米国会社の取締役・オフィサーの賠償等責任のリスクとその緩和策 2022年8月施行改正デラウェア一般会社法を契機として

コーポレート・M&A
渡邊 健樹 Pierson Ferdinand LLP

目次

  1. 米国会社の取締役・オフィサーの賠償等責任のリスク
    1. 公開会社にも非公開会社にも関わる問題
    2. 日本の会社への影響度
    3. デラウェア州会社法を踏まえた検討の必要性
  2. どのような場合に、誰に対して責任を負う可能性があるのか
  3. 賠償等責任の負担を軽減・緩和する方策の整理
  4. 信認義務違反による賠償責任の定款による限定(方策①)
    1. 2022年8月施行の改正デラウェア州会社法の概要
    2. オフィサーの責任限定規定に関する注意点
  5. デラウェア州会社法に基づく補償および争訟防御等費用の貸付け(方策②)
    1. 第三者の権利の行使による損害等の任意補償
    2. 代表訴訟を含む会社の権利を主張する争訟の防御等費用の任意補償
    3. 争訟等に勝った場合の防御費用の義務的補償
    4. 防御費用の任意貸付け
  6. 任意的取決め(方策③)
    1. 定款等に広く補償等を認めるための規定を設ける
    2. 定款・附属定款の任意的記載事項として規定する
    3. 個別契約で規定する
  7. D&O保険(会社役員賠償責任保険契約)(方策④)
  8. おわりに

 2022年8月1日施行の改正デラウェア州一般会社法により、取締役に加えてオフィサーについても信認義務(Fiduciary Duties)違反による賠償責任限定の定款規定を設けることが可能となりました。

 本稿では、米国会社の取締役・オフィサーがどのような場合に、誰に対して責任を負う可能性があるのか、この責任はどのような場合に限定可能か、そして賠償等義務が認められた場合に金銭的負担を緩和するためにどのような方策が考えられるかなどを提示します。本稿が、検討・対策のための一助となれば幸いです。

※本稿は、法的アドバイスではないこと、および著者の所属する法律事務所の見解でもないことをお断りいたします。

米国会社の取締役・オフィサーの賠償等責任のリスク

公開会社にも非公開会社にも関わる問題

 米国会社の取締役(Director)1オフィサー(Officer)2(あわせて以下「D&O」といいます)には、損害賠償等の偶発的債務を負担するリスクがつきまとい、ときには耳目を集めるような事件も散見されます。その発生原因や相手方、および緩和の手法等はさまざまです。

 D&Oの責任は、上場会社に関する証券関係法規や会社法のみならずさまざまな法律の下で発生し得るものですし、公開会社の一般株主の責任追及に起因するものに限られるわけではありません 3公開会社は言うに及ばず、非公開会社も多かれ少なかれ類似のリスクに直面します。最近では、サイバーセキュリティー問題も、その典型として挙げられるでしょう。
 非公開会社は、今後いっそう社会的に重要な役割を担い、今や上場会社に劣らぬガバナンスを要求されるようになっていることを考えると、いっそうこのことがいえます。

日本の会社への影響度

 米国非公開会社には、我が国の会社の米国子会社も含まれます。日本の親会社が上場会社であれば、その一般株主により当該親会社が米国子会社のD&Oの注意義務違反を追及され、また、それをおそれるなどして自ら株主権を行使し米国子会社のD&Oの賠償責任を追及する可能性も懸念されます。上場会社の子会社も、上場会社の一部として厳しい視線にさらされるようになってきています。

デラウェア州会社法を踏まえた検討の必要性

 2022年8月1日に、改正デラウェア州一般会社法(General Corporation Law of the State of Delaware、以下「デラウェア州会社法」あるいは「DGCL」といいます)が施行されました。これに基づき、定款にその旨の規定を加えることにより、取締役だけではなくオフィサーについても、会社・株主に対して負う信認義務違反による賠償責任を限定することが認められることになりました 4

 米国では、多くの会社がデラウェア州会社法に準拠して設立され、また同会社法は他州の会社法へ強い影響力を有しています 5。この改正を機に、米国会社(とりわけ、これまでは比較的注目度の低かった非公開会社)のD&Oが負う可能性がある責任や、その責任・金銭的負担を緩和する方法について整理し、当事者としてのD&Oにとって「後の祭り」とならないよう備えを万全にしておくことが望ましいと考えられます。
 会社としてこれを怠れば、能力のある人材の確保に悪影響を及ぼすことが懸念されます。他方、モラルハザードのリスクは一般的に極めて小さいと思われます。さらに、このような対策の検討は、ガバナンスおよびリスク管理の問題の再確認の意味をも有するものであるため、広い視点からの十分な理解と適切な対応が望まれます 6

どのような場合に、誰に対して責任を負う可能性があるのか

 D&Oは、職務の遂行において、さまざまな形で偶発的に金銭的責任を負ってしまう可能性があります。
 デラウェア州の会社のD&Oは、会社のみならず株主に対しても信認義務を負います。さらに、責任の根拠は、会社法のみならず独占禁止法、環境法、労働法、海外腐敗行為防止法を含む贈賄禁止法などさまざまです 7。そして、賠償の金額も高額になりがちです。
 そのような責任に関して調査や争訟が行われると、最終的に責任を問われなくても、防御費用等の負担が発生する可能性もあり、このような費用もディスカバリー(discovery)などのため、高額になるきらいがあります。

賠償等責任の負担を軽減・緩和する方策の整理

 賠償等責任の負担を軽減・緩和する方策はさまざまですが、以下のような視点により区別できます。

a. 責任自体を限定するものか、補償、補填をするものか、貸付けに留まるものか
b. 根拠となる法令その他の文書は何か
c. 肩代わり等して金銭的負担をする者が誰か

 上記 a.の「責任自体を限定するもの」は、デラウェア州会社法に基づく定款による限定に限られ(4で後述)、その他は補償、補填、貸付けをするものです。
 上記 b.の「根拠となる法令その他の文書」としては、会社法の規定、定款、附属定款、会社とD&Oとの間の二者間契約の規定、会社と保険会社との保険契約の規定があります。
 上記 c.の「肩代わり等して金銭的負担をする者」に関しては、会社負担のもの、保険会社負担のものがあります。

 このように、D&Oの賠償責任等による負担を軽減・緩和する方策は重層的構造をなし、オーバーラップする場合も少なくありませんが、顕著な差異もあります。そして、そのような差異について法解釈が定まっていない場合もあり、必ずしも一筋縄ではいきません。したがって、D&Oの負担を軽減・緩和する方策の設計には、十分な理解の下に行う必要があります。

取締役・オフィサーの負担を軽減・緩和する4つの方策と3つの視点

方策 視点
a. 限定、補償、補填、貸付け b. 根拠文書 c. 負担者

① 信認義務違反による賠償責任の定款による限定

責任自体の限定 定款 非該当

② デラウェア州会社法に基づく補償および争訟防御等費用の貸付け

補償・貸付け
  • 株主その他第三者の権利の行使による損害等の任意補償
  • 代表訴訟を含む会社の権利を主張する争訟の防御等費用の任意補償
  • 争訟等に勝った場合の防御費用の義務的補償
  • 防御費用の任意貸付け
会社法 会社

③ 任意的取決めに基づく補償および争訟防御等費用の貸付け

補償・貸付け 定款・付属定款 会社
個別契約 会社

④ D&O保険(会社役員賠償責任保険)

補填 保険契約 保険会社

 2022年8月1日施行の改正デラウェア州会社法によって、取締役に加えてオフィサーについても責任限定規定を定款に設けることができるようになり、公開会社においてはそうした対応が多くの支持を得ているようです。
 非公開会社についても、まずは比較的容易に対応できる定款改定(方策①)を検討するといいでしょう。さらに、果敢なビジネスの展開および人材の確保の観点から、他の責任緩和・軽減の方策(方策②〜④)も組み合わせて導入することを前向きに検討すべきであると考えます

 方策①〜④の具体的な内容について、以下で詳しく説明していきます。

信認義務違反による賠償責任の定款による限定(方策①)

 定款にD&Oの免責規定があるかを確認し、欠けていればその追加を検討することが望まれます。

2022年8月施行の改正デラウェア州会社法の概要

(1)信認義務違反による賠償責任の限定

 1986年以来、デラウェア州会社法には、取締役の信認義務違反による賠償責任を定款によって限定することを認める規定が存在します。これは、公開会社売却の取締役会の判断について、ビジネスジャッジメント・ルールによっても保護されないほどの注意義務違反があるとして賠償責任を認めた、1985年のデラウェア州最高裁の判断 8 を契機として設けられたものです。

 また、既に述べたように、2022年8月1日に改正デラウェア州会社法が施行され、取締役だけではなくオフィサーについても信認義務違反による賠償責任の限定規定を定款に設けることが認められることになりました 9

 これらを踏まえた定款規定としては、たとえば、以下が考えられます 10

No director or officer of the Corporation shall be liable to the Corporation or its stockholders for monetary damages for breach of fiduciary duty as a director or officer, except to the extent such an exemption from liability or limitation thereof is not permitted under the Delaware General Corporation Law as presently in effect or as the same may hereafter be amended.

 このような定款規定により、D&Oは一般に、信認義務としての注意義務違反による賠償責任を免れることになります。なお、この定款変更は、総議決権数の過半数でなされます 11

(2)免責の例外

 ただし、以下の行為について、会社および株主に対しての賠償責任の限定は認められません

取締役の免責の例外】
  1. 忠実義務の違反
  2. 誠実に行われたものでない作為もしくは不作為または意図的不正行為もしくは故意による法律違反
  3. 自己株取得規制および配当規制等の意図的または過失による違反
  4. 個人的に不当な利益を得た取引に関するもの
オフィサーの免責の例外】
  1. 忠実義務の違反
  2. 誠実に行われたものでない作為もしくは不作為または意図的不正行為もしくは故意による法律違反
  3. 個人的に不当な利益を得た取引に関するもの
  4. 会社によるまたは会社の権利の主張を行うもの

 これらの例外に該当しなければ、D&Oは、金額の多寡を問わず、信認義務に基づく会社および株主に対する賠償責任が免除されます。つまり、上記の例外を除き、注意義務違反の行為に起因する責任は、基本的に免除されるのです。会社や保険会社による補償・補填を待つまでもありません。また、公開会社かどうかも問いません。

オフィサーの責任限定規定に関する注意点

 追加されたオフィサーの責任限定規定については、以下2つの注意点があります。

(1)免責の対象となり得るオフィサーの範囲

 1つは、オフィサーの範囲です。通常、取締役の範囲については疑義が生じません。他方、どのような「オフィサー」を設けるかは会社によって異なり 12、また、すべてのオフィサーがこの免責制度の対象になるわけではありません

 デラウェア州会社法の規定 13 によれば、デラウェア州内における訴状送達が自動的に認められている以下のいずれかの肩書きを有する者は、免責の対象となり得るオフィサーとされます。

  • President
  • Chief Executive Officer
  • Chief Operating Officer
  • Chief Financial Officer
  • Chief Legal Officer
  • Controller
  • Treasurer
  • Chief Accounting Officer

 米国証券取引委員会に「最も高額な報酬を受けている執行役 14」として届け出られている個人も同様です。
 そして、これら以外のオフィサーでも、デラウェア州内における訴状送達が可能となる一定の契約を会社と交わすことにより、責任限定の対象となり得ます

(2)取締役とオフィサーとで免責の範囲は異なる

 2つ目は、4-1(2)で述べたオフィサーの免責の例外の④「会社によるまたは会社の権利の主張を行うもの」です。つまり、会社自体の有する損害賠償請求権は、オフィサーの免責の除外事項とされており、そのためこのような会社の権利に関する株主代表訴訟も、免責の対象にできないことになっています。取締役がオフィサーを兼任している場合には、どちらの立場でした行為なのかによって、免責の範囲が異なります
 この違いは、取締役に比し不利に見えます。そして、会社法上の賠償にも制約が加えられています 15。しかし、株主代表訴訟の提起には、まず、株主は会社に会社としての訴訟を提起することを迫る努力をしたが徒労であったこと、またはそのような努力が無駄なことを裁判所に対して主張する必要があります。そして、取締役会が訴訟をしないという判断をした、あるいはそのような判断をするだろうということだけでは不十分で、この要件は満たされません。

 取締役会に訴訟を要求しない場合、原告株主は、それぞれの取締役について、

  1. 代表訴訟で問題とされている行為から個人的に重要な利益を得ているか
  2. 当該代表訴訟おける主張に基づいた責任を自ら問われる可能性が相当程度あるか
  3. 上記①または②に該当する者からの独立性を欠いているか

を判断し、該当する者が取締役会の過半数を占めているときにだけ、訴訟の要求を行うことが免除されます 16。つまり、通常は取締役会という緩衝材が入ることになっています。そのため、多くの場合、株主による濫訴の弊害は避けることができます 17リスクの回避という観点から、オフィサーは、取締役会のお墨付きのもとに行為することによってリスクを低下させることもできます

デラウェア州会社法に基づく補償および争訟防御等費用の貸付け(方策②)

第三者の権利の行使による損害等の任意補償

 第三者による争訟や調査の被告あるいはその他の当事者としてその脅しを受けたD&Oについて、会社は、それに関する合理的費用や賠償金等を補償することができます 18。株主が株主に対する信認義務違反を主張してD&Oを訴える等した場合にも、このような補償は可能です。
 ただし、会社の権利を会社または株主代表訴訟において株主が主張する場合は、除外されます。また、D&Oが、誠実かつ会社の最善の利益のためまたはこれに反しないと合理的に考えていると見られる態様にて行為した場合に限られます。さらに、刑事事件に関するものである場合、D&Oにとってその行為が合法性を欠くと信ずべき合理的理由がなかったことも条件となります。

 また、現任のD&Oがこれらの要件を充足しているかどうかの判断は、利益相反の可能性の観点から、以下のいずれかによって行われる必要があります

  • 問題となっている訴訟等の当事者となっていない取締役(「非当事者取締役」)の過半数
  • 非当事者取締役の過半数よって選定された非当事者取締役からなる委員会
  • 非当事者取締役がいないかまたは非当事者取締役がそのように決めた場合は独立した法律顧問の書面による意見
  • 株主

 したがって、すべての取締役が訴えられている場合等においては、利益相反上厄介な論点が発生し得ることになります。

代表訴訟を含む会社の権利を主張する争訟の防御等費用の任意補償

 会社の権利を会社または代表訴訟において株主が主張する場合の争訟や調査の被告あるいはその他の当事者となり、その脅しを受けたD&Oにつき、会社は、当該D&Oが敗訴の判断を受けた場合を除き 19、その争訟の防御・和解のための合理的費用を補償することができます 20
 ここでもまた、当該D&Oが、誠実かつ会社の最善の利益のためまたはこれに反しないと合理的に考えていると見られる態様にて行為したことが必要です。現任のD&Oがこれらの要件を充足しているかどうかの判断は、5-1で述べたのと同様の方法によりなされる必要があります

争訟等に勝った場合の防御費用の義務的補償

 D&Oが、本案に関するものかどうかを問わず、争訟の防衛に成功した場合、会社は、争訟の合理的費用を補償する義務があります 21
 ただし、この場合にオフィサーとしての恩恵を受けるには、信認義務に関する責任の減免の対象になり得る「オフィサー」(4-2(1)参照)でなければなりません 22

防御費用の任意貸付け 23

 会社は、D&Oに対して、争訟の決着がつく前にその費用を貸付けることが認められています
 ただし、現任のD&Oについては、会社による補償を請求する権利が最終的にないとされた場合の返済を事前に約束することが求められます

任意的取決め(方策③)

定款等に広く補償等を認めるための規定を設ける

 5で述べたデラウェア州会社法において認められまたは義務とされる補償や前払いは排他的なものではなく、根拠を問わず他の補償や前払いの権利を必ずしも排除するものではありません 24。ただし、法律条文、公序を理由とする制約等によって、まったく自由というわけではなく、特定の場合にそれが認められるかは、不明なこともあります。
 そこで、なるべく広く補償等を認めようとするときには、多くの場合、6-2や6-3で述べるような定款や附属定款、個別契約等で補償、前払い等が認められる場合を広く規定したうえで、「法で許容される限り」という限定を付けることになります。そのため、これらの補償を拡張する条項には「ダメ元」で入っているものもあり得ます。

 任意的定めでごく普通なのは、5で述べたデラウェア州会社法に基づき会社がD&Oに対する補償等の権限を認められている場合に、これを義務化するものです。
 取締役への補償等を会社の任意としておくと、取締役会が実際に補償をすべきかどうかを決定する際に利益相反の問題がより先鋭化しやすくなります。その観点からは、「取締役については補償を義務とし、オフィサーの場合には任意とする」といった選択もあります。

 D&O保険(後述7参照)と会社による補償等が競合する場合も考えられます。たとえば、D&O保険で、限度額に加えて免責金額や縮小支払い割合が定められているなど、保険のみでは、D&Oの保護としては不十分な場合も少なからずあります。さらに、D&O保険では、将来の不利益変更や、さらに最悪の場合には更新がなされないこともあり得ます。

定款・附属定款の任意的記載事項として規定する

 定款および附属定款の任意的記載事項として、補償・前払い等を規定することもあります。このような規定があれば、D&Oとなる者は、個別契約の締結を待たず、ほとんど自動的にその恩恵を受けることができるというメリットがあります。
 問題となった作為や不作為が起こり補償・借入れを受ける権利が発生した後これを不利益に変更することは、それを許す規定が、もともとの定款・附属定款になければできないことになっています 25。しかし、その他の不利益な変更がなされる可能性もあります。その場合、D&Oは不安定な地位に置かれることになります。また、D&Oの個別事情を考慮した規定にすることについても、難点があります。

個別契約で規定する

 会社とD&Oとの間で交わす二者間の個別契約においても、6-1で述べたような手当てがなされる場合が多く、D&O個人の事情、職務の特殊性などにより必要なカスタマイゼーションはこの中で行うことになります。
 定款・附属定款については既に述べましたが、7で紹介するD&O保険も、個別最適なアレンジを行うには難点があります 26。さらに、個別契約は、当事者たるD&Oの承諾がなければ、不利益な変更ができないことも重要です。これは、上述6-2の定款・附属定款の任意的記載事項や後述7のD&O保険とは異なる重要な点です。

 会社法にはない定義規定を設けることにより、補償等の実際の範囲を明確にしたり、事実上広げたりすることもできます。たとえば、「独立法律顧問」については、デラウェア州会社法の条文上は、明確な定義がありません。
 また、実務上重要な立証責任の分配について、個別契約で規定する場合があります。たとえば、デラウェア州会社法上の補償の条件として「誠実かつ会社の最善の利益のためまたはこれに反しないと合理的に考えている態様にて行為した場合に限られる」というものがありますが、これについて個別契約で「会社にこれが満たされていないことの立証責任がある」と規定する例があります。
 さらに、デラウェア州会社法の補償等の規定は、時系列を含む手続面での会社側の裁量の余地が大きいため、D&Oにとっては、これを具体的に定めることにより予測可能性が高まります。たとえば、「補償は30日以内、防御費用の貸付けは20日以内に実行する」などと規定することがあり得ます。また、費用の貸付けに関し返済義務がある場合でも、「貸付期間中の金利は発生しない」などと規定することがあり得ます。
 会社に対する補償等の請求それ自体に関して弁護士が必要となった場合に、弁護士報酬等の支払い(Fee-on-Fees)義務が定められることもあります。さらに、争訟等の当事者等とはなっていないが、証人としての出頭やディスカバリーに関する費用の補償を定めるものもあります。
 他方、補償、前払い等を明示的に限定する場合もあります。「証券取引所法 § 16(b)におけるショートスイング利益(Short Swing Profit)(我が国の金融商品取引法164条1項による短期売買利益提供請求)の剥奪があっても補償しない」などの規定がその例です。

D&O保険(会社役員賠償責任保険契約)(方策④)

 デラウェア州の会社は、その費用においてD&O保険契約を締結することが認められています 27。また、デラウェア州においては、一定の条件の下で、いわゆる「キャプティブ保険会社」を利用することも認められています 28

 詳細は省きますが、D&O保険には以下のようなメリットがあります(ただし、D&O保険に加入しさえすれば安心とは限らないのは、6-1で述べたとおりです。また、保険の内容も同一ではないので、注意が必要です)。
 D&O保険は、D&Oにとっては、会社による補償等に加え、被保険者として填補賠償を確保しておけるというメリットがあります。たとえば、D&O保険と会社による補償等と保険による填補による支払いを実際行うかどうかの判断を行う主体は異なります。会社が買収され支配権が移動したような場合、買収者は、支払いについて否定的になる可能性もあり、特に重要になります。また、補償・補填は、支払い義務者の資力にも左右されます。D&Oが責任を問われる際に、会社自体も同じ原因で賠償等の責任を負う場合もあり、金額によっては会社の資力も危うくなる場合もあることを考えるとわかりやすいでしょう。
 さらに、会社自身が補償することが会社法上制約される賠償について、これをD&O保険で填補することができる場合もあります 29。たとえば、会社による補償等が公序等で制約されることもありますが、同じ損害賠償義務に関するD&O保険による填補が公序等で制約されない場合です。D&Oとすれば、いわば「いいとこどり」ができ、補償・填補賠償が行われる可能性が高まることになります。

 保険契約者たる会社にとって保険料の支払い義務は発生しますが、第三者による保険では、自ら補償等を行うリスク分散のメリットを受けることができます。さらに、D&Oとしてのプロテクションもより強固になり、会社にとって人材確保上もプラス要因ともなり得ます。

おわりに

 米国においては、非公開会社についても、ガバナンス向上の流れは高まっています。D&Oの賠償等責任のリスク緩和策は、それがないと特に外部からのリクルート上不利になります。しかも、これら緩和策は、設計を慎重に行えば、果敢なビジネス上の決定を促すことにつながり、他方、通常モラルハザードも生じないと思われます。したがって、D&Oの賠償等責任のリスク緩和策の前向きな検討が望まれます。


  1. 日本の取締役と基本的には同義です。 ↩︎

  2. 「役員」と訳されることもあります。しかし、日本の会社法上の「役員」や「役員等」とは意味が異なり、注意が必要です。 ↩︎

  3. Marsh, D&O Coverage Considerations When Your Company is Private or Non-Profit, (Last visited on December 5, 2023). ↩︎

  4. DGCL § 102(b)(7). ↩︎

  5. ニュージャージー州、ネバダ州その他数州では、オフィサーについても既に責任限定を認めています。一方で、たとえば、ニューヨーク州、コネチカット州、カリフォルニア州では、いまだこれを認めることにはなっていません。 ↩︎

  6. 同様の問題は、リミティッド・ライアビリティ・カンパニー(LLC)やリミティッド・ライアビリティ・パートナーシップ(LLP)など、ほかの種類の事業体の経営に携わる者についても生じ得ます。これらの事業体は、概して会社の場合よりより自由に補償等の仕組みを構築できます。 ↩︎

  7. WTW, Top 7 risks - Directors and Officers Liability Survey 2023, March 30, 2023. ↩︎

  8. Smith v. Van Gorkom, 488 A. 2d 858 (Del. 1985). ↩︎

  9. DGCL § 102(b)(7). ↩︎

  10. 定款全体との整合性も必要となるため、変更にあたっては米国弁護士にご相談ください。 ↩︎

  11. DGCL § 242(b). ↩︎

  12. DGCL § 142(a). ↩︎

  13. DGCL § 102(b)(7) (last para.). ↩︎

  14. Most highly compensated executive officers. ↩︎

  15. 後述5-1参照。ただし、D&O保険等で補填・補償するような努力がなされることもあります(後述7および後掲注29参照)。 ↩︎

  16. United Food and Commercial Workers Union v. Zuckerberg, 262 A.3d 1034, 1059 (Del. 2021). ↩︎

  17. ただし、仮に、すべての取締役がオフィサーを兼務している会社の場合には、取締役会への要求が徒労に終わるという株主の主張が通る可能性は一般に高くなると思われます。 ↩︎

  18. DGCL § 145(a). この規定の対象には、D&Oだけでなく、従業員やその他の会社のために行為する者が含まれます。したがって、4-2(1)で述べたオフィサーの信認義務の軽減の対象となるオフィサーにも限定されません。 ↩︎

  19. 裁判所の判断で補償を認めることができる一定の場合があります。 ↩︎

  20. DGCL § 145(b). ↩︎

  21. DGCL § 145(c)(1). ↩︎

  22. ただし、2020年12月31日以前の行為については、経過措置によりこの要件は適用されません。 ↩︎

  23. DGCL § 145(e). ↩︎

  24. DGCL § 145(f). ↩︎

  25. DGCL § 145(f). ↩︎

  26. 個別契約とは異なり、定款、附属定款およびD&O保険は、通常取締役一般を対象とすることになります。そのため、この決定に加わる取締役もその内容について少なくとも表面的には利益相反の関係が発生します。定款の場合は必ず、附属定款の場合にも株主総会の承認が必要となる場合があります。その場合には、詳細な規定はなじみませんし、それでも利益相反性は完全には消えません。他方、個別契約の場合には、未だ取締役側にはなっていないので、利益相反の観点からはより安全といえ、詳細な点まで踏み込みやすいものと思われます。 ↩︎

  27. DGCL § 145(g). ちなみに、日本で親会社が加入する会社役員賠償責任保険が、外国の子会社のD&Oをも対象としているとは限りません。 ↩︎

  28. 典型的には、100%子会社としての保険会社。我が国においては、キャプティブの利用は米国に比べ遅れているとされています。 ↩︎

  29. 一例としては、株主代表訴訟に関するものがあります。 ↩︎

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