シンガポールの会社定款の基礎を日本との違いとともに解説

国際取引・海外進出
吉本 智郎弁護士 西村あさひ法律事務所・外国法共同事業

目次

  1. シンガポールにおける「モデル定款」の基礎
    1. シンガポールと日本の「定款」の法的位置付けの違い
    2. モデル定款とは
    3. モデル定款(株式有限責任非公開会社用)の章構成
  2. 導入
    1. 冒頭部分
    2. 解釈(Interpretation)
  3. 株式
    1. 株式資本およびその変動に関する権利(Share capital and variation of rights)
    2. 先取特権(Lien)、株式の払込請求(Calls on shares)
    3. 株式の譲渡(Transfer of shares)
    4. 株式の承継(Transmission of Shares)
    5. 株式の没収(Forfeiture of Shares)
    6. 集合株式への転換(Conversion of shares into stock)
    7. 資本の変更(Alteration of capital)
  4. 株主総会
    1. 株主総会(General meeting)
    2. 株主総会の手続(Proceedings at general meetings)
  5. 取締役会
    1. 取締役らの選任等(Directors: Appointment, etc.)
    2. 取締役らの権限および義務(Powers and duties of directors)
    3. 取締役らの手続(Proceedings of directors)
    4. マネージング・ディレクター(Managing director)
    5. 予備取締役および代理取締役(Alternate directors and substitute directors)
    6. アソシエイト・ディレクター(Associate directors)
  6. 秘書役、その他
    1. 秘書役(Secretary)
    2. 社印(Seal)
    3. 配当および準備金(Dividends and reserves)

 多くの日本企業がシンガポールに拠点を有し、シンガポールにおける事業に加え、近隣諸国の事業を管理する地域統括拠点としての機能を付与しています。昨今は、シンガポールにおける生活費の高騰、リモートワークの普及、就労ビザ発給要件の厳格化などもあり、日系企業や日本人駐在員の数は減少する傾向にあるようですが、それでもなお、アジア太平洋地域への進出を検討する多くの企業にとって、シンガポールは第一拠点を築く最有力候補国であると考えられます。

 シンガポールは、独仏などの大陸法(シビルロー)を継受した日本とは異なり、英国の植民地であった歴史的経緯もあって、いわゆる英米法(コモンロー)系の国です。そのため、会社の根本規程である定款についても、日本人の視点からすると馴染みの薄い内容が多くなっています。本稿では、シンガポールの多くの会社が採用している「モデル定款」について、実務上のポイントや関連事項などを概説します 1

シンガポールにおける「モデル定款」の基礎

 定款は、会社の基礎的事項を定める規程であり、シンガポールでは「Constitution」と呼ばれます 2。会社設立に際しては、定款案を作成し、ACRAと呼ばれる当局において登録しなければなりません。ACRAは、Accounting and Corporate Regulatory Authority(会計企業規制庁)の略称で、日本の法務局に相当します。

シンガポールと日本の「定款」の法的位置付けの違い

 シンガポールにおける定款は、株主と会社の間の「契約」であると解され、しばしば「statutory contract」と称されます。その結果、全株主との間で別途の契約(たとえば株主間契約)があり、「同契約の内容は定款に優先する」旨を定めれば、定款を変更せずとも、そちらの適用を優先させることが可能と解されます。
 日本の定款は「会社の憲法」とたとえられ、株主間の契約合意にも優先する最上位の規範であるため、シンガポールの定款とは、法的性質が異なるといえるでしょう。

 したがって、たとえばシンガポールでジョイントベンチャー(JV)契約を締結してJVを組成する際に、株主間で定款変更の手間を省きたい場合、または株主間契約の内容の非公開性 3 を維持したい場合などで、あえて定款変更までは行わないという選択肢もよくとられます。

モデル定款とは

 シンガポールでは、標準的な内容のひな型として、「モデル定款(Model Constitutions)」が公表されています。これは、Companies Act 1967(以下「会社法」といいます)36条の授権に基づき、会社法の下位規則(Companies (Model Constitutions) Regulations 2015)において定められているものです。
 会社は、同モデル定款を自社の定款に採用することができます。また、一部の規定のみ採用したり、内容を追加または修正して採用することも可能です。実務的にも、モデル定款をそのまま採用したり、あるいは設立を依頼したサービス会社が保有するモデル定款を基に若干の修正を加えた定款を採用している会社が多いと思われます。

 モデル定款には、株式有限責任非公開会社(private company limited by shares)向けのものと、保証有限責任会社(company limited by guarantee)向けのものがあります。シンガポールにおける支配的な会社形態は株式有限責任非公開会社ですので、以下では、前者を前提に解説します。

 なお、有限責任株式会社には非公開会社公開会社の2種類があります。非公開会社とは、株主数が50人以下、かつその会社の定款上で株式の譲渡制限が含まれている会社を指し、日本でいう閉鎖会社に近いイメージです。他方、公開会社は非公開会社以外の会社を指し、証券取引所に上場する会社などがこれに当たります。

モデル定款(株式有限責任非公開会社用)の章構成

 モデル定款は、以下のような章で構成されています。

モデル定款の
条文番号
章のタイトル 和訳
導入 1条〜5条 ※タイトルなし冒頭部分
(名前、株主有限責任等)
6条 Interpretation 解釈
株式 7条〜12条 Share Capital and Variation of Rights 株式資本および権利の変動
13条〜16条 Lien 先取特権
17条〜23条 Calls of Shares 株式の払込請求
24条〜27条 Transfer of Shares 株式の譲渡
28条〜31条 Transmission of Shares 株式の承継
32条〜39条 Forfeiture of Shares 株式の没収
40条〜43条 Conversion of Shares into Stock 集合株式への転換
44条〜46条 Alternation of Capital 資本の変更
株主総会 47条〜50条 General meeting 株主総会
51条〜66条 Proceedings at General Meetings 株主総会の手続
取締役会 67条〜76条 Directors; Appointment, etc. 取締役らの選任
77条〜82条 Powers and Duties of Directors 取締役らの権限および義務
83条〜94条 Proceedings of Directors 取締役らの手続
95条〜97条 Managing Directors マネージング・ディレクター
98条 Alternate Directors and Substitute Directors 予備取締役および代理取締役
99条 Associate Directors アソシエイト・ディレクター
秘書役 100条 Secretary 秘書役
その他 101条 Seal 社印
102条 Financial Statements 財務諸表
103条〜110条 Dividends and Reserves 配当および準備金
111条〜112条 Capitalisation of Profits 利益の資本組入
113条〜117条 Notices 通知
118条 Winding Up 清算
119条〜120条 Indemnity 補償

 以下では、モデル約款の主要な章につき、実務上のポイントや関連事項などを概説します。

導入

冒頭部分

(1)法定の記載事項

 モデル定款の1条〜5条は、主に、会社法22条(1)においてすべての会社の定款に定めなければならないとされる以下の事項を網羅するものです。いわば、日本法でいう絶対的記載事項(定款に絶対に記載しなければならない事項)に該当します。

  • 商号
  • 株主有限責任の旨
  • 発起人の住所・氏名
  • 発起人として会社設立を望み、一定の株式引受けを望む旨

(2)その他の記載事項

 上記以外では、次のような項目が記載されることがあります。

  • 事業目的
     現在の定款において、会社事業の「目的」に関する記載は特に求められません。2004年までは、定款に会社の「目的」を記載することが義務的に求められていましたが、同年の会社法改正により任意化されました。
     したがって、たとえば会社が新規事業を開始するにあたり、当該事業が定款上の目的に網羅されているかといったことを確認する必要はありません。ただし、会社が特定の事業活動のみを目的として設立された場合には、定款において当該具体的目的を定めることも依然として可能ではあります。

  • 非公開会社たる条件
     多くの会社の定款で、冒頭部分に、非公開会社として認められるための条件である「会社株式の譲渡が制限されている旨、および株主が最大50名である旨」が規定されています。
     会社法18条(1)によれば、非公開会社の定款には同記載をすることが求められるように解されるところ、理由は不明ですが、モデル定款では当該条項が見られません。基本的には、モデル定款を採用する場合でも、非公開会社として認められるための条件の規定を加えることが望ましいものと考えられます。

解釈(Interpretation)

 用語の定義を置く章です。

(1)「a director」「directors」「board of directors」の区別

 一般的に混乱が生じやすい用語として、「a director」、「directors」、「board of directors」などが挙げられます。モデル定款6条(1)では、それぞれ次のように定義されており、区別に注意が必要です。

  • 「a director」はいずれかの取締役(1名)を指す
  • 「directors」は、全取締役を指し、結果「取締役会」に近い意味合いを持つ
  • 「board of directors」は、文字どおり「取締役会」を指す

(2)電子株主名簿(electronic register of members)とは

 モデル約款6条(1)にある「electronic register of members」とは、ACRAが管理する、各社の電子的な株主名簿であり、法的に会社の株主として取り扱われるためには、ACRAの電子株主名簿に登録されることが必要となります(会社法19条(6))。
 したがって、たとえば株式譲渡取引にあたっても、譲渡による株主の変動が電子株主名簿に反映されない限り、法的には譲渡は発効しない点に注意が必要です(会社法126条(3))。

 非公開会社については、当該電子株主名簿のほか、特に自前で株主名簿を作成する義務はありません。

株式

株式資本およびその変動に関する権利(Share capital and variation of rights)

 会社の株式の発行等について規定する章です。

(1)新株発行の決定

モデル定款7条(1)
Without prejudice to any special rights previously conferred on the holders of any existing shares or class of shares but subject to the Act, shares in the company may be issued by the directors.

 モデル定款7条(1)の規定は、「取締役ら」のみの決定により新株が発行できるように誤読しがちですが、会社法161条(1)により、新株発行にあたっては、株主総会の承認が必要とされます。「subject to the Act(本法(=会社法)に従い)」との記載は、この点を示唆するものです。

 実務的には、個別の新株発行の都度株主総会の承認を得ることもありますし、あらかじめ、株主総会において新株発行の承認を一般的に取得しておき、その授権の範囲で随時取締役会が新株を発行するというケースもあります(会社法161条(2))。
 これらの実務も踏まえると、モデル定款7条(1)は、「会社法の定めに従う限り、取締役らが新株を発行する権限について、定款で制限するものではない旨」を明記する点に主眼があると思われます。

(2)種類株式

モデル定款7条(2)
Shares referred to in paragraph(1)may be issued with preferred, deferred, or other special rights or restrictions, whether in regard to dividend, voting, return of capital, or otherwise, as the directors, subject to any ordinary resolution of the company, determine.

 モデル定款7条(2)の規定から明らかなように、シンガポールにおいても、配当、議決権、残余財産分配請求権、その他の点において、普通株式と異なる権利を伴う種類株式を発行することが可能であり、その旨が示されています。シンガポールにおける種類株設計の柔軟性は高く、実際に多くの種類株が活用されています。
 種類株式を発行する場合、定款に、種類株式の具体的権利内容を明記しなければならないとされており、したがって、種類株式の内容については必ず定款に明記されることになります(会社法75条)。

先取特権(Lien)、株式の払込請求(Calls on shares)

 「株式の払込請求(Calls on shares)」の章は、後述(1)のような一部払込未了株式の株主に対する出資金払込請求のルールを規定するものであり、他方、「先取特権(Lien)」の章は、一部払込未了株式について、会社の払込請求権を担保するための先取特権のルールを規定するものです。
 実務上、一部払込未了株式が発行される例が多くないこともあり、これらの章を参照することは多くないと思われます。

(1)一部払込未了株式とは

 シンガポールでは、発行価額の全額の払込が行われていない株式についても、法的に有効に発行されたものとして扱われます。たとえば、1株当たり$10で100株の発行がされた場合において、会社がまず半額の$500のみの払込を請求し、残り$500は、資金需要に応じ、追って払込請求をするなどのケースが考えられ、日本では全額の払込がなされないと当該株式は失権することと対照的です。
 もっとも、額面株式制度の廃止もあり、現在は、一部払込未了株式を発行する実務はほとんど行われていないように見受けられます。

(2)先取特権(Lien)とは

 シンガポールにおける先取特権(Lien)は、一般には、債権者が、債務者が債務を弁済するまでの間、目的物を留置できる権利をいい、日本の留置権に似ています。もっとも、この定款上の先取特権(Lien)は、会社の払込請求にもかかわらず一部払込義務が履行されない場合などには当該株式を売却し、売却益から優先して未払い債権を回収できるものとされており、日本の先取特権に類似します。

株式の譲渡(Transfer of shares)

 当該会社の株式の譲渡に際しての手続等について定める章です。

(1)「instrument」による譲渡

モデル定款24条(1)
Subject to this Constitution, any member may transfer all or any of the member’s shares by instrument in writing in any usual or common form or in any other form which the directors may approve.

 シンガポールにおいて、株式譲渡を実行し、その譲渡を登録・登記するためには、株式譲渡証書(share transfer instrument)という簡潔な売買契約書を作成・締結する必要があり、モデル定款24条の「instrument」とはそのことを指します。この証書は、案件に応じて前提条件、表明保証、インデムニティ等の詳細な売買条件が規定される、いわゆる一般的な株式譲渡契約書(SPA)とは別に作成されます。
 株式譲渡に関するACRAへの登録申請にあたっては、この株式譲渡証書が必要とされます。いわば、日本における登記上の必要書類に似た性質のものであると思われます。

(2)取締役会による譲渡の拒絶

モデル定款26条
The directors may decline to lodge a notice of transfer of shares with the Registrar if —
(a)the shares are not fully paid shares;
(b)the directors do not approve of the transferee; or
(c)the company has a lien on the shares.

 モデル定款26条では、株主が株式の譲渡を提案する場合において、取締役会が譲受人を承認しないときは、取締役会は、譲渡の登録申請を拒絶できるものと規定しています。日本でも、非公開会社においては株式の譲渡につき取締役会の承認が必要とされるところ、類似の制度であると考えられます。
 もっとも、取締役会が承認を拒絶する場合、会社に、正当な理由の通知が求められることもあり(会社法129条(3))、まったくの恣意的な裁量で承認を拒絶できるわけではないと解されます。

株式の承継(Transmission of Shares)

 「Transmission of Shares」との表題からはわかりにくいかもしれませんが、株主である個人が死亡または破産した場合の株式の取扱いを定める章です。
 したがって、法人株主しかいない場合には関係のない章であり、一般的にも参照することは多くないと思われます。

株式の没収(Forfeiture of Shares)

 前述3-2の「先取特権」および「株式の払込請求」の章と同様、一部払込未了の株式について、指定の払込がなされなかった場合の株式の没収のルールを定める章です。
 こちらも、参照することは稀な章かと思われます。

集合株式への転換(Conversion of shares into stock)

 「集合株式(Stock)」とは、株式の集合体のことであり、払込済株式であれば、集合株式に転換できるものとされています。たとえば、1株につき$1の1,000株について、1つの$1,000の集合株式に転換するなどです。
 「Stock」は「不定額面株式」とも和訳され、額面株式制度の時代に活用されていたようですが、現在は、ほとんど活用されていないと理解しています。そのため、本章を参照することは極めて稀であると思われます。

資本の変更(Alteration of capital)

 当該会社の株式の併合・分割、減資等について定める章です。

(1)新株発行時のオファー

モデル定款45条(1)
Subject to any direction to the contrary that may be given by the company in general meeting, all new shares must, before issue, be offered to all persons who, as at the date of the offer, are entitled to receive notices from the company of general meetings, in proportion, or as nearly as the circumstances admit, to the amount of the existing shares to which they are entitled.

 モデル定款45条(1)による場合、会社は、新株を発行するときは、まず既存株主に対してその持分割合に応じて新株を引き受けるかについてオファーを出す必要があるものとされます。いわゆるpre-emption right(優先的引受権)の定めであり、本条項の定めを前提に特定の第三者にのみ新株を割り当てる場合、他の株主から当該優先的引受権を放棄する旨の同意書を取得する必要があります。

(2)減資

モデル定款46条(1)
The company may, by special resolution and with any consent required by law, reduce its share capital in any manner.

 上記のモデル定款46条(1)は極めて簡素な条項となっているところ、減資の手続は会社法において詳細に定められています。
 減資には、株主総会特別決議が必要とされます。裁判所の許可を経ない方法(会社法78B条)および裁判所の許可を取得したうえで減資する方法があります(同法78G条)。裁判所の許可を得る場合はもとより、許可を経た場合でも、減資に反対する債権者は異議を唱えることができ(同法78D条)、そのために6週間の猶予期間を設ける必要があるため(同法78B条(4))、いずれにしろ、減資の手続には少々時間を要します。

株主総会

株主総会(General meeting)

 株主総会の招集手続等を定める章です。

(1)年次株主総会の時期

 モデル定款には記載はありませんが、会社法上、年次株主総会は、会計年度末から4か月(上場会社の場合)または6か月(その他の会社の場合)以内に開催しなければならないとされています(同法175条(1))。シンガポールにおいては12月末決算の会社が多いことから、上場会社では4月後半、非上場会社では6月後半に年次株主総会が集中します。

(2)非公開会社の年次株主総会開催免除

 非公開会社であれば、以下のいずれかの方法により年次株主総会の開催を省略することができます。2018年の会社法改正によって方法②が加わり、従前に比べて、年次株主総会の開催の省略が容易になっています。   

方法① すべての株主がその不開催に同意する決議をした場合にのみ、その開催を省略することができる(会社法175A条(1)(a)、(2))。
当該決議は書面決議によることはできないが(同法184A条(2)(a))、一度通せば、その後毎年省略が可能となる(同法175A条(3))。
方法② 会計年度終了後5か月以内にすべての株主に対して財務諸表を送付した場合には、その年における年次株主総会の開催を省略することができる(同法175条A(b)、203条(1)(b))。
ただし いずれかの株主が会計年度終了後6か月の14日前までに、株主総会の開催を書面で要求した場合、会社は、当該6か月経過前に、年次株主総会を開催しなければならない。

株主総会の手続(Proceedings at general meetings)

 株主総会の議事に関する手続を定める章です。

(1)定足数

モデル定款51条(2)
Except as otherwise provided in this Constitution, 2 members present in person form a quorum.

 上記のモデル定款51条(2)とおり、デフォルトでの定足数は「2名」の株主とされている点に注意が必要です。たとえば、90%株主と10%株主の2名の株主がいる会社の場合でも、この定款規定の下では、90%株主単独では株主総会を開催できないということになり得ます。そのため、こういった場合には、議決権の過半数保有者の出席により定足数を満たすように本規定を修正するなどが望ましいと考えられます。
 なお、1人会社の場合、1人の株主が署名することにより、決議を成立させることができます(会社法179条(6)、184G条)。

(2)法定の決議事項および決議要件

 モデル定款には記載はありませんが、法定の株主総会決議方法としては、以下のような事項を対象に普通決議(出席議決権の過半数の賛成)および特別決議(出席議決権の4分の3以上の賛成)があります。その他、スキーム・オブ・アレンジメントの決議時など 4、特殊な決議要件に基づく決議も存在します。

普通決議事項の例 特別決議事項の例
株式の併合・分割等(会社法71条) 商号の変更(会社法28条)
取締役の選解任(会社法149B条、152条) 定款変更(会社法26条)
会社の事業または重要資産の譲渡(会社法160条) 減資(会社法78B条)
新株発行の承認(会社法161条) 合併の承認(会社法215C条)
会計監査人の選解任および報酬(会社法205条) 任意清算の開始(Insolvency, Restructuring and Dissolution Act 2018の160条)

(3)決議方法

モデル定款55条(1)
At any general meeting, a resolution put to the vote of the meeting must be decided on a show of hands unless a poll is (before or on the declaration of the result of the show of hands) demanded —
(略)

 モデル定款55条(1)のとおり、デフォルトの決議方法は挙手(show of hands)であり、一定の者から請求があった場合にのみ投票(poll)になるものとされています。
 この点、持株割合に応じた議決権が与えられる投票に対し、挙手の場合は1株主につき1議決権、すなわち株主の頭数で判断されることになり、一般的な感覚からすると違和感があるかもしれません。特に複数株主によるJV等の場合には、持株割合に応じた株主総会支配を実現するうえで「投票」を原則とすべく、この規定を修正することもあります。

(4)キャスティングボート

モデル定款57条
In the case of an equality of votes, whether on a show of hands or on a poll, the chairman of the meeting at which the show of hands takes place or at which the poll is demanded is entitled to a second or casting vote.

 モデル定款57条に基づき、賛否同数の場合、議長にキャスティングボートが認められることになります。取締役会決議についても同様の定めがあり(モデル定款84条(2))、日本では、議長へのキャスティングボート付与については否定的に解されていることと対照的です。

取締役会

取締役らの選任等(Directors: Appointment, etc.)

 取締役の選解任手続、報酬、資格等について定める章です。

(1)毎年の改選

モデル定款67条(2)
At every annual general meeting subsequent to the first annual general meeting of the company, one-third of the directors for the time being, or, if their number is not 3 or a multiple of 3, then the number nearest one-third, must retire from office.

 モデル定款67条(2)は、毎年、全体の3分の1の取締役は退任しなければならないとする規定です。これは、取締役の地位長期化を防ぎ、健全な会社のガバナンスを担保する目的のものであり、特に上場会社等においては有用な規定であると考えられます。
 もっとも、同一人物が退任直後に再任されることも禁止はされないため、現実的には、毎年、手続上、退任と再任を繰り返すだけの形式的な運用になってしまっている会社も多く見られます。また、退任の手続を失念する、退任対象となる取締役を誤るなど、運用上のミスも稀に見られるところです。
 したがって、親会社が法人株主1社のみであるような場合など、取締役の地位長期化を懸念する必要性が特段ないような会社においては、同条の規定は削除してしまうのも一案と考えられます。

(2)取締役の選任

モデル定款72条(1)
The directors have power at any time, and from time to time, to appoint any person to be a director, either to fill a casual vacancy or as an addition to the existing directors, but the total number of directors must not at any time exceed the number fixed in accordance with this Constitution.

 モデル定款72条(1)は、取締役の選任を、株主総会ではなく、取締役会で行えるとする便利な規定であり、多く活用されています。日本では取締役会で取締役を選任することは考えられませんが、シンガポールでは、次の年次株主総会までの過渡期的な手当てとして、取締役会にて追加または空席を埋める目的で取締役を選任することが認められています

(3)取締役の報酬

モデル定款74条(1)
The remuneration of the directors is, from time to time, to be determined by the company in general meeting.

 日本と同様、取締役の報酬は株主総会で決定されるのが原則です。ただし、従業員の地位も併有する取締役について、従業員としての給与を支払うことは可能であり、その場合、当該給与の支給に関しては株主総会決議は不要となります。

取締役らの権限および義務(Powers and duties of directors)

 取締役の権限、義務、議事録等について定める章です。

モデル定款77条
(1)The business of a company is managed by or under the direction or supervision of the directors.

(2)The directors may exercise all the powers of a company except any power that the Act or this Constitution requires the company to exercise in general meeting.

 モデル定款77条では、取締役らは、法令または定款により株主総会で定めるとされるものを除き、会社業務の一切の権限を有すると規定されています。原則として会社業務の全事項につき取締役会が決定するという建付け上、日本の会社法のように、必ず取締役会で決議しなければならない事項が法令や定款で具体的に列挙されているといったこともありません。
 もっとも、すべての意思決定を取締役会で決定するのは現実的とはいい難く、多くの日常業務の決定に関する権限は、明示または黙示に取締役会から一部の取締役または従業員に権限が委譲されているとの整理の下、意思決定が行われていると理解しています。

取締役らの手続(Proceedings of directors)

 「取締役ら(directors)」の手続とは、5-2で述べたとおり、取締役会の手続という意味になります。会社法は、最低1名の居住取締役の選任を義務付けるほかには、取締役会の構成や手続について特段の規定を置いておらず、多くは定款に委ねられています

 会社法およびモデル定款に基づく取締役会の主要なルールは、以下のとおりです。

会社法における定め モデル定款における定め
員数 1名の居住取締役が必要(会社法145条(1)) 特に定めなし
開催頻度 特に定めなし
※日本では、3か月に1度以上
特に定めなし
定足数 特に定めなし 2名以上(モデル定款86条)
決議方法 特に定めなし 過半数。賛否同数の場合、議長に裁決権
(モデル定款84条)
書面決議 特に定めなし 取締役全員の署名により可能
(モデル定款93条)

マネージング・ディレクター(Managing director)

 マネージング・ディレクター(MD)とは、最高経営責任者(Chief Executive Officer)である取締役であり、会社マネジメントのトップに位置付けられます。

 よく日本の代表取締役と比較されますが、以下のような点で相違があります。

法的位置付け 設置・選任 代表権限
シンガポールのマネージング・ディレクター(MD) 定款上の役職 任意 原則として、定款や取締役会によって委譲された範囲内においてのみ権限を行使する
日本の代表取締役 会社法上の役職 取締役会設置会社では強制 法律上、会社を代表する権限を有する

予備取締役および代理取締役(Alternate directors and substitute directors)

 予備取締役および代理取締役(Alternate directors and substitute directors)とは、取締役が取締役会に出席できない場合に、本人に代わって取締役としての議決権を行使する取締役のことを指します。

 投資会社などが、自己の役員級の従業員を投資先の取締役としたとしても、実際の職務遂行をより下位の従業員に任せるため、予備取締役として彼らを選任するなどのケースが多いようです。実際に、alternate directorが選任されている会社の登記を見ることも珍しくはありません。

アソシエイト・ディレクター(Associate directors)

 アソシエイト・ディレクター(Associate directors)は、取締役そのものではなく、取締役会への参加や議決権行使が認められるものではありません。

 取締役になる前段階のキャリアとして、まずアソシエイト・ディレクターに任命するという実務が存在するようです。もっとも、取締役との役職と混同を招くおそれもあり、あまり活用されていない制度であると理解しています。

秘書役、その他

秘書役(Secretary)

 秘書役(Secretary)とは、会社に最低限1名選任することが求められる役職であり、会社法上要求される各種の登録、届出、会議体議事録の作成・保管等の事務を担います。シンガポールにおいて居住する自然人であることが求められ(会社法171条(1))、非公開会社においては、秘書役会社または会計事務所等に外部委託し、秘書役を選任・派遣してもらっていることが多いようです。

社印(Seal)

 コモンシール(Common Seal)は、会社印の一種です。カンパニースタンプといったハンコとは異なり、シールを貼ったうえで専用の機器でシールを圧迫することによって社名を浮き上がらせる方法により使います。
 シンガポールにおける契約締結に際して頻繁に取られる形式である「deed」の調印時や、株券を発行するときに利用されます。deedとは、捺印証書と訳される契約書の方式であり、対価性の乏しい契約であってもその契約の執行力を確実化させたい場合に用いられます。

 2017年会社法改正により、コモンシールの利用は必須ではなくなり、会社は、コモンシールを保持しなくてもよいことになりました(会社法41A条)。これは、英国、香港、オーストラリア等、同じ英米法(コモンロー)系の国でありながら既にコモンシールの義務的利用を廃した例に倣ったものです。ただし、以後も、コモンシールを利用し続けることは認められており、たとえば、いまだにコモンシールが利用されている国の会社との契約において、これを用いる(または利用を求められる)ことなどが考えられます。

配当および準備金(Dividends and reserves)

(1)配当の機関決定

 会社法は、どのような機関決定を経て配当がなされるべきかについて、特段のルールを定めていません。代わりに、ほとんどの会社が、定款において配当に関するルールを定めており、モデル定款103条〜110条でも、配当は、取締役会の提案に従って株主総会で決議し、中間配当は取締役会で配当を決定できるとも定めています。
 上記のとおり、特段法律上のルールはないことから、定款において、取締役会決議のみにより配当を行えると定めることも理論上は可能と解されます。

(2)配当可能利益

 会社法上、配当は、「利益(profit)」の中から捻出しなければならないとされています(同法403条(1))。
 この「利益(profit)」の内容については、法律に詳細な定めはなく、判例法を確認する必要があります。この点は、日本において、会社法等において配当を拠出することが認められる「分配可能額」の範囲が明確に定められていることと対照的であり、シンガポールにおいては、配当の拠出は、どちらかというとビジネスジャッジの問題と捉えられているものと理解されます。
 「利益(profit)」の内容に関する判例上、単年度で利益が出ているのであれば、たとえ累積で損失があるとしても、当該利益から配当を行うことは可能とされているのが特徴的です。もっとも、現実的には、累積で損失がある場合には監査法人などが配当の実施に反対することも予想され、配当の実施は現実的ではないかもしれません。


  1. なお、本稿における意見にわたる部分は筆者の個人的見解や解釈を述べるものであり、筆者が属する組織の見解を示すものではありません。 ↩︎

  2. 従前は、基本定款(Memorandum of Association)と付属定款(Articles of Association)という2つの文書から構成されていましたが、2014年会社法(Companies Act)改正により、Constitutionという1つの文書に統一されました。従前どおりの2つの文書の構成を修正していない会社でも、これらをもってConstitutionであるとみなされます。 ↩︎

  3. シンガポールにおいて、定款は、一定の範囲で一般公開書類になります。 ↩︎

  4. 株主を利害関係者とするスキーム・オブ・アレンジメントの決議にあたっては、頭数ベースで過半数および議決権ベースで4分の3以上の賛成が必要となります(会社法210条)。 ↩︎

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