ジーネクスト社事案の概要と注目論点を同社監査役弁護士に聞く
コーポレート・M&A
東証グロース上場企業の株式会社ジーネクストにおける経営権をめぐる攻防が注目を集めています。2024年6月の定時株主総会では、筆頭株主である前代表取締役からの動議がありましたが、議案は採決されず流会。さらに前代表取締役は、東京地裁に第三者割当増資の差止め仮処分を求めたものの却下されており、9月には臨時株主総会が予定されています。
ジーネクスト社でどのような出来事があったのか、そして企業法務に関わる読者が注目すべきポイントは何か。同社の監査役である齊藤友紀弁護士に聞きました。
※本記事の内容は8月23日までに確定している事実に基づきます。
ジーネクスト事案の概要
まず本事案における齊藤先生の関わりや立ち位置を教えてください。
私は2019年4月以来、ジーネクスト社で社外監査役を務めています。東証マザーズ市場(当時)に当社が上場したのは2021年3月ですので、上場前後の当社の状況を見聞きしてきた者ということになります。
私は法的な問題に限らず、当社の状況と必要に応じて、様々な議論に参加して意見を述べてきましたが、当社では唯一の弁護士出身の役員として、コーポレート・ガバナンスやコンプライアンスの観点には当然注意を払ってきました。なお、2024年6月の定時株主総会の終結をもって監査役の任期は満了しましたが、当社からは監査役としての職務の継続を求められている状況です。
私としては、株主から預かった職責を果たす以上の他意はないのですが、本事案との関係で利害がない者ではありませんので、その点あらかじめご認識ください。また、このような立場で自ら関与する事案にコメントすることには難しさもありますが、そもそも複雑である本事案については、当社からの開示や報道、当事者の発信などが錯綜し、SNSなどで誤解や不正確な情報も流通しています。そのような状況で、諸々の情報を整理し、許される範囲で私個人の認識をご説明することが、株主や投資家にとっても有用であろうと考えました。
法務関係者の間では、6月の定時株主総会と7月の東京地裁決定が注目されていますが、いったい何が起きているのでしょうか。
本事案は、当社の前代表取締役であり筆頭株主でもある横治祐介氏について、2024年5月に行われた当社の定時取締役会において、代表取締役を解職する内容の決議が行われたことに端を発する一連の事象です。同氏は、取締役会での議論や決議に反し、自ら保有する当社株式の大半に当たる発行済株式の約33%を、当時の市場価格の1.5倍で、その数日後に第三者に譲渡する強い意思を示したことなどから、解職に至ったものです。
代表取締役を解職されて当社の取締役会長となっていた横治氏は、その週明け月曜日に突然、当社の取締役を辞任する意思を表明しました。詳細は後ほどご説明しますが、その後の紆余曲折を経て、当初の予定にあった日程を変更し、6月末に当社の定時株主総会が開催されたものの、横治氏から提出された修正動議を含む議案の審議に想定以上の時間を要してしまい、株主総会を継続会として後日続行する議長の提案も否決された結果(会社法317条参照)、議案が採決されないまま流会となってしまいました。
その結果、招集手続のやり直しが必要となり、当社では、証券代行業務を行う信託銀行とも調整のうえ、9月13日に株主総会を開催する予定となっています。これに対し、横治氏からは、当社の取締役への株主総会の招集の請求(会社法297条1項)に続き、その招集の許可を求める裁判所への申立てが行われ、遅くとも9月11日までに株主側で株主総会を開催する裁判所の許可(同条4項)が下りています。もしこれが実現された場合、近接した日時に2回の株主総会が開催される変則的な日程となります。
7月の東京地裁決定は、第三者割当増資の差止めに対する判断でした。この資金調達の件は、本事案の中でどのような意味を持つのでしょうか。
当社では横治氏の在任中より、財務状態の改善を図ることが喫緊の課題と認識され、取締役会の内外でそのための議論や取組みが続けられてきましたが、2024年5月に開示した2024年3月期決算短信には、当社の財務状況等に鑑み、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象または状況が存在することが記載されています。
定時株主総会1週間前の6月21日(金)に基本合意が成立した株式会社舞花との間の資本提携は、そのような財務状態改善のための取組みの1つで、2023年から協議を行ってきていたものでした。定時株主総会が流会となったことにより、権利義務取締役 1(会社法346条1項)からなる取締役会にこの問題が預けられることになりました。なお、その権利義務取締役はいずれも、6月の定時株主総会で再任の予定がなかったことも、本事案の特徴の1つです。
この財務に関する問題は、当社に対する与信と直結し、また2025年3月期第1四半期決算短信の開示も8月に迫っていましたので、そのまま放置することができません。ただ、6月末の定時株主総会と前後して、新株および新株予約権の発行による資金調達の選択肢が生まれてきたため、資金調達の要否はもちろん、その方法や時期、金額の当否、他の選択の有無など、検討すべき論点について取締役会で議論を詰めたうえで、独立した有識者による第三者委員会の判断に結論を委ねることとし、その判断を受けて増資による資金調達が実施されることとなりました。
7月26日(金)に資金調達を実施する旨を開示したところ、週明けの7月29日(月)に、横治氏から、新株等の発行が著しく不公正な方法により行われるもの(会社法210条2号、同法247条2号)であるとして、東京地裁に対してその仮差止めを求める仮処分命令の申立てが行われました。この申立ては8月8日(木)に却下され、払込期日である8月13日(火)に払込手続が完了しています。
報道などでは断片的な情報しか見えてこないのですが、時系列で整理するとどのような経緯でしょうか。
当社の状況については適宜開示が行われていますが、当社の前代表取締役の解職以降の経緯と主な開示の内容を整理しますと以下のとおりです。
なお、私は、当社の中でも中立性が求められる社外監査役の立場にあり、他意をもって事実を歪めるつもりは毛頭ありませんが、恣意の入る余地をできる限り排除したく、基本的には、裁判所の決定や総会検査役の報告にあらわれ、当社から開示された事実の範囲でご説明することとし、その理解を補うために有用な限りで、私個人が認識する事情に一部触れることとします。
日付 | 発生した事実 | ジーネクスト社による開示 | |
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5月9日 | 木 | [会社]取締役会による前代表取締役の解職 | 代表取締役の異動(解職)および社長交代に関するお知らせ |
5月13日 | 月 | [株主]会社への取締役辞任の届出 | 2024年3月期期末決算発表の延期に関するお知らせ |
5月14日 | 火 | [会社]前代表取締役の辞任の意思表示の確認 | |
5月15日 | 水 | [会社]2024年3月期決算短信の公表 | 取締役の辞任に関するお知らせ |
5月26日 | 日 | [株主]修正動議提出意向の通知(メール) | |
5月28日 | 火 | 代表取締役の異動および役員人事に関するお知らせ | |
5月31日 | 金 | [会社]株主総会検査役の選任の申立て | |
6月11日 | 火 | [株主]会社への修正動議予告の通知 | |
6月12日 | 水 | 当社株主による修正動議予告に関するお知らせ | |
6月14日 | 金 | 当社第23期定時株主総会に係る修正動議案に対する当社取締役会の意見に関するお知らせ | |
6月17日 | 月 | [裁判]株主総会検査役の選任 | |
6月18日 | 火 | 株主総会検査役の選任に関するお知らせ | |
6月21日 | 金 | 株式会社舞花との資本提携に関する基本合意のお知らせ | |
6月28日 | 金 | [会社]第23期定時株主総会の開催 | 当社第23期定時株主総会の状況報告および今後の開催方針について |
7月4日 | 木 | [株主]株主総会の招集請求 | |
7月5日 | 金 | 株主による臨時株主総会の招集請求に関するお知らせ | |
7月8日 | 月 | [株主]株主総会招集許可の申立て | |
7月11日 | 木 | 臨時株主総会招集のための基準日設定に関するお知らせ | |
7月25日 | 木 | [報道]現代ビジネス「『議決しない』という荒技で筆頭株主を排除…!まるで昭和…!上場企業『ジーネクスト』、『異例株主総会』の一部始終」 | |
7月26日 | 金 | [会社]有価証券届出書の提出 | |
7月29日 | 月 |
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7月30日 | 火 | 株主による株主総会招集の許可決定に関するお知らせ | |
7月31日 | 水 | 株主による臨時株主総会招集のための基準日設定に関するお知らせ | |
8月2日 | 金 | [報道]日本経済新聞(電子版)「敗勢の総会『採決せず流会』は正当か 経営権争いで波紋」 | |
8月5日 | 月 | [報道]日本経済新聞(朝刊)「敗勢の総会『流会』が波紋 グロース上場のIT 議長の裁量どこまで 株主反発 司法で決着へ」 | |
8月8日 | 木 |
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株主による新株式及び新株予約権の発行の差止め仮処分の申立ての却下決定に関するお知らせ |
8月13日 | 火 | ||
8月14日 | 水 | [会社]2025年3月期第1四半期決算短信の公表 | |
8月16日 | 金 | ||
〜9月11日 | 水 | [株主]臨時株主総会の開催(予定) | |
9月13日 | 金 | [会社]臨時株主総会の開催(予定) |
定時株主総会までの経緯
5月の取締役会で前代表取締役が解職されるまでに、どのような事情があったのでしょうか。
当社が上場してから4回目となる定時株主総会の開催予定は、当初6月21日(金)とされていたため、例年どおり半年前から、役員のスケジュールや会場の確保に向けた調整などの準備が始まっていました。
当社は、常勤監査役1名、私を含む非常勤監査役2名による監査役会を設置する会社ですが、この定時株主総会をもって監査等委員会設置会社へ移行することが計画されていました。私は、他の監査役と同様、定時株主総会の終結時に任期が満了する予定でしたが、4月22日(月)に横治氏とのランチミーティングで今後の経営方針について議論を交わした際、監査等委員である取締役として来期以降も当社に貢献してほしい旨の打診を横治氏自身から受け、当社が置かれた重要な局面や、現監査役と監査法人との関係性なども考慮のうえで、会社の提案をお受けする旨をその場で回答しました。
ところが、そのわずか2週間後、定時取締役会を2日後に控えた5月7日(火)深夜に、横治氏の名前以外は初めて見る名前だけが並んだ役員候補者のリストなるものが、横治氏から、略歴も提案の経緯もなく突然示されました。このままでは議論にもならないので、直ちにその意図を問いましたが、横治氏からの説明は一切ありませんでした。なお、この際に提案された役員候補者は、その後に開催された定時株主総会の中で横治氏が提案する役員候補者とは、横治氏自身が取締役の候補者とされている点を除けばまったく異なる内容でした。
そうして5月9日(木)の定時取締役会を迎えたのですが、取締役会の資料でも、役員候補者の提案の件については一切触れられていませんでした。そこで、提案がなされるに至った背景や経緯について横治氏への質問を行ったところ、横治氏は、自身が保有する当社株式の大半、具体的には当社の発行済株式の約33%を、当時の市場価格の1.5倍で、横治氏が提案する役員候補者のうちの1人が代表取締役を務める会社に譲渡する予定であり、それに伴って譲渡先の会社の関係者を役員として受け入れたいという考えを表明しました。
しかも、5月14日(火)にも譲渡を実行したいとのことで、あまりに急なので、経済産業省の「企業買収における行動指針」をその場で示し、本来であれば横治氏から取締役会に報告して十分な質疑を行い、その決議を経るべきだと指摘しました。特に、譲渡先とされる会社は他社と紛争状態にあることがわかり、取締役会の参加者からは様々な質問や指摘が出されましたが、譲渡先の実態やその選定の理由を含め、横治氏からは十分な説明がありませんでした。最終的には、この譲渡について取締役会の決議事項とするか否かが議場に諮られ、横治氏以外の全員一致で取締役会の決議が必要であるとされ、また横治氏以外の全員一致でその譲渡の承認は否決されました。
その決議の後も、取締役会の参加者から再三、横治氏に対して翻意を促したのですが、横治氏は、「代表取締役としてではなく、株主個人として株式譲渡を止める意思はなく、譲渡日を後ろ倒しにすることも考えていない」旨の発言を止めませんでした。こうした姿勢は、株主共同の利益を追求する責任を負う代表取締役にあってはならないものです。最終的には、代表取締役の解職について取締役会の決議事項とすることが議場に諮られ、横治氏以外の全員一致で、横治氏から代表権を失わせることが可決されました。
当社の取締役会で決議されたのはここまでであり、代表権のない取締役となることを横治氏も受け容れる様子でしたが、2024年3月期決算短信の開示を間近に控えた週明け5月13日(月)の朝、当社の取締役を辞任する旨の通知と、これまでの感謝を伝える退社の挨拶のようなものが、横治氏のSlackアカウントから当社の全社員宛に届きました。その後、当日予定されていた監査法人とのミーティングにも横治氏は姿を見せなかったことで大変な混乱が生じたのですが、翌日遅くに本人の意思が一応確認でき、横治氏による取締役の辞任が5月15日(水)に開示されました。
まずは以上が、本事案の発端となった前代表取締役の解職とその直後の取締役辞任の経緯です。
そのような状況で、約1か月後に控えた定時株主総会の準備を進めるのは大変だったのではないでしょうか。
当社の監査役と監査法人との間では、2024年3月期決算に関する監査意見について従前から協議が行われていましたが、前代表取締役の解職と前触れのない辞任、そして監査法人とのミーティングの無断欠席、また何より、前代表取締役による株式譲渡の強行リスクなどから、監査法人内部での調整のやり直しが避けられない事態となりました。
そこで、監査法人と協議し、定時株主総会の開催日を1週間延期して6月28日(金)とし、急ぎ会場や関係者との調整を行うことになりました。その後、監査法人と今後の方針の協議を重ねるなど定時株主総会に向けた準備を粛々と進めていましたが、横治氏からの音沙汰はないままでした。
辞任から10日ほど経った5月26日(日)夜、横治氏から当社の役員宛てに届いたメールは、自ら推薦する役員候補者を株主総会当日に提案する意向を伝えるものでした。なお、このメールには具体的な提案が付されていませんでしたが、その後のやり取りを経て横治氏から提出予告のあった修正動議案の内容は、定時株主総会に先立つ6月12日(水)に当社から開示されています(「当社株主による修正動議予告に関するお知らせ」)。
話はやや前後しますが、こうして当社の筆頭株主でもある横治氏から修正動議が提出される可能性が高まったことから、当社では、定時株主総会の運営について事後に疑義が生じる万一の場合に備えるため、東京地裁へ株主総会検査役の選任の申立て(会社法306条1項)を行い、折しも横治氏からも同様の申立てがあり、6月17日(月)に検査役が選任されました。一部報道では触れられていませんが、定時株主総会には、独立した立場の総会検査役が臨席し、その際の様子について報告書が作成されています。
定時株主総会の議事
定時株主総会当日の議事について具体的に教えてください。
6月28日(金)の定時株主総会は、会場を確保していた午前12時までの枠の中で行われる予定でした。総会検査役によりますと、実際の進行はおおよそ次のとおりであったと報告されています。
- 10:00 議長の挨拶
- 10:03 総会運営に関する報告
- 10:07 会社の近時の状況に関する報告
- 10:13 開会の宣言
- 10:14 議長不信任動議の提出
- 10:46 事業報告
- 11:17 議案の上程
- 11:31 質疑応答および修正動議の提出
- 12:18 継続会の提案および採決
- 12:23 閉会の宣言
報道などで注目されているのは、⑤議長不信任動議の提出、⑧質疑応答および修正動議の提出、⑨継続会の提案および採決、そして⑩閉会の宣言とその後の対応の4点のようです。
総会検査役の報告書の内容に沿ってご説明します。
まず、議長不信任動議は、議長が株主総会の開会を宣言した後、直ちに横治氏から提出されました。これを受け、議長と他の株主、監査役の間で、議長を信任しない理由や開会して早々に議長を交代する必要性など、動議が提出された前提について議論が交わされました。その結果、議長不信任の理由は、横治氏がその後に提出を予定していた修正動議の取扱い上の懸念であるとわかり、その修正議案が公平に取り扱われることを条件として、横治氏による議長不信任動議は取り下げられることになりました。
その後、当社の事業報告、決議事項に関する説明と上程を経て、これらの質疑応答に入ったところ、横治氏より、当社提案の役員候補者を横治氏の推薦する別の候補者に差し替える修正動議が提出され、横治氏が会場内で自ら配布した資料に基づいて修正動議の提出理由が説明されました。これを受けて議長や他の株主、監査役から出された質問に横治氏は自ら応じ、横治氏が推薦する候補者の選任理由や、横治氏とこれら候補者の接点、株式譲渡の意思を表明して当社を離れた横治氏の当社への関与のあり方などについて、再び議論が交わされました。
この質疑は、事前に確保された会場の使用時間の枠を超えても続き、終了予定時刻を10分以上過ぎたあたりで事務局と相談した議長から、株主総会を継続会として続行する提案が出されました。その際に横治氏から、早急に議案の採決に入るよう求める意見が出されましたが、議長は、審議が不十分であり、会場の使用時間は既に超過している旨を回答して採決に入らず、株主総会の続行に賛成の場合は起立するよう議場に諮りました(会社法317条参照)。それに対して横治氏は反対と明確に述べ、ほぼすべての出席株主が起立する中、横治氏と他1名の株主のみ起立を行いませんでした。
当社の筆頭株主である横治氏は、出席株主の中で単独で過半数を超える議決権をもっており、株主総会を継続会とすることに横治氏が反対の意思を示した結果、議長の提案は反対多数で否決されることが決まりました。議長は、その結果を確認したうえで、株主総会を継続会として続行することは否決され、流会すると述べ、あらためて流会となった旨の宣言をして株主総会を閉会しました。この直後に、株主総会を継続会とすることの再度の採決を求める横治氏の声が不意に上がりましたが、既に株主総会が閉会した後の事情ですので総会検査役の報告書には記載がありません。
定時株主総会が流会となった後の取締役会
定時株主総会で議案が採決されず、取締役会の構成はどうなったのでしょうか。
任期満了の役員に代わる役員を選任する議案を含む議案と横治氏が提出した修正動議について採決がされないまま流会となり、監査役を含む全6名の当社の役員はいずれもこの株主総会の終結をもって任期が満了することとなりました。これにより当社には選任された役員が1名もいない状態となり、代表取締役の三ヶ尻秀樹を含む取締役3名には再任の予定もありませんでしたが、従前からの役員はすべて当社の権利義務役員となりました。
先ほどお話ししたとおり、株式会社舞花との間では、資本提携に向けた基本合意に基づいて、定時株主総会が流会となった後にも引き続き、同社から資金の提供を受けるための協議が行われていました。ここで論点の1つとなったのは、権利義務取締役のみで構成される取締役会の決議により株式等を発行して資金調達を行うことの是非でした。そこで、おおよその合意の方向性が見えた7月11日(木)の取締役会では、新株および新株予約権の発行による方法や時期、資金調達の額の当否などを議論したうえで、意思決定の公正性を担保するため特別委員会を設置し、内容にかかわらずその意見に従うことを決議しました。
翌日には、外部の弁護士、公認会計士および当社の社外取締役の3名からなる特別委員会が設置され、約2週間後の7月26日(金)、当社による新株等の発行には必要性が認められ、その発行方法、発行条件および割当先の選定はいずれも相当であり、これによる希薄化も合理的なものと認められるとの意見書が、当社の取締役会に提出されました。これを受けて、当社の取締役会は、新株予約権の評価報告書も外部から取得したうえで、8月13日(火)を対価の払込期日として新株等を発行することを決議し、同日、その内容を開示しました。
すると週明けの7月29日(月)、横治氏により、新株等の発行が著しく不公正な方法により行われるものであるとして、当社による新株等の発行を仮に差し止めることを求める仮処分命令の申立てが東京地裁で行われました。これと前後して、当社側の動きや対応に疑問を投げかける報道がありましたが、当社では、開示による無用の混乱を避けるべく仮処分命令の申立てに粛々と対応し、結果としてこの申立てを却下する裁判所の決定が8月8日(木)に出されました。
横治氏の申立てを東京地裁が却下したことは同日の夜遅くには報道され、その中で、横治氏がその決定を不服として即時抗告を行ったことにも言及がありました。しかし翌日は音沙汰がないまま週末に入り、週明け8月12日(月)が祝日であったため、新株等の対価の払込期日である8月13日(火)に払込手続が完了しました。
臨時株主総会招集の手続
株主側と会社側がそれぞれ招集する臨時株主総会が9月に開催されるとのことですが、どのような手続となっているのでしょうか。
まず株主側について説明します。7月4日(木)に横治氏から、当社の取締役に対し、取締役4名および監査役3名の選任を内容とする2つの議題について、株主総会の招集を求める請求がありました(会社法297条1項)。これに続き7月8日(月)には、株主総会を招集する許可(同条4項)を求める横治氏の申立てが東京地裁で行われ、7月29日(月)、横治氏に対し、取締役4名の選任の件および監査役3名の選任の件を議題とし、2024年9月11日までの日を会日とする当社の株主総会の招集を許可する決定が出されました。
次に会社側としては、流会となった定時株主総会の当日に、臨時株主総会の開催の概要について追って開示する旨を開示し、証券代行業務を行う信託銀行との調整を経た7月26日(金)に、臨時株主総会の開催日を9月13日(金)とする旨を開示しています。そのうえで、株主総会招集許可決定が出された後の8月13日(火)には、取締役の員数を10名以内、監査役の員数を5名以内とする当社の定款を踏まえ、横治氏に招集が許可された株主総会の議題とは別の議題として、当社が招集する臨時株主総会の中で取締役および監査役の選任を提案する旨を開示しています。
さらに当社では、株主総会の招集に際し、株主総会参考資料等について電子提供措置をとる旨を定款で定めていることから、9月13日(金)に開催する臨時株主総会の株主総会参考書類等について、8月22日(木)に電子提供措置を開始しています(会社法325条の2、同法325条の3)。今後、株主側と会社側のそれぞれが株主総会の招集手続を行い、各自が提案する取締役と監査役の選任を議題とする2回の臨時株主総会が9月中旬に開催される予定です。
法務として注目したい4つのポイント
これまでお話しいただいた事実経緯を踏まえ、法務として注目すべき論点について教えてください。
まず特に悩みが深いものとして、代表取締役の解職と役員の善管注意義務(会社法330条、民法644条)の関係があります。代表取締役の解職は取締役会が行うべき職務とされ(会社法362条2項3号)、当社の取締役会では実際に前代表取締役の解職を決定しています。この代表取締役の解職という強力な手段は、株主共同の利益を守るために取締役会に与えられたいわば「伝家の宝刀」ですが、刀はやみくもに抜かれてはならず、ましてや善管注意義務との関係が意識されるのは極めて例外的な場面でしょう。
この刀を抜くことに役員が責任を負うのはいつなのか、という問いに唯一の正解はないでしょう。ただ、会社の経営に明白かつ現在の危険が迫っていると合理的に疑われる局面において、株主共同の利益に資する他の選択肢が存在するのであれば、少なくともその選択を議論の俎上に載せようとしないことは、役員としての責任を果たさないものと評価されてもやむを得ないのではないかと私は考えています。本事案ではこれに付随する特殊な事情として、事実上の経営権の移転というテーマに対する取締役会や社外役員のふるまいも問われています。
また、本事案では、定時株主総会の中で株主が提起した動議の扱いや、それに関連する会社側、特に株主総会の議長のふるまいについて、単なる事実の誤認に基づくものも含め、様々な報道や有識者の論評がなされています。これらも実務的なポイントかと思いますので、裁判所の認定や総会検査役の報告も踏まえ、後日あらためて整理したいと思います。
さらに、定時株主総会が流会に終わった後、いわゆる権利義務取締役からなる取締役会において新株等を発行することが決議され、これに対して当社の前代表取締役であり筆頭株主でもある横治氏から、新株等の発行が著しく不公正な方法により行われるものであるとして、その仮差止めを求める仮処分命令の申立てが行われたという経緯も、本事案で注目すべきポイントです。この申立ては、東京地裁民事第8部の合議体で審理され、「主要目的ルール」の枠組みが適用されたうえで却下されたのですが、この点に関して考察すべきだと思われる内容についても後日ご紹介します。
もう1つ、実務上悩ましいものに、一方の当事者の言い分に偏った報道がされ、明らかに事実に反する認識や推測が発信・拡散されようとしているときに、上場会社はどう対処していくべきかという問題があります。当社はこれまで、報道等への反射的な対応は行わず、開示すべき事実があれば東証とも相談しながら粛々と開示するスタンスをとっています。市場に対して責任を負う上場会社は、その経営に透明性が求められる一方で、投資家を混乱させるシグナルを発信すべきではありません。会社からの情報発信はあくまで、株主をはじめとする投資家の利益にかなうものであるべきであり、当社の対応もこのプリンシプルに則ったものです。
ありがとうございました。9月の臨時株主総会前にも再度お話を伺いたいと思います。
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任期満了等によって役員が法定または定款に定めた員数を欠くことになる場合、退任した役員が、新しい役員の選任までの間、役員としての権利義務を持ちます。このような役員を権利義務役員(役員が取締役である場合は、権利義務取締役)といいます。 ↩︎

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