報の共有について通報者から同意を取得できるかを検討することが穏当です。
本来、真に必要最小限の範囲であれば、通報者の同意なく通報者特定情報を共有することができます 13。しかし、通報者との信頼関係構築の観点や通報者保護の観点、事後のトラブル防止の観点からは、通報者の同意を取得するという運用が安全です。
ただ、「通報者特定情報の共有について同意をすると、通報者探索や不利益取扱いがなされるのではないか」などの不安を理由として、通報者から同意を得られないケースがあります。また、担当者から通報者特定情報共有に関して具体的な説明がないまま同意をした通報者が、後に通報者が想定していない範囲にまで情報が共有されたことを知ってトラブルになるケースもあります。
そこで、通報者特定情報の同意を取得する前提として、「同意をするとどうなるのか」という点についても丁寧な説明をして理解を得ることが必要です。具体的には、①共有する情報の内容、②共有をする相手方、③共有をする必要性、④共有をすることによるリスク、⑤通報者保護に関する事項などの項目を丁寧に説明することが考えられます。
通報者からの同意取得にあたっては、通報者の誤解や事後のトラブル防止の観点から、通報者に対する説明内容を含めて書面等の証拠に残る方法で実施するとともに、可能であれば通報者に対して説明内容や同意をしたことについて改めて確認する趣旨の連絡をすることが穏当です。
通報者の中には、「A部署には共有していいが、B部署への共有には同意しない」というように、共有する相手方を指定するケースも見られます。この場合には、通報者が同意する相手方の範囲でのみ同意があったものと取り扱い、同意が得られなかった相手方への共有が必要である場合には、下記(3)の視点を踏まえて共有の可否を判断する必要があります。
(3)通報者から同意を取得できなかった場合の対応
通報者特定情報は、「必要最小限」であれば通報者からの同意がなくても共有できます。そのため、通報者から同意を取得できない場合には、この「必要最小限」性について慎重に検討することとなります。
通報者特定情報を共有することについては、共有すべき「必要性」があるだけでは足りず、共有の範囲を「最小限」とすることまで求められています。「必要最小限」という言葉の意味を踏まえると、通報等の対応をするために通報者特定情報の共有が必要不可欠となる範囲に限って、同意なき共有が許されると思われます。
では、具体的にどのような場合に通報者特定情報の共有が必要不可欠といえるのでしょうか。担当者を①受付担当者、②調査担当者、③是正措置担当者に分けて、慎重に検討していくこととします 14。
- 受付担当者:通報の受付を担当する
a 通報者とのコミュニケーションを担当する者
b 上司など上記aの担当者から報告・相談を受ける者 - 調査担当者:調査を担当する
- 是正措置担当者:是正措置を担当する
- 受付担当者
まず、通報者とのコミュニケーションを担当する受付担当者(上記①a)は、実名通報であれば通報者から正に実名の開示を受ける者であり、また、匿名通報であっても後に実名通報に切り替わった場合など通報者特定情報に接する可能性が高い立場ですので、通報者特定情報の共有が必要不可欠であることは明らかです。
ただし、この担当者が複数名いる場合には、自身が担当する案件以外の通報者特定情報の共有については必要不可欠とは評価し難いケースも多く、範囲外共有と評価されるおそれがあります。そのため、会社の内部通報制度の受付体制を踏まえて、慎重に検討・判断する必要があります。
次に、受付担当者の上司など、報告・相談を受ける立場の者(上記①b)は、通報者とのコミュニケーションが適切に行われているかを管理・監督するために通報者特定情報を含めた通報情報に接せざるを得ないケースがあり得ますし、上記aの担当者が休暇等で不在の際に通報者との対応を行わざるを得ないケースもあり得るでしょう。こうしたケースでは、通報者特定情報の共有が必要不可欠と評価されやすいと考えられます。
ただし、aの担当者の直属の上司ではなく、上司の上司である場合や担当役員である場合 15 など、上司といっても通報の管理監督をしない者や、通報者とのコミュニケーションを代わりに行う可能性がない者については、通報者特定情報の共有は必要不可欠とは評価し難いと考えられます。そのため、必要最小限性の観点からは、実務的な対応をしない上司にまで通報者特定情報を共有することには慎重な姿勢で臨む必要があります。 - 調査担当者
②の調査担当者は、基本的には、通報者特定情報の共有がなくとも調査が実施できることが多く、必要不可欠とは評価し難い傾向にあると考えられます。通報者特定情報の共有が必要不可欠でない限り、調査担当者にも共有しないという運用が穏当です。
調査担当者に通報者特定情報を共有しなければならないケースとしては、次のようなものが想定されます。
調査担当者に通報者特定情報を共有しなければならないケースの例- 調査担当者に「通報者がいつどんな通報をしたのか」という情報を調査担当者に伝えなければ、関係者に対するヒアリング等の調査を実施することが難しい
(例:通報者探索事案、通報者に対する不利益取扱い事案、通報者特定情報の範囲外共有事案など、通報者が以前に通報をしたという事実が前提となっている場合 など)
- 通報者保護の観点から通報者特定情報の共有が必要
(例:通報者が誰であるかを調査担当者が理解して振る舞わないとかえって通報者が特定されやすくなる場合 など)
一方で、通報者特定情報の共有がない場合の調査の実効性を不安視する声を多く聞きます。特に、「通報者=被害者」である事案や「通報者=目撃者」など通報者自身が非常に重要な関係者になるケースについては、「通報者特定情報を伝えないと、調査担当者が重要な関係者から話を聞くことができず、実効的な調査ができないのではないか」という疑問がわくと思います。
この点については、「通報者の情報としてではなく、重要な関係者の情報として共有する(重要な関係者が通報者であることは告げない)」ことをおすすめします。具体的には、事案の重要な関係者の1人として通報者の氏名を記載しておき、その重要な関係者が通報者であるとわからないように工夫した上で調査に必要な情報を伝えるという方法です。ただし、このような工夫をした場合であっても、以下のように「重要な関係者が通報者ではないか」と強く推認されるケースは少なくありません。
そのため、あらかじめ通報者に対して、このような推認がされてしまうリスクを含めて説明しておき、通報者の心情にも配慮することが望ましいです 16。また、通報者から、「調査に入った場合に、通報者と疑われるリスクがどの程度あるか」という視点について聴取しておくのが有用なこともあります。 - 調査担当者に「通報者がいつどんな通報をしたのか」という情報を調査担当者に伝えなければ、関係者に対するヒアリング等の調査を実施することが難しい
- ごく少人数の職場内でのハラスメント事案の場合、実際に誰が通報したかにかかわらず「被害者が通報したのではないか」と推認されるおそれが高い
- 職場で通報者のみが対象事実を問題視する言動をしていた場合、その時期と近接して通報に関する調査に入れば、「問題視する言動をしていたあの社員が通報者ではないか」と推認されるおそれが高い
- 是正措置担当者
最後に、③是正措置の担当者ですが、これも②調査担当者と同様に、是正措置を講じるために通報者特定情報を共有することが必要不可欠かどうかを具体的に検討するとよいと思います。
是正措置担当者に通報者特定情報を共有しなければならないケースとしては、次のようなものが想定されます。
是正措置担当者に通報者特定情報を共有しなければならないケースの例- 通報者に対する是正措置等(不利益取扱いに対する回復措置など)を講じる必要がある
- 通報者特定情報の共有を受けなければ、適切に是正措置等(通報者探索事案の行為者を処分するなど)を検討できない
上記以外のケースについては、是正措置等の検討をするために通報者特定情報までは不要であることが多いので、必要最小限性は否定されやすい傾向にあると思います。
以上のような検討により各社において「必要最小限性」について判断した上、通報者とのトラブルを避けるために、範囲外共有にならない場合については、具体例を規定において明示しつつ、バスケットクローズ条項を置くことが有用と考えられます 17。
Q 「指針」および「指針の解説」では、内部通報の受付担当者以外の者が公益通報を受け付けた場合であっても、範囲外共有を防ぐための措置を講じなければならないとされていますが、どのような措置を講じればよいのでしょうか。
まずは、職制上のレポーティングラインへの報告も公益通報に該当する可能性があるという点を理解した上、レポーティングラインへ報告した者に関する情報について、可能な限り共有しない運用とすることが望ましいと考えられます。また、このような運用について明確にルールとして定めた上、研修で社員に周知しておく必要があります。
公益通報者保護法の「指針」および「指針の解説」には、次のように記されています。
事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
内部公益通報受付窓口の担当者以外の者(いわゆる上司等)も内部公益通報を受けることがある。これら内部公益通報受付窓口の担当者以外の者については、従事者として指定されていないことも想定されるが、その場合であっても、事業者において整備・対応が求められる範囲外共有等を防止する体制の対象とはなるものであり、当該体制も含めて全体として範囲外共有を防止していくことが必要である。
通報とは、内部通報窓口に寄せられたもののみを指すと誤解されている方も多いようですが、実際は、上司などの職制上のレポーティングラインにコンプライアンス違反等を報告することも公益通報に該当する可能性があります。
このようなレポーティングラインへの報告が公益通報に該当する可能性があることを知らない場合、報告を受けた者が、報告者である通報者の特定情報も含めてさらに上位者などに報告することにより、予期せぬうちに範囲外共有となるおそれがあります。
そこで、この職制上のレポーティングラインへの報告についても、通報者特定情報を共有せずに手続を進めることができるのであれば、通報者特定情報を共有せずに、コンプライアンス違反の事実のみを共有するのが穏当です。通報者自身がコンプライアンス報告の関係で重要な人物である場合であっても、3-2(3)②で述べたとおり、「重要な関係者の1人」として氏名を共有し、通報者であることは秘匿するのが望ましいと思います。
このような職制上のレポーティングラインへの報告に関する範囲外共有に関して明確にルールで定めた上で、研修などで社員に周知をし、予期せぬ範囲外共有が起こらないように平素から準備をしておく必要があります。
たとえば、レポーティングラインへの報告に書式がある場合には、その書式に通報者に関する情報を記載する欄を設けない上で、「※情報提供者に関する情報は必要性のない限り記載しない」旨を注記しておくなどの工夫をすることも考えられます。
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社員の育成にあたっては、たとえば、内部通報への対応スキルを育てるための研修の受講、ケーススタディなどによる実務的な思考方法の涵養などが考えられます。 ↩︎
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社外の専門家のみで調査等の対応を完結させる例もあります。 ↩︎
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こうした事案では、社内調査としていかに適切な対応をしたとしても、通報者の望む調査結果ではない場合には、「会社側に忖度をして事実を認めなかった」「通報者保護を軽視している」などと受け取られるリスクが高いため、調査等の担当者が、中立・公正な立場の者であることが望まれる事案といえます。 ↩︎
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正式名称は、「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)。以下「解説」といいます。 ↩︎
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正式名称は、消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月)。以下「指針の解説」といいます。 ↩︎
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公益通報対応業務従事者とは、公益通報を受け付け、調査し、是正措置をとる業務に従事する者で、公益通報者を特定させる事項を伝えられる者のことをいいます(例:社内の通報窓口担当者、調査担当チームのメンバーなど)。 ↩︎
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内部公益通報の受付、調査、是正に必要な措置をすべてまたはいずれかを主体的に行う業務および当該業務の重要部分について関与する業務を行う場合、「公益通報対応業務」に該当します。 ↩︎
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令和7年改正により、常時使用する労働者の数が301人以上の事業者が従事者指定義務に違反する場合に、現行法の指導・助言、勧告権限に加えて、勧告に従わない場合の命令権及び命令違反時の刑事罰が新設される点に留意が必要です。また、現行法の報告徴収権限に加えて、立入検査権限を新設するとともに、報告懈怠・虚偽報告、検査拒否等に対する刑事罰が新設される点にも留意が必要です。 ↩︎
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「必要最小限の範囲を超えて共有する行為」とは、基本的には、公益通報者保護法12条の「正当な理由がなく」と同等の行為と考えられています。同条の「正当な理由」があるといえる場合には、必要最小限の範囲を超えて共有をしたとはいえないと考えられていますが、どのような事情があれば「正当な理由」と認められるかどうかについて、定まった考え方はありません。 ↩︎
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グループ内部通報制度であるか否か、内部通報の受付担当者と調査担当者が分かれているのかどうかなど、内部通報制度の体制は会社によりさまざまですので、その特性に合ったルールを定める必要があります。 ↩︎
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パブリックコメントに対する回答において、グループ会社共通の通報窓口を設置している親会社からグループ会社に対して通報者特定情報を含む通報に関する情報を共有する場合には、「通報者の同意の有無、調査・是正措置における情報共有の必要性等の事情を踏まえ、事案に応じて適切に判断する必要があると考えます」との記載が参考になります(消費者庁の公表資料「(別表)パブリックコメント手続において寄せられた意見等に対する回答」38頁)。 ↩︎
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「指針の解説」の「範囲外共有等の防止に関する措置」で紹介されている「その他に推奨される考え方や具体例」においても、「調査等に当たって通報内容を他の者に伝える際に、調査等の契機が公益通報であることを伝えなければ、基本的には、情報伝達される相手方において、公益通報がなされたことを確定的に認識することができず、公益通報者が誰であるかについても確定的に認識することを避けることができる。その場合、結果として、公益通報者を特定させる事項が伝達されるとの事態を避けられることから、必要に応じて従事者以外の者に調査等の依頼を行う際には、当該調査等が公益通報を契機としていることを伝えないことが考えられる」とされています(16頁)。 ↩︎
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なお、外部窓口の場合は、「指針の解説」の「範囲外共有等の防止に関する措置」で紹介されている「その他に推奨される考え方や具体例」において、「外部窓口を設ける場合、例えば、公益通報者を特定させる事項は、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できない等のやむを得ない場合を除いて、公益通報者の書面や電子メール等による明示的な同意がない限り、事業者に対しても開示してはならないこととする等の措置を講ずることも考えられる」とされている点に留意する必要があります。 ↩︎
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公益通報者保護法の「指針の解説」の「その他に推奨される考え方や具体例」において、「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できない等のやむを得ない場合、公益通報者を特定させる事項を伝達する範囲を必要最小限に限定する(真に必要不可欠ではない限り、調査担当者にも情報共有を行わないようにする)ことは当然のこととして」とされています。 ↩︎
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コンプライアンス担当役員に対する通報者特定情報共有に否定的な見解として、三浦悠佑・磯部慎吾「コンプライアンス -企業理念と共鳴する行動基準、内部通報規程」(ビジネス法務2024年3月号36頁以下)参照。なお、役員の場合は、受付担当者の担当役員である場合のみならず、調査担当者や是正措置担当者の担当役員を兼任していることも多いと思いますので、調査担当者や是正措置担当者の上司として、通報者特定情報の共有が必要不可欠か否かについて、別途検討する必要があります。 ↩︎
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公益通報者保護法の「指針の解説」の「その他に推奨される考え方や具体例」において、「特に、ハラスメント事案等で被害者と公益通報者が同一の事案においては、公益通報者を特定させる事項を共有する際に、被害者の心情にも配慮しつつ、例えば、書面による等、同意の有無について誤解のないよう、当該公益通報者から同意を得ることが望ましい」とされています。 ↩︎
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中野 真『公益通報者保護法に基づく事業者等の義務への実務対応〔第2版〕』(商事法務、2025)157頁参照。 ↩︎
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業
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