債権譲渡等の第三者対抗要件の特例 改正産業競争力強化法の制度概要と要件を解説
取引・契約・債権回収
目次
- 産強法:産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律(令和3年6月16日法律第70号)に基づく改正後の産業競争力強化法
- 主務省令:産業競争力強化法第11条の2第1項第2号の主務省令で定める措置等に関する省令
- 認定事業者:産強法11条の2第1項に定める認定新事業活動計画の認定を受けた事業者
債権譲渡等における第三者対抗要件の特例の概要と改正経緯
民法上の第三者対抗要件の具備方法
民法467条2項は、債権譲渡の通知または承諾(以下「通知等」といいます)は、「確定日付のある証書」によってしなければ、債権者以外の第三者に対抗することができないと定めています。
「確定日付のある証書」は、民法施行法5条に類型が定められており、大きく次の2種類に分類することができます。
- 民法施行法5条1項の証書
同条1項は一定の「証書」を確定日付ある証書として列挙しています。たとえば郵便認証司が認証する内容証明郵便(同条1項6号)などが該当します。これらは「証書」とあるとおり紙媒体の書面が想定されています。 - 民法施行法5条2項の電磁的記録
同条2項は、「電磁的記録」に指定公証人による電磁的な日付情報が付された場合に、当該電磁的記録に記録された情報を確定日付ある証書とみなすと定められています。「電磁的記録」とあるとおり、データが想定されています。
産強法の改正前においては、データが「確定日付ある証書」としての取扱いを受けるためには、上記②の方法による必要がありました。しかし、通知または承諾とは別に、指定公証人の審査手続等が必要であるため、純粋に電子的な手続のみでは完結しないという課題があったと考えられます。
産強法の特例
産強法(施行日:令和3年8月2日)11条の2第1項では、次のとおり特例を定め、債権譲渡通知等が認定を受けた情報システムを利用して行われた場合、当該債権譲渡通知等は、確定日付のある証書による通知または承諾とみなされることとなりました(以下「本特例」といいます)。
本特例の特徴は以下のとおりです。
- 債権譲渡通知等は、前記1−1①または②の方法によらずとも、所定の情報システムを利用して行うことで、確定日付のある証書による通知等としての取扱いを受けることが可能となった。
- 所定の情報システムにおいて機械的に記録される「債権譲渡通知等がされた日付」をもって確定日付とされることにより、上記1−1②の方法のように別途人の手を介する手続を経ることなく「確定日付のある証書による通知又は承諾」とみなされる。
これにより、昨今の情報通信技術に基づき、所定の情報システムによる迅速な債権譲渡通知等が可能となりました。
改正に至る経緯
本特例に関する産強法の改正に先立ち、株式会社リンクスにより、旧生産性向上特別措置法に基づく新技術等実証の制度(いわゆる規制のサンドボックス制度 1)を利用して、「SMSを利用した債権譲渡通知に関する実証」が行われました。当該実証では、SMSによる債権譲渡の通知が、既存の確定日付のある証書による債権譲渡通知と比較して、第三者対抗要件としての機能を担う点において遜色がなく、利便性、事業性があることが検証されました。
このような実証の後、電子的取引がますます盛んになっている近年において、債権譲渡を含めた手続を電子的方法のみで迅速に完結させるニーズが高まっていることに応えるために、本特例が創設されました。
SMSを利用した債権譲渡通知は、それ自体が規制法に抵触し禁止される行為ではありません。しかし、民法施行法5条に定める「確定日付ある証書」に該当しないため、産強法の改正前は、民法467条2項に定める第三者対抗要件を具備する手段としては利用できなかったものです。
本特例は、特定の規制に抵触しないことの確認や規制の例外・撤廃等を求めるのではなく、規制のサンドボックス制度を利用して新技術等の有用性などを公に実証することにより、民法という基本法分野において、立法による積極的な法的効力の創設を実現させた事例であり、規制のサンドボックス制度を新しい角度から活用したものとして、今後の参考となると考えられます。
現在の認定事業者
本稿の脱稿時点では、前記1−3で実証を行った事業者である株式会社リンクスが本特例の第1号事業者として認定されています。
株式会社リンクスでは、同社の提供するSMSプラットフォームのシステムを利用して、差出人が債権譲渡通知等の内容が記載されたPDFファイルを同システムにアップロードし、SMSを通じて送信することにより、本特例により確定日付のある証書によるものとみなされる債権譲渡通知等を行うことができるサービスが提供されています 2。
債権譲渡通知等の差出人・受領者が特例を受けるための要件
債権譲渡通知等の差出人
債権譲渡通知等の差出人が本特例の適用を受けるためには、「認定新事業活動実施者が認定新事業活動計画…に従って提供する情報システム」を利用することが必要です。具体的には、本特例の認定を受けた事業者が当該情報システムによるクラウドサービスなどを構築し、差出人がこのクラウドサービスを利用して債権譲渡通知等を送ることが想定されます。
なお、認定新事業活動実施者が情報システムの提供を行うものであれば、その他の要件が充足されることを前提に、OEM提供など認定新事業活動実施者以外の者がサービス提供主体となるビジネスモデルにおいても、本特例を利用する余地があり得るものと考えられます。
債権譲渡通知等の受領者
債権譲渡通知等の受領者において充足すべき要件は産強法に定められていません。
差出人が上記2−1の要件を満たして債権譲渡通知等を行った場合には、受領者自身が直接当該情報システムを利用していなくとも、その債権譲渡通知等を受領することができる環境を有する限り、本特例が適用されると考えられます。
情報システムについて求められる事項
本特例の対象となる情報システムは、(a)産強法および主務省令に定める要件を満たすものであって、(b)産強法に基づく新事業活動計画の認定および公表を受けたものに限られます。
(a)の要件は、(b)の認定時に充足するだけでなく、新事業活動計画に係る新事業活動の実施中は継続して充足することが必要と考えられます。(a)の要件の概要は、次のとおりです。
通知等の日時および内容を容易に確認できること
債権譲渡通知等の差出人および受領者が、債権譲渡通知等がされた日時および債権譲渡通知等の内容を容易に確認できることが必要です(産強法11条の2第1項1号)。
たとえばSMSにより債権譲渡通知等を行う場合、受領者は、通常、自らの端末等において債権譲渡通知等が送付された日時を容易に確認可能と考えられます。一方で差出人は、通常、情報システムを通じて、受領者の端末等に送付された日時を確認することになると想定されます。
通知等に係る記録を5年間保存すること
債権譲渡等がされた日時、その内容、差出人および受領者の識別に関する事項が情報システムに記録され、5年間以上保存されることが必要です(主務省令2条1号)。後述する証明業務の前提となる要件と考えられます。
保存期間は「債権譲渡通知等がされた日」から起算されるため、発信時ではなく、受領者に債権譲渡通知等が送付された日から5年間以上保存される仕組みが必要と考えられます。
通知等に係る記録事項を記載した書面等を提供すること
差出人の求めがあった場合には、情報システムを提供する事業者は、前記3-2の記録事項が記載された書面または電磁的記録を提供する必要があります(主務省令2条2号)。
債権譲渡通知等の当事者ではなく、第三者である情報システムの提供事業者が記録事項の証明を行うことにより、債権譲渡通知等に係る記録の信頼性を担保するものと考えられます。
事業を廃止する場合等における引継ぎ
情報システムの提供事業者が事業を廃止し、または新事業活動計画の認定の取消しを受ける場合、記録保管(前記3−2)および証明業務(前記3−3)を適切な第三者に引き継ぐ必要があります(主務省令2条3号)。
事業の廃止等により債権譲渡通知等の記録が失われ、または記録事項の証明が受けられなくなると、差出人に不測の不利益が生じる可能性があるため、第三者に引継ぎを行わせるものと考えられます。
正確な時刻の維持
債権譲渡通知等が受領者の端末等に送付された日時の記録にあたり、情報システムの時刻を信頼できる機関の提供する時刻に同期させておく必要があります(主務省令2条4号)。
債権譲渡通知等に係る記録の信頼性を維持するため、前提として情報システムにおいて正確な日時を記録できる仕組みが求められるものと考えられます。
受領者において差出人を識別できること
受領者において、差出人の電話番号等が、債権譲渡通知等の差出名義人のものであるかどうかを確認できることが必要です(主務省令2条5号)。
たとえばSMSにより債権譲渡通知等を行う場合、通常、受領者の端末等において、差出元は電話番号により表示されます。そのため、SMS本文において差出人の名義を記載することにより、受領者に差出人を知らせる場合が多いものと思われます。しかし、差出人が第三者の名義を騙ってSMSを送信する可能性があるため、SMS本文の名義表示のみでは、受領者が差出人を判断する資料として不十分な場合があると考えられます。そのため、この場合にはたとえば、情報システムの提供事業者が、差出人の名義と電話番号が紐づけられていることをあらかじめ公表するなどの方法により、受領者においてより確度の高い情報により差出人を判別できる仕組みが求められるものと考えられます。
セキュリティ基準
債権譲渡通知等の記録が第三者により不正に漏えい、滅失、毀損等された場合、制度の安定的運用に支障を生じることから、一定のセキュリティ水準を満たすことが求められます(主務省令2条6号・7号)。
債務者保護措置
以上に加えて、本特例に関する産強法の改正に際しては、衆議院において債務者保護のための措置に関する附帯決議 3 が行われており、これにも配慮した運用が求められるものと考えられます。
債権質権設定等への準用
民法467条2項は、債権譲渡通知等を行う場合以外の場面にも準用されています。これに合わせて、産強法11条の2第2項から第4項では、(i)債権を目的とする質権の設定、(ii)弁済による代位、(iii)信託受益権の譲渡の通知または承諾の場合にも特例が準用されており、特例を利用することが可能です。
本特例の意義と今後の展望
本特例の施行により、従来の郵便認証司や公証人の関与する手続に限られず、本特例の認定を受けた民間事業者の提供するシステムを通じて「確定日付のある証書」による債権譲渡通知等を行うことが可能となりました。本特例は、立法により民法分野における電子化への新たな途を切り開いた画期的な改正の1つであると筆者は考えています。
本特例は特定の事業者またはサービスを前提としておらず、一定のセキュリティ水準を含む所定の要件を満たすことを前提に、民間事業者一般に認定の門戸が開かれています。今後も取引の態様に合わせて従来よりいっそう多様で利便性の高いサービスが登場し、本特例が活用されることにより、社会全体のDX化に貢献することが期待されます。また、情報システムを通じて機械的に迅速に処理が完結することにより、電子取引に関する昨今の新しいサービスにおける課題に応用したサービスが登場することも期待されます 4。
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規制のサンドボックス制度は、旧生産性向上特別措置法から産強法に移管されて存続しています。制度概要や移管については「改正産業競争力強化法と規制のサンドボックス制度の恒久化」(中村昌克)と題する概説が金融法務事情2178号24頁以下に掲載されています。 ↩︎
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経済産業省「産業競争力強化法に基づく新事業活動計画を認定しました~SMSを活用した債権譲渡の通知等に関する事業~」、法務省「産業競争力強化法に基づく「新事業活動計画」の認定について」(いずれも2022年4月27日) ↩︎
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本稿の脱稿時点では、近年研究の進められているブロックチェーンといわゆるセキュリティ・トークンを活用した取引への応用の試みが公表されています(規制のサンドボックス制度の「認定プロジェクト等」参照)。 ↩︎

三宅坂総合法律事務所

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